第18話~万事休す~

「カエセェェェ!!」

 黒竜は咆哮の混じった言葉をあげて、背中を丸くする。

 どうやら小刻みに震えながら、体の内側で何かを貯めている。

「乱威智……あいつのアレ……!何としても阻止するんだ!」

 ジーニズの慌てる様子から明らかに危険な雰囲気が伝わってくる。

「上等だ……!地脈の力で纏めて焼き払う!」

 白炎はくえん状態のまま、妖刀村正の刀身を地面に突き刺す。

「うおおおぉぉぉぉらああぁぁぁ!!!」

「――ヲカエセェェェ!!!」

 痛みと熱さに耐える声で、黒竜の怒り狂った声も聞こえない。

 やがて炎刀の先の地面から黒いオーラが吹き出す。

 黒い闇のエネルギー、それはこの星に輪廻する負のエネルギー。

 それが全て乱威智の体に切り裂く傷を付け、その傷に刻み込まれていく。

「ぐっ!うぉらぁぁぁああああ!!!」

「――ヲ……お兄ちゃんを返して……」

 乱威智の雄叫びと共に黒竜の中の声、透香が囁いた。

 黒竜の前に虹色の球体のエネルギーが表れ肥大化していく。

『ドォン!!』

 同時に乱威智は全ての負のエネルギーを吸収し、彼の周囲を球体で囲うように強烈な風

圧を起こす。

 地面はどんどん破壊され、彼には闇属性の黒いエネルギーがぐつぐつと沸き立つ。


 目も肌も赤く染まっている。前回とは遥かに力の幅が違うことに驚いた。

「これこそが強い意思の力……君を信じて正解だったよ」

 ジーニズは独り呟き、彼に続いて意識が朦朧としていく。

 妖刀村正の刀身に、これまでの依り代とは比べ物にならない量の闇属性エネルギーが送

り込まれてくる。

 対して黒竜は虹色の球体エネルギーを発射しようと、四本の脚を地面に着いて力を溜め

ていた。

「力がみなぎってくる……!ぐはっ!」

「神の力を一度、お前らに授けよう」

 途中でジーニズの意識は途切れ、口調ががらりと変わり、神々しさを増していく。

 妖刀村正は黒竜以上に巨大化し、刀身は紫と赤の禍々しい猛毒の炎を纏う。

 黒竜は前肢を持ち上げて、首を前に突き出す。

 そして虹色の球体を咥え、虹色の光線を発射した。

 だが金縛りにあったかのように、黒竜の体と光線を停止する。

 周りの時も停止して、周囲は灰色へと変わる。

 乱威智は飛び上がったまま宙に浮く。

 瞬時且つしなやかに下から上へ、巨大な紫炎を帯びた刀身を斬り上げる。

 その斬撃は黒竜の光線どころか、硬い皮膚をも切り裂く。

 そして黒竜は皮膚を紫の猛毒で溶かていきし、元の透香の姿へ戻っていく。

 二人とも空中から落下して気を失った。


「り、鈴!大丈夫!?――って愛美!」

 並木道を愛美を背負ってきた鈴は、急いで空気抵抗操作の能力で走ってきた未来と父、

俊幸と居合わせる。

「お、お兄ちゃんが……えぐっ、ひぃ」

 愛美を背負いながら未来に抱きつく鈴は大粒の涙を流している。

「パパ!」

 未来が俊幸に頼ろうとした時、既に彼はまた高速で駆け出していた。


――五時間後――


 ゆっくり目を覚ますと高貴な城内の天井が見えた。

 ランプの穏やかな光が差し込む。

 周りを見渡すと、左側に銀色の髪が視界に飛び込んでくる。

 結衣が椅子に座りながら、ベットに顔を埋めて眠っていた。

 後ろに丸く纏められた団子の三編みが、明かりに照らされ輝いている。

「あ、ありがとうな」

「パパ……ママ……うぅん……」

 彼女は頬を緩めながら寝言を呟いている。

 数年前にジーニズの暴走で、亡くなってしまった結衣の家族のことを思い出すと胸が痛

くなる。

 更に見渡すと、そこが地下の医務室であると気付く。

 上体を起こして彼女の頭を撫でているとゆっくりと目を覚ました。

「うぅん……?」

「起こしちゃったか…?」

 寝惚け眼でこちらを見ながら数秒止まる。

「んっ!?」

 途端に彼女の顔が真っ赤になる。

 手をどけると少し残念そうな顔をしていた。

「父さんを呼んでこれるか?」

「ひゃ、ひゃい!」

 噛んだことで更に彼女は顔を赤くしながら、逃げるように医務室から出ていった。

「ジーニズ?」

 鞘に入った妖刀村正はベットの側に立て掛けてあった。

 だが反応が無い。冷や汗がどっと沸きだす。

「ジーニズっ!?嘘だろ!?」

 急いで柄を掴み問い掛けても反応はない。

 そうこう焦っているうちに父さんが医務室に入ってきた。

「乱威智!起きたのか?」

「あ、あぁ……」

 彼は俺の寸前までの慌てようを察したのか、溜め息をついていた。

「無茶し過ぎだ。まったく……」

 全くもってそうだった事を、数時間前の行いを思い出し自覚する。

 彼は椅子ではなくベットに腰を下ろす。

「大丈夫だ。焦るな。今はゆっくり休ませてやれ」

 俺の持った村正を見定めるかのように見るとそう答えた。

 安堵の息を少し吐くと、彼は咳払いをした。

「名刀や妖刀でも無理に使ったら壊れる。これを気に制御することを心掛けるように」

 更に先生ぶった口調で俺に優しく注意を促した。

「あぁ、気を付ける」

 そう答えると今度は顎に指を当てながら、悩んでいる様子をしている。

「お前が今後気を付けるなら、その器?とやらの刀の専門家を探してやらんこともない」

「ほんとに!?」

 それは食い付かざるを得ない条件だった。

「昼に奈央さんと話しててな。アビルバーグに神器を研究している部署があるらしい。今

度訪ねてみたらどうだ?って言ってもお前が行ったら厄介事を引き起こしそうだ……」

 奈央さんというのは幸樹の母の華剛奈央さんのことだ。

 父さんと同じく地球から来た立派な騎士だったと聞いている。

 だから彼女なら父さんの昔のことも知っているのだろう。

「わかったよ」

「まぁ大丈夫さ。でもやっぱり僕が明日連れていくよ。人脈の強い人の方が色々と顔も利

くかもしれない」

 彼女も紫色の天然パーマ、ロングヘアで慕う人も少なくないとは聞いている。

 そう、単刀直入に言うとタイミングが悪く、あまり人伝いでしか話したことがない。

「だ、大丈夫なのか……?」

「何とかなるさ!父さんに任せてくれ!」

 父さんは笑顔でグットサインをする。

「お前の時間が合えばついていく。その方が話が早いだろう?」

「あ、あぁ。ありがとう」

『ギシギシ……』

 少し扉が動く。

「あっ」

 俺と父さんが同時に声を上げる。すっかり結衣の存在を忘れていた。

 扉をゆっくり開けて結衣が丁寧に入ってくる。

「わ、私はどうしたら……?帰った方が……」

「気なんか使わなくて良いから!ほら、ゆっくりしてって」

 父さんは立ち上がるとゆっくり部屋を出ていこうとする。

「もしかして、調査?」

「まあ、そんなとこだ……」

 確かに公共敷地内でドラゴンが暴れたというのに、父さんが動かない訳にはいかないだ

ろう。

「ご、ごめん……なさい」

 恥ずかしいがしっかり謝ることにした。休日を無駄にさせちゃって申し訳無かった。

「いいんだ。気にするなー」

「あと父さん、最後に一つ」

 すっかり忘れていたが聞きたいことがあった。

「あの子はどこに?」

 流石の父さんも少し黙りこくってしまう。

 触れない方が良かったが、聞かずにはいられなかった。

「地下二階の隔離病室だ」


 この城には様々な施設が存在する。

 地下七階まで続く牢や病棟、尋問室、研究室、隔離実験室、宝庫、戦闘器具倉庫等があ

る。

 最近に出来上がった城内のエレベーターでは地下二階のボタンは無い。

 階段で移動し沢山の指紋認証式ゲートを開かなければ地下二階には入れない。

 そこでは隔離実験で最新の兵器の研究や、感染病患者の隔離病室等が存在する。

 数百年前に大量の能力覚醒者を移民、拉致をしたときに使ったと聞かされている。

 身内の中で限られた人しかこのことは知らない。

 兄さんが星を出ていった後に、国王である祖父がその事情も俺に教えてくれた。


「様子を見たいなら後にして欲しい。今日はここに泊まってくれ。愛美も隣の医務室にい

る」

 それだけ伝えると素っ気なく父さんは部屋を出ていく。

 しばらくして結衣はこちらを向いて困惑している。

「私は泊まったらまずいし、帰った方が良いのかな……」

「俺のそばにいるならそんなことは無いんじゃないか?」

 彼女の困惑した表情が赤くなったと思いきやそっぽを向いてしまった。

「だって私……部外者だし」

「そんなことは無い。結衣ちゃんならってじいちゃんも許してくれるだろ」

 そう言うと彼女は黙ったまま、背を向けてベッドに座る。

 そのまま俺の足側に横になってしまった。

「おーい?大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 横になったまま空返事をしている。

 父さんがいなくなった後の、ふんわりしたその仕草にギャップを感じてしまう

「明日、未来と一緒に出掛けるんだが一緒にどうだ?この前言ってた息抜きだ」

 まあまだ彼女を誘っても無いのだが。

 結衣は少し考えていたのか数秒間が空いてから答えてきた。

「遠慮しとくわ。私がいたら怖がって息抜きにならないんじゃない?」

 鈍感な俺でも少し拗ねた口調なのはすぐわかった。

「そんなことは無い。ジーニズと俺を見て笑う結衣が……素敵だって前に言ってたぞ」

 反応が無い。未来がどう思っているとかそういう問題ではなさそうだ。

 こんな場面で名前を呼ぶのはやはり恥ずかしかったが、それでも折れたりはしない。

「それで結衣が寂しくなるのは……嫌なんだ。ついてきて欲しい。一緒にいたいんだ」

 言っててすごく恥ずかしいが、これぐらいしないと頑固な結衣には想いが伝わらない。

「むふっ……そうね」

 彼女が一瞬笑ってくれたことに自然と笑みが溢れる。

 どう思ってるかは伝わらなくても、彼女が笑ってくれるなら何だってできる気がする。


 しばらくしてから愛美の様子を見に行った。

 容態は多少の打撲などで済んだ様ですやすやと眠っていた。

 結衣と一緒に愛美の近くにいようとしたが、休んでおきなさいと断られた。眠ってる顔

見られたくないとも言われた。

 鈴が不服そうに着替えを持ってきたりもしたが、その日は一向にジーニズが目を覚ます

気配は無かった……

 そしてえぐり切った体の傷はすべて塞がっており、驚くべき早さでかさぶたも無くなり

痕になっていた。

 前回の戦闘から異常に体の回復速度が早まっていることに、ただただモヤモヤとした違

和感を感じていた。


 あれから結衣も恥ずかしながら城に泊まった。

 翌日の朝には迎えに来てくれた未来と、結衣の屋敷に戻ることに。

「準備できたかー?」

 俺は屋敷で着替えている結衣と未来に声をかける。だが反応は無い。

 愛美のことは、城で引き続き母さんが看てくれているということだった。

 しばらく空白が続いた後、未来が結衣を引っ張って連れてきた。

「おまたせぇー!」

 未来には少し大きめの、白にカラフルペイントが施された半袖ロング丈のシャツだった。

 下には見えるか見えないか位の青いジーンズのショートパンツを穿いている。

(見えないとめちゃくちゃ……)

 だが結衣は彼女の後ろに隠れたままで姿を現そうとしない。

「ん?どうかしたのか?」

「いやぁ結衣ちゃんの家ってドレスとかしかないのかなぁと思ってたけど、可愛い服沢山

あってね~」

 未来が不意に退いたことで、結衣の服装が露になる。

「あっ……」

 白いワイシャツにチェックの赤いミニスカート。シャツははみ出している。

 頭には……赤いリボンをつけていた。

 やっぱり結衣を誘ったのは大正解みたいだ。その姿に未来と俺も満足している。

「結果、やっぱりシンプルな物にちょっとしたチョイスが似合ったね……!」

 未来は小さい体躯で胸を張り、自慢気にしている。

「確かに……可愛いな。普段もっときっちりしたの着てるもんな。意外と似合ってる」

 結衣は顔を真っ赤に染め、顔を隠して部屋に戻ろうとする。

「だーめ」

 未来が彼女の背後から抱き着き、引き止める。

「ほら、もう出ないと時間無くなるぞ。俺も暇じゃないんだ」

 どうしようもない不安から出てくる尖った言葉にふと我に帰った。

 そうすると二人は少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 完全に今回のことは俺の責任だ。

 この二人を心配にさせては、楽しみにしていた気持ちを台無しにしてしまう。

「ご、ごめん……別にゆっくりでもかまわない。母さんもいるし、ジーニズは父さんに預

けてるし、今日は一日使う」

「私のわがままに無理して付き合わなくても……」

「違う!俺だって楽しみにしてた!だから昨日も、このために……頑張れたんだ。無理な

んかしてない」

 途中で言葉に行き詰まりながらも未来の不安をかき消そうとする。

 結衣が彼女の前にしゃがみ、彼女の目を見上げて優しく話す。

「ねぇ未来……私と乱威智を連れていきたい場所、あったんでしょ……?乱威智から聞い

たよ?私も未来がどんな所行きたいのか知りたいの……だめ、かな?」

 側から見ている俺の胸は、リボンの可愛さも相まって弾け飛びそうだった。

 これを直接見ている未来を少し羨ましいと思ってしまう……


 そして結衣の屋敷を後にして、住宅街を離れた町へ行くためにバス停に向かった。

 住宅街の中には大通りもある。そこを行き来するのは自動車等である。

 数十年前までは人力車、竜車という竜が乗り物を引く事が多かった。

 だが竜と対等であるためということを提唱され廃止された。

 そうして地球からやって来た機械進歩の情報を元に国家資源、輸入資源で開発したそう

だ。

 最近、城付近の住宅街では小型バスが発達しており、タクシーを見かける事も少なくな

った。

「あっ……!コマちゃんだ!」

 そう、未来が言うようにその小型バスは、コマちゃんと呼称されている。

「最近増えたよね、ほんと。どこでも通れてるのよく見かけるわ」

 結衣が続けてそう答えた。

「確かにそうだな」

 普通のバスの二分の一程のサイズで縦に長く、二階型のためどこでも通れるだとか。

 だが街へは大型バスでしか行けない。

 まだあまり台数が普及しきっているという訳ではない。

「可愛いよねぇ~」

 これまでの未来を見てわかる通り、彼女は可愛い物が大好きだ。

 自分のフラットな見た目を否定しない理由もそれだろう。不満は全く無いらしい。


 大型バスに乗り、街のある都市部へと向かう。

 竜と人間が暮らすこの星は大きく三つの地域に別れている。

 その中のフィオーレ・アフラマズダー王国の最大都市地区、フィオランテ。

 二人がバスの中でじゃれあっているのを見守っていると、あっという間に到着した。

「ついたぁー!」

 未来は腕を伸ばして、欠伸をしながら唸っている。

 そして都市のビルには日本語や英語の業者名等が刻まれている。

「ちょっとー!もっと近くに来なさいよ!」

 俺がよそ見をしてると、彼女達から距離が離れていた。

 そのことに未来は不満を示している。

「悪い。ビル見てた」

 二人の元へと駆け寄り、総意でショッピングモールに向かうことになった。

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