第55話 ~約束の真意~

 ファイアドレイクに乗った後、急いで上空へ飛び立ち宇宙船に戻った。


 先行していた愛美が電磁力で船を星に近付けていた為、呼吸困難にならずに済んだのである。


 戻ったら父さんは気を失っていた。


 愛美が電磁波で目を覚まさせると、周囲の状況を確認するなり、ノアに目をやった。

 目が点になっていた。


 その後、帰ってきた俺を認識したのか目が合う。

「俺、ちゃんと向き合――」


「すぴ~~」

 愛美に抱っこされたノアが寝息を立てる。

 俺の言葉は遮られてしまった。


「ほら、もうついたよ~」

 彼女はノアを揺らしながら優しい口調で語りかける。


 そのまま何事も無く船内に入っていく。


「よかったよ」

 父さんは俺に向き直り、ホッとした笑顔を見せた。


「ジーニズが目覚め次第、でいいかな?」

「ああ、お前のその言葉を待ってたよ」

 その日は軽く会話をした後、部屋に戻るとぐっすりと眠ってしまった。



 目を覚ます。宇宙であることから夜か朝かは分からない。

 枕元のスマートフォン端末を手に取り、電源を付けて見ると夜中四時四十四分。


「ふ、不吉……」

 そう呟き、体を伸ばす。

「風呂でも入るか……」


 この宇宙船内にはシャワーだけでなくしっかり浴槽もある。


 脱衣所の電気が点けっぱなしになっている。

「誰だ点けっぱな……」

 ドアを開けると下着姿の愛美がいた。

 またブラジャーのホックに手をかけたまま、こちらを凝視している。


(え? な、なぜ? 俺は幽霊でも見てるのか?)

 目をこすってみても景色は変わらない。


「あんたまさか……いやこんな時間だしわざとではないわよね」

「まあ、はい」

 適当な返事をする。

 彼女はどうやら風呂へ入る前だったのであろう。髪が濡れていない。


 全裸のままで乾かすような水色髪の女とは違うだろう。


「入るとこだったら俺は後からでも……」

 見てしまったことに気を使って、きびすを返して脱衣所を出ようとする。


『ガシッ』

 その腕を彼女に掴まれる。


「疲れて帰ってきて寝てた弟にそんなことさせるほど鬼畜じゃないわよ……」

 溜め息混じりにこちらを気遣ってくれる。


「いいのか? 先に入っても」

「…………」

 無言で気難しそうな顔をする。

 そして俯くと顔を赤らめる。

(な、なんで?)


「え? だ、だめなの?」

 こちらも困惑してしまい、もう一度聞く。

(もしかしてこれって……)


「俺が入った後のお湯が嫌……とか?ならシャワーだけで――」


「違うのっ……! そんな鬼畜な事も言わない……!」

 何故かモジモジしていて掴んだ手は一向に離してくれない。


(待て待て冷静になれ俺……! 相手が好きだと勘違いしたら男は終わりだ! 男は終わりだ!)


「じゃあつまり……俺には直ぐに風呂場に入ってほしくて、愛美は先に湯船に浸かりたいってこ――」

「違うの」

 途中で遮られてしまい鼓動が早くなる。


(何で? いやもう分かってるけど! 一緒に入りた……あ、そうか!)

「あー、背中流したいってことね。なんか……ありがと」


「そ、そうよそう! 疲れたあんたに姉ちゃんが気を使ってやってるんだから……!す、すぐ感じ取りなさいよね……」

 最後の方になるにつれて声は小さくなり、目が動揺している。

(前の結衣との時とは偉い違いだな……凄い緊張なさってる……)



 彼女はしばらく後ろを向いてくれていたので、俺は服を脱いでタオルを腰に巻く。


 もう一度冷静に考えていた。

(あれ? 俺は風呂場から出ずに愛美が湯船に浸かるって……あ、まあそうかタオル巻いたまんまでいいのか。なら平気か)


 兄弟間ならこれ位はオーケーみたいなのはよくある。

 俺と愛美のがさつな関係ならなおさらだ。


(前回のことで意識しすぎてるとか……あれ、あっちも俺を……)

 腰巻きの準備もできたので振り返ってしまう。


 下着姿でスマートフォンをいじる彼女は先程の動揺など全く感じなかった。


(気にしすぎか……)


「お、何のゲームやってんだ?」

 気軽に話しかけて画面を覗く。視界端にブラジャーが映っているが気にしない。

 姉弟だし、今はゲーム画面に集中する。


「この女の子達を動かして敵を潰す戦争ゲームよ。あの子と一緒にできるかなと思ってね」

 男の子が好きそうなコンテンツで、女の子が好きそうなデフォルメキャラが画面を動いている。

 彼女の指操作で自由自在に。


「確かに良さそうだな。てかあいつってこれからどうなるんだろな」

 ふと気になったことを聞いてみる。


「あいつ呼びはやめなさい。ノアって呼ぶんでしょ?」

「そうだったな」

 注意される。確かにそうだった。そう呼んでやらないといけない。


「入院なんてことにはしたくないし、でもうちにはもうこれ以上……」

 愛美の言う通り、うちは孤児院ではない。


 それに別室には……

「あいつもまだ眠ったままなのか?」

「ええ、まだ眠ったまま目を覚まさないのよね……」

 リヴァイアサン戦で引き取ったレイは未だに目を覚まさない。


「飯とかは食べるのか?」

「ええ、起き上がらせてこっちが口元に運んであげたらね?」

 彼女はスマホゲームの戦闘が落ち着いたのか、ジップロックにそれを入れる。

(ゲーム依存……)


「ちょっと大変だなそれは……」

「あんたが戦ってる間にってのも思ったんだけど、もしあんた達に何かあったらと思うとね」

 彼女は長い髪をポニーテールにして先を団子に纏める。


「ん、ほらあっち向いて」

「はいはい」

 言う通りに後ろを向く。

 鼓動が鳴り止むことはない。でもこれは恋の鼓動ではない。

(うわぁ……)

「俺こいつに興奮してるのか。男って無様だなぁ……」


「こふっ!? ちょっ、あんた何言ってんのよ」

(えっ? なんで漏れた? なんで声漏れた? えっ、何で?)

 自分でも声が漏れたことに認識できていなかった。鼓動が高鳴りすぎて。


「いやっ、今のは……」

 反応で振り返ってしまう。

 彼女はバスタオルを巻く途中で胸を隠していた。

 どうやっても目線は体にいってしまう。


「み、見たいの?」

「え?」

 彼女の変なスイッチが入ったのか急に塩らしくなった。


「あ、あのいつまでもこのままじゃ寒いし……」

「見たいのかって聞いてんだからスルーすんじゃないわよ……」

 ドスの効いた声で顔をガン見されて首元に手を当てられる。


「す、すみません。そりゃ男なんで見たいですけど見せなくていいです。困ります」

「よろしい」

 彼女は少し怒った様子で手を離し、風呂場の方へと向く。



 俺は再度目を背けて、彼女はバスタオルを巻き終わると一緒に風呂に入ることになった。


 俺は堂々と風呂椅子に座るように指示された。

 そして彼女は黙々と背中を洗い、流してくれる。


「とりあえず帰ったら、母さんとか父さんに相談して城か病院で受け取ってもらえるように言うしかないのかな」

 先程の話をぶり返す。


「でもノアは心配ね……」

「そうだな。レイは目を覚まし次第なんとかなるかもしれないが、ノアはあの状況が改善されないと悲しい思いをするかもしれない……」

 話しながら背中は洗い終わり、体も自分で洗う。

 背を向けながら彼女も体や頭を洗い始めた。


「守ったからにはどうにかしてあげたいけどな……」

「うーぶくぶく」

 頭を洗い流している最中だったらしい。


(あれっ、今って……)

 条件反射で後ろを振り向いてしまう。


 タオルで隠していない彼女の後ろ姿が見える。

 そして振り返るのをやめた。

(お尻……頭がおかしくなるぅ……)


 何も考えず、全てを洗い終わりさっさと湯船に浸かる。

 そして壁側を向く。

(落ち着け落ち着け……)


「あんたは頑張ったと思うわよ。あたしは」

 突然素直に褒めてくれる。

「ありがとう……」

 なんとなく彼女が恥ずかしがりながらも一緒にお風呂に入りたかった理由が分かってきた。


(俺と話がしたかったのかも……?)

「帰ったら、皆も俺の事暖かく迎えてくれるかな」

「あたりまえよ。ほら、詰めて。入るわよ」

 彼女が自然に湯船に入り、お湯が溢れる。

 俺は向きを変えて背中を合わせる。


「でも、よく気付いたわね。あたしのハッタリ」

「途中からだ。焦ったけど冷静に考えたんだよ。あれはお前と対称の能力なんかじゃない」

 必ず反対のことになる能力。必ずそうさせる絶対能力。

 その二つの現実は交わっているようで条件が全く違う。


「ええ、能力でない限りあたしの能力には抗えないわ。つまり反対のことになってもあたしの力で戻せちゃう」

 彼女は自信ありげに答えてくる。


 そのハッタリがなければ奴の油断もノアの気も引けなかった。

「でもあんただってしっかり言いたいこと言えたじゃない」


「あいつは悪に全てを奪われて、大切なものに置き去りにされていた。絶対に見捨てる訳にはいかない。お前と優華ならそうするだろ?」

 素直さに含めた皮肉の笑みを浮かべつつ、正直な感想を伝えた。


「人の価値観でよくあそこまでペラペラ喋れたものね」

「ああ、影響されてなければ通じる訳がない」

 見事に返されるも、あえて開き直ってみる。


「でもこれから先、この方法じゃあたしたちは本当の仲間を守れなくなる。あたしはもう昔のあたしじゃない。切り捨てるものは切り捨てるわ」


「甘い考えじゃアイツには勝てない……よくわかったでしょ? 殺す覚悟がなければ……変えられない」


 愛美は淡々と説教じみたことを話すと、湯船から上がってバスタオルを手に取る。

(変えられない……)


「そこは俺がやれってことか……」

 彼女が風呂場から出る際、後ろ姿がどうしても目に入ってしまう。


「見るな」

 見ようとしていたのがバレた。

 彼女は桶でお尻を隠し、バスタオルを胸に抱えて隠している。恥ずかしそうな顔で。


「はいはい」

 目を背けて、ゆっくりと湯船に浸かる。


(まずはジーニズの負担を軽減することから考えなきゃな……)

 風呂で潤った手を掲げて見つめる。

(直接能力を使わず……サタンと協力して結衣と編んだ剣技で追い詰め、最後の一度で決める……!)

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竜が紡ぐ ―竜と人間の星の物語― 涼太かぶき @kavking

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