第26話~外なる邪神ヨグ=ソトース~

「なぁ、聞こえてるんだろ?お前はこの世界についてどう思う」

 俺は奴に問いかける。宇宙の邪神は、自分以下の生物を餌や物としか見ていないと聞いたことがある。


 俺達とは何もかもが違うんだろう。

 そいつは気持ちの悪い肢体をちらつかせ、真っ黒の液体を垂らしている。


 ヨグ=ソトースは咳払いのような呻き声を上げると答えてきた。

「ジズ、乱威智。それをまず貴様ごときは理解も出来ない」


 ジーニズの名前も知っているのであれば本物か……?

 本物の邪神なら、生物の構造や過去も見通せる最強の力があるのかもしれない……


「ゴミにゴミの価値観ってものがあるんだよ。それにあいつから俺にシフトしてもいいんだぞ?」

 俺は天を指差して、豪乱の事を話し説得してみる。


「奴は無茶苦茶で交渉なぞ無駄だ。で、貴様は我に逆らうのか?」

「そうだな。強者には抗ってみたくなるな」


 俺は交渉下である疑問を思い付く。

 ジーニズと同じ神という存在なれば、下らない事にも興味を示すのでは?


「あんたが求めたのはあいつの力か?それとも性格か?」

「貴様には関係ないが答えてやろう。どちらもだ!」

 そう言い、奴は真っ黒の謎の球体を俺に向かって放つ。


 だが俺はジーニズの憑依した妖刀村正で斜めに切り裂き、粒子のようにそれは消えていった。


「なぁ!あんた未来が見えるんだろ?」

「だったらなんだ?」

 奴の手が止まった。

 俺は前々にジーニズから聞かされた能力について気になっていた。

 神の力と呼ばれる未来目視ビジョンキャンセラーという未来予知の能力。だから率直に聞いてみた。


そうだろ?」


「なっ!?それは分からないって僕が答えただろ!?」

 先にジーニズが返答してきた。確かに彼にも前に聞いたことがあった。

 俺が初めて村正を胸に刺して、心刀を使ったあの時。ジーニズの能力を覚醒させた直後に見た夢の話を。


 そんな曖昧な予想など簡単に外れると思っていたが、意外な答えが返ってきた。

「何故、分かった?」

 奴の冷たい雰囲気の言葉に本当だと確信した。

「なるほど。お前達の力が漏れて夢になった。あれがあいつの言った時現夢界ときゆめって事か……」


 時現夢界ときゆめというのは、大きな力を手に入れると第三者の情報が夢になって漏れてしまう。これは国に伝わる、都市伝説のような能力現象だ。


 という事なら夢になる理由はただひとつ。

 前にジーニズが打ち明けてくれた話。彼に眠る竜神ジズの力に触れ、それを介して邪神達の未来目視ビジョンキャンセラーを夢に見た。


『人が神の力を手にした瞬間、未来を予知する事が出来る』

 先日、王城地下図書館の本の記述にもあった。

(あれ本当だったのか……!)


 そしてその後、端末で未来予知の神と検索したが邪神についての情報が出てきた。

 こいつらの力で間違いないだろう。


「神子には邪たる真夢を見せし……か」

「それに怯えて退散するとでも思うのか!」

 俺はそう呟くと、奴は牽制を張るような怒号を放つ。

 奴にも心というものがあるのだろう。先程より低く真面目な声色から、明らかに動揺している事が分かる。奴が豪乱に興味を持ったことからもそう思った。


 でも確かにこちらの思惑位分かってて当然だ。

 それに組んだとして奴に呑み込まれるデメリットを考えたら、俺達が絶対にしないと奴は思うだろう。過去の俺を視てるとしたら尚更だ。


「いい加減能力の種は摘む。こんな腹持ちが悪い奴は面倒だ。さっさと帰って……」

「女遊びか?あんたらについての情報も世界には広まってるって事ぐらい知ってるはずだが……?」

 急にジーニズが強い口調でヨグ=ソトースに問う。


「だとしたらなんだ?」

「あんたのおかみさんとは因縁深き仲でね。いつも僕の探し物の邪魔をしてくる」


「お前……!そ、そうだったのか……?」

 俺はその事実に驚かざるを得なかった。

(ヨグ=ソトースの奥さんも邪神だったのか?俺はクトゥルフ神話はあまり詳しくない……)


「あぁ。無くなってた記憶を少し思い出してきたんだ」

 ジーニズの憑依先が安定しなかったのもそれが理由なのだろうか?


「小僧、まだ記憶が残っていたのか。それもしっかり摘んでやろう」

「記憶操作もできるのか。流石外なる邪神の副王様だ」

 ジーニズが皮肉を言う。もう時間稼ぎは充分だろう。


 突如背後のビルに大きな穴が空く。奴の仕業でもない。

 神共通が恐れるもの。それはきっと人間の意思の力で、矛盾を貫く特殊な絶対能力さいのう


 ビルの穴から綺麗な水色の髪がちらりと見える。

 葵優華が彼女の姉の紗奈さんを抱え、ビルの穴の向こうから拳を覗かせていた。


 水色のポニーテールが怒りを露にするかのように揺れている。その姿も綺麗でかっこいいと昔の事を思い出してしまう。

「やっと来たか。鬼神が」

「な、なんだそれ?」

 俺がそう言うとジーニズは腑抜けた声を上げる。


「屋敷育ちには分かんないだろ。泥の味が」

「は、はぁ……?それよりあの娘、傷は大丈夫なのか?」


 俺達にも聞こえる程の大きな声で優華から返事してきた。

「手術して除去してもらったのよ!」

 それは初耳だったが今は本人を信じるしかない。

「待ってたぞ……!」


「期待されても困るわね……!」

 彼女はビルの穴から俺の隣へと跳んでくる。そして地面にもクレーターのような穴が空く。

 彼女は紗奈さんを安全な場所に横たわらせる。

「あーこりゃ被害総額凄そうだ」

「ふっ、そうね」

 彼女は後ろを向いて軽く笑いながら答える。


「ヴガァァァ!ドォロロァァ!!」

 奴は怒ったような呻き声を上げると、玉虫色の巨大な触手で攻撃してくる。

 彼女はそれを軽々しく受け止めると、そのまま巨大な触手を引っ張り引き千切る。


 その触手の内部もホールのような無の空間が広がっている。

「中々の力だな……!」

 直ぐ様の出来事に奴は驚いている。


「世界の始まり。能力を持つ竜が沢山の星に現れた。侵略した人々はその力を次々と利用していった。この星の忌み嫌われる昔話だ」

 俺は奴の精神を煽るために昔話を持ち掛けてみる


「何を言いたい?」

 奴は不機嫌な様子だが、俺の話を聞くつもりはあるようだ。

「だが人と竜の組み合わせによっては、理屈を無視する絶対の最強能力を作り出してしまう」


「知らないわけないだろう!邪神である我が潰すまでだ!」

「やれるもんならやってみなさい!」

 優華は奴の勢いに負けない程の大きな声を張り上げる。


 ヨグ=ソトースの巨大な触手は再生していた。沢山の触手と優華の右の拳がぶつかる。

 だが無条件で全ての触手が破裂してしまう。


「汚い液体とか跳ねなくて良かったわー」

 彼女は手をぱっぱと払うとまた隣へ戻ってくる。

 俺の出方を伺ってくれてるのだろう。

 全く昔と同じだ。愛美みたいに喧嘩相手へ突っ込んだりせず、俺達を守ることを優先してくれた。


 破壊之鬼手ディストラクション・デーモンだっけか?

 昔、彼女がそう豪語してガラの悪い連中を恐怖させていた事を思い出す。

(傷付けずにってところが本当に……)

「ちょっと?あんた……?泣いてるの?」


 説明をすると彼女の能力は、殴った物を自在に壊してしまう扇卯王国に語り継がれる絶対能力さいのう

 大昔、扇卯の魔王と呼ばれていた人物が持っていた絶対能力さいのうだったらしい。

 彼女のそれも昔は皮膚を剥がす程度だった。

(随分とその力も強く成長したもんだ……)

「ねえってば……!」

「なんでもねぇよ……」


 次は俺の番だ。奴ら神々の絶対の力。それに対抗する手段を元に説得を始める。

「あり得ない構造で、更に条件やインターバルの概念を越える程の絶対能力さいのうが、少ないながら存在する。そんな無敵な力が、意思の強さを元に中枢神経が刺激されて強化されたらどうなる?それ位分かるだろ?」


「調子に乗るな!愚人が!」

 破壊された複数の触手のホールはまるごと俺達を吸引しようとしてきた。


「行くぞ!」

「あぁ!」

「えぇ!」

 俺は足を強く踏み込む。そうすると彼女が後ろの地面に拳を放ちコンクリートを断砕する。

 その勢いで跳び、催眠攻撃の居合い斬りをそのホールへと放つ。その速度は一瞬だった。


 だがその攻撃が当たった瞬間、触手のホールが黒く泡立ち、破裂して吹き飛ばされる。

『パァァン!!』

「フハッ。貴様は阿呆か。コピーする事だって可能だぞ?」


 なんとか着地して体勢を整える。

 奴は慢心で周囲を見ていなかったのだろう。背後には結衣もいる。

 俺が左手に持っている剣。それは彼女が俺との決戦時に使っていた光の細剣だ。


 そういえば二人で保健室を出た後の事だ。

 恥ずかしいけど言葉が切れてしまうのも嫌だと思って、然り気無く剣について聞いてみた。

 彼女の一家に伝わる光の細剣、光烈魔断剣こうれつまだんけんと言うらしい。


「あぁ。だが意識をしないと闇は光の力を呑み込めない」

 居合いの踏み込み時、後ろからパスされるなんて思ってもなかった。

 そしてその細剣で切り込みを入れてから催眠攻撃を放ったのだ。


「グゥァァッ!?力が奪い取られる……!」

「やった……みたいだっ!うっ!?」

 予想通りヨグ=ソトースの呻き声を聞いて安心した。その時、突然心臓から全身に痛みが走る。


「ちょっと!?大丈夫!」

「おいおい、貴様は阿呆か?我の力は無限っ……!それを吸い取る事はッ……グゥゥァッ!」

 奴も確実に痛みを訴える様子だ。

「くそっ!でもそれじゃカウントがまた……!」


 だがそれを制止するかのように上空にあいつが現れた。

「二人して自爆とかつまんねぇわ。結界解除ー」

 豪乱の腕の一振りで、街を包む防壁がガラスのように割れる。


 痛みが消え去り、ヨグ=ソトースの呻き声も収まる。

「おいお前!」

 俺は彼に怒鳴りつける。

「おいおい感謝しろよぉー?」


「あんたが……!そうなのね?」

 結衣は怒りを込めた声と吐くと同時に、俺の左手の細剣を取り返してきた。

 彼女はそのまま突き裂きの衝撃波を彼に放つ。


「おぉっと。くわばらくわばら」

 豪乱は用意に避けて笑みを浮かべている。

「この星に近付いたら光で焼き尽くすわよ!」


「フハッ。その時を楽しみに待ってるぜー?」

 そのまま彼は転移魔法で姿を消してしまった。


 後ろを振り返ると街に一切の被害は無かった。前を向くと……

「くそっ……幻覚の結界じゃないのか!」

 ジーニズが悔しそうに呟いた。確かに奴までもが幻覚なら焦る必要は無い。


 ヨグ=ソトースを見上げると、触手の中心部に俺達を見下すような空虚の黒い目が見える。

「ふっ。いっそ滅ぼしても良いが、あいつの言い分もある。少し放置しておこう……」

 奴はホールの中の海へと身を沈めていく。

 そして次第にホールは電磁の轟音と共に縮まって、何も無いいつもの街の景色となった。


「皆大丈夫か……?」

 全身の痛みに耐えながら二人に聞く。

「ちょっ!?あ、あんた顔色酷いわよ!」

「そうか?少しは目付きも、良くはなっ……」

 その言葉を最後に俺は意識を失った。



 私は彼の額に置いた氷枕を取り替える。

「はぁ、まったく……また無茶して!この熱を気に少し頼ってくれても良いのに……」

 私は腕を組みながら少し怒るが、やっぱり心配になる。


 連絡が来たのは優華が一人になってから。彼女から電話がかかってきた。

『ごめん……無茶させないようあたしが無理矢理誘ったから……』

(電話越しの優華は申し訳無さそうにしてたけど、そうしなかったから乱威智はきっとまた一人で……)


 あの後、彼女は紗奈さんを家に連れて帰った。そして私は屋敷まで乱威智を背負って戻ってきた。

「はぁ……」

 私は彼の手を取ってみるが擦り傷だらけだ。


「んっ……?」

 彼はゆっくりと目を覚ました。

「起きたの?体調は大丈夫なの?って、はっ!こ、こここれは別に……!」

 私が問いかけると、彼の目線は私の手にあった。恥ずかしくなって慌てて手を離した。


「いつも、ありがとな」

 彼の笑顔の言葉に一瞬ドキドキしてしまう。

「べっ別に構わないわよ!だって私達……」

 そこまで言うと我に帰り赤面する。

「ん?俺達が?」

「二人がどうしたんだ?」

 彼は微笑み、ジーニズは続けて意地悪そうに問いかけてくる。


「な、何でもないわ!で?あんたは何か思い出したんでしょ?」

 話の矛先を妖刀村正ことジーニズに投げる。

「あっ……それはえーと」

「まさか、忘れたなんて事はないわよね?」

 優華程自身は無いが、拳をポキポキと鳴らす。


「い、いや忘れてはない!けど……曖昧で」

「いいわよ。何もないより」

 私は溜め息混じりにベットの隣の椅子に座り直す。


「奴の名前を聞いて多少思い出しただけだよ。僕の憑依を何度も邪魔して、記憶を消してきたであろう奴の奥さんの事をね」

 ここに来る途中で、あの邪神がヨグ=ソトースであった事。そうなったいきさつをジーニズに教えてもらった。だが……


「ほんとにまだ曖昧なんだけどな。その奥さんというのは=なんだ」

 私はそういう神話やオカルトについては疎い方だし、彼の話は正直よく分からない。

(あまり悪そうには聞こえないけど……)


「奴は子孫繁栄の為に、色々な姿に変化する力を使っていた。つまり人に乗り移っては姿形を変えていた……と予想できる。だけど神話になぞらえば、乗り移った人間の知能レベルに下がってしまうらしいんだ……」

 彼は自身の思い出した記憶を元に話し始める。

(でもそれなら邪魔する事自体不可能なんじゃ……?)


「その通りほぼ不可能なんだ」

(また勝手に人の心を読んで……!)

「あっ……」

 私がジーニズを睨むと彼は萎縮した声を上げる。


「簡単だ。人間に憑依したらって事だ。混じった人間は例外って事だろ」

 乱威智が横たわったまま、こちらを向いて分かりきったような様子で答えてくる。


「え?それって……私達が竜と混じってるって事?」

 ハッとなった。デスティニーがいつも言っていた昔話だとは理解できた。

 けど、いつも私は半信半疑で流していた。(本当にそんなことが……?)


「やっぱりデスティニーから聞いてたか。その通りだ」

 彼はおでこの氷枕を押さえながら呟くように話す。


「おい、教えちゃまずいんじゃ……」

「少ししか知らないなら全部知っておいた方が良い事もある」

 ジーニズが話しかけるも、彼はそれを丸め込むように説得した。


「そんなに重要な事なの?」

「そうだ。王の権利を継ぐであろう人しかこの事を知らされていない」

 私が問いかけると真面目な口調でそう答えてくる。


「ってことはあなたのお兄さんも……」

「知ってたのかもな……」

 彼に竜の声を聞けたお兄さんの事を訪ねると、悲しそうな声で答えてきた。


 私は床に膝をついて、こちらを向いて横たわる彼を抱き締めてしまう。

「こんなに大変な事を抱えてたのに私あんな酷いことして……ごめんなさい」

「大丈夫だ……!」



(それは大丈夫。大丈夫なんだけどさ?頭を抱える抱き締められ方するとさ……?ねぇ?そ、その柔らかいのが……!)

 しかも結衣の花のような甘い香りが銀色の髪と整えられたブレザーからする……


「ひゅー」

 ジーニズが茶化すと、彼女は多少怒ったのか抱き締める力が強くなる……

「あんたは思い出せるようにもっと尽力しなさい!あと私に隠し事したら……わかってるわよね?」

「あ、はい」


 流石に押し付けられ過ぎて幸せだけど苦し……

「あのぉ……!ぐるじぃです」

「え?どしたの?」

「乳もっと押し付けてだってさ」

 その後は彼女の光属性を帯びた拳が、刀を嘆かせていた。



 熱なんて久しぶりだと思いながら、ヨグ=ソトースを召喚したあいつの事を思い出す。


「豪乱は五行相克の術を完成させるどころか、術を極め応用まで……」

 しかもそれを邪神召喚術に変換してその扉を生成させるなんて。


 ジーニズが言うには、邪神召喚をする代償は人一人の命じゃ済まないらしい……

「相当強いみたいね?」

 いつもすぐ突っ走る姉の声が聞こえたのは気のせいだろう。


「奴はあんな術を容易く。体が継ぎ接ぎなのも人体改造の術か……」

 竜と人間が合成された暗黒時代、イギリスから来た魔術師の末裔しか、人体改造述は使えなかったらしい。

(魔術師が来たのは二百年位前……それらしい人物は、地球の文献を探しても時代が違ったりと見つからなかった……)

「相当強かったのね。これじゃ誰かの助けが必要ね?」


 その代が途絶えたのは地球の西暦で言うと一九四五年八月。

 最後の実験の為の強制拉致はその時の日本の西部で行われていた。だが戦争の影響で改造述者ごと船が塵になったらしい。

「ねぇってば!」


 何故そんな大事な人物が船に乗っていたのか?

 当時ではもう拉致や人体改造は批判が広がっていた。国も貸していた実験場所を取り返し、追い出していた為だそうだ。

「ちょっと……!」


 その後は国も市民の収まらない疑念を静める為、先々代の王が命を代償に星の民全員に部分忘却魔法をかけた。


「うぅっ……む、無視するんじゃないわよ……!」

 愛美は俺を押し倒すような形で覆い被さって涙を流していた。

「あ……うん」


「あ、あんたがまた一人でっ、戦ってるって聞いて……しっ、心配したんだからっ……!」

 彼女は俺の頭を抱き締めながら静かに泣いている。


(というかまたこの抱き締め方……俺って結構子供だって思われてるのかな?)

 でも二人で大丈夫と思ってあ慢心していた。結衣がいなかったらこんなんじゃ済まなかっただろう……そう思われても仕方無い。


 彼女の服も制服だが、第二ボタンまで外したワイシャツとミニスカートだけだった。

 俺も泣いている彼女を慰めようと、背中に手を回してさすってあげた。


『パチンッ』

 最初は何かが落ちた物音か時計の音としか思っていなかった。

「ひゃっ!そ、その、そういうのはまだ早いというか……だ、だだめだよ……!」

 その言葉の意味も全く分からなかった。


「えっ?何が?」

「そ、その言わせないでよ……!」

 彼女は涙を引っ込めながら、凄い恥ずかしそうに口ごもる。

 分からないままで不安だと思ったのか俺は、もう一度抱き寄せて頭を撫でていた。


 スッと彼女と布団の間に、何か布のような物が落ちた。

 気になって手を止めると、彼女は急いでそれを取って自身の背中へ隠した。

「ん?何隠したんだ?」

「あ、あっ……ちょ、ちょっと、り、リボン落っこっちゃっただけ……」


「そうなのか?」

(もう少し大きくピンク色にも見えたような……)

 泣き止んだと思い、手を離して距離を置いた時……!

「なっ……!」

 ワイシャツ胸部から肌色が透けている事に気付いた。


「おまっ!そそれ……!」

 そう指摘すると彼女の表情が怒った泣き顔に変わり、ピンクのブラジャーを片手に持ちながら胸を隠している。

「あ、あああんたがやったのよ……!」


「ご、ごめん。外れてるとは気付かずに……」

「べ、別にいいわよ、姉弟きょうだいだし……直してくるから寝てなさい」

 即座に謝るが、熱という事とわざとじゃない事を理解しているようだった。


「な、なんか拍子抜けというか……丸くなったな。性格が」

 彼女が部屋を後にしてからそう呟いた。

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