14章 鈴の鉄拳制裁編

第48話~鈴の鍛練~

 その頃、赤竜神星あぎとでは……


 学校から帰って家のリビングにいた鈴は、鍛練しにそろそろ出掛けようかなと思いながら……だらだらしていた。


 マイペースな彼女は金髪ツインテールを可愛い妹にいじられても気にしない。


「せまい~」

 訳ではない。鈴はソファーで横になり、漫画を読みながら髪とは違うことを気にしている。


 ソファーで鈴は手前側に横になっている。

 行く宛が無く家で引き取られた妹、時雨 透香は内側に横になっている。

 なので鈴はいつソファーから落っこちてもおかしくはない。


「ぎゅー」

 それを引き寄せるかのように後ろから抱き締められて、藍色のポニーテールからはフルーティな香りがする。


「もー」

 こんなに素直な子だと、妹みたいで嬉しかったり恥ずかったりする。


「鍛練しないなら家事手伝ってー」

 一つ年上の姉の未来は、U字型の台所から声をかけてくる。


 鍛練と言うのは、鈴が能力の力以外に身に付けるべきと考えた武術訓練である。


「あーうん、今鍛練いくー」

 起き上がって漫画をテーブルに置き、そのまま出掛けようとする。


「だめ。片付ける」

 リビングから出ようとしたところで、未来が目の前に立ち塞がる。


「え~~お姉ちゃんおねがーい。ぎゅーってしてあげるから。ほら」

 鈴は未来に優しくハグをする。

 膝を若干かがめば同じ位の背丈だ。


 すると……

「わたしも~」

 透香も反対側から未来を抱き締める。

 彼女の身長は未来と同じ位だろう。


「へへっ」

 鈴はニヤリと笑うと抱き着いた手を話して玄関へと逃げる。


「あ!こらっ!」

 未来の声を背に、玄関のドアを開けようと手をかける。

 だけど掴めずにつっかかって転びそうになった。


 前を向くと柔らかいクッションに埋もれて前が見えない。

「むぅむー」

 目の前のおっぱいと言うアロマな香りのする擬態生物に埋もれながら、どいてーと喋る。


「むーじゃない!あたしをいつまで待たせるんだぁ~~!」

 一つ年上の幼馴染み、というより鈴にとってはお姉ちゃんに近い葵 優華。

 彼女は鈴の頭の左右をぐりぐりしながら少し怒っている。


「優姉ぇぇ~ゆるじでぇ~~」

 鈴は顔を上げて目を瞑りながら許しを乞う。

 彼女も母親と優華の前では素直になれる。


「はぁ……しょうがないわね」

 優華は手を離して頭を撫でてくれる。

「えへへ」

 つい嬉しくてニコニコしてしまう。


「ねえ、鍵、閉めてたんだけど?」

 未来が笑みを浮かべながら優華に話しかける。言葉の一つ一つに圧を感じる。


 二人はいつも一緒にいる親友?というのだろうか。鈴から見たら腐れ縁に近い。


「いや、開いてたよ」

 それに反応した優華はニヤニヤしながら答える。


「閉めた」

 未来は少し怒っている。でも本気ではなさそうだ。


「開いた★」

 優華はウインクをすると、未来は溜め息を吐く。


「あ、透香ちゃんも見に来る?武術訓練」

 彼女は気を利かせて一緒に来るかと誘ってくれる。


「うぅ……」

 透香は怖がっているのか警戒しているのか、未来の後ろから顔を覗かせている。


「透香は人見知りだもんね~。さ、家事終わらせちゃいましょ」

 未来がそう勧めると、透香は彼女から離れてリビングの壁に隠れる。


「うんうん!」

 おもいっきり首を横に振っている。


「なっ……」

 未来的にはかなりショックだったのだろう。動きが振り返ったまま停止している。


「ほらほら、たまには外で運動させなきゃ」

 優華はやれやれと言わんばかりの素振りでそう話すと……


「うんうん!」

 また首を横に振っている。


 その様子と不機嫌そうな顔を見て、鈴は気付いてしまった。


 一つ年上の兄……未来の三つ子の弟である乱威智。

 この間、乱威智に言い寄る優華を見てしまった。透香と二人で。


「と、透香?優姉は別に悪い人じゃないからね?お兄ちゃんを取ったりなんか――」

 勘違いを解こうと鈴はそう話しかけるも、すぐ側の優華の存在を忘れている。


「へ、ふぇ……?と、ととと取ったりって!?何よ……!ちょっと喋っただけなのに……」

 優華の対応が凄く熱くなるのを感じた……


(いやいや!わ、私が応援しなきゃ……!)

「あ、あれは良いの……!優姉だっていろいりょ――」

 鈴は弁明をしようとするも、途中で両頬を手で挟まれてタコ顔になってしまう。


「むぅー!」

 もー!と訴えるも手は離されない。

「む、むーはこっちの台詞よ……!」

 いつの間にか優華の顔は真っ赤で、目はぐるぐるになっている。


「コホン。か、家事なら平気よ!未来ちゃんお望みの助っ人連れてきたわ」

 優華は咳払いをして平常を装うと、未来を説得しようとする。


「ま、まさか……」

 未来は目を丸くして何かを恐れている。


「お邪魔しまーす。未来~~!元気してた?っとあれまあ」

 薄紫の天然パーマの一つ年上のチャラチャラ男、いや変態が未来に話しかける。

 そして鈴を見ると顔を引き釣らせる。


 彼は華剛 幸樹。憎むべき最大の敵、いや変態である。


 初体験……は奪われてないけど奪われそうになった!ファーストキスも奪われた!

 十一年間生きてきた中で最低の男だ。


「ふぁっふ」

 鈴は中指を立てて優華を盾に隠れる。


「こ、こら!どこでそんな言葉……」

「優姉が使ってたじゃん」

 優華が注意をすると、鈴は自分発信ではないと伝える。


「そ、そうだっけ……?」

 本人はじわじわと思い浮かぶ記憶をごまかすように、斜め上へ目を逸らす。


「やっぱり怖い人……」

 透香は更に優華の事を警戒する。

「そ、そうよ!この二人は警戒しなきゃダメだからね!」

 未来も、優華と幸樹を遠ざけるように彼女の事を抱き寄せる。

 でもそれはしがみつくに近い。


「お姉ちゃんも怒ると怖いもん……!」

 だが透香は、拗ねたような素振りでその手を軽くほどく。


「こ、怖くない、怖くないから……怖くないよ~?」

 未来は無理に笑みを作ろうとするも、いつもの幸せそうな笑顔には届かない。

 むしろ必死な様子だ。


「やっぱり鈴ちゃんについてく!」

 透香は身軽な体で鈴の元へ近寄って抱き着いた。


「よしよし!」

 鈴は末っ子じゃなくなった事が嬉しいのか、嬉しそうに微笑んでいる。


「あら、鈴はお姉ちゃんになれた?」

 優華はすかさず彼女の事をからかう。


「むぅー!」

 鈴は頬を膨らませて怒りながらも甘えている。


「ふふ……じゃああとはお二人でごゆっくり~」

 ニヤリと優華は笑いながら、残された二人もからかっていく。

 からかうのが大好きな彼女は、最初からそれを目論んでいたのかもしれない。


「ロリコンに妹二人が連れ去られた……」

 未来は膝から崩れ落ち、透香が離れていった事にショックを受けている。


「えーと。何からすればいい……かな?」

 内心二人きりでドキドキしている幸樹は、気を遣って何から手伝えばいいかを聞く。


「ふん、愛美のパンツでも嗅いでれば」

 だが彼女は機嫌が悪い。というより優華への敗北感が何よりも悔しいようだ。

 だからか、幸樹が生理中の愛美を気遣ってへこへこしていたことを指摘し、拗ねたような素振りを見せる。


「だ、だからあれは違うって!あんなのただ噂話にされただけで……」

 拗ねた顔も可愛いと思いながらも、幸樹は本当のことを話す。


「噂話……?付き合えって連れてかれて、でもへこへこして随分ご執心だったみたいじゃない……!」

 未来は一緒に帰れなかった事を多少根に持っているらしい。本当はただ困らせたいだけなのは幸樹も気付いているのだろう。


「し、してないよぉ~!ねぇねぇ、信じてってば~~!僕は本当に!未来のこと……」

 幸樹は焦った様子ですがり付き、そのまま軽く告白してしまいそうになる。

 彼は冷静になって言葉を止める。本当だからこそ軽い感情で済ませたくないのだろう。


「私の事を何よ……!」

 未来は不機嫌な言葉遣いのまま、彼を睨み付ける。本当は凄い嬉しかった……なんて事は口が裂けても言えない。


「まだ言わない。だって本気だし」

 幸樹は真面目な声色で上を向き、未来の顔を真剣な表情で見つめる。


「…………!?も、もうバカバカ!知らないっ!」

 未来はそんな対応に驚き、ドキドキしてしまう自分が許せない。

 ポカポカと彼の頭を叩いて恥ずかしそうにしていた。



 一方、那津菜家屋敷内の武道場では……


「はい!仲直り!」

 優華は鈴と結衣の肩を引き寄せてくっ付ける。


 鈴から一つ年上の銀髪の美少女、那津菜 結衣。

 銀髪のロングストレートと整った前髪は鍛練していても崩れていない。


 二人は見事にしてやられたという気持ちと気まずさに下を向いている。


「も、元々喧嘩なんてしてないわよ……ね、ねぇ?鈴ちゃん?」

 年上のお姉さんとして、優しく微笑む結衣は鈴の和解を求めている。


 色々と誤解させるような……

 あまり本人の妹には見せたくないところを見せてしまい、不快な気持ちにさせてしまったのは間違いないと結衣も気付いていた。


「だ、大丈夫ですよ……!先にトイレへ……」

 苦笑いを浮かべてごまかすも、やっぱり耐えられない。

 本当に報われるべきなのは優姉なのに……と心が締め付けられる。


「これ、逃げない」

 優華には嘘は嘘と見抜かれてしまう。


「い、いやトイレなんだから止めなくても……」

 結衣も居辛い気持ちを気遣ってくれる。


「そ、それに私はもうこんなだし……」

 結衣の額には汗が滲み、白い胴着や紺の袴は少し汚れがついている。


 そろそろ初夏の季節。

 天気が良くて気温も高ければ、少し激しい運動をしたら汗をかいてしまう。


「それにせっかく来てもらってお茶や菓子も用意できないなんて情けないもの。ゆっくり……じゃなくて鍛練してて大丈夫よ?」

 ついゆっくりしていってと、普段使わない甘い言葉を言ってしまう。

 それぐらい気が動転していた。


「いいわ。というかありがとう……」

 強気な優華も、親切で真面目な親友には頭が上がらない。


「ええ……!気にしないで」

 結衣は小走りで武道場を去っていく。


 そんな後ろ姿を見て、鈴はまた申し訳ない気持ちになる。

「ど、どしたの?」

 それを心配する透香。


「だ、大丈夫よ!」

 自らを奮い立たせて、元気を取り戻す。

 せっかく出来た大切な妹にそんな情けない姿見せられない。


 優華はこれも狙い、透香も見学に誘った。

 鈴の成長に繋がるのは守るべきもの。

 乱威智と愛美はそれに気付いている。そんなことを気付かないはずがない。


 愛美は友達を、乱威智は家族を気にさせる。それとなく彼女と一緒にいれば分かってしまう。

(とんだ過保護な兄と姉ね……)

 思い出すだけでも微笑ましい。


「さあ、始めるわよ」

 優華は少し離れて、受けの戦闘態勢を取る。

(どんな能力なのか……鈴を任されたあたしが見極めるしかない!)

 彼女はそう決意し、覚悟を決める。


「ええ!透香、離れてちゃんと見てるのよ!」

 自信有りげな鈴は、透香へ武道場の端にいるように指示する。


「うん!頑張ってね!!」

 元気よく応援する透香。


 鈴の駆け出しにより、武器なしの武闘実践鍛練が始まる。


 強情で真面目な鈴は、普段の鍛練は絶対に欠かさない。

 優華は、彼女の芯の強さと優しさがあの二人に遅れを取らない事を何よりも知っている。


 鈴はあっという間に優華へ近寄り、上段の回し蹴りをする。

 だが手で押さえられる、掴まれる事など予想の範囲内。


 案の定、優華はそれを掴んで彼女を吊し上げようと企んでいた。


 だから鈴はもう片足を、あぐらのような形で優華の頭を挟み込む。

 視界。普段当たり前にあるそれは、無くなると判断速度を遅らせる。


 鈴はそのまま前方へ体重をかけて彼女を押し倒そうとする。

「あれ?」

 倒れない。どんなに前へ屈んでも丸まっても彼女の首はぴくりとも動かない。


「たんへんれあふないほとしひゃらめれひょーがっ!はむはむじゅるるる!!」

 そのまま鈴の両足を掴む優華は、両太ももへ手を滑らせ、彼女の太もも近くをスパッツの上からしゃぶり尽くす。


「あっ、ちょ……!?だめだめだめ!そ、そこ汚いってば!」

 それに狼狽える鈴は優華の頭を引き剥がそうとするも、いつの間に両太ももをがっしりと両腕で押さえられている。


「ごへんなはいわー!?れろれろ、はむ。じゅるるる」

「わ、わかりました!分かった!!だ、だから……ご、ごめんなさいごめんなさい!だからもう……ゆ、優姉ぇ!許してぇぇぇ!」

 再び太もも近くをしゃぶり尽くす優華は、完全に調子に乗っていた鈴をからかっている。


 押し寄せる変な感触に焦りを感じながら、恥を捨てて謝る。

 優華のいたずらな気持ちの方が勝ってしまったようだ。


 透香に見られているのに、それは恥ずかしすぎる戦闘スタイルだった。


「ってちょっと!ゆ、優姉!?ほ、ほんとにそ、それだけは……!ほんとに!ねえ!!ねえってば!!」

 未だにやめてくれないので、必死に焦りを訴えて頭を引き剥がそうとするしかない。

 変な感覚で頭がおかしくなりそうで顔が真っ赤になる。


「む、むりでひた!」

 そのまま優華は鈴を床へゆっくり押し倒す。両指をうにゃうにゃさせながら彼女の体を触ろうとする。


「あ、あの……」

 優華は夢中になっていて音しか聞こえない。近くから透香ではなく落ち着いたロリっ娘の声が聞こえる。

 指がぴたりと止まる。でも口の動きは止まらない。


「あ、有栖川さん!?ちょ、ちょっと!優姉!ほんとにごめんなさいって!言ってるでしょうがっ!!」

 目の前には有栖川 鳴海、鈴の同級生がいる事に気付く。

 銀髪の可憐なストレートパーマ。ふわふわとした髪質、赤い小さなリボンと言い、箱入り淑女という雰囲気を醸し出している。


 鈴は変な感覚に耐え、太ももに力を入れると優華の顔を思いっきり挟む。


「よくやってくれたわね優姉!」

 鈴は怒りと報復……いたずらしたい気持ちで彼女へやり返そうとする。


 そのまま足を上手く使い、地面に足を着けるとしゃがんだ状態になるように体勢を動かす。


 そして鈴は、うつ伏せの優華の上にのしかかる体勢になった。


「へ!?」

 優華はその体勢に嫌な予感を覚える。


「はぁ、はぁ……ふっふーん。マッサージしてほしいからってツボの本を私にプレゼントしたのを後悔して……ねっ!!」

 息を整えた鈴は早口で仕返しのツボを押す。

 勿論、滅茶苦茶痛い背中のツボである。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!つ、ツボはっ!!ツボは!!か、勘弁!!勘弁してっ……くださいぃ!!ちょっとぉぉぉぉぁぁぁああああ!!!!」

 優華は武道場に声が響くほど絶叫した。


「わ、わぁ……すごい……」

「鈴ちゃん凄いね……」

 透香と鳴海は、あの強い強い優華お姉さんを下した事に驚きを隠せない。

 その後は優華が伸びてしまい、技鍛練等を行うのであった。



 ――そして休憩――


 鍛練していた四人と結衣。

 そしておまけのもう一人も合わせ、大広間でお菓子とお茶で小休止を取っていた。


「な、なんでお姉ちゃんまでいるの!」

 優華は少し年上の茶髪ショートボブの女の人にひたすら話しかけている。


「結衣ちゃーん。昨日は彼氏がいなくて寝れまちたー?もしかしてヤっちゃった?ヤっちゃった?」

 よくここにいる家政婦代わりの三つ年上の女性、葵 紗菜。

 この人が今この場にいると、気まずい雰囲気が険悪な物になってしまう。


「お姉ちゃん?」

 少し威圧的な優華も彼女の前では素直になれない。良い姉妹だ。


「もー!何?優華ももしかしてヤキモチを……!おいでおいで~~」

 紗菜はよくわからないという感じでとぼける。そして目をキラキラさせながら優華を抱き止めるような素振りを見せた。


 鈴は鍛練の中でも悩んでしまうほど、彼女に聞きたいことがあった。

 だから本当は好都合であった。でもここで聞けば私の信頼は地に落ちるかもしれない。


 だがサシで聞いてもそんなの答える訳がない。

 こんなに弱い私の言うことなど無視するだろう。


(さっきだって完全に優姉に舐められてた……私があの能力、時空逃走エスケープを使ったとしても、優姉は絶対能力さいのうの一つも私に使わないでしょうね……)


 雰囲気をぶち壊しても構わない。私は大切な人にとって大切な事を選び抜く。


 彼女は乱威智を背中を見て生きてきた。

 兄が自分で自分の道を選んだのならば、鈴もいい加減駄々をこねてなんかられない。

 ここぞという時には勇気を振り絞らなければならない。


 乱威智の部屋にあったある調査資料の束を全て見て、心にそう誓っていた。

「あの、竜劣悪人レグレザール計画って何ですか?」


(絶対に諦めちゃいけない!)


 周囲の空気が固まった。それでも私は彼女から目を離さない。

 もし変な事でもしたら、鈴がアレを使わなければならない。


 目がキラリと光る。

(!?)


「うぅ……鈴ちゃん怖いぃ」

 嘘の涙を流しながら彼女は結衣に抱き着く。結衣も困惑している。


「り、鈴?どうしちゃったの?」

 優華は鈴の事を心配したが……

 鈴は答える様子もない。相当不味い情報だ。だから彼女にすら教える訳にはいかなかった。


「治樹さんと兄貴が、透香を拐った奴の事探ってるんですよね?じゃあどうして……その非人道的な研究資料にあなたの名前が書いてあるんですか?」


 鈴は懐から資料の紙束を出す。

 最近、ここに来る時だけ乱威智の部屋からこっそり持ち出している。

 正直とぼけないようならずっと隠しておくつもりだった。


(兄貴が帰ってきたって……怒られたって構わない……!)

 鈴は固く心に誓い続ける。


「…………」

 紗菜は黙ったままで何も喋らず、俯いてしまう。


 皆は鈴と紗菜を交互に見る。

 一方鳴海は紗菜さんだけをずっと見続けている。

 有栖川家が関わっていた計画だから、その計画名称を知っていたのだろう。


 鈴は黙ったままの紗菜に問い詰め続ける。

「残り十数体の人体複製装置コピー……あなたのコピーもいるんですよ?真助兄さんが仕組んだとでも言うんですか?」

 彼女が動く理由。それは彼女が好きだった鈴達の長男にして一番上の兄弟、真助しか考えられなかった。

 そしてそれに腹立たしかったからか、強い口調になってしまう。根拠も何もないのに。


「それは違うわ!!」

 強く否定された。本気の表情で。涙を流しながら怒っていた。


 一気に血の気が引き、冷静になる。

 計画を調査した兄貴達は、何故彼女の事を知っても何も聞かなかったのか?


「ご、ごめんなさい……」

 鈴は謝ることしかできなかった。

 自分を含め、指標の兄貴、姉達や父母皆が尊敬する兄さんの事になると、彼女は感情的になってしまう……


 署名がその機械人間であると可能性もある。


「佳乃お姉ちゃんがいるの!?」

「勇馬お兄ちゃんは……?」

 有栖川さんと透香の同時に放った言葉に、鈴は自分の愚かさに気付いた。


 資料には有栖川 佳乃……鳴海の実の姉の名前もある。

 透香も思い出したくない事にコピーという単語ワードがあるはずだ。


 二人がいるこの場で聞くことでは無かった。

 でも今聞くしか……

 自分が安堵する選択肢は無かった。

 結局逃げたのだ……


「お姉ちゃんさ、そいつらの事憎い?」

 優華は立ち上がり、血の繋がっていない姉を真っ直ぐ見て質問する。


「ええ……!」

 すると紗菜は俯いたまま、悔しそうに呟く。


「じゃあ同じじゃない。この子達みたいに無理に話す必要なんて無いわ。でも気付けたのは鈴のおかげよ。ありがとう」

 優華はあっさりとした言葉遣いで彼女を安堵させようとする。

 そして鈴の事を然り気無く褒めた。


「でも……」

 だけど……鈴は酷い事を言ってしまったのではないかと未だに後悔している。


「だからあたし達はあの二人を全力でサポートするだけ。そうでしょ?」

 優華は先の事を、前向きに話す。

 それくらいの事。そんな軽い雰囲気で。


「私は……」

 結衣は治樹と顔を合わせられない。でもやることって何だろう?という顔をしている。


「結衣。あんたがやることは、もう分かってるんじゃないの?」

 優華は、いつもしっかりしている結衣ならと信頼しての言葉をかける。


「そうね……というより、私がいないと有栖川の人達を説得なんて無理ね。王より那津菜。今でもそうなのかは分からないけど……」

 結衣は自信を付けたかのような口振りで話す。


 でも那津菜家は国の王子様に竜神の力を持つ刀を託した。

 それだけを知っていた鳴海は、乱威智の事を警戒していたのだから。


「あとさ。きついこと言うけど、誰だってお兄ちゃんお姉ちゃん言ってるだけじゃ帰ってこないわ。鈴はあの二人が帰ってこない今だからこそ、しっかりしなきゃって動いた。そうよね?」

「そ、そうだけど……」

 優華は鈴の話に戻す。

 一方、鈴は完全に狼狽えてしまっていた。


「じゃあ自信を持ちなさい?あたし達がいれば、やれることは増えるはずよ」

 優華は鈴の頭を優しく撫でる。

 最後は皆に向けて、希望的な発言をする。


「ゆ、優ちゃん……」

 それに感化された紗菜は、感動の声を漏らす。


「お姉ちゃんもだよ?帰ってこないじゃなくて、あいつらみたいに強い意志を持って自分で取り戻すの!」

 優華は尊敬する愛美と乱威智の事を話題に上げ、紗菜を奮い立たせるような話し方をする。


「その通りね……!」

 結衣も元気付いたような素振りで袖を捲る。

 桜色のエプロンとワイシャツが、母のような頼もしさを表現している。


「んでも……あたしじゃ結衣と同じであいつとは話にならないかな~……あ、あはは」

 優華も治樹に対してあまり仲が良い訳ではない。

 彼女の自信の無い言葉で周囲は苦笑いを浮かべた。

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