第20話~説得~

「すまん遅くなった」

「遅めに来て正解だったわ」

 待たされた優華は呆れた様子だ。

「悪かった」

「それよりあんた、仲良くするなとは言わないけど……修羅場は気を付けなさいよ?」

 分かってはいる。結衣を怒らせたくもないし、折角進展した仲を台無しにしたくない。

 でも傷付いた姉達を見たら放っておけない。

「わかってる。ほいこれ」

「なにこれ?」

 彼女は俺に問うことなく袋を開ける。

 選んだ物を思い出した。

 一見薄茶色のシュシュ。だがそれだけ白い水玉でLOVEって書かれていたような……

「わっ……!」

「前報酬だ」

 彼女は驚いた顔を見せて、一瞬顔を赤くしていた。

(そ、そりゃあ恥ずかしいだろう。俺だって選んだことを思い出して恥ずかしい)

「あ、あんたねぇ……早速。しかもセンス……」

「しょ、しょうがないだろ。雑貨屋行ったら紗菜さんにからかわれたんだ」

 確かに急いで決めた物だ。適当ではない。

 この色と水玉が似合いそうだと思ったら、それ以外はあまり目に入らなかった。

「な、なんかされた?」

「ま、まぁそれはともかく……大人っぽくて似合うとは思うぞ」

 囁かれたなんて絶対に言えない。

『えっ……!大人っぽい!?』

 彼女は小さな声で呟き、恥ずかしがっている。

 直接誉めるのはまずかったか……?

「と、ともかくそういうところよ!で?うまくいったの?」

「まあな。結衣と良い雰囲気にもなったし、そんな姿見て,姉ちゃんも元気出してくれた

みたいだ」

「上々ね。それで……あたしの能力が必要なんでしょ?」

 俺は彼女と話しながら、エレベーターのボタンを押して中に入る。

「あぁ。記憶操作の効果が消えたのか、段々と思い出しきてな」

 あの子は結衣の屋敷に侵入されたあの夜、間違いなく鈴に化けていた。

 そして、優華のシャンプーの香りがしたのは……今と屋敷で目覚めた直後だけ。

 つまり彼女も変化の能力が使えることになる。

「単刀直入に聞くけどお前……変化の能力が使えるだろ?それに何か隠密の能力を持って

たりしないか?」

「はぁぁ……バレバレね。でも隠密はあんたの早さみたいな伝伸能力の部類よ」

「ってことは扇卯王国の?」

「そーね……」

 少しむすっとした表情で答えてきた。

 あまり良い記憶が無いと聞いたことがある。地雷を踏んでしまったかもしれない。

「悪い……触れるつもりはなかったんだ」

「別に平気よ」

 少し無愛想で食い気味に答えてくる。

(ほんとにお前は能力を持ちすぎだ……!その分抱えてる深い傷を背負ってあげられたな

ら……)

「話を戻すが……同じ能力を持つお前なら、嘘をつかれても見抜けるかと思ってな」

 記憶が戻ったおかげで彼女の話がどうも噛み合わない。

 時雨に病弱な妹がいると聞いたことはある。

 だが戸澤は一人っ子で兄弟はいない。

 つまり彼女と会った時から、記憶を操作され嘘をつかれていた。

「あたしがお灸を据えてあげるわ」

「教育上悪いことは……」

「あんた次第ねっ!」

『バシンッ!』

 こいつのお灸の据え方は普通じゃない。

 注意しようとすると、俺の背中を軽く叩いて先に行ってしまう。


「お待たせ父さん」

「おひさでーす」

 振り向いた父さんは優華を見て少しびっくりした。

「おお!何年ぶりだろ。大きくなったね」

 背のことを言っているんだろう。俺には違う風に聞こえてきてしまう。

「えへへ……そうですかね?」

 優華は照れると同時に、俺の目線に気付いたのか脇腹へ肘鉄を食らわせてきた。

 父さんは妖刀村正を俺に手渡す。

「実はな……奈央さんが丁度都合よくてな。アビルバーグに連れていったんだ」

「そ、そうなんだ」

「一人に行っちゃってごめんな」

 驚く俺に父さんは頭を掻きながら謝る。

「全然いいんだよ。それでどうなったの?」

「神器というより呪器という部類になるらしい」

 説明下手の父さんは、あせあせと一生懸命に話す。

 ジーニズが彼をフォローするかのように、続けて訳を話す。

「僕も那津菜家の知識を知り尽くしてる訳じゃない。だから妖刀村正の詳細に関してもあ

まり知らなかったんだ」

「そうだったのか」

「呪器とは闇属性の力を使って、呪いを少しずつ解放していく物だ。結衣から呪いの力が

その刀にあると聞いていたけど、こういうことだとは分からなかった」

 ジーニズは呪器の詳しい事柄について説明してくれる。

「解放されていくとその力はどうなるんだ?」

「そこは実践あるのみだ。僕も取り憑いたことがないから予測もつかない」

「その力は闇属性とは違う感じか?」

「そうだな……今までとは少し違う気がする」

 どうやら闇属性専用の特殊な力らしい。

 確かにそれを使えれば、愛美にも悪影響は無いかもしれない。

「ってことは……呪いを解放できたのか?かなり大きな進展だな」

「良かったな乱威智!」

 父さんも嬉しそうだ。

「だがその……」

 ジーニズが急に口ごもった。

「何かあったのか?」

「カウントが……一つ増えてるんだ」

「え!何で!?」

 その事実に俺は焦らずにいられなかった。

(あと六回で……俺はどうなってしまうんだ……?)

 俺の様子を見て、優華が不思議そうにしている。

「何かまずいことなの?」

「そうだ、まずい……原因は?」

「恐らくあの子を止めた時……無理矢理地脈の力を吸収したからかもしれない」

(黒竜と化した透香を止めたあの時に……)

「で?」

「どうするんだ乱威智?」

 優華と父さんが満面の笑みで問いかけてくる。

「次気を付けるしかない」

 あえて中立の言葉を選んだ。自分の命だ。意思を尊重して当たり前だ。


 俺達は病室へと向かい、薄暗い中カーテンを開いた。

「起きてるんだろ?」

 ベットに横たわり、背を向けた透香。俺の声で彼女の肩が若干動いた気がした。

「おい、乱威智!あまり刺激しちゃ……」

 父さんが遮ろうとするが無視する。

 愛美がこの子と昔出会った話をさっきしてくれた……

 こいつは今誰に近付きたいのか……考えていることは昔の俺と大体同じだろう。

 彼女の助けてほしい人も見抜いていた。

 というより俺とジーニズの記憶がごっちゃになったような感じだった。だからあの黒竜

の悲鳴を鮮明に思い出せる。

 辛い事を忘れる位、楽しい経験で前を向かせるしかない。

「何か欲しいものあるか?」

「あたしが欲しがるものなんて……」

 彼女は少し辛そうな顔をする。

「じゃあご褒美兼命令だ。お前は愛美と大人しく待ってろ。すぐに勇馬の手掛かりを探す」

 肩掛けバックから紙袋を取り出す。

「な、なにそれ?」

 透香は警戒しているようだ。組織で散々酷い仕打ちを受けていたのかもしれない……

 でもそれを無理に聞き出して、黒竜になるなんてのは勘弁だ。

「前報酬だ」

 紙袋からピンクのミサンガを取り出して、彼女の手首に結ぶ。

「み、ミサンガ?」

「それが切れる前に連れ帰る」

「切れちゃったら?」

「うーん……でも切れなかったら願いを一つ叶える」

「ね、願い?」

 彼女の顔が一瞬明るくなる。

 願っていることは二つあるはずだ。

 無事に勇馬を連れ返し、戸澤の居場所を掴む。そしてもう一度愛美に助けを求めたい気

持ち。

「いや、愛美か俺が一つ叶えてやる」

「ほ、ほんとに?」

 彼女は食い気味に聞いてくる。

「答えは決まったようじゃな。ほれもう遅いぞ。帰った帰った」

 いつの間にか後ろにじいちゃんがいた。完全に足音も気配も無かった。

 父さんも優華も驚いている。

「決めるの早いよじいちゃん……」

「お前の速さ程じゃないぞ」

 ジーニズと父さんは笑い、透香と優華と俺は引き釣った顔をしていた。

 だけどそんなこと気にならない程、隠密性能力の真の強さを思い知らされた。


 皆は解散し家や部屋へ、先に戻っていった。

 そして俺は透香を連れて愛美の待つ部屋へ入った。

「戻ったぞ」

「え!?ちょっと!」

「大丈夫だ。話はつけ――っ!?」

 彼女は体の傷口を確かめながら、汗を濡れタオルで拭いていた。上半身を……

 金色のはねた髪で大事な部分は隠れている。

「も、もう……!」

 彼女は胸を隠してこちらを睨む。だがちょっと怒ったようなそぶりだけだった。

(物投げてくるかと思った……)

「ノックするよ……悪かった」

「ほ、ほんとだ。仲直り、してる……」

「…………」

 彼女の優しい反応に透香も驚く。

 俺と透香も後ろを向いていたが、しばらく沈黙が続いた。

「いいよ。着替える準備してたの。拭くのはやっぱり家ですればよかったわね」

「す、すまなかった……」

 訳を教えてくれたが、謝る言葉しか思い付かない。

「そ、その……見た?見てなければ別に平気よ」

(へ、へいき!?あの愛美が!?見えたような見えていないような……)

 やっぱり大きいとしか考えてなかったし、俺が悪いことには変わりない。

「み、見えてない。べ、別にそこは見てなかった」

 平気という反則的なワードから、動揺して何度も口ごもってしまった。

 これじゃ嘘ですと言っているような感じだ。

「もういいわ。小さい頃から何度も見てるでしょ――で?透香はどう説得したの?」

 随分あっさりと呆れられた。確かに動揺してる俺はアホらしい。

 でもほんとにそうなのか?自分でもよくわからない。


 彼女が着替える間、俺は透香に課した条件とこれからすることを彼女に説明した。

「なるほどね」

 彼女は顎に指を添えて、考えるようなそぶりをした。

(も、もしかして呆れてるのか?)

「勝手に約束したのは……」

「別に、あなたの勝手じゃない?そうするしか選択肢は無かったんでしょ?」

 諦めてるのか、食い気味に答えてきた。

(や、やっぱり怒ってらっしゃる?)

「す、すまなかった。もうちょっと考えてからやる」

「そればっかりね。もっと堂々としなさいよ。いつもみたいに」

 能力の練習組手で、散々説教染みたことをしたお返しが今返ってきたみたいだ。

 我慢して次の話を透香に振る。

「大丈夫だ。お前の兄貴達は絶対連れて帰ってくる」

「焔はいいよ」

 え?俺の耳がおかしくなければ戸澤を連れてくるなと……

「な、何言ってるんだ……?」

 俺も驚いたが愛美の方がもっと驚いていた。

「な、何言ってるのよ!?もしかして……何かされたの!?」

 俺は振り返って、彼女に落ち着いてくれとアイコンタクトを送った。

 数秒後、それは受理されたのか彼女は頷く。

(あまり透香を刺激したくないなぁ……)

 だが彼女は何かを我慢した表情で、自分から訳を話してきた。

「売ったのよ。私達の身を売ったのよ……!自分の身が危ないからって。だから父さんも

母さんも……目の前で殺されて!兄貴も連れ去られて……そして私もっ!」

 やはりだめだ。彼女は怒りに震えている。

 そんな中、愛美はふっと横を通り彼女を抱き締める。懐かしい甘い香りが漂う。

「今は全部忘れていいのよ……こいつがやるって言ったんでしょ?じゃあ二人とも連れて

帰ってきたら……私がそいつを殴ってあげるわ。あなたが満足するまで」

(何かが懐かしい……そうだ。俺が小さくて力が弱い頃、同級生にいじめられた後にこう

言って慰めてくれたっけ)

 気付いたら俺は彼女を後ろから抱き締めていた。

「あっごめん……つい」

「なっ!?は、ばっ、ばかっ!な、なななにしてんのよっ!?」

 彼女はすごく恥ずかしそうに動揺している。

「ふふ……」

 透香が笑顔で笑った。

(これは……嘘なんかじゃない)

 透香の心からの笑みだ。

「ふふっ。何よ、あんたも可愛い顔するじゃない」

「そ、そんなこと……」

 愛美が釣られて笑うと透香は恥ずかしそうに口ごもる。

 幸せな時だけは苦しみを忘れられて笑える。とても良いことだ。

「あ、乱威智さんも笑ってる?」

「あ、ほんとだ……な、なんか不気味なにやけ方ね」

 愛美にそんな言われ方をするとは思ってなくて、驚きながら顔を逸らす。

「昔は可愛かったの?」

「えっ?」

 意表を突くように透香が愛美に問いかける。

 俺は訳が分からなかったが、愛美は何故か動揺している。

「だってさっき、って」

「ち、ちち違うわよ!り、り、鈴って妹がいてね……そ、その笑い方と似てて、ついね?」

「ふふっ。嘘つくの下手だね。図星な愛美さん面白い」

 動揺する愛美。透香は嬉しそうに笑っている。

 幸せそうな二人を見つめる乱威智は、仲間を守るために頑張ろうと再度心に誓った。

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