第25話~乱入者、扇卯豪乱~

「神経が過敏だとその分状態異常に弱い。鈍感は効くのが遅い」

 不意にジーニズの兄が憑依した未来と戦ったことを思いだした。


 未来のあの能力は、体の一部分の末梢神経を過敏にさせて怪力を起こす。

 その間他の神経を鈍化させてくれるから平気だったのかも、と本人も前に言っていた。

「そうか!だから未来には中々効かなかったのか……」

「そうなるな」


(でもどうしてだ?なら幸樹もとっくに眠ってる筈じゃ……)

「あぁ……体中が蕩けるように、怠いよ。けどもう……暴走してるんだろ?」

 彼は体をふらつかせながら槍を地面に立てる。どこからどう見ても顔色が悪い。


「解く方法は無いのか!?」

 ジーニズに問いかけるが暫く反応がない。

(こんな時に考え込むなんて、そんな難しいことなのか……?)


「ふっ。またお前はそこでくたばるのか?」

 気付くと治樹さんが見下すような笑みを浮かべながら、苦しそうな彼に場外から近付いていた。

 これは……あまり良くない。治すどころか反発を誘っている雰囲気だ。


 こんな状態の彼を怒らせて、更に暴走させたくなんかない。

「おい。手を出さないでくれ」

 俺は治樹さんに直接近付いて、幸樹への行く手を阻む。


「ん?解決策でもあるのか?」

 俺と幸樹を嘲笑するかのような表情だ。もしかしたら治す方法が分かってて……!


「あぁ乱威智……負けを……認める。だが!僕にそいつをぶっ殺させろ!」

 幸樹は途中から血相を変えて治樹さんを睨み付ける。

 彼は俺との勝負に踏ん切りをつけたのか挑発に乗ってしまったようだ。


「おい!幸樹!お前もやめろ!」

「殺せるもんなら殺してみろよ!」

 彼を制止しようとするが、治樹さんは槍杖を取り出して振りかぶっている。

「おいあんた!」

「竜骨の紋章よ!凍てつく鋼の冬をっ!」

(まずい!この人俺ごと魔法の詠唱で……)


 その詠唱が光り出した時だった。

 俺と治樹さんの間を、強烈な速さの電磁光線が横切る。

「あたしまた暴走しちゃったからぁ!治療お願いできますかぁぁぁ!?」


 電磁光線の声の先には愛美がいた。

 彼女は周囲数メートルの地面を強烈な電磁波で破壊しまくっている。制止の手すら全く近付けていない。


「邪魔だ」

 治樹さんが槍杖を愛美に向ける。今度は氷と火の力を織り混ぜた光線を発射する。


「はぁ?」

 彼女は雷の球体のような電磁砲を右手で放つ。

 即座に左手で白いレーザーの電磁光線を重ねて放ち、その球体を貫いた。彼女の周囲の電磁波は強さを増して白と紫色を帯びてくる。


 二つの光線はぶつかるも電磁光線が火を熱す。そして氷を溶かした水を、雷のような電気が貫いて轟音を立てた。

『バチバチバチッ!ドオオォォン!』

 そして治樹さんごと校舎の壁へと叩きつける。彼は動こうとするも電磁波を帯びて痺れている。


「あたしの事舐めすぎよ」

 勿論愛美がこんな技を使えるなんて初めて知った。

(だけどそうしてくれた気持ちに答える為にうかうかとはしてられない!)


「ジーニズ!」

「乱威智!幸樹君に近付いて彼の心臓近くに手を当てろ!」

 指示を仰ぐとすぐ返事が返ってきた。

 俺は言われるがまま、痙攣して倒れかけている幸樹を寝かせてそのまま胸に両手を添える。


「次は?」

「心臓を通じて全身の血流から毒素を打ち消す。君はただ力を込めてそれをイメージするんだ!後は僕がやる!」

 言われた通り、目を閉じてその力をイメージする。


「深呼吸だ!二人で合わせてくれ!」

 幸樹もか細く深呼吸をし始めたので、俺もそれに合わせて深呼吸をして力も込める。

「しばらく続けるんだ!」


 それを数分続けると、触れている彼の体から段々と震えが引いてくる。

「よし。後は僕を鞘ごと幸樹君に持たせて、そのもう一方を君が持つだけで良い」

「あぁ」


 言われた通りにして暫くすると彼はむくりと上体を起こす。

「おい。休んでなくて平気なのか?」

「あぁ、おかげで全快したよ。ありがとう」

 彼の顔色もすっかり元通りになっていた。


「これでもう問題はないはずだよ」

 ジーニズも念を押したので安堵の息が漏れる。だけどもう一つの事を思い出した。

「愛美は!?」


 俺達が視線を向けると、隣接した北西の第一フィールドでその戦いは幕を閉じていた。

「あたしの弓の力を借りた射質魔法はあんたの詠唱魔法の弱点みたいわね。しかもあたしの雷の熱は、氷も鋼をも溶かすわ」


 その視線の先のフィールド端を見ると、感電に耐えながら場外へと去る治樹さんが一瞬見えた。

(本当に俺もうかうかしてられないな……)

 彼女も順調に勝ち上がっている噂を聞いてはいたが、俺の予想を遥かに越えていた。



 あっという間に自由トーナメント戦の時間は終わり、教室に戻ってから下刻準備をしていた。


 廊下から視線を感じる。振り返ると、見慣れた水色の髪と青い瞳が一瞬目に入った。

「待たせてるぞ」

「うるさいわかってるよ」


 紺のスクールバッグと、戦闘服や砥石の入った黒のバッグを持ち上げ教室を出る。

 俺の戦闘服は、数か月前母さんが新しく用意してくれた黒い袴と赤い着物だ。


 この学校も初日以降は、訓練以外制服での行動が指定されていた。

 ブレザーとワイシャツとネクタイとズボン。女子は最後の二つがリボンとミニスカートになる。日本の大体の高校生?と同じ服装らしい。


「遅い」

 ドアのすぐ横に寄っ掛かっていた優華が溜め息混じりに文句を言ってきた。

 彼女はブレザーのみを着ず、ワイシャツの上にベージュのセーターを着ている。


「はいはい」

 俺は呆れ気味に答える。

「で、どこに行くの?」

「隣街だ。あの中央都市部から行こう。周りに被害が出る前に」

 俺は目的地を説明するが彼女は何か不満そうだ。

「手応えあるんでしょうね?」

「大ありだ」



 最大都市地区フィオランテに行くためにまた大型バスへと乗る。

 バスの中で揺られている途中、優華が話を切り出してきた。


「ねぇ。先に止めを刺した方が奢ってもらえるってのどう?」

 楽観的な彼女らしい提案だ。だが今回ばかりはそれもできない。


「今回はだめだ。時雨のコピーは、俺が催眠攻撃を放つ前に自害した……」

「そう……」

 先日のこともあり、事実を話したが彼女は肩を落としていた。


「代わりにこういうのはどうだ?捕獲した後、怪我少ない方が奢ってやるってのは」

「はぁ……それもうほぼあんたの勝ちじゃない」

 良い提案だと思ったが呆れた声で返された。でも彼女は笑みを浮かべ、しょげた表情は消えたみたいだ。



 その後、俺達はバスから降りて都市概へと向かった。

「これだけ広いし、人も多いから探すのも一苦労だな」

「そうねぇ」


 だが歩きだしてすぐの事だった。たまたま見た前方のビルの屋上に、何か人影が見えた。

「ん?あれは……」

 次の瞬間、その場所から魔方陣が見える。

「敵だ!」

「え!?どこどこ?」


「ビルから魔法だ!ちょっと失礼」

 そう言うと俺は優華を両手で抱え、向かってくる球体の水の魔法を左へ回避する。

「ちょっ!?これってお姫様抱っこ……」


「そうだけど……元王家だから嫌だったか?」

「ち、違うわよ!す、素直に恥ずかしいのよ!」

 彼女が顔を赤くしてそう答えたので、俺の鈍感さに気付いた。

「すまん……」


 俺は彼女を降ろし、直ぐに妖刀村正を抜刀する。

 それはよく見ると見慣れた人物だった。

「お、お姉ちゃん!?」

 優華が驚きの声をあげる。その姿は茶髪の小悪魔お姉さん、紗菜さんだった。


「おいジーニズ……!」

「間違いない。内部構造は機械だ」

 そう答えると優華が感情的になっていた。

「な、なんでそんな簡単に割り切れるのよ!」

「じゃあショップで働いてる本物を確認してこい!それまで時間稼ぎしてやる!」


「時間稼ぎなんて出来るのかしら?」

 遠くにいた紗菜さんはテレポートの類いで俺の懐に迫ってきた。

 鉄でできた十字架の杖を村正の刀身で受け止める。

「行くなら早く帰ってこい!」


「もう……!」

 優華は呆れた声でその場を去る。

 紗菜さんに目を戻す。

 分身分離二体と共に、村雨の刀身と鞘の二連撃を上三方向から同時に仕掛ける。


迎壁カウンター!」

 彼女がそう叫ぶと青い防御壁に分身は掻き消される。

 俺は村雨の刀身で受け流しながら回転し、宙を舞う。


 彼女は直ぐ様テレポートし、俺の腹部に回転蹴りを放つ。

 だが寸前に前後へ音速移動の立体影を使い、彼女の足の衝撃を緩和する。


 そして彼女の足を掴む。

「触んないでっ!」

(ん?香りがっ……)

 テレポートで次は顔面に蹴りを受ける。


 先程と同じ方法で衝撃を緩和して、受け身を取ってその場から離れた。

「おい!ジーニズ!」

「まさか……いやそんなことはあり得ない!」

(こ、この人……本物の紗菜さんじゃ?)

 ジーニズの焦った口調に戸惑いを隠せない。


「仕方ないのよ……あの子を守るためなら……」

 彼女は自らに言い聞かせるように呟いていた。


「優華ちゃんを追うんだ!」

「残念ながらー?その必要はねぇ!」

 ジーニズが叫ぶと、少し年上の見知らぬ男が背後から声をかけてくる。

「あっ、あんたは!」

 紗奈さんは目を丸くして驚愕の表情を見せる。


 水色の髪、青い左目と紫色の右目、継ぎ接ぎだらけの皮膚。明らかに普通の能力者では無いことは分かる。

「誰……?」

「しょうがねぇ。坊やにも分かるように自己紹介してやろう」


 彼は薄気味悪い笑みを浮かべると右の手の平に炎を灯す。

「あの扇卯せんう王国を焼き付くした……!」

 手の平の炎は巨大化し、冷気を纏う。


 彼は続けて紫の片目を黒く煌めかせながら叫ぶ。

「優華の糞餓鬼の兄のぉ!」

 彼は左手を掲げ衝撃波を放ち、俺達街ごと防壁に包み込む。


「陣無しの結界だ!気を付けろ!」

 ジーニズの注意など頭に入らない。

 何故なら仲間の憎むべき敵が目の前にいる。

 それも一夜で隣国を火の海にした。


「扇卯 豪乱ごうらん様だぁぁ!!」

 彼は右手を地面に叩きつける。一瞬で街の建物を全て凍り、街の機械は次々と爆発する。

 そして街中の機械の緊急サイレンが鳴り響く。

「アーーヒャッヒャッヒャァァ!最っ高の火の海だぜぇ!」


 後ろを振り向けば彼女はもういない。優華の所に行ったのか。

「問題無い?連れてかれてもいいのか?」

 彼は笑いこけながら俺を馬鹿にしてくる。

「おいおい。それ鎌かけてんのか?じゃあ乗ってやるから殺されやがれ!」


 彼は柱並みの大きい杖をどこからか手に引き寄せる。

 その杖は黒い禍禍しいオーラを放ち、彼はそれを掲げる。

 杖の周囲には炎と水が風に乗って舞っている。


最極さいきょく五行相克ごぎょうそうこく黒滅こくめつ死霊秘法ネクロノミコン!」

 彼が長ったらしい詠唱を叫ぶと、振り下ろした杖先に陣が組まれる。

 詠唱陣は縦でこちらを面にしている。そして黒い異空間の丸いホールが生まれる。


 俺は見落とさなかった。いつの間にか陣下の地面が浮き出て、六角形の台座になっていた事を。

「乱威智!避けろ!」

 ジーニズのその言葉を聞き、直ぐに動ける体勢のみ取った。


「馬鹿!あんな五行相克の攻撃をまともに受けたら……!」

 彼はもう一度注意してくるが、俺は俺自身を信じる。

 あれは光線を放つのではない。何かを生み出そうとしている……

窮極きゅうきょくの門よ!扉を銀の鍵で開け!」


 その亜空間は黒く泡立ち、さえずりや呟きに似た音が中から響いてくる。

 そして中が実体化してくると、白黒の世界が見える。白い空と黒い海のようだ。

「あ、あれは……海?」

「ま、まずい……!」

 ジーニズの焦った声色に余計恐怖を感じる。


「少し落ち着け!」

「落ち着けるか!奴が今、何を召喚しようとしてるか分かってるのか!?」


(な、なんかホールの海から薔薇の香りが……?)

 それに海から突き出た石組のようなアーチも見える。

「あれは、何なんだ……?」


「一にして全。全にして一。宇宙の副王と呼ばれる最虚の邪神ヨグ=ソトース……!」

「なっ!邪神って今度はクトゥルフ神話かよ!」

(まーたジーニズの神話の話が始まった……)


「そんなの奴の時現夢界ときゆめにしか過ぎねぇ!目覚めよ!ヨグ=ソトース!」

 豪乱がそう叫ぶと亜空間のホールが広がる。地鳴りと共にホール周辺の物が溶けていく。

 音も強さを増してくる。それに負けない程、囀りと囁きも耳に響いてくる。


 ホールから玉虫色に輝く巨大な触手、虹色で何本もの異形な腕や顔を覗かせている。

「かくなる上は……奴の力を吸うんだ!」

「で、できるのか!?」

(そんな……!世界でトップの邪神の力を奪うなんて、いくらこいつでも出来るはず……)


「僕だって記憶は無いけど力は……!」

「そんな方法じゃまたカウント貯まっちゃうだろ!」

 力だか何だか知らないが自爆覚悟でやるのはもう御免だ。

「とりあえず、いつも通りやるしかないか……!」

 俺は溜め息混じりに呟きつつ、前へと向かう。


「高見の見物だぜ!この星が滅ぶ瞬間をなっ!」

 そう言い残し、豪乱はケタケタ笑いながら転移のような術で姿を消した。

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