第44話~託された竜の運命~

「グォォッ!シャァァァガガガガッ!」

 リヴァイアサンは痺れを振り払うと、凍てつく氷のレーザーで辺りの海面を凍らせる。


「あいつにとってはこっちの方が有利らしいな……」

 俺は妖刀村雨の鞘と柄に手をかけて抜刀の構えを取る。

 奴にとっては場面が凍っている方が立ち回りやすいのだろうか?


「ジーニズ!」

 俺は相棒の刀に強く呼びかける。

 奴が場面を組み立てるならそれを崩してしまえばいい。


『ガッ!!』

 氷上に刀身を突き立てて、炎属性を呼び起こす。


 やはり先程から属性変換等に心刀こころがたなを必要としなくなった。


 おそらくリヴァイアサンの不死身の力で、軽度の力の解放は短縮化されている……のだろうか?

 予想を疑問で塗り潰してしまう。


 ボワァッと刀身から炎が溢れ出して、周囲の吹雪を熱風に変える。


「クッ」

 リヴァイアサンが一瞬笑った……?

 俺にはそう聞こえた。


「アクアブレイズッ!!」

 竜は水と炎であろう何かの呪文を叫ぶ。


「罠か……」

 俺がそう呟く頃には竜から息吹の両腕が生えている。


 そして左右の手には水と炎の巨大な剣が、召喚の魔方陣から抽出された。

 召喚魔法で使いを呼び出したってとこだろう……


(使いってやっぱり武器の形なのか……?)

 その剣は貴族や賊等が使うような曲剣だった。


「僕も罠だとは思ったけど、ただの時間延長にしかならない」

 ジーニズは真剣な口調でそれも意味がないと言い張るが……


「そう言ってられるのは今のうちだ……」

 その言葉と共に剛速で繰り出される剣技は驚く程早かった。


 土壇場で避けるのは普通なら無理だろう。

(風圧は無いしバッチリだな……)


 上からの水剣を二刀で受け止めるフェイントを入れ、寸前で右刀で右に受け流す。


 氷に激突する水剣の衝撃波を活かし、空気抵抗を最大限に減らす。

 酸素を無くす一瞬の頭痛。それも気にすることなく、二刀で斜めのアーチを描きながら斬りかかって竜の胴体を氷上に薙ぎ倒す。


 だが奴の鱗は傷一つ付いていない。

 鱗の硬度はとんでもないほど堅くなっている。


『ドォンッ!!』

 脇腹に強烈な鈍痛が走る。


 一瞬のうちに左へ弾き飛ばされ、氷上を跳ね転がる。

 他の尾でやられたらしい……


 何とか立ち上がるも、出血と全身麻痺が酷い為か何度も倒れる。

 だが何度だって立ち上がる。


(ここで折れる訳にはいかない……!)

「おい、乱威智!早く心刀をッ!」

 持った刀を構える事も出来ない。


 もしかすると何か変な術にかけられたかもしれない。痛みの許容量を越えるほど体が自由に動かない。


「竜神に逆らうからだッ!!」

 巨大な剣先で俺の右腕ごと村正を切り飛ばされる。


「うぐッ!!はぁ、はぁ……」

 目眩と頭痛が酷く、思考が纏まらない。


「乱威智ッ!!逃げろッ!!くそっ、カウントが次で七に……」

「フッ、まずいことでも起きたのか?」

 リヴァイアサンと横たわったジーニズが睨み合うような会話をしている。


(もう見ることも……出来ない)



 乱威智が気を失い、息を引き取った。

「終わりだな」

「バカかお前は!?これで全部おしまいだ!この星も滅ぶ……お前も死ぬ。こんなのは望んでなかった……」

 リヴァイアサンの言葉に、ジーニズはただ絶望の言葉を口にする。


「フッ、ならここから離れるまでだ。貴様らの喜ぶ顔が見れて結構――」

 リヴァイアサンがきびすを返す瞬間、乱威智の体から闇の炎柱が直撃する。


 ジーニズが黒い炎で包まれ、消えていく。

「ならばその鼻を挫くしかあるまいな?」

 リヴァイアサンは諦めが悪く、乱威智に向き直ると炎と氷の二剣を構える。


 一瞬のうちに間合いを縮めた乱威智は、振り翳される氷剣を弾き返す。強烈な力で。

「なッ!?」

 リヴァイアサンの腕ごと引き千切れ、氷剣は地平線の彼方へ吹き飛ぶ。


 神のパラメーターの限界を越えた第二覚醒。

 その差は圧倒的な程までだった。

 全身は黒い炎を纏い、二本の黒刀は恐怖を感じさせるほど力が込もっていた。


「ッ……!捻り潰す!」

 リヴァイアサンは憤慨しながら呟くと、右腕と氷剣を再生して繋ぎ止める。


 乱威智は宙に浮いている。

 竜脈を因子に分解し、空気から取り込み始めていた。


竜脈零結界りゅうみゃくむけっかい

 乱威智は呟いた。母が使う防御魔法の覚醒模倣を。意図も容易く。


 対するリヴァイアサンは炎剣を斜めに振り下ろし、氷剣を横から叩き込む。

 どちらも弾かれる。


 透明な因子として取り込んだ竜脈が開花し、虹色に光る粉……覚醒粒子として絶対防御を実現させている。


「クッ……!」

 暗い表情を見せて剣を下ろすリヴァイアサン。


 乱威智は無表情のまま、前方に手をかざしている。

 覚醒粒子が一点に集まる。


「もういい……殺せ」

 リヴァイアサンは諦めの表情で剣を落とす。


「おい!!」

 サタンの声も聞こえず、二人は決着を済ませようとしている。


「道連れにしてなッ!」

 リヴァイアサンはカッと目を開き、自らからエネルギーを抽出する。

 それは奴の眼前から氷塊となって現れる。


黒光滅線ブラックレーザー……」

 乱威智は無造作に呟き、虹色の波紋から黒虹色の光線を発射する。


『ギュリィィィン!!』

 遅れて高周波の発射音が周囲をつんざく。


「痛みを思い知れ……!」

 リヴァイアサンがそう言い放つと、青く煌めく氷の光線を発射した。



『痛みを思い知れ』


『痛みを思い知れ……』

 言葉は乱威智の心の中に囁きかける。


『痛みを知りなさい!』

 幼少期の結衣の言葉が脳の思考を阻害する。


 結衣と優華との記憶のカケラ。

 今ある捻れた友情のカタチ。

 そこにはあるきっかけがあったことを思い出す。


 優華の軽いイジリ。友達としての強烈なスキンシップ。それは学校に入る前からあった。


 だから自分が抱える愛美への嫉妬を交えてしまい……

 彼女へ酷いことを言ってしまった。

「もう触るな!」


 彼女は泣いてしまった。一度も泣き顔なんて見せない。

 どれだけ辛い立場にあっても、強く俺を励ましてくれるヒーロー。


 その時から優華の事が放っておけなくなった。一番辛いのは分かってる。


 気付いたら結衣のビンタが俺の頬を貫いていたのだ。

「痛みを知りなさい!そんなだから愛美にも弟としか見られないのよ!」

 彼女の的確な言葉も、幼いながらの俺の心を切り裂いた。


「強くなりたい……」

「じゃあ優しくならなきゃ、強くなんかなれないわ!」

 彼女の言葉は、丸々愛美の語り文句。

 でも、その時だけは心に染みる痛みがあった。


 その時から結衣には嫌悪を抱かれるようになる。


 俺が少し強くなって、彼女を助けて支えるようになって……

 次第にそれは解けてはいった。

 何故か好きになってほしい、だなんて欲張りな感情に変わっていったのだ。


 それが俺の強く生きる。意志を持つきっかけだった。


 今の俺はどうしてる?

 彼女に胸を張って愛してもらえるか?



 ぶつかって波紋を呼び起こし、次元に穴を空ける二つの光線。

 俺は……俺はこいつにどうしてほしいんだ?


 結衣と同じように苦しんでいる人を助けたい。

 その感情は脳裏でハッキリと呼び起こされる。またジーニズに借りが出来てしまった。


「ん?ま、まさか……!?」

「あぁ……そのまさかだ。お前とは切っても切れない程、似た影響を受けて似た人生を歩んでるらしいな」

 二つの光線の波紋は収束し、闇の波動となって収まっていく。


「お前が折れても、俺らは決して折れない。仲間と自分で全てなんだ」

「はぁ?貴様の話は――」

 リヴァイアサンが俺の主張に憤りを覚えたらしい。


「悪かったな。ジーニズがお前に迷惑をかけたならしっかりと謝る。申し訳ない」

 謝罪する乱威智は、戦力を見せない為に覚醒状態を解除する。

 髪色も元の赤い髪へと戻っていく。


(これで一つ借りは返したぞ)

「?」

 心の中でそう唱えるも、ジーニズはぽかんとしている。


「…………ググゥ、貴様は……沢山の竜の命をッ!そんな平謝りで償えると――」

 リヴァイアサンは涙を堪えながら怒りを訴える。あと一押しだろう。


「だからお前に会いに来た。竜達の平穏を取り戻す為に……人間は恩を忘れない奴もいるって気付いてもらう為に。お前がその一人目だ」

 俺は真剣な眼差しで、ジーニズと今ここで決めた夢のカタチを伝える。


「フッ、お人好しだな」

 サタンは小さく笑いながら口を挟む。


「だから……お前の苦しみを、見てもいいか?」

 俺は幻覚魔法で奴の心を見ても良いか、聞いてみる。


「私には確認を取るのだな……」

「一目で分かる。重い痛みを抱えてる人は動じない程の頼もしさがあって……強い絶望を覚えた時にしか、泣けないんだ……」

 彼を説得しながら、優華の涙を思い浮かべる。


 その後のぼろぼろに怒った顔も。安心したように話す言葉も。

 ヒーローが見せる本心は、俺の馬鹿な夢を覚まさせてくれた。


「乱威智、お前は見事だ……力も去ることなく、コントロールして我を説こうする……」

 リヴァイアサンは俺を称賛してくる。

 貴様という警戒した口調も解けている。


「乱威智、後は――」

 ジーニズが申し訳無さそうに幻覚魔法を使うことを許してくれる。


「だが、貴様は許したとは言ってないぞ。ジズ」

 彼の言葉に衝撃を覚える。

(えっ!?)


「フッ、そう焦るな。これから示せと言ってるんだ。リヴァイアサン、お前は恥ずかしがりやだもんなぁ?」

 サタンが俺を宥めるように淡々と話す。

 軽くリヴァイアサンの本心をひけらかす。


「や、やめろッ!後は心を見るだけで勘弁してくれ……!」

(案外少年なんだ……)


 俺は彼の近くへ寄る。

 頭を下げるリヴァイアサンの氷の角に手をかざす。

(あまり見てなかったけど立派な角だ……)

 鋭利な角は曲がりくねった宝石の様だった。


「じ、ジロジロ見るな……」

 リヴァイアサンは目を瞑ったまま、恥ずかしそうに答える。

 恥ずかしがる愛美の顔が脳裏を掠める。

(いやいやいや何でそっち……)


「じゃあ、始めるぞ……」



 唯一神が作り出した三頭の竜神。

 俺は見てはいけない事実を知ろうとしているのかもしれない……



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