5章 結衣決戦編

第21話~竜神の謎~

 午前の座学授業は半分眠りつつも無事に終えた。

「にぇむい」

 未来が用意してくれた弁当を、食堂で頬張りながら呟く。


 気が付いたら隣には結衣が座っていた。

 二年程前から、学校ではいつも一緒に昼飯を食べている。

「ん……まったく」

 学食を食べている結衣は、それを飲み込み呆れた表情で答える。


「ああは言ったけど、君はどうやって手掛かりを探すんだ?」

 話を切り出す様にジーニズが質問を飛ばしてくる。まだ答える位の力はある。


「奴等の家を探し出す。そこに手掛かりがなければ……」

「なければ?」

「父さんに頼むしかない」

 考えてもそれしか結論はそれしか出なかった。今の宇宙での情報を取り入れるにはそれしか……


「無計画過ぎ」

 優華が食べ終わったであろう弁当箱を持ちながら、向かいの席に寄り掛かる。

 そして呆れた声で悪態をつく。


「仕方ないだろ。見ていられなかったんだ」

「ま、潜入するならあたしを頼って頂戴。それじゃ」

 彼女はそれだけ言い残して、食堂を出る未来と幸樹の後を追った。


「あの子が帰ってこない以上、次の駒が愛美ちゃんを狙ってくるかもしれない」

「なんでそう断言できないんだ?」

 ジーニズの推理は断言しない事がよくある。だがそこだけ少し不自然に思えた。


「あの子が愛美に肩入れしてた可能性があるってことよ」

 結衣がその問いに答えてくれる。

「そうかなぁ」

「見てれば分かるでしょ。余程信頼してたのね」


 透香が学校についていきたいと我が儘を言った。だが父さんが許してくれていた。その代わり、父さんが近くで監視するという条件付きだが。

 昨日聞いた話だと、彼女は昔、愛美が近くに来て目を覚ましたと……


「そうか!」

「いきなりどしたの?」

 結衣が不思議な表情でこちらを覗いてくる。

「奴等の目的。それはこの星の混乱なんじゃないか?」


「どういうこと?」

 結衣が困惑の声を上げる中、父さんが後ろから近付いて来ていた。

「教えてくれ。乱威智」

「父さん……!見てなくて大丈夫なのか?」

「それより混乱とはどういうことなんだ?」

 父さんは真面目な表情だ。俺は真剣に続きを話す。


「透香は昔、愛美が近付いた事で、謎の昏睡状態から目を覚ました」

「あぁ、話を聞いていた時もそう言ってた」

 父さんが相づちを打つが、俺はそのまま続きを説明する。


「未来との戦いの後からあの子は俺達に接触してきた。そして目的ターゲットを愛美に絞った。つまりそう接触させたのは、透香の竜化の暴走が狙いだったと俺は思う」


「なるほどね。でもそれって愛美に近付けたら尚更……」

 結衣の言う通り、普通は近付いてはダメだと思うはずだ。


「でも何もなかった。むしろ良い方向に向かってる。そうだろ?ジーニズ」

「その通りだ。雰囲気と一致するかのように、能力も落ち着いてる」

 俺も二人の笑顔を見た時、そんな感じがした。


「透香が家族の話をすると、何か危うい感じがするんだ。あの竜化は極度のストレスを溜めることによって起こるとしたら……愛美の未来を思い出すことによって起こるあの暴走、同じ精神能力影響の体質と同じ。つまり奴等がジーニズの兄と同じく、彼女に恐怖を故意に植え込んだ可能性がある」


「精神能力影響……どれもこれも愛美と置かれた状況が一緒ってわけね。互いの暴走を故意に狙ってたってこと?」

 結衣の資料を調べた内容と、奴等のやったことを繋げ合わせて聞いてくる。


「そうだ」

「でも兄さんは知っての通り、馴れ合いを好まない。奴等に利用されるとも思えない」

 俺が一返事で答えると、ジーニズが兄の詳細を語る。


 俺はここで聞くしかないと思った。

「そういえばあの時言ってたよな。なんでお前の兄貴は、んだ?」

「まさか宇宙で闘争してたってことか!?」

 父さんが周囲を気にしつつも、焦った表情を露にする。

 結衣は俺達を凝視……いや睨んでいる。


「僕らは、禁忌を犯して取り込んだんだ……暴走したこの地の竜神達を」

「…………?」

 皆、驚愕の表情を浮かべることしか出来なかった。

 デスティニーの言っていた禁忌って話がやっとそこで繋がった。奴はベヒモスを、ジーニズはジズを取り込んだ……!?

(じゃあこいつらは一体何なんだ……?)


「じゃあお前らは何者なんだ?」

「わからない。取り込んだ時以前の事を覚えてないんだ……」

 思った事を直接聞くが、本当に思い出せないようだ。

「でも意志だけは!暴走した三竜神を取り込み、この地を守ろうとした意志だけは残ってる……!」

 彼が本心を伝えるが……隠していた事が事で、俺達は困惑していた。

(竜神の使いどころか逆に喰らっていたのか……!)


「じゃあその意志を見せなさい。この後すぐよ」

 結衣は見下す表情冷えた声で、それだけ言い残し食堂を去っていった。

(い、嫌な予感がする……俺、寝不足なんだけどな……)


「まさか最期の審判……?地球のインドに伝わるゾロアスター教では、その善なる神がアフラ・マズダなんだ」

「この国の名前ってそんな意味だったのか……」

 父さんは地球出身だしその手の神話の知識は詳しい。


 だが、この星の地名が地球と関連性がある事に驚く。

 何故なら人間が星に辿り着くまで、ここに住むのは竜達のみだったはず……


 それに、兄さんがまだいた頃に聞いた話が引っ掛かったからだ。

 三つの地名のアフラマズダー、ヴァルナ、ミスラは、人間がこの星に来る前から残っている地域の名称だと。

 そう竜達から聞かされていたそうだ。


 兄さんやじいちゃんに聞いても、初代の正確な年数は分からず、数千年前とされているらしい。

 兄さんなら竜の声を聞けたから本当は知っていたのかもしれない……

「そのゾロアスター教が正しければ、アフラ・マズダが悪なる神アンラ・マンユを倒すことで、最期の審判が起こる」

「悪なる神か……」

 俺はその知識をただ聞いていた。


「死者は全員復活する。教を信じなかった悪は、三日間地を溶かす彗星に苦しむ。信じた善は報われる」

「ああ、その通りだ。その知識は残っている」

 ジーニズの同乗する言葉に、ますます彼の正体が気になる。

(地球人なのか?それとも超越した神が本当にいるのか?)


「あとそのゾロアスター教にこんな文書があったんだ」

 父さんがおもむろに取り出す一枚のコピー用紙。そこにはこう記されている。

 ザラスシュトラ以前のインド、イランのアーリア人の信仰においての記述。

 すでに「三大アフラ」として叡智の神アフラ・マズダー、火の神ミスラ、水の神ヴァルナが存在していた。

 そのため、単にアフラ・マズダーやミスラを信仰しているというだけでは、厳密にいえばゾロアスター教徒とはいえない。

(こ、これはこの星の三つの地域名……?)


「ジズやリヴァイアサンやベヒモスが供物として捧げられるのは、旧約聖書の世界の終末……ユダヤ教だ。ユダヤ教はそのゾロアスター教の影響を強く受けている」


「ベヒモスについての資料も持ってきた」

父さんはそう話し続けると、持ってきた紙束の資料を広げる。そこにはこう記されていた。

 神が天地創造の五日目に造りだした存在。ベヒモスが神に造られ、海に住むリヴァイアサンと二頭一対を成すとされる。

 空に住むジズを合わせて三頭一対とされることもある。

(やっぱり三頭一対……)


 俺は続けて文書を読む。

 レヴィアタンが最強の生物と記されるのに対し、ベヒモスは神の傑作と記され、完璧な獣とされる。

 世界の終末には、ベヒモスとレヴィアタンは四つに組んで死ぬまで戦わさせられ、残った体は終末を生き残ったの食べ物となった。

(選ばれし者……?それがジーニズやその兄って事なのか?)


 それを読み終わったタイミングでジーニズが喋り出す。

「この旧約聖書だけでなく、ゾロアスター教と呼ばれる教えにも三頭一対の思想が強いな。それに地名まで神の名として伝わっているとは……だからこの星にも、その三竜神となった竜神が信仰された。僕がジズを喰らって、意識が戻したのは王国が発展途中の……」


 ジーニズが口ごもった。発展途中の後で口ごもるってことは、つまり目を覚ました時は……

 じいちゃんから教えてもらったあの時代。日本から拉致を繰り返していた暗黒時代の事だろう。


「二百年前か――その時に何かが起こったのかもしれないな……」

「何故星の生態系が急に崩れて、日本人を大量に連れてきたのか。審判と終末。何か関係がありそうだが……」

 俺に続いて父さんも考える素振りで呟くが、謎が深まるばかりだ……


「わからない、僕には思い出せない……」

 ジーニズは暗い口調でそう呟いた。

(だけど……!迷う必要は無い。俺が一度迷った時、こいつが正してくれた。今度は俺の番だ)


「そうか……教えてくれてありがとう。だけどまずは前を向かないといけない。分からなくても俺にとってお前はジーニズだって再確認出来たよ」

「ありがとう。分からなくて迷ってたみたいだな」

 素直な気持ちを彼に伝えると、安心したような口調でそう答えてきた。


「そうだな。二人とも結衣ちゃんの機嫌直すため頑張ってこい!」

 父さんがいつもの笑顔で俺達を元気付けてくれる。そしてその場を後にした。


「俺が藤慈さんに聞いても答えてくれるだろうか……」

 俊幸は愛美と透香の元へと戻りながらも、小さな声で呟いていた。



 午後の授業のバトルロワイヤルもとい……トーナメント戦のために校庭へ向かう。

 今更だが、こういう形式は自由トーナメント戦と言うのだろう……

(また父さんの天然が出たな……)


(それより結衣はどこだ……?)

「あ、いた」

 ストレッチを行う生徒で賑わっている中、銀髪の彼女の姿がちらりと見える。


 彼女の服装はいつもと変わらず正装で、でも……何か雰囲気に違和感を感じる。

 気迫が違う。周囲もその気迫に圧倒されていた。

「乱威智――腰の剣が見えるか?」

 ジーニズに聞かれて、彼女の腰の辺りを見てみると……いつもの剣と違った。


 白く煌めき、細くも綺麗で不気味な鞘。外装は茨の様な形で模られ、様々な紋章や読めない文字が黒く刻まれている。

 そして柄全体には、白と黒の不気味な模様が描かれていた。

「あれは太陰太極図?あんな模様のついた細剣見たことないぞ……」


「本気みたいだ。運が悪かったな」

 いやおかしいだろ。どちらかといえばジーニズのせいのような気が……

「いやお前がこんなとこであんなカミングアウトしなければ……」


 そうすると食い気味で彼は答えてきた。

「元々君が教えてくれって言ったんじゃないか。それにいずれ言わなきゃならなかったし、こうなるのは変わらないと思うぞ」

 確かに秘密をまた明かしたら、彼女は平常心を失うことに違いはない。理に叶っている。


「あの刀とあの重い不気味な雰囲気……何なんだ?」

「那津菜流細剣術って知ってるか?」

「な、なんだそれ?」

(そんな剣術聞いたことない……)


「要すると危険で捨て身な剣術だ。それで死んだ奴らを僕は沢山見てきた」

「な、なんでそんなのを!?」

(そんなことしたら結衣に危険が……!)

 そう思った時だった。


「随分甘く見られたものね」

 彼女の声が伝わった時にはもう、俺の首筋に白と黒の剣先が突き付けられていた。

「なっ……」


 剣の効果なのか魔法なのか分からないが、金縛りの様に体が硬直する。

 だけど彼女の目を見るとその原因がすぐ分かった。

 黒い瞳の中に、白い輪が二つ浮かび上がっている。


「いつかはあなたを試さなくちゃいけない。今がその時よ」

 口調は先程と同じく冷たいままだった。

 彼女はすぐ剣を下ろし、広いグラウンドの中央北にある第三フィールドへと向かっていく。


 俺もその後を追う。戦いたくないのに足が勝手に前へ歩き出す。

「あ、あの目は……!催眠か?」

「少し違う。戦う意志を無理矢理自分へ向けさせる……挑発みたいなものだ」

(随分物騒な力だな……)


「あれも妖刀か何かか?」

「分からない……那津菜家初代に、地球から来た鍛冶能力者に作られた物だと聞いた」

 那津菜家は初代から続く騎士道の家系だ。だがそんな危ない噂は聞いたことがない。

 そもそも噂自体が少なく、結衣がしっかり切り盛りしてるとしか皆思っていない。

(秘密を知っているとしたら……あの二人くらい……)


「その例の時代で……日本人が来たことにより、剣術を編み直した事で名のある剣士でも恐れる物となったらしい……」

「なるほどな」

 更に強化されたってことか。

 でも今の俺には恐怖など微塵もなかった。むしろ頼もしい。


「怖くないのか?」

「あぁ全くだ」

「まあ……戦ってみれば分かる」

 自分から向かおうとすると、先程の挑発は効果が切れた。



 フィールドに上がり、互いに構える。

 俺は腰を落とし村正の柄に手を添える。

 彼女は直立した状態から鞘から剣を抜くが、その手を下ろしたままだ。

 いつもと構えも違う。

 違和感も感じるが、それ以上に彼女との本気の戦いに緊張している。周りの目も気にならなくなってしまう。


 俺が妖刀村正を鞘から抜きながら、素早く駆け出す。

 だが彼女の姿が消え、一瞬目を見張った。

 その感覚に覚えがあり、急いで体を切り返すが、頬に痛みと強い風が走った。


 後ろを振り返ると彼女の姿は無い。

「っ!!」

 息を吐き出し再度腰を落とす。

「はああぁぁ!」

 その後方フィールド三ヶ所に風が舞い音が鳴る。目の前にまたあの瞳が現れる。

 白い輪が白い光の跡を残し、一瞬で左下へと流れていく。


『キィィン』

 村正の刀身が細剣を受け止めて高い刃音が響く。どちらの力も強すぎて、刃が後方へ弾けて手が後ろへ回る。

(細剣でこの威力……重さが腕に……!)

 彼女の目は俺を見たままだ。だが細剣の風切り音で分かる。

(次は右上だっ!)


『キィィィン』

 すかさず右上に村正を振り翳す。剣の弾ける高い刃音がする。次第に彼女の力が強くなってきている。

 攻撃も早く、音で反応して防ぐのもギリギリだ。

 今のところは彼女の力に合わせて様子を見るしかない。この速さなら下手な動きをすればすぐ隙を突かれる。


 だけど異変はそこで起こった。彼女の細剣の風切り音が聞こえない。

 恐らく弾いた刃先の高い刃音で聞こえ辛くなっているのだろう。

 俺はそっと目を閉じ、肌の感触で細剣の切る風を察しとる。


 左肩を狙った上からの斜め斬りだ。

『キュィィィィン!』

 俺は彼女の振り下ろす細剣を、右手の村正で刃で受け止める。その細剣の刃を軸に、村正の刀身を使って体の空気抵抗を減らす。そしてそのまま高速で体を何度も回転させる。

 彼女の体を後方に引いてバランスを崩そうとする。


 だが感触が薄い。目を開くと彼女は細剣を手放している。

 それどころか彼女の姿がまた見当たらない。この状態から聞き耳や風の感触を辿るのは困難だ。


 回転して縛っていた細剣を振りほどいて、宙に跳んだ状態で体勢を整える。

 体を切り返したと同時だった。直ぐに細剣を取り直した彼女が下から突き上げてくる。


『ギギィィィ!』

 刃先で細剣の軌道を少しずらす。そのまま体を回転させながらスムーズに避ける。

 そしてそのまま空気抵抗を減らし、弾丸のように地面へと潜る。


 普段とは違くかなり速い。俺や未来と同じ位の速さで動いてくる。

 これも那津菜流細剣術という彼女の伝伸能力なのか?

 俺には分かる。かなり空気抵抗を減らしているのだろう。あまり危険な感じはしないが……まぁ油断は出来ない。


 地面から出た後、そのまま抵抗を段々と減らして、一瞬で上空数十メートルへと跳ぶ。

 土を掻いた回転斬りを、ずっと見えない速さで続けながらブーメランの様に高速で宙を舞う。

 そして目を開き、彼女の狙いを定めようとするが……やはりいない。


 考えることはバレバレの様だ。これは本当に真っ向勝負しか無さそうだ。

 体勢を立て直し、空気抵抗を調整しながら地上へ着地する。


「まどろっこしいことはダメみたいだな」

 そう話しかけると目の前の風が舞い、彼女が現れる。空気抵抗の調整だけではなく、風の隠密術も使っていると分かった。


「別に良いのよ。それがあなた達の意思なら」

 あくまで冷静沈着。結衣らしいといえばそうだ。


「来ないなら私から行かせて貰うわね!」

 向こうの攻撃の癖を知るには絶好のチャンスだ。そう思い村正を再び構える。

「まずい!逃げろ!」

 ジーニズが危険を叫ぶ。意識を集中させる。


 だが彼女はゆっくりと細剣を持つ肘を後ろへ引いている。

 そして突き技の体勢を取る。

(あ、あれは……風の抵抗を極限まで溜め込んでいる……?)

 防ぐか避けるか軌道を反らすか……いや避け切れる確証も無い!

 それに先程の風の全威力が、細剣の剣先にかかるとなれば、防ぐなんて自殺行為だ。


 目を張り、直前まで彼女の攻撃を見切る。

「はああぁぁぁ!!」

 それは突き技でも何でもない。今まで見たことの無い、最速強力な弧を描いた強力な突き裂きだった。

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