第13話~能力者フリーバトルトーナメント~
急いで戻ると教室内が早速ざわめいていた。保健室の窓が割れたことで先生方が騒いで
いたらしく、学生達もそれに気付いていたようだ。
自分の席に近付く。
俺の左前の席にいる優華が、後ろの席、つまり俺の隣にいる未来の方を向いていた。
優華は未来に対して一方的にイチャついていた。
入学の時も同じだったが、こいつは昔からこんな感じだ。
未来の方はというと、ノートを読み返したりと軽く受け流していた。
「遅かったね」
俺が席に座ると、彼女がやっと解放されるという安堵した顔で話しかけてきた。
久々に一緒の学校生活だってのに、全く変わってなくて彼女が可哀想でしかない。
「おーギリギリじゃん」
優華が俺に気付いたのか表情を変えて……テンションを落として話しかけてくる。
未来はまた安堵し、ノートで優華から顔を隠す。
三年前と何も変わらない懐かしさに少し嬉しかった。
「なんだよ。今度はこっち見て。姉ちゃんにお熱じゃなかったのか?」
目線を俺から離さない優華は、疑わしそうな物言いでこう聞いてきた。
「昼休み何してたの?」
「どこ行こうと別に良いだろ……」
誰が聞いてるか分からないし、ここでは言いたく無かった。
普段ならここで終わるはずだったが、後ろの席から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「飯食べるのも随分早かったからね。どこ行ってたの?」
幸樹が随分軽い雰囲気で聞いてくる。
その後も二人して何かあったのー?とにやけ顔で食い付いてくる。
このしつこい二人に少しイラついたので、呆れながら小声で答えることにした。
「全くお前ら……愛美のことに決まってるだろ」
「あ、あぁそうか。そうだよな……」
「あ、ごめん。あたし達何も……」
幸樹は引きつった笑いで、優華は少し俯きながらそう答えてきた。
ちょっと言い方がきつかったのか二人は申し訳なさそうにしている。
(ちょっときつく言い過ぎたかな?)
「悪い。別にそういうつもりじゃ……」
謝罪の言葉を言いかけると、二人の表情は役者のように変わった。
「え?あぁ……今さっきの言葉すごい胸に刺さったなぁ」
優華は十二歳にしては大きい胸を右手で押さえ、左手で目元を隠して辛そうにしている。
「あーあ、辛そうだなぁ痛そうだなぁ。じゃあちゃんと悪いとかじゃなくて謝らなくちゃ
だよな?」
幸樹が続けて謝罪を要求してくる。
この二人が一緒にいると、大体ろくなことを考えないのは分かっていた。
だがここまできたら何か要求を聞くしかない。
もうすぐ授業開始の鐘がなるし、こんなことで周りから痛い視線を向けられたくない。
「わかったよ。何すればいい?」
溜め息を溢しつつ、聞き直すと二人は悩んでいる。
「えー……どうする優華?」
「うーん。隣にいるお姉さんのいつものアレが語尾についたやつ……久々に聞きたいかな
ぁ?チラッ。そうしたら元気になれるかも?チラッ?」
彼女はわざとらしく効果音まで口にする。
昔も俺が二人に対して何かやらかすといつも未来に要求をしていた。
懐かしいがその後の夕食には、必ず俺の苦手な食べ物が出てきたことも思い出す。
残念ながらそれは、未来は料理が出来ない頃でもお手軽に買える、苦いあの野菜だった。
「乱威智、あとで覚えておいてね……」
ノートで隠れた向こうから、普段の優しい雰囲気からは予想できない、トーンの低い声
が聞こえてゾッとする。
「ほらほら早くー。ノートで隠すの無しだからぁー」
「あっ……」
優華が未来の手からすっとノートを取ると、未来の机に置く。
その上から手を乗せて待ち遠しそうにしている。
「ご、ご、ごめん……さい」
未来の小さな言葉に、二人は聞き耳を立て始めた。彼女は少し顔を赤くする。
「小さくて聞こえないよぉ。もう一回……!」
「ご、ごめん、にゃさい……」
更に小さい呟きに、二人は顔を真っ赤にして喜んでいる。優華は更に鼻血を出しかけて
いる。
未来はというと顔を赤面させて、手で覆っている。
彼女の右に跳ねたアホ毛が、ふりふりと小動物の尻尾のようにぱたつかせている。
「やっぱ可愛すぎぃ……」
「天使過ぎるぅ……」
ロリコン二人を凝視する事しかできない。
二人は余韻に浸り始めたので、時間を気にするように今度は優しく注意した。
「もう時間になるぞ。静かにしたらどうだ?」
「お前は黙れ」
「君は黙って」
息が合ったかのように圧をかけられる。返す言葉も無い。
「もっかい!あと一分あるから!そしたら静かにするから!」
「えっ?な、なんで……」
優華が両手を合わせながら未来に懇願している。
(あぁ、この流れは……またゴーヤが……!)
「だってまた注意してくるしー、まだ反省の余地が無いじゃん?」
優華の追い討ちに未来は俯きながら呟き始める。
「静かにしてほしい……」
未来はまた先程と同じで、二人に聞き耳を立てられて真っ赤に赤面している。
「にゃん……」
彼女は耳まで真っ赤に染め、またアホ毛をぱたつかせていたが、二人は軽く失神してい
た。
それと同時にチャイムが鳴る。阿呆過ぎて言葉も出ない……とこれ以上喋ると、どんな
仕打ちが待っているか怖かったので黙っていた。
「覚えてなさいよ……」
未来にジト目で睨まれた。
(確かに可愛らしい仕草は多いけど……)
教室には眼鏡をかけた気さくな若い男性、担任の先生が入ってきた。
「先日、調査隊と騎士団が国に帰ってきたことは知ってますか?今日はその人達がこの学
校に来てます!それにその人達の能力を見せてもらえるかも?なのでこれから見に行きま
しょう!」
元気に手を挙げた真面目そうな生徒が質問をする。
「先生!もしかしてあの英雄様が来てるんですか!?」
「まぁまぁ、そこまでじゃないから……緊張しなくて大丈夫だからね?」
いきなりの質問に先生は引き笑いしながらそう答える。でもまあほぼ的中している。
一緒に歩いていたり、生活していれば分かる。さっきも愛美にどう接したらとかと惑う
位だし……
昔の頃の俺達はやっぱり父さんのように強くなりたかった。
騎士団広報の為のテレビの生中継では、戦闘時に異常な早さで敵を圧倒する父さんが何
よりも強く見えたんだ。
今では俺も使いこなせるようになったが、最初は酷かった。足がついていかなくなって
すぐ転んでしまう。俺だけじゃなく姉さん達も皆そうだった。
でも父さんが仕事から帰ってきた時に、ひたすら言葉のヒントをくれたことを今でも忘
れない。
直結に考えると一時的に体の空気抵抗を減らす、気圧を減らすということだった。
それを『もっと軽く』とか『駆け抜ける様に』等々の曖昧なアドバイスだった。
一時期、父さんは俺のことを何も見てないんじゃないかと悩んでいた。
でもそんなことはなかった。未来達にもそれぞれ個別のアドバイスをしていたからだ。
だから何度も痛い目を見ても頑張った。周りにどれだけ馬鹿にされようとも諦めなかっ
た。
そして父さんが帰ってきた度には、ここまでできたと自慢すると同時に、もっと追い付
きたいと思い始めていた。
だから当然それを早く発揮したくて、見せつけたくてたまらなかった。そして更に次の
成長があるとも考えていた。
「――先生からの話は以上です!もう時間になるので廊下に並んでくださいね」
昔のことを思い
全く話を聞いていなかったが、また生徒達が若干ざわめき始めた。
「なあ、未来。先生何て言ってたんだ?」
少しというか数秒の間が空く。完全に無視されていて、ショックだった。
誰も無反応だったので、席を立った優華が溜め息を付きながら適当に説明してくれた。
「はぁ、まったく……しょうがないわね。とりあえず校庭行って、ばとるろいやる?稽古
みたいやつだっけ?やるらしいよ」
彼女は横に長い単語が苦手なのかうろ覚えだった。更にほぼ内容すら捉えていなかった。
「あぁ……もうやるのか?」
「やるって知ってたんだね……」
昨日事前に聞いていた俺は率直にそう言うと、未来が苦笑いで答えた。
「結衣と愛美も知ってるぞ」
「早く寝て損したな」
普通に答えたつもりが、ジーニズが余計な事を俺の声を真似て喋り始めた。
「ふふ、分かったわ。ゴーヤもう一つね」
彼女は席を立ち、少し暗い顔でにくすくすと笑いながら答えた。
「えっ、それはちょっとまっ……」
だが俺が弁解しようとすると同時に、幸樹が席を立った。そして毒を吐くかのように呟
いていた。
「ちくしょうっ……!」
すぐ振り返ったが幸樹の辛そうな背中姿しか見えなかった。
「他の人が質問してたんだけど、どうやら上級生や研修生でも参加出来るみたい。だから
きっとお兄さんと関わるのが嫌なんだよ」
幸樹が教室から出ていくと未来が説明してくれたことで合点がいった。
「あの人昔から厳しそうだもんな……」
俺達はその後校庭に集まると、もう他の生徒や先生の大半が揃っているような雰囲気だ
った。父さんが出てきたのは、そこから数分してからだった。
それから間もなくして父さんの軽い挨拶、一対一のバトルロワイヤルの説明に入った。
「俺の目標は一人だけだ。誰が相手でも負けない……」
小さくそう呟くと優華も静かに反応してきた。
『流石にあんたにゃ勝てないけど、強くなったあたしを見せ付けてやるわ!』
『あぁ……!楽しみにしてる』
その後も自由参加であることや注意事項などの説明が続いた。
ルールは簡単。校庭にある六つのフィールド内で異能力を含めた戦闘をする。
そして勝者と敗者は校舎側に張られたテントの本部に報告しに行くこと。
敗者は脱落。そして最終的に残った勝者のみが優勝。
期間は最終的な勝者が残ってから三日後まで。
説明が終わったのは二時頃だった。今日はこれから三時間ほど行うらしい。
この学校は教員が多いのか、先程の校庭とは見違えるように整備等が早く終わっていた。
コンクリートの白線のみだったフィールドの砂や土は整備され、会場用テントも三、四
個張られている。
よく見ると校庭の端やとある所の壁に、掛け時計位の大きいレンズのカメラ等も設置さ
れていて、未来が言うにはあの特殊カメラで、実践能力等のレベルを調べるらしい。
参加しない生徒は見学ということもあり、新入生のほとんどは端の方に流れて行ってし
まった。
おそらく能力に自信が無いのか、まだ能力が使えないのか等の理由だろう。
午前中に能力を暴走させた愛美の噂が広まれば、確かにそうなってもおかしくない。
そんなことを考えながらフィールドに向かおうとしたら、優華が不意に肩を組んできた。
「やろー!」
肩から腕に当たる柔らかい感触に若干焦る。辺りには結衣は……いないみたいだ。
「い、いきなりか?」
「別にいいじゃん!一番強いやつにどれぐらい届くか、すぐに挑戦したくなる気持ちは分
かるでしょ?」
優華はそう言って組んだ肩を離した。
そしてフィールドの近くにいる父さんの方を一目する。
「丁度良い。久々にお前と素手で喧嘩がしたかった」
「舐めてるのか本当にその気になったの?まぁどっちでも良いわ……!」
勿論後者だ。優華も本気になったようだ。少し楽しくなってきた。
「おっかねぇ……僕の出番は無しってことか」
「ま、まぁな」
楽しくなってきたと言いつつも、俺は彼女に関するある心配事を思い出していた……
六つのフィールドには見学や参加者も含め、生徒が沢山集まっていた。
「私も力試ししてみようかなぁ」
那津菜結衣が一人でそう呟いていると、背後から誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「ちょっとそこの君、君だよ。新入生代表の子で間違い無いよね?」
背後から声をかけられたのに気付かず、二度振り向いてしまった。
振り返った先には茶髪の上級生らしい美形の男子生徒が立っていた。
「私……ですか?」
「あぁそうだ。まず自己紹介からだったね。僕は相馬
だ」
相馬という名字に聞き覚えがあった。代々星外騎士団団長を勤めている一家でもある。
「こ、これはすみません。先程の行為失礼致しました。私は那津菜家筆頭の那津菜 結衣
と申します」
「そんな堅くならなくて良いんだよ。なるほど、やっぱり君が那津菜家の……」
少し頭を下げて謝り、自己紹介をした。だが彼は遠慮すると最後に何か呟いていた。
「あの……何かご用でしょうか?」
「おっとそうだった。生徒会に興味あるかい?」
何か注意をされるのかと危惧していたが、思わぬ返答が帰ってきた。
「は、はい!あります!わ、私なんかで良いんですか?」
「勿論!じゃあ、僕これからあそこで戦う約束をしているんだけど見に来るかい?」
「是非!」
私はそのまま流れるように、テントに近い第一フィールドに向かって行く。
だがその第一フィールドでは、親友と恋人が武器なしの素手試合を始めていた……
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