第10話~竜と人間~
「守りきれなかった……」
愛美は時間が経ってもうなされたままだ。昨日の夕辺の姿を思い出す。
未来が近づく度に苦しがっていた。怖がっていた。
左肩の噛み傷から催眠か毒の術技か。ジーニズはそう予想していた。
「兄さんは未来ちゃんの能力覚醒、怪物生成とそれの制御にエネルギーをかなり注いだ。術をかけるには不十分だったんだろう。彼女達はどちらも健康だよ」
そんなことを言われても目の前の状況が深刻さを物語っている。
「そんなことまで分かっちまうんだな。俺は家族の何も分からない……」
目の前のどうにもならない状況が歯痒くて、つい本音を漏らしてしまう。
「だから僕がいるんだろ?覚悟があるんだろ?守り抜く覚悟が。お前の想いさえあればどこまでだって付いていくさ」
(なんでここまで言ってくれるんだ。俺はそんな立派なやつじゃない。皆に比べれば能力の才能だって無い……)
「誰だって立ち止まる時はある。気にするな。それより窓に……」
ジーニズに言われて窓を見てみると、見慣れた青い竜がこちらを覗いていた。
「――わっ!?」
「おい、開けろ」
ずっとこの屋敷の庭で世話をされている竜の声だった。今日初めて聞いた。
名前はデスティニー。結衣は昔からその名前だったとしか教えてくれなかった。
「えっ、喋るのか……?」
竜が喋るのは珍しいって聞いたことがあるが、デスティニーがそうだと思わなかった。
「見ててもどかしい。さっさと開けろ」
いきなりの出来事に慌て、ジーニズの方を向き判断を求めた。
「大丈夫だ。多分」
安心と不安もありながらゆっくり窓を開けた。
「吸血系の呪術の類だな……治してやる」
悪夢から覚めない愛美の方を見ると、デスティニーはそう言った。
「お、お願いします……」
俺が頭を下げると彼は氷のようなキラキラした息を吐く。
その息を浴びた愛美はゆっくりと目を覚ます。竜の力は凄いと改めて知った。
「あ、あんたいったい何者なんだ!?竜にそんな能力が……」
驚いて声をあげるジーニズを横目に、竜は彼女に語りかける。
「大丈夫か?ずっとうなされてたぞ……?」
彼女の目から涙が流れている。俺を認識すると、泣きながら抱き着いてきた。
「ふぇ……?うぐっ、うぅ……ふぅえぇぇぇええええん……!うぅっ、うぅ……」
相当怖い夢を見ていたのだろう……
しばらく時間が経って、彼女は落ち着いてきた。
それを見計らったのか、デスティニーが後で話を聞きに来いと言っていた。
窓から覗くのは首が疲れるらしい。
「古竜は信じる者に口を開く。――か……なるほどな、こういうことだったのか」
ジーニズは独り言を呟く。でもその話は聞いたことがある。
古竜とは人の言葉を喋れて特殊な能力を持つ、珍しい竜だとか言われていた。
「愛美、守れなくて、酷い事も言ってごめん……!」
ずっと言いたかった言葉を伝えた。ずっと喉の奥で突っ掛かっていた。
「怖かった……そばにいてくれて、うぐっ……ありがとう」
彼女は再び涙を流すと、感謝の言葉を伝えてくる。
安心して、何もかもが解決した気がした。
「飯は食べれるか?」
「うん……」
でもまだ元気じゃなさそうだ。もう少し様子を見ていた方が良いかもしれない。
愛美は結衣の用意していた朝御飯を食べ終わった。
完食したし、俺より動ける程の健康な顔色に戻ってきた。
「さっきの竜と話をしなきゃらならないんだけど……愛美も来るか?」
名前の呼び方を忘れて、いつも呼んでた名前呼びがしっくりこない。
(たった一ヶ月話してないだけで……会話って大切なんだな)
「分かったわ。でも一緒に行っていいの?」
「大丈夫だと思う」
平気なのか聞かれたが曖昧な返答をしてしまった。
彼女はハッキリしない俺を不思議そうな顔で見ている。
何故結衣も彼女も、キ、キスしたり抱き締め合ったり……みたいなことがあったのに平然としていられるのだろう……
(俺は凄く気恥ずかしいのに……)
そんな疑問を持ちつつ、デスティニーのいる庭へ向かった。
外は春の暖かい空気に包まれていた。
彼女も少しずつ元気を取り戻しているみたいだ。
そして服装も結衣のパジャマから着替えていた。黒いシャツと深緑のパーカー、ベージュのデニムのパンツと黒いスパッツ……病院に届けた戦闘服を着ていた。
(やっぱり俺と同じでしっくりくるのかな?)
逆に俺はというと、怪我人用の部屋着。灰色のスウェットとシャツに紺のパーカーだけだった。
体のあちこちの傷が痛くてうまく着替えられず、あまり動きたくもなかった。
「やっと来たか」
デスティニーは庭で丸まり、目を瞑って待っていたようだ。
緑の芝生に、澄んだ青い鱗と瑠璃色の綺麗な瞳が目立つ。
「何の話をするんだ?」
気の抜けた声で聞くと、予想外の答えが帰ってきた。
「お前達家族の特殊な能力の話だ」
何故俺達の能力を知っているのか不思議だったが……何か情報や知識を貰えるチャンスだった。
「え?ほんとにあたし一緒にいて大丈夫?」
愛美は突然の話についていけず、不安な素振りを見せている。
「問題ない。お前さんにとっても重要な話だ。
(ジジイ?確かに低い声だけど……)
デスティニーの方は大丈夫そうだ。彼女は顔を合わせるのも久し振りだし、落ち着かないのかもしれない。
「昔はこの星の竜も立派だったがな……今では星を棄てるように他の星に逃げていく」
いきなりの昔話に今度はジーニズが反応した。
「古竜は少なくなったと伝えられているけど……他の星に行ってしまったのか?」
突然の彼の質問に、デスティニーは重要な事なのかゆっくり話した。
「古竜は、寿命が来るまでは不死身だ。だから人間がここに住み着いてから、古竜や沢山の竜は星を捨て自由を選んだ。共存する竜はのんびり暮らし、拒む者は一人の人間と戦いで信頼を築いた後……」
「旅立っていったのか?」
「今ではそれも禁止の意見が多いな?人間の間では」
俺がデスティニーに問うと、肯定なのか嫌味なのかよく分からない返事が返ってきた。
確かに最近は竜が少なくなってきて、竜と旅立てる人間の方が珍しい位だ……
(逃げていた……国は侵略と思われるのが嫌で、竜はそのまま住み続ける奴隷みたいじゃないか……こんなの共存っていえるのか?)
「例を挙げるならお前達の兄のようにな」
デスティニーの言う通り、俺は次男だ。俺より三つ年上の兄がいた。
でも、一年前に可愛がっていた一頭の竜と共に姿を消した……
「兄さんの事、知ってたのか……?」
デスティニーがこの事を知っているのが驚きだった。
「旅立った竜が私の息子だからな。お前らとは切っても切れない縁だったってことだ」
その事実を聞いた瞬間、申し訳なくて悲しい気持ちになる。
「そうだったんだ……ごめんなさい」
愛美も悲しそうな声で呟いた。
「別に構わない。ただの悪ガキだったからせいせいした。それよりここからが本題だ」
低く渋い声が響き、話が切り替わると共に緊張が走る。余程、重要な話だとわかった。
「まず。そこのお嬢ちゃんは、雷の能力だけだと皆思ってる。だが、それだけじゃない。強力な光属性能力が眠っている。解放する条件がかなり複雑で、私にも分からんが……」
「そうだったんだ……!」
愛美は自分の手を見つめながら嬉しそうにしている。彼女の夢は強くなること。
『もっと強く、そして優しくなれば守れる仲間も増えるだろ?』
兄さんの言葉に影響されたのは彼女だけじゃなく、俺もそうだった。
俺達はその事に全く気付かった為、驚いていた。
「流石に僕も気づかなかったよ……」
「年老いた竜の戯れ言だ。そこまで気にしなくていい」
動揺を隠せない愛美にデスティニーは軽く答えた。
光属性は身近なところで例えると結衣の能力でもある。
愛用の細剣に宿した光属性の斬撃は強力で、俺も何度か吹っ飛ばされた経験がある。
「あの能力とは関係無いのか?」
俺は、彼女のもう一つの能力について追求する。愛美も少し複雑そうな表情をする。
「どうだかな…………話を戻すぞ、何故十五歳になると人間達が旅立つのかわかるか?」
「強くなるため?」
分からないのか、話題を変えられた。その質問に愛美は率直にそう答える。
「それもそうだが……世界中に散らばった竜が迷惑をかけていないかの把握だ。ひっそりと暮らす奴もいれば、問答無用で暴れ回って星間のトラブルを生む奴もいる」
「勉強になるなぁ……」
ジーニズは感心しているが、この言い方はちょっとわざとらしい……
兄さんもそれを防ぐために出ていったのかもしれない……
長男、天崎
訓練学校で世話をしていたホムラという白竜と旅立ってしまった。
偶然にも同じ名前の戸澤を思い出す。
デスティニーは話を続ける。
「お前らの姉さんを
未来に取り憑いた、ジーニズの兄の事を言っているのだろう。
彼は一度言葉を切り、真剣な口調になった。空を仰ぐ。俺達も緊張せざるをえなかった。
「一番重要なのは……妹さんの時空に変化をもたらす能力、
(エスケープ?逃げるための能力なのか?)
その疑問を即座に投げ掛けたのはジーニズだった。
「逃げる能力……?どういうことだ?」
「詳しくは知らん。この竜の住む星に、最初に辿り着いた人間の二つ名で知れている」
(つまりそれは……地球からここに逃げてきたって意味なのか?)
「そいつが竜との共存を提案し、この国を作った」
侵入者が時空操作の能力をずっと使ってたなら、確かに竜も仕留められずお手上げだろう。
「そんな時空を操れるやつの侵入なんて食い止められないだろうな」
恐ろしい能力について率直な感想を述べたが、やはりピンと来ない。
(逃げるならステルス系の方が良いんじゃ……)
「でもそれって……バレたらまずくない?」
愛美が冷静に質問する。
時を操るという事は使う側も、必要とする側も多大な責任を問われる。
彼女の言う通りで、その能力を悪用する奴だって出てくるはずだ。
「
(そんな……才能の能力よりもなんて、人が持ってて平気なのか!?)
俺は鈴の能力の恐ろしさを叩きつけられた。
少なくとも数人、周りには才能のような、絶対的な能力を持っている幼馴染みがいる。
そいつらが自分の能力を扱いきれているか、それも微妙だ……
ここに辿り着き、竜達が圧倒されて星を棄てざるを得なかった能力……そんなものを鈴に扱いきれるのか?
デスティニーはそれだけ言って、飛び去ろうとした。蒼白の翼が大きく広がり、空への視界が覆われる。
「待て。最後に質問いいかな?」
ジーニズが彼を引き留める。
「なんだ若造」
彼は渋い声で面倒臭そうに振り返る。ジーニズは咳払いをしてから尋ねる。
「
「知らん。
デスティニーはそれだけ答えると去り際に話しかけてきた。
「あと赤髪、なんかあったらまた聞きに来い」
それだけ言うと少し離れた庭の水を飲みに行ったのが見えた。
「あたしはお呼ばれしてないのね……でもこれから大変なことになりそうね」
愛美は軽く苦笑いすると心配そうな表情を見せる。
(俺も未来と鈴が、そしてお前も心配だ……)
でも事の深刻さを理解してくれている人が増えてくれたみたいで助かった。
俺もいきなり事実を知らされて、頭がいっぱいだ。
「愛美も……その、鈴のことで協力してくれないか?」
「当たり前よ!でもその前にあんたの姉として……!ジーニズ!あんたに聞きたいことがあるわ」
彼女は元気そうな表情から真面目な表情に一変した。
玄関で靴を脱いだ愛美は、腰にかけた刀に向かって睨み付けている。
(俺の事をそこまで思って……)
だが丁度良い。愛美が少しでも安全だと分かった今、ともかく眠りたかった。
安心感でもう倒れそうだ。
「じゃあ愛美、後はよろしくな。俺は寝る」
靴を脱ぎ、刀を愛美に預けるとジーニズの悲鳴を背に、客室に続く階段を上っていった。
ベットの上で目を覚ました。体のあちこちの痛みが、若干和らいでいることに気付く。
壁の立て掛け時計を見ると時間は午後四時を差していた。
「寝すぎたなぁ……」
体を伸ばすと一気に力が抜ける。そろそろ皆が帰ってくる時間だ。
家に戻る準備をしないといけない。それに、父さんが帰ってくることを愛美は知らない。
(ジーニズが知らせてくれてるかな……)
軽く荷物を纏めて、その旨を伝えに一階へ下りる。
「誰もいないな……」
地球の、欧米の城や屋敷等にあるグレートホールに似た大広間は、静まり返っている。
細長い食堂用テーブルにはちょこんと紙が置いてあった。
『武道場』
愛美の殴り書きのような文字の書き置きに安心した。
屋敷の隣にある旧那津菜流の武道場の事だろう。
「ははっ、まるで挑戦状、いや果たし状だな」
無骨さに笑わずにいられなかった。ジーニズが稽古をつけてくれているのかな?
彼は刀だが能力について知識も口も達者だ。教わることはたくさんあるだろう。
「そうだ。俺、昨日風呂入ってないな」
怪我と勉強でそれどころじゃなかった。まぁ片方は叶わなかったが仕方ない。
守らなきゃいけない家族の大切さを、改めて実感できたから良かった。
ここはもちろん風呂場も広く、温泉もある。そして露天風呂もある……
と言いたい所だが、結衣と屋敷のお手伝いさんとの二人では掃除の手が回らないらしく今は使用禁止だ。
大広間の南に正面玄関。北に二階客室へと繋がる、緩やかな螺旋階段。
そしてその客室の一階部分の右手がキッチン。左手には洗面所、脱衣場どちらもある。
そこを越えた先に温泉がある。
螺旋階段の下の扉は、料理を運びやすくするため簡易的な扉の作りだ。
その扉を開けると、二階と同じく長い廊下がある。二桁もある客室の一階部分なんだから、他の部屋など奥には庭へ繋がるベランダも存在する。
俺は脱衣場の扉を開いてから気付く。
「あっ、着替え持ってきてない……」
また部屋まで長い道を戻り、一汗かいてから風呂に入れた……
「はぁ……」
やっぱりここで一番好きなのは、岩で囲まれた室内温泉だ。ここに入ると全ての疲れが癒されていく。
一時封鎖している露天風呂の方を見ると、いつの間にか雨が降ってきていた。シャワーを使っていた音で全く気が付かなかった。
シャワーを止めると脱衣場から物音が聞こえる。
「ん?なんだか騒がしいな」
奥から愛美の鼻歌が聞こえる。脱衣所の電気も点いた。
「ま、まずいな……」
(せっかく良い雰囲気を保てたのに、このままじゃ……)
「おーーーい!!入ってるぞーー!?すぐ出るから待ってくれーー!!」
温泉の湯船から出たくなかったので、多少大きな声を上げた。
「わ、わかったわー!」
声が聞こえた。これで一安心。少し時間が経って温泉から上がることにした。
(電気消し忘れたのか?ずっと点いてるし、音もしないし大丈夫だろ)
脱衣所のドアを開けると、愛美がブラジャーのホックを止めるのに苦戦していた。
「と、留めてやろうか……?」
「な、なななぁんで待てないのよぉぉ!!」
彼女が脱衣所の藁で出来た籠を振りかぶった瞬間。
「ど、どうしたの?」
タイミングが悪すぎた。雨でびしょ濡れになった結衣が、脱衣所出口のドアを開けた。
愛美が振り返り、ブラジャーも床に落ちた。
彼女の投げる籠は俺の鼻に炸裂し、腰に巻いたタオルは宙を舞った。二人の悲鳴が屋敷中に響いた。
「これだから若いのは……」
デスティニーは竜専用雨小屋で独り呟いた。
あっという間に時間は過ぎ、結衣の家から帰る時に雨は止んでいた。
勿論鼻が痛くて、愛美とはまた気まずい雰囲気に戻ってしまった。
母さんはまだ城から戻っていなかった。リビングには父さんがソファに眠っていた。
見た目は俺や未来と同じ赤い髪で、ショートのツンツンヘア。
一年半前と大して変わらず、母さんと同じで若く見える。
(調査隊の制服にマント付けたまんまとか……よっぽど疲れてたんだな)
青のネクタイに、白ワイシャツと黒のスーツ。外側が黒で、内側が赤の使い古されたマントを上に羽織ったまま、ぐーすかと寝ている。
「起こさないようにぃ。ご飯作りますかぁ」
未来はそう呟いて台所に向かっていった。結衣のお屋敷を見た後だと、家はどうも狭く感じてしまう。
父さんは彼女の家事に全く気付く様子も無い。込み入った話はまた今度にしよう。
夕飯が出来る頃には父さんも目を覚まして、母さんも帰ってきた。久しぶりの家族揃っての食事だった。
「未来、いつもありがとうね」
母さんが未来に感謝を伝える中、父さんは凄い勢いでご飯を食べている。
外の食事ばかりで家のご飯を食べたかったのだろう。
「かっこまないのパパ!」
近くの席にいた鈴が注意を促すが聞こえていない。
「昔からこんな感じだったわね」
母さんが懐かしそうに呟く。
あの頃の俺は……愛美を目指して強くなることに精一杯だったな。
「その頃は俺も愛美も素直だったな」
少し笑いながら彼女に嫌味を言うと足を踏まれた。
「いたっ……」
「お、なんだ?最近はヤンチャしてるのか?」
「そうだよ!すっかり調子に乗っちゃって」
父さんが反応したと思えば、愛美も変なことを言っている。さっきの当て付けなんだろう。
でも二人とも元気な様子が見れて本当に良かった。
ご飯も食べ終わり、未来と鈴が後片付けしている最中に、愛美は二階に上がろうとする。
「ん?どうした?」
「ちょっと明日の用意するだけ……」
素っ気なく言い残し、階段を上がっていってしまった。
未来と鈴は、俺のことを凝視してくる。
(いやいや……!何もしてないから!)
「今じゃ一緒にお風呂も入ってくれないよなぁ……」
父さんが寂しそうに呟くと、母さんがまた笑みを浮かべて懐かしそうしている。
「昔は
こんなのんびりしてる母さんを見るのは久しぶりかもしれない。
最近国の書類仕事を手伝っていて、余裕がないように思えていた。
「その件なんだが……」
父さんが急に改まって母さんをまっすぐ見ている。
「すまない、何も手がかりが掴めなかった……」
父さんが兄さん捜索の事を申し訳なさそうに謝るが、そんなことは誰も気にしていない。
「良いのよ。たった一年じゃ難しいわよ。それもあの子らしいじゃない。そのうちひょっこり帰ってくるわ。そしたら勢揃いね!」
元気付けようとする母さんの声はやはり悲しそうで、無理をしているようにも思えた。
そして母さんの望みが叶わないことも……この時の俺は微塵も分からなかった。
一番申し訳ない気持ちなのは俺だ。そもそも兄さんが出ていった原因は俺にもある。
兄さんの能力も凄く特殊で、全ての竜の声が聞こえるというものだった。
能力解放に興味津々だった俺は、嬉しくていつの間にか口が軽くなっていた。
そのせいで沢山の大人達が群れて、竜の翻訳を求めたのだ。
兄さんが星を出ていったのはそれからすぐだった。
結局俺は本人に謝ることもできず、罪悪感が溢れるばかりだった……
その一年前に、両親を亡くした結衣の罪悪感が痛いほど分かった。
「俺も自分の部屋に戻る」
その場にいられなくなった俺は壁に立て掛けた刀を持って逃げた。本当に情けない。
こんな俺を見たから、愛美も素っ気無くなってしまったのかもしれない。
もっと強くなって彼女と共に宇宙へ出る。そしてあの人を探さなくちゃならない……!
「なんでお前は喋らなかったんだよ」
「君達、余程お兄さんが大切みたいだからな」
「うぅ……んぅぅ!」
ジーニズも皮肉を漏らす。二階に上がると変な呻き声が聞こえた。
それが愛美の声だと気付いて、俺は恐怖で心拍数が跳ね上がる。急いで彼女の部屋に駆け込む。
「どうした?」
「ぅう…」
愛美はベットで眠りながら
やっぱり不味かったか……!武道場の置き手紙を見た時点で止めるべきだった。
「すまない……僕が油断してた。少しでも体を動かせば、悪夢は見ないんじゃないかって思ったんだ」
(早く起こさないと……!)
昼に見た時よりずっと苦しそうだ。あいつに何かされていたことは分かってる。
(それをどうにか解く方法があれば……!)
ともかく、熱があるかどうかだけ確認しないと!
「待って!触れたらダメ!」
突然部屋のドアが開き、恋焦がれた人の厳格な声が聞こえる。
後ろへ振り返ると、ここにいるはずのない結衣が息を荒げている。
「えっ」
だが愛美のおでこに触れようとした手は間に合わなかった。でも彼女は、単に目を覚ましただけだった。
「はぁはぁ……あれ?」
結衣は走ってきて疲れているのか、息を切らしながらも拍子抜けしたような可愛い声を上げる。
「ゆ、結衣?ど、どうした?」
「ふぇっ――なになに?てかあんた……!なんであたしに手当ててんのよ!」
愛美は完全に目を覚ましたのか、俺の手を
「ね、熱あんのかなぁって……うなされてたからさ」
(なんだこれ。まるで俺がシスコンみたいじゃないか)
恥ずかしくて口ごもってしまう。
「結衣ちゃん。いきなり来てどうしたのー?」
母さんがゆっくり後から来て部屋を覗いた。
俺らの様子を見るなり、にたっと悪どい微笑みを浮かべている。
「あらぁ、浮気かしら」
結衣は顔を手で覆い赤面している。相変わらずこの仕草は可愛い。
母さんは彼女のうぶなところが好きでよく可愛がっている。
「人の部屋でイチャイチャすんな!」
それを見るのに夢中で、背後から愛美のラリアットが飛んでくることに気付かなかった。
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