第54話~大切な記憶~

「ぐはぁッ!!」

 俺は寝ている状態から弓なりに背を伸ばして目を覚ます。

 心臓の鼓動が戻る衝撃に激痛が走るも、息が整い始めていることに安心を感じる。


「はッ……!?お前リロード……じゃなくてリキャスト早すぎだろ!」

(リロード……?)


「ぐッ……!お前……絶望的な人生かと思ったら……ちゃっかり趣味があるんじゃねぇーか」

 息を絶え絶えしくしながらも起き上がり、奴自身へと問い掛ける。


「ハッ……お前、私が今憑依してることも分かってねーで何言ってんだァ~?」

 奴は引き笑いを起こし、懇切丁寧に現状を説明してくれた。

(親切なこった……)


「じゃあ聞くが、お前

 俺はシュプ=ニグラスについて調べた項目の一つを引き出す。

(そっちが親切ならこっちも親切にしないとなぁ?)


「あーあ、喋らなければ演技でやり過ごせたかもしんねーのに……」

 奴は残念そうに呟いたと同時に俺の目前までやってくる。


「もっかい死ねェェェェ!!」

 奴は即座に頭突きを仕掛けてくる。避けられない速度で。


 俺は奴の両目を隠すように右手を横にして奴の頭を受け止める……寸前に。


 場所を入れ替わった愛美が同じ体勢で呪文を呟く。

「光、闇を閉ざし」


『ドォンッ!!』

 手から放たれる衝撃音と共に、奴の頭を押し飛ばして全身が後方へ倒れる。まるで脳天を撃ち抜かれたが如く。


 奴の能力はうまく働いていないのか、悔しそうに起き上がる。

「クソッ……!なんで……」


 愛美は距離を詰めて彼の頭をがっしり掴む。

「忘れちゃうから勉強はしない? ふざけるんじゃないわよッ!!」


 怒鳴り声から暗いトーンへ変えながらも説得をする愛美。

「これも相対能力が無いと打ち消せない。それを創った本人は知ってて当然。なのにあんたの体に入ったせいで忘れてる」


「その関係で何を生むって言うの? 楽しくゲームがしたかったら、それでいいじゃない! やり方忘れたんならまた一から覚えればいい! 毎日同じこと繰り返してもバカな訳無いでしょ!!」


 俺は彼女の動きを見て動かなくてはならない。

 でもそれは……その内容は……


「それを繰り返してあたし達は生きてる! アイツらの創った世界に生かされてる? 正気の言葉とは思えないわ」


「あたし達が生きる為にこの世界はあるの!」

 俺がバカなことをした時、未来が落ち込んでた時だってそう。彼女はいつも簡単に……


「だから、やりたいことを好きなだけやって死ぬ。生かされてる奴とだったら断然カッコよくて誇らしい。そう思わない?」


「そうだね……だったらまず、その逆算を用いて反対物質から……」

 ベルフェゴールの中に潜むシュプ=ニグラスは、能力の逆算をしているのか虚ろな瞳で呟き始める。


「シュプ=ニグラス。あんたには欠点が二つあるわ」

 愛美はそう宣言する。


「は?」



「勿論、乗り移った者の脳のレベルに合わせられることもあるけどそれ以前に……」


「あんたは邪神の呪いで神を殺せない」

 彼女は堂々と言い放ち、さらに精神を追い詰める。


「なッ、そういえば……クソッ!」

 奴のその思い出したかのような素振りに違和感を覚える。

(ん……? でもなんでそれは思い出せるんだ?)


「あたしが出た時点で大人しく敗けを……」

 愛美が手を離した瞬間、奴の頭から血が流れ黙ってしまう。


 奴の瞳はギラリと黄色い光を放つ。

「そうかそうかァ……天邪鬼ってそういうことなのかぁ~」


「アハハ、お前ら息が出来て幸せだな?」

 奴が次に放った言葉の直後、息が詰まる。


「がッ……!」

 刀を持ったままの右手を胸に押し当て着物をがっしりと掴む。


 俺は咄嗟に彼女を心配して顔を向ける。

 苦しそうに胸を押さえている!

 膝から崩れうずくまり、震えている……!


「ッ!!」

 根性で抜いていた刀を脇腹に刺す。

 そのまま内蔵を切り裂き……


『グチャッ』

「ぐふァッ!!」

 血を吐きながらも一気に心臓へ届かせる。


(ごめん……ジーニズ)

 心の中で訴えかけても声は帰ってこな――


「君の意思に、答えるって……! 言っただろ!!」

 苦しそうに伝えてくるその声は耳を、脳を、心を震わせる。


「絶対に……」


「は?」

 ――――はこちらに気付いたのか威圧してくる。


「お前はこんなことするために……! 生まれてきたんじゃない!!」


「はぁ……僕は何も覚えてないから響きもしない」

 その強がりは絶対に助けを求めている。


『助けを求めてるんなら、手差し出す位簡単じゃん! 恥なんて、視野が狭いだけよ……』

 水色の髪のヒーローは俺にそう言っていた。

 彼女達から引き継いだ意思は……


「だったら……! 思い出せばいい! 俺を斬ってでも!」


「…………だったら死ねェ!!」

 彼はそう言ってワープのような魔法で近付くと、禍々しい炎の形の黒い大剣を振りかぶる。


 ジーニズと通う意思のまま、何も帯びてない刀と鞘で受け止める。


 触れた瞬間、彼の力が弱まったのか刀が割れることは無かった。


「俺は、お前を、信じてる……!」


「は、はっ!?お前なんかに何が……!」

 彼に動揺の表情が現れる。

 もう目を逸らす必要もない。


「お前の名前は……」

「喋るな!!」

 彼はもう一度大剣を無我夢中に振りかぶる。


 誰かに分かってほしかった。理解してくれる人に戻ってきてほしかった。

 彼の願望が手に取るように分かる。


(なるほどな、道理で悪魔は一筋縄じゃ勝てない訳だ……)

 父さんの言っていた通り、普通とはちょっと違かった。父さんは俺にこれを……


 刀を構えることを忘れていた。


 肩に鈍痛が走る。


 でもそれは体を切り裂かない。


「なんで……! なんでだ!!」

 力を入れるも、彼は震えてばかりだ。


「ノア。かっこかわいい、名前じゃねーか……!」

 眩む視界の中、なんとか息を続ける。

「やめろ……」


「貧乏でも、お前は母さんの作るパンケーキが……大好きで……!」

「やめろ……!」


 頭に残る彼の淡い記憶を酸欠になりながら呟く。


「銃のゲームが大好きで、でも母親に甘えて、困らせて……でもお前は――」

「やめて……」


 彼はとっきに剣から手を離し頭を抱えている。大粒の涙を流していた。


 大剣は粉となり消えていき、天を舞う。


 傷は塞がり視界の悪さも酸欠も治っていく。

「お前は思い出せる素敵な環境にあった。夢の中でも語りかけてくれる人がいた……」


「…………そんなはず」


「アイツがそれを思い出せないようにした」

「君は……ずるいな」

 彼は震えた声で皮肉を言う。何故なら俺も怒りで声が震えていたからだろう。


「あぁ、俺はズルだってする。だからヒーローに憧れてこんな様を晒してる……」


「今度はお前の番だ。お前は何をして生きて、誰かに胸を張りたい?」

「僕は……」


「お前はその人が笑ってられるように、幸せになれるように……」

「もう、わかってます……!」

 猛烈に恥ずかしくなってきた。


「いやそこ断られると恥ずかしいから」


「僕、いくらでも思い出す努力……してみたいです」

 彼は涙を拭いながら元気よく答える。

 希望に溢れた笑顔で。


「いやスルーしないで」


(俺はまだまだヒーローになれないな……)


「僕もっと頑張るから――」

 殺気が現れるならここだろう。

 抜け目ない奴の狙いを俺は逃さない。


 彼を押し退け、そこに現れていた影の両腕を両腕で掴む。


「けど俺は貪欲だ。分かんだろ?」

 口角を上げ奴に皮肉を言ってやる。

 こんなことをするのは俺と同じタイプの人間だけだ。


「コロス……!!」

 奴は初めて口を開くも会話するのは難しそうである。


「!?」

 ベルフェゴールは驚きのあまり立ち止まっていた。


「愛美!!」

「あいよ」

 愛美は彼の体を抱え上げる。


「お、お前はまだ信用して――」

「ママになってあげましょか~~可愛い坊っちゃん?ふふふ」

 彼女の不敵な笑みが聞こえる。

 敵前ながらドキッとしてしまう。


「邪情を流すな」

 眼前の敵に注意される。


「お前も人のこと言えないけど……なッ!!」

 サタンの魔力で火の竜ファイアドレイクを呼び出す。


 黒雷翼で飛び立つ愛美の離陸をカバーする。


「存分勝負できるだろ?」

「逃走する意思見え見えなんだよ糞野郎ォォ!!」

 奴の背中から伸びる影の腕は空中に伸びる。


 だが俺は楽々と刀を魔法で操り、影の心臓を突き刺す。


「ハッズレ~~」

 煽ってくる奴は自分の状況を理解できていないようだ。


「ざんねーん」

 俺は口角を上げて煽り返す。

 空中に伸びた奴の腕はもう上がらない。


「鎖結界か……ぶち壊してやる!!」

『ガギンッ!!』

 絡み付く見えない鎖を、影の腕は一瞬にしてぶち破る。


再帰誕リバース

 俺は軽く呟いた。

「なッ!?」

 騙すにはそうと思わせない念入りな前提が必要である。


 奴は俺がジーニズ無しでは能力を発動できない。そうとばかり踏んでいた。

 サタンという自分の撒いた種を忘れて。


 能力を出力しているのならば、必然的に入力されるモノに弱い。

 そこに竜の持つ特殊なエネルギーを流す……


「龍脈か!?サタンめ……!」

 体内の神経細胞核で活動している神経細胞シナプス。

 そこに混ざってる能力の元である神経細胞ウイルス。


 奴が人から生まれた能力を全てを持つと言うのなら……

 未だに持っていない竜や神の能力、神経細胞ウイルスに適応、吸収したがるはず。


 奴が吸い出したモノがリバース、つまり自らの再生や生まれ直しを意味するものであったら?

 素で適応すればそれは存在そのものを帰誕させ、タイムループを起こす。


「クソッ!!」

 奴は行動する数秒前の自分に戻り続け、際限無くループを繰り返す。


「俺はズルいさ」

 ジーニズはそれを俺の神経細胞以外の体内組織に当てはめている。

 だから体の回復が早いだけ。


 奴にとっての今回限りの弱点はこれだろう。


 ふと追い討ちをかけようとして刀を……

(こんな軽い気持ちで今まで俺は……)


「ふっ、じゃあな」

 今は逃げることが最善の選択だった。

 後ろで待機していたファイアドレイクの背中に飛び乗った。


 ループを繰り返し、まるでバグったような奴をよそ目に。

「チャンスを一個使っちまったな……」

 ちょっと勿体無い買い物をした気分だ。


 俺は愛美じゃない。人質が取られていないのなら退くしかない。


 でも耐性と言うものは誰にでも存在する。

 いつかはそれがあだとなるかもしれない。


 でも俺達は今を生きている。


 気を失った刀に目をやり、残りの悪魔のことを考える。

(残りは二体……)


 今度はもっと奴からの侵食度が酷いだろう。

 握りこぶしを強く握った。

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