第43話~氷竜神リヴァイアサン~

「やるわよッ!!」

「ああ!!」

 その二体の面影を見ると……何かが頭に引っ掛かる。


「ぐッ……!」

 いきなり襲いかかる激しい頭痛。

 頭が割れそうになる程痛み、再生された氷上に膝を突く。


「乱威智!どうした!?もう奴ら来るぞ!」

(何かが俺の中に……!)

 頭の中に違和感を感じ……それが目の前で露になる。



『乱威智……!アレはあたしの獲物だから』

『いーや、俺のだな』

 俺達よりは一回り大きい男と女。

 跳ね曲がった見慣れた金髪……大好きだった姉の甘い香りと、焦げ臭い匂いがする。


(あれは、俺……?)

 隣の赤髪の男はいつも通り二本の刀を持っている。俺そっくりだった。


『じゃあ今度の勝負は競争ってことでどう?』

『ふっ、良いじゃないか』

 二人は二爪と二刀を構えている。

 恐怖を感じさせる白の間へ歩み寄り、迷うことなくソレに対峙した。


『やるわよッ!』

『ああ!!』

 白い世界の目の前で、その花達は無惨に散った。



「ぐあああああァァァァッ!!」

 俺は気付いたら叫び散らし、皮膚が張り裂けそうな痛みを手で押さえている。

(……!?今のは……?まさか……また未来目視ビジョンキャンセラーか?)



「な、何なのよ……!まだ策があるって言うの!?」

「落ち着けレヴィ……奴は暴走してるだけだ。竜神二匹の力を喰らえばそうなるだろうな……」

 戸惑うレヴィアタンに、リヴァイアサンは呆れた声で話す。


 そしてリヴァイアサンは、荒れ狂った空を見つめて悲しそうに言葉を続ける。

「神性として生み出された私達は竜を……能力を、魔法を、根本的な特殊概念を造り出した。でもそれは……ここだけじゃなかった」


「リ、リヴァ?」

 怒りに震えるリヴァイアサンを心配するレヴィアタンは、困惑した様子でその瞳を見つめる。


「もう一つの神の駒、人間に……!私達は呆れた……星から去った竜は、自立を選び世界に飛び立って他星を侵略している……!」


 リヴァイアサンは目を瞑り、真っ直ぐな瞳でジーニズに向き直る。

「世界を侵略する、竜の復讐はもう止められない。どうするつもりなんだ?ジズ……」


「僕は、ただ……」

 ジーニズは痛みに耐えているのか、震えた声で答える。


「そして貴様は……!神の意志と偽り!今度は人間などの味方をして……!何をするつもりだ……!?」

 リヴァイアサンの怒りは青い瞳を赤く染める。


「違う……!ただ、俺は……」

 仲間を守りたいだけだ。そんな自己中心的な願いで論じる事なんか出来ない。


「何が違うと言うんだ!貴様らはジズを操り、竜達に何をするつもりだ……?」

 やっと耳がしっかりと聞こえてきた。

 視界もうっすらと見える。


 考えてみればおかしな話だ。


 神の力がある。

 性格の悪い兄が襲ってくる。

 今まで沢山の命に取り憑いていた。

 竜神の力を取り込んだ。

 邪に狂った女神に邪魔をされる。


 信じろって方がおかしいかもしれない。


 更にジーニズに触れてからおかしな夢ばかりを見る。


 幸せそうに暮らす俺や仲間達。

 それとは一変して、ただただ全身の痛みに堪え竜と戦う俺の姿。

 まるで子供のように、怒りに我を忘れて暴れ狂う竜。


 だけど……!だけど!

 愛美が死のうが……ジーニズがどんな過去を持ってようと、俺がやることはただ一つだ。


「乱威智……」

 申し訳無さそうで、悲しそうな声が右手から聞こえる。

 血の涙を腕で擦る。


「どんな目的だろうと関係無い」

 俺は決意の言葉を吐き始める。


「え?」

 ジーニズは惚けているが……もう俺の姿形は変わり果てている。


 黒い髪に赤く煮えたぎる炎を宿った体。黒炎に染まった二刀は高熱を宿す。


 彼の体は竜神の多大な力の影響で、暴走状態に陥っていた。

 だから感覚も分からない。だけど……黒い眼球の赤い光は彼の強い意志を表していた。


 答えは一つしかない。

「俺はやりたいようにやる……奴らより人道的であることは誓ってやるよ」


 相手を想って一方的に助ける。支える。それが『愛』だからだ。

 かつて水色の髪の女の子に論じられた事を思い出す。


「甘いッ!!」

 竜が氷の光線を打ち放つが、そんなことはもう関係ない。


 直で受けても意志は変わらない。

 あいつの痛みなんかより……

 この先受けるであろう激しい痛みなんかより……

 何度も殺されても生き返る辛さなんかよりも……


 黒い瘴気を放ち、闇のオーラを帯びた二刀を交差するように振り下ろす。


「下がれレヴィ!!」


 闇炎えんえんを帯びた二刀は氷の光線を軽々しく突き破り、禍禍しい衝撃波となって振り返った竜の頭上に炸裂する。


 周囲に飛び散った闇炎は、禍禍しい爆発を起こす。

 それは連鎖し、周囲を黒の海へと変えていった。


「一気に叩くぞ!」

「ああ!」

 不死身の化け物、リヴァイアサンは説得することでしかもう勝ち目がない。

 今それが無理ならば次の目的はただ一つ。


「すぅ……」

 納刀した妖刀村正の鞘に手を添える。

 息を吸い、精神統一をする。


「はあああああぁぁぁッ!!」

 両目を見開き掠れた声で叫びながら、氷上のレヴィアタンを見定める。闇の一点へ豪速球の居合い斬りを放った。


 紫に光った刀はレヴィアタンの槍に遮られながらも、彼女の首もとを掠める。


 残像が消えてしまい、もう惑わすことは叶わない。

「例えあいつが許しても……私はあんたを絶対に許さない……!」

 レヴィアタンは悔しそうな表情で槍を強く握りしめると、紫の光を失った村正を押し返してくる。


 もう一本の刀を重ね、二刀で槍を押さえる。


「…………」

 ジーニズは黙ったまま、彼女の様子を伺っているようだ。


「あんたがあんな事しなければ……!私の傷付いた仲間は……!闇に染められて竜化させられた私の大切な仲間は……」

 レヴィアタンは涙を流し、俺の持つ刀へと訴える。


(まさかこいつが悪魔になった理由って……ジーニズへの嫉妬だけじゃないっぽいな)

 どういう話であれ、こいつが仕方なくやったって事は最初から分かっている。


「まだ、生きてるのか?」

 恐る恐る彼女に聞いてみる。


「あんたなんかに助けられっこ……」

「生きてればいい。闇なら浄化すりゃ何とかなるんだろ?」

 彼女との間にあるジーニズに問い掛ける。


「無理だ……」

「最初から否定するな……愛美なら叶えられる」

 ジーニズは力なく否定するので、一つ案を出してみた。


「いや……」

 まだ不可能とでも言うなら、俺がやりたいようにやってやろう。


「そうだな。あいつだけじゃ叶わない。だったら俺もやればいい。術にしようが何だろうが、代償なんか今の俺にはへっちゃらなんだろ?」

 俺は口角を上げて、軽いことのように語りかける。


「おい……!」

 ジーニズは俺を呼び止めようとする。

 確かに行き過ぎた事で、俺がそこまでやる必要は無いのかもしれない。


 でもそれを捨ててしまったら、一人だけ俺が間違っていると正してくれる人がいる。

 いなくても、きっと俺の中にそれはある。


「上等じゃない……じゃあまずあたしを浄化してみなさいよッ!」

 彼女は槍を払って二刀を押し退けると、距離を置く。


 改めて周囲を見ると……空は真っ黒に染まり、禍禍しいオーラがそこらに溢れ返っている。

 そのオーラはリヴァイアサンに巻き付き、動きを封じていた。


「な、何これ……」

「何これって君がやったんだよ……痛いから急に暴れないでくれ……」

 驚いて周囲を見渡すとジーニズが呆れた声で話し掛けてくる。


「言っておくが竜神の力の影響がどうたらとかの話聞いてたからな」

「うっ……」

 迷わずそこを指摘する。


 俺がその影響とやらを未来目視で悪化させたってとこだろう……

(面倒過ぎるだろ……奴らは俺に何をさせたいんだ?)


 呆けてばかりもいられない。

 レヴィアタンが再び接近してくると、槍を縦に振りかざしてきた。


 それを右へ避け、二刀で連続斬りを与える。

 上斜めや左右からと十回程続けるが、彼女は槍を持ち変える動作で全て防ぎ切った。

 火花が散り、視界が見え辛くなる。


 だから俺は立体影を使い、左右の視点を探ろうと考える。

 その為、つたない魔力で分身分離を作り上げようとした。


「通さないわ」

 彼女は水のレーザーを左右に放ち、動きを封じてくる。


「!」

 俺が気付いた時には、槍がもう降り下ろされていた。

『ガッ!!』

 俺はあえて左手の刀で受け流し、村正を外向きに持ち変える。


「ジーニズ!」

 言葉を発した時には既に、村正は光を帯びて輝いていた。


「なっ!ぐあッ!!」

 ジーニズのおかげで一テンポ早く、浄化の光を彼女の胸に突き刺せた。


「いくぞッ!」

「ぐっ、はぁはぁ……」

 彼女は痛みを受け入れるような表情で、浄化の光に耐えている。


「貴様ッ!レヴィに何を!」

「サタン!!」

 がら空きの背中から人魂が飛び出し、魔神となりてリヴァイアサンの口を受け止める。


「邪魔を!するなぁッ!!」

「氷竜神……!貴様が闇の施しを人間に下すとは、全く感心しかないな」

 サタンも軽口を叩いているが、そこまで余裕そうな喋り方ではない。


「乱威智!もっと力を入れろ!失敗するぞ!」

 ジーニズに注意される。


 気合いを入れて一気に片付けるしかない。

「はああああああッ!!」

 浄化の光を流し込み、闇エネルギーを取り込んでいく。


 彼女の色々な嫉妬の感情が流れ込んでくる。


 水色の髪のツインテール少女、レイ。

 小柄な彼女は身丈に合わない大きな槍で、敵の親玉を切り裂くと……

 嬉しそうに仲間の元へ振り向く。

「みんな!!レイやったよ……!」


 だが巨人のモンスターの落とした鋼の棍棒が落ちてくることには気付いていない。


「危ない!」

 それに一早く気付いた黒髪の少年は、彼女を庇う。


 次の瞬間、もう一人の仲間の少年が刀を抜刀し鋼の棍棒を切り裂いた。

 赤と黒の鞘……その刀は間違いなく妖刀村正だった。


 バラバラと鋼の破片は周囲に散らかり、二人の命は助かった。

「すっごーい!」

 同じ仲間である女の子に誉められている。


「す、すごい腕だな……ありがとう!」

「いや手が勝手に……ごめん」

 黒髪の少年が感謝すると、その刀を持つ茶髪の少年は謝ってしまう。


「なんで謝るのー、どういたしましてでいいんだよ?」

 金髪の女の子が彼にそう教えると、照れてしまう。

「う、うん……」


「うむぅ……!」

 レヴィアタンは嫉妬に耐えきれず、頬を膨らませる。



「はぁ……」

 呆れた溜め息と共に元の視界へと戻る。

 最後の光を流し込み、村正を引き抜く。


 倒れる彼女を腕で抱えると……先程まですごい剣幕を発していたレヴィアタンは、少女レイへと戻っていく。

 可愛い寝顔のツインテール幼女だった。


「パーティ内のいざこざだったとはね……」

 ジーニズが白々しい態度でごまかそうとする。


「皆悪魔化してるって事は……かなり前の事か。まああの茶髪が背負うには重すぎた……ってとこだろうな?」

 俺は軽く嫌味を言い放つ。


「暴走させたのは、悪いと思ってる……」

 凄い申し訳無さそうに縮こまる。逆にこっちが申し訳無い気持ちになってくる。


「悪魔化で長生きさせてくれたのはナイスだ。取り戻す努力はしたんだな」

「…………僕、今かなり君に馬鹿にされてない?」

 わざとらしく褒めると、冗談だと気付いたのかいつもの口調へと戻る。


「気のせいだろ」

 笑いながらサタンの元へ歩み寄り、試しに闇属性の波動を放ってみる。


 闇の波動は接触すると黒い電撃へと変化し、リヴァイアサンの体を包んで動きを封じる。


「え、雷も入ってる」

「シスコンじゃん」

「うるさい」

 確かに自分と重なる気持ちがあったのは分かる。


 幼少期、愛美と優華に褒められる結衣を勝手にライバル視していたのを思い出す。

 それで頑張る俺へ微笑みかけてくれた優しさに……


「うわ……」

「コホン」

 ニヤニヤしていたかもしれない。

 ジーニズに引かれる声で我に帰り、咳払いをする。


 人魂に戻ったサタンは少女レイの元へと飛んでいった。

「サタン、後は俺がやる。その子は頼んだ」


「うわぁーめっちゃ可愛い……タイプだわ」

 早く終わらせよう……なんかやましい能力でも使うんじゃないかと心配になってきた。


 ――宇宙船内――

「あーっ!!もうオリジナルにしてるんだけど!」

 パパはまた乱威智の様子を見て、背比べをする子供のように騒いでいる。


「はいはい、パパも凄い凄い。竜沢山いるもんねー」

 あたしは呆れた声でパパを雑に褒める。そして顎に手を当てて考える。


 音声までモニターで聞き取れる為、さっきの意地悪な冗談も聞こえていた。

(じゃああれはジーニズの昔の被害者ってことね……)


「あ!もしかして愛美ちゃんあの子に嫉妬してた~?」

 この父親猛烈にウザいんですけど……


 パパにイラついていたら腹痛と生理痛がやってきた。更にイラついてくる……


「トイレ……」

 お腹を押さえながらトイレに駆け込む。

「ごめん……」

(絶対ママにも同じ事で怒られてそう……)

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