第28話~超念動能力~

「私だって負けません!お姉ちゃんだもん」

 未来は胸を張り、そこに手を添える素振りをする。

 いつも通り、赤いパーカーにベージュの短パン。赤いアホ毛はこの前の苺柄のシュシュの重さで左に反れている。


「あぁ!今度こそ姉ちゃんの本気を見せてくれ」

 俺はいつも通り、黒の着物と赤の袴の戦闘服に、妖刀村正ことジーニズを左腰に添えていた。


 彼女は胸に添えていた手を前方に掲げ、地面を歪める。

「戦略を練る事には自信があるんだから!」

 地面がうねうねと揺らぎ、細かな地震が局地的に起こる。

災念地波グランドキネシスか……」


 災念地波グランドキネシスとは、文字通り念力で地面を揺るがし地震を起こす。

 これでは潜る事で加速も出来ない。

 妖刀村雨を鞘から抜きとり宙へ跳ぶ。すかさず俺は高速移動を繰り返し、立体影りったいえいを二体呼び起こす。


「へぇ。空中に跳んでる時も出来るのは厄介ね」

「そんなの想定内だろ!」

 そのまま未来の方へと一直線に飛び掛かる。

 そして刀身と鞘の二連斬りをしようとする。後の立体影二人も同じ動きをして、左右に回り込む。


 飛び掛かる途中に彼女は消え、三人の背後へ回り込む。瞬間移動と同じ位の速さだ。

 でも俺のように無限に速度を上下させられる訳ではない。


 空気抵抗を変動させて強めて、ブレーキをかける。村正の刀身のみを背後目掛けて回転斬りを仕掛ける。

念動防御サイコバリア!」

 彼女は詠唱し、防御を強固にした。だがその防御こそが狙いだった。


「ジーニズ!」

「あぁ!」

 三つの剣先が紫色の光を放つ。次の瞬間、目眩ましと同時にバリアが弾ける。

 立体影を消した俺は目を閉じ、鞘でいち早く彼女の腹部を突いた。


「なっ!直前で……!」

 当たる直前に彼女の手が鞘の先を掴んでいた。

 彼女は目を開く。念力使用時の薄緑色である瞳は、あの時と同じで赤く染まっている。

「まっ、まだよ!まだ負けてなんかない!」


 彼女は威勢を取り戻し、声もまだ未来の声のままで変わっていない。

「耐えて……いるのか?」

「暴走制御よ!」

 彼女は鞘を強く握り返し、物凄い早さで俺を地面に叩き落とす。


 俺は地面から動けない。どうやら念動能力サイコキネシスで地面に貼り付けられているようだ。

「はあぁっ!」

 彼女は先程いた上空数メートルから右手の拳を握り、そのまま高速で落下し俺の腹部を貫く。


「ぐはぁっ!!」

 今までにない相当な威力だった為、血を吐き息が止まりかける。

 彼女は詠唱していないが重力念力グラビティキネシスも使っているのだろう。あの時の怪力以上の力だ。普通じゃ腹を貫通するどころか谷一つ作っているだろう。


「なるほど。回復だけじゃなくて防御も上がってるんだねっ!」

 彼女は左手の拳で再度追撃してくるが、俺は左に避ける。

『ドオォン!』

 フィールド全体にその衝撃音が響く。


 彼女の拳は地面に触れずとも、局地的で大きなクレーターを作っている。ちゃんと力のコントロールが出来ている証拠だ。

「でも俺はっ!勝たなきゃいけない!」

 彼女の腹部に膝蹴りを入れて、覆い被さる彼女を押し退ける。


 そして今度は刀身と鞘で体を回転させて地面に潜る。

「それは無理よっ!わっ!」

 直ぐ様彼女の真下に移動し、足を引きずり込む。クレーターを作ってくれたお陰で地面は緩み、思ったより早く彼女の足を掴めた。


 だがそれは実体を持つ分身、立体影だ。その間に俺は彼女の上空、陽光の間から居合いの準備を済ませる。

 逆光もあるが目眩まし直後の彼女からは見えにくいだろう。


 上空数メートルから催眠の居合いを、少し位置をずらして放つ。

 彼女はそれを防ぐため手を添えるが……

「きゃっ!」

 もう一人の俺が当たる直後に足を引き、しっかり攻撃を首元に合わせた。


 勿論攻撃は命中し、俺は距離を五メートル程置く。

 よく見ると彼女の指に若干痣ができていた。

「寸前で触れたのか……!君らの反応速度は恐ろしい」

 ジーニズが一言挟むが、彼女はもう次の念力を放ってきていた。

超念動能力オールサイコキネシス!」


「まずい!」

 俺はすかさず宙へ跳ぶが地面に引き寄せ、叩きつけられる。

(また秘密の強化技とかかよ!)

 未来はいつもこっそりどこかで技練習して、こっそり強化してる。

 空気抵抗を変動させるもそれには抗えなかった。


 俺の周囲の地面は崩れ、岩の破片となって体を押さえ込む。

 何とか立ちあがり、村正の刀身でそれを切り裂く。


超念波光線オールイレイザー!」

 俺は即座に、心臓を村正の刀身で貫く。急いでジーニズの力を覚醒させようとする。

 彼女の手から紫に帯びた白い波動の球体が現れ、その力を貯めていた。

 超や極と言う技なら、貯めるのに威力と時間が関与してくる。彼女の技は威力が高いが発動に時間がかかっている気がする。


「っぐぅ!」

「はああぁぁぁ!」

 心臓に痛みが走るが、黒い血が刀身を押し出す。そのまま居合い斬りの体勢にはいる。

 彼女は力を貯め込んだところで光線を発射してきた。


「いくぞっ!」

「あぁ!」

 目前が白く眩しい中、ジーニズに息を合わせるように合意を取った。

 俺の髪も段々と白くなっていくのが分かる。そして心臓から村正の刀身が押し出された。


 次の瞬間。刀身は赤い炎で包まれ、俺は居合い切りを放つ。

 白い光線を切り裂きながらその力を吸収し、炎は紫色へと変化していく。

 全ての光線を切り裂き、軌道を変化させて彼女の手前目掛けて縦に刀身を振り下ろす。


 彼女は寸前に念動防御サイコバリアを張ったが、村正の衝撃波でその念力を打ち消した。

「ぐっ!」

 未来は寸前で距離を離したのか、五メートル程離れた場所で受け身を取った。

「これは、同じ念力……?なるほどそういうことね」


 前に愛美と戦った時も、彼女の雷の弓の力を吸収して青白い雷と炎の斬撃を放ったことがあった。

 恐らくこの吸収の力はジーニズの伝伸能力みたいなものだろう。体にあまり影響や反動っていうものが現れない。


 まだ刀身には赤紫の炎が宿っている。

「ならこういうのはどう?」

 彼女が炎を帯びた刀身目掛けて拳を振るってくる。

「僕で受け止めると白炎が!」

「えっ?」

 ジーニズの言葉を聞きつつも刀身で彼女の拳を受け止めてしまった。


「んぐっ!?」

 段々と刀身の炎は打ち消されて、全身に痛みが走る。

「あっ。もしかしてまずかった……?」

「…………」

 ジーニズもその問いに答えず、沈黙の時間が流れていく。


「ちょっと!誰かっ……?」

 未来が助けを呼ぼうとする。

(こんな簡単には諦められない!)

 乱威智の髪色は白から黒へと変化していく。

 更に全身から黒い闇属性のオーラが溢れ出す。

「む、無理しないで……?黒くなってきてるし、お父さん呼んだ方が……」


「だめだ……!父さんに勝つ前に、まずはあいつと頂上で決着をつける……」

 俺は全身の痛みに耐えて立ち上がる。

「んっぐぐ!」

 再び全身の重さや痛みに膝を落とすも、まだ耐えて起き上がろうとした。

「はぁ……もう分かったから。私の負けよ……まさかこういう終わらせ方するなんて」


「ぐはっ!」

 俺は口から血を吹き出す。

「ちょ、ちょっと!やっぱり誰か呼んだ方が……」

 未来に再度心配の言葉をかけられる。周りの観客の生徒達もどよめいている。


「大丈夫だっ……!」

 俺は手を地面についてやっと立ち上がる。

(こんな暴走の力に乗っ取られてたまるか!)

「ぐぐっ!はあぁぁっ!」

「なっ!」

 俺は震える手で村正を鞘に力づくで納めた。その瞬間、闇属性のオーラも痛みも全て消し飛ぶ。乱威智の髪色は元の赤色へと戻る。


「はぁはぁ……調子は戻ったがどうする?未来……」

 再び鞘に手をかけて未来に問う。

「はぁ……もういいわよ。降参するわ。下手に無理して憑依した力を解放しても、乱威智みたいに抑え込める自信なんてないし、また迷惑かけるかもしれないでしょ?」


「ほんとにいいのか?」

「あんたの意思には負けるわ。それに勝っても……」

 彼女はもう一つの準決勝が行われている南のフィールドへ目を逸らす。


 あちらは南西の第三、南の第四、南東の第六フィールドが一つに統合されていた。

 俺も息が落ち着いてからそちらを見ると……


「やっぱり愛美ちゃんは相変わらず強いわね……」

 紗菜さんが電気を帯びながら仰向けで倒れている。

 そして愛美が手を差しのべていた。

「もちろん!それより身体は大丈夫?」

 紗菜さんが手を取り立ち上がると、大丈夫よと答えていた。

 どうやらあちらも勝負が決まったみたいだ。


 紗菜さんが相当強かったという噂は聞いていた。能力のテレポートと魔法等の威力や詠唱も早い。更に美人で男子からの人気も高い……らしい。

 その事でふと昨日の事を思い出す。

(昨日の紗菜さんはやっぱり本物だったのか?)


 彼女を目で追っているとつい目が合ってしまう。

 そうすると彼女は俺に向けてウインクをした。

「えっ」

 誰もかもが呆けた雰囲気で彼女を見るが……未来の方へ向くとジト目で見られていた。

「私は知ーらない」


 ひと観客の中から結衣を探した。そうして見つけたと思ったら、冷たい視線でガン見されていた。

「な、なんでだよぉ……」

「こっちばっかりは負けみたいだね。報告よろしくね」

 未来から呆れた声をかけられると、彼女はそのまま立ち去っていった。


「明日か……」

 愛美の方に目を向けると目を逸らされた。

 最近の様子から見て穏和な雰囲気だが、覚悟の方は出来ているのだろうか?

 俺にも仲直りした影響があるのか少し迷いがある。


「俺が勝って父さんの本気を引き出す……!」

 俺は自分の右手を見つめ小さく呟いた。

 そんな彼から、遠く離れたスクールバッグに入ったスマートフォンが光る。『天崎 龍美』という文字。母からの着信だ。着信音が鳴り終わると、『城に来て』と一言のメッセージが届いた。



「はぁ……」

 鈴は教室で帰りの支度をしていた。

(なんか最近、周りの人達の対応がちょっと不自然な気がする)

 少なくとも去年の夏を越えてからは、皆普通のクラスメイトとして接してくれていた。


 だが、少し前に男子の喧嘩の制止に入ったら能力を発動させていた。

 周りの時が止まって灰色になって……

 私の制止の手が止まった二人を押し退けたが、そこから一時間経った。

 どうすることも出来なくて、泣きながら彷徨っていたらその能力は解けた。


 それからというもの、皆は私に妙に気を使うようになったり、男子が怯えながらに組み手を申し込んできたり、丁寧だけど下手な文字で挑戦状の手紙が届いたり……

 と周りの雰囲気ががらりと変わった。


(やっぱり兄貴や姉ちゃんの活躍で私にもピリピリしてるのかな?そしたらまた一年前みたいに……)

 私は一年前に起こった事を思い出していた。

『兄弟に比べれば出来損ない』なんて理由で。


 でもそれだけじゃ止まらなくて、色んないたずらや意地悪を皆から受けていた……

 逆らえば結局全部私のせいにされた。家族にまで火が飛ぶのが怖くて、途中からは逆らえなかった……


「兄貴やママに言わせれば、『どうせ、過去の事』かぁ。二人はほんとに心が強いんだから……」

 私は周りに聞こえない位の小さな声で呟いた。

 兄貴とはいつも無茶ばっかりしてる天崎 乱威智らいちの事だ。


 そして一人で教室を出ると、恐らく下級生の女の子が廊下で待っていた。

 よく見ると、この前愛美姉ちゃんの電撃爆発から守った女の子だった。

 銀髪の長い髪に、青いワンピースに灰色のパーカー。それも何かぶつかったか転んだのか汚れていた。

 その汚れからある事を察する。


「あ、あの……」

「ついていくわ」

(こんなことをした奴らが、もしこの学校の生徒なら……私がついていけば丸く収まる)

「えっ、一緒にいて、くれるの……?」

「もちろんよ!」

 私は彼女を元気付けまいと、笑顔でグッジョブサインをしながら答えた。


 武道には多少自信があるけど、『守るため、過剰防衛するために力はあるんじゃない。誰かを助ける為にあるものだ』って兄貴が昔から言っていた。子供扱いされて凄くイラついたけど。


 去年の夏にママにバレて助けてもらった。だから私の拳で傷付く人は少なかった……と思う。

『えらいわ……助かって、間に合って本当に良かった……』と彼女は泣きながら誉めてくれた。その時は凄く嬉しかった。我慢してて本当に良かった。


 予想通り彼女のクラスの下駄箱へ行くと、誰かの視線を影から感じるもすぐに消えた。

「はぁん?待ち伏せってわけね」

 先に彼女に靴を取らせて、私の学年の下駄箱で靴に履き替えて外に出た。


「ん?誰もいない……」

「い、いつもと、なんか違います……!気をつけて……!」

 集団で不意討ちを食らったら流石に捌き切れない。彼女が捕まったら私も下手には動けなくなる。


「そうね」

 校舎の玄関を出ても、いるのは普通の下校する生徒だけ。

「逃げたのかしら?」

「そうだといいんですが……」


 だが校門を出ていく生徒が怯えるような様子で左右を見ている。

「へぇ助っ人を呼んだのね」

 私も一人で突っ込むなんてしない。反面教師で学んでる。


 学校の先生に言っても……流石に多人数の大人相手じゃ、先生達も困るし可哀想だ。

 だけどこういう時、一番頼りにしてる幼なじみのお姉さんがいる。


「ちょっときて」

「は、はい!」

 私は校庭の木の影に隠れて、鞄に隠したスマートフォンを取り出す。そして電池パックを入れて電源を付ける。

「そっ、それは……」

「大丈夫よ。これをはめるまではただの機械。まっ……母さんも、持っていってって言ってくれてるの」


 私は一瞬言葉に詰まった。後輩の前で『ママ』だなんていつも言ってることを恥ずかしくて言えなかった。

 わざわざ電池パック式を頼んでくれたなんて事も。


『どうしたの?鈴』

 電話が繋がった。いつも繋がるけどこの時だけは凄く安心した。

「あっもしもし。ゆー姉?いきなりでごめんなさい。助けてほしいんだけど……」

 そう。発信した相手は葵 優華姉ちゃんだ。


『あー構わないわよ。学校?』

「うん、そう。なんかね校門前で、うちの生徒が怯える程の人達に待ち伏せされてるみたいなの」

『分かった、すぐ向かう』

「そ、その……学校は大丈夫なの?」

『大丈夫よ。いつでもフリーに動けるのがあたしの特権よ!』


「無理はしないでね……?」

『なっ、急に何言い出すのよ!あ、あいつにも連絡しちゃうぞ』

「それは嫌」

 兄貴にだけは絶対頼りたくない。駆けつけて来ては、また嫌味みたいな説教されるだけだし……


『はぁ……あんたも大概にしなさいよ。素直になれないあのお二人さんみたいになるわよ』

 姉ちゃんと那津菜なづな 結衣さんの事だろう。正反対に見えるあの二人は、兄貴の前じゃちょっぴり強情な所だけが凄く似てる。


 でも最近あの二人が素直になってるところが気に入らない。

(しかもあの強情を突き通してた姉ちゃんが……でもだめだめ!絶対あの二人はくっつけさせちゃだめ!まず家族だし!兄弟だし!そ、それに兄貴は昔は本気で好きとか言ってたし……あ、あぁ寒気が)


 でもそれはこの人も、人の事を言えない。

 結衣さんの屋敷に泊まったあの日、一度トイレに起きた私は知ってる。優華姉ちゃんが兄貴の起き掛けを夜這いしてた事を……

(ちょっと過激すぎて……そして恥ずかしくて……眠ってた部屋に戻っちゃったけど)


『お、おーい。聞こえてる?』

「ゆ、ゆー姉もじゃん。大体ゆー姉は攻め過ぎて呆れられてるんだよ」

『い、良いのよ!あ、あいつが鼻の下伸ばしたら私の勝ちだしー』

(ほんとに自分の本心に素直じゃないんだから。今のままじゃ、からかってくるライバルとしか見られてないんだから……)


 私は昔から仲良かったゆー姉を応援したくなっちゃうけど、結衣さんもしっかりしてて良い人だしと複雑な気分になってしまう。

 そして先日のキス案件を思い出してしまう。


「り、鈴さん?顔赤いけど大丈夫ですか?」

 隣にいた助けた後輩に心配そうな顔で訪ねられた。

(そ、そういやこの子の名前聞いてなかった……)

「だ、大丈夫よ!あっ、もう切るよ!」

『はいはい。もうつくからね』

(相変わらず早いな……家の屋根でも飛び回って……元々女子力の無さを色気でカバーしてるのがいけないの!)


「そ、そういえば名前、聞いてなかったね」

 ゆー姉との電話を切り、助けた後輩に名前を聞く。

「あ、有栖川 鳴海です……!あ、天崎さん!た、助けてくれて……あ、ありがとうございます……!」

 彼女は凄く申し訳無さそうに答える。

「大丈夫よ!教えてくれてありがっ……!って有栖川ってあの那津菜家の分家のっ!?」


「は、はい!」

(もしかして……!那津菜流剣道の評判が落ちたから、分家のこの子にも影響が……!?)

「あ、あの!結衣様あねさまは何の関係もありません!悪いのは私達で……!」


「大丈夫よ……」

 私は彼女を抱き寄せて頭を撫でた。今までの経緯も全て分かった。

(ずっとそう言わされてきたんだ……って!だとしたらあいつが関わって……!)

 次の瞬間、赤と青の混じった光線が私達に向かってくる。


「destructive!」

 デストラクティブと聞き慣れた強い声が、発音良く聞こえた。水色の綺麗なポニーテールが揺れる。

 目の前に現れた彼女、ゆー姉は左手で特殊攻撃をも打ち消してしまう。

 黒いフリフリのキャミソールに青のジーンズショートパンツ。動きやすいお洒落な格好だ。

(このセンスはお姉さんからかな?)


「許さねぇ」

「それはあたし達の台詞よ!」

 やっぱり来た。那津菜流を唯一嫌う華剛かごう治樹が。

 白のTシャツに黒のジーパン。珍しく私服姿だった。腹立たしい紫色の髪の癖っ毛がゆらゆらと揺れている。

「兄さんはこんな事望んでない!」

「何も出来なかった貴様に何が分かる!」


「え?」

 ゆー姉と有栖川さんもこの事を知らないのかきょとんとしている。

 何せこの事は天崎家、フィオーレ・アフラマズダー王家のみしか知らない王家機密だ。

 長男、天崎 真助は私の四つ年上の兄で彼の一つ年上の先輩、そして親友だった。


「力があるならついていけば良かったじゃない!」

「…………喋っちまっていいのかその事」

(こいつ……!弟が迷惑かけてるからって気遣える位なら立ち向かいなさいよ!)


 私はイラついて彼を挑発する。

「紗菜さんを見習ったら?」

「き、貴様……!」

 思った通り彼は嫌悪の表情を浮かべる。

「ね、ねぇ!さっきから何の話なのよこれは!?お姉ちゃんがどうかしたの!?」

 そう。紗菜さんは真助兄さんに恋してて……いつも相思相愛で、いつも仲良しで……


「これ以上結衣さんに手を出して、兄貴や姉ちゃんの邪魔をしないで!必死に耐えた紗菜さんの気持ち分かる!?」

 私は声を張って彼を説得する。もうここで止めさせるしかない。


 集まってきた先生は生徒を下校させて、ただあわあわと指をくわえて見ていた。

(そのまま大人しくしててね……)


「お前に何が分かる!僕にはあいつしかいねぇんだよ……!紗菜の気持ちだって……身近に見てなきゃ分かりゃしなっ」

「やめなさい……」

 彼の言葉を紗菜さんの声が遮った。


「紗菜!」

「紗菜さん!」

「お、お姉ちゃん?」

 私達は驚いてほぼ同時に声を上げる。

 フリフリの黒いワンピースに白いカーディガン。

 綺麗な茶髪のセミロングボブヘアは女性から見ても可愛らしいと思ってしまう。


「優ちゃんを追いかけてみれば……」

「おい!お前には分かるだろ!?那津菜から出てった奴が真助に何をしたか!竜の翻訳情報を高値でつけやがって……!はっ……!」

 彼は口走ってから周りを気にする。王家機密を漏らすことは国を敵に回すことに値する。


 彼の星外調査騎士団という立場上それはかなりまずいだろう。国は気にしなくても家族家系にも迷惑をかけることになる。そしてそれを国民に隠してた私達にも……


「いいわよ。今年で私も追いかけられる」

 国立戦闘訓練学校の最高学年で、十四歳の彼女は十五歳の誕生日を迎えればもう……


「はぁ……あんたは昔から過去の事ばっかり。だから結衣ちゃんにも嫌われるのよまったく。らいちゃんみたいにもっと先の事を考えなさいよ」

 急に紗菜さんは治樹さんに説教をしだす。そして兄貴の話を引っ張ってきた。


「奴も同罪だ」

「でも憎めないでしょ?性格は違うけど芯は似てるわよね」

(だから気に入らない……!無理して背負う事なんてないのに!)

「星を出てったのは兄さんの選択だよ。決意だよ……!それを侮辱するなら……」


『チリン』

「?」

 私の髪のすずの髪ゴムの音と共に、世界全てが灰色に変わっていく。

 全てを察した。また発動させてしまったのか。

(こ、こんな最悪なタイミングで!?)


(と、解く方法は何?)

 前回は一時間迷った挙げ句の果て、校舎の外に出たら解けた。

(どこかに逃げる?こんな状態でここから離れろって言うの!?)

 私はしゃがんで必死に考えた。

(前回と何か変化は……変化?)


(ん?鈴?鈴……そうだ!今の鈴って兄貴が買ってくれた……!)

 私は気付いた。先程私の鈴の髪ゴムが鳴った。あの時は確かに鳴らなかった。

 その鈴には何も入ってないし何も鳴らないはずだった。


 試しにジャンプしても鈴は鳴ることもない。

(何で鳴ったの?前回引き起こした共通点……ま、まさか、い、意思の力?)

 だとしたら発動原点にも合点がいく。

「だったら!やることは一つしかないわね!」


 私はゆっくりと治樹さんの元へと近付いていく。

「目を覚ませぇえええ!!」

 彼の頬に拳を当て、綺麗に一発かました。

 灰色の世界は見事ぶち破れた。



 一方フィオーレ王城では……

 先に着いた愛美が母、龍美に抱きついて辛そうに号泣していた。

「うぐっ、ママぁ……あたじぃ……どうじだらっ、んぐっ」

「はいはい。泣かないの愛美。分かったから。でもダメなことはダメ。と言ってもそう簡単には振り切れる事じゃないわよねぇ……」


(でも今までの事を考えたら、そうなるわよね……ってそれより……)

「どうして一緒にお風呂なんか入ったの……?」

 少し娘の行動の躊躇なさに怒りを覚える。

「ごめん、なさい……負けたくっぐぅ、ながっだぁ……」

「ほんと強情ね……それで一線は越えないでほしいけど……」

 龍美は再び愛美を抱き締めながら、悲しそうに彼女の金色の髪見つめる。

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