第50話 ~時空闘争~《エスケープ》

 鍛練が終わった後は速やかに帰った鈴は、これからのことを考える間もなくぐっすり眠りについた。


 乱威智が飛び立ってから四日目が経つ。

 早朝六時に起きた鈴は外の空気を吸いに散歩へ出掛けた。


 だがその途中で、この前殴った人物を見つける。

「げ……」

 色々と問題を起こす姉の愛美。彼女と同じようにしゃがんで電柱の影に隠れる。


「くそッ……なんでアイツはこんな時にのうのうと人ん家泊まってられるんだ……」

 鈴の天敵たる華剛 幸樹。その兄の治樹は結衣の屋敷へ向かっている様子だった。


 それは紫髪の頭を掻きむしる素振りで何となく分かった。


(泊まってる?もしかして……!紗菜さんに接触するつもり!?って普通の同級生だからそれはちょっと不自然かも……)

 鈴は考えながらも尾行を続けるが、大事な用件が何なのかが分からない限りどうにもならない。


「はぁ……」

 彼は溜め息を吐くと、大きな屋敷の門を前に立ち止まる。

 そしてそれを見上げた。


「…………」

 彼は黙って頭を右手で抱えた。


(バ、バレた?)

 電柱から覗く顔を引っ込めようとすると……

「おい」

 急にこちらを向き、機嫌が悪そうな怖い声で話しかけてくる。


「ひっ……」

 思わず小さな悲鳴を上げてしまう。

 恐る恐る再度覗くと……


 彼は冷たい怒りの表情で目の前に立っている。

「な、なななな何よッ!な、なな何かしようってんなら……」

 慌てた鈴は体を隠して抵抗の素振りを見せる。そして自分のやったことが信じられないほど怯えてしまう。


『ドンッ!』

 彼は右手で壁ドンをしてくる。

「ひうッ!?」

(や、やられる……!)


(よく聞け、変態に怯えてる甘えん坊のクソガキ。乱威智が倒したはずの人体複製装置コピーが復活した)

 彼は私の耳元に小声で囁く。怖いで有名な人とは思えない甘いシャンプーの香りと相まって体がゾワッとした。


 鈴はこくりと首肯く。

 体が近い。幸樹に襲われたことを思い出して、体が硬直してしまう。


(お前はこの事をこの屋敷にいる紗菜に伝えろ。そしてもう一つ、その復活した人体複製装置が有栖川佳乃であることを伝えろ!いいな!?)

 彼が囁き続ける内容を聞いているうちに心が落ち着いてくる。

 だけど鈴は一つの疑問を抱く。


(で、でも!有栖川佳乃さんはそこまで戦闘向きな能力者じゃ……)

 乱威智の部屋から手に入れた竜劣悪人レグレザール計画書では、彼女が研究を必ず成功させる絶対能力さいのう持ちであることが記載されていた。


(そうだ。だが……例えばだ、もし食べると絶対能力の保持する木の実が存在したとする。それを彼女本体が研究に活かすことを強いられた場合、敵組織はそれをどうすると思う?)

 本気で人を治す時の華剛治樹は口が早くなる。その噂を目の前にした。

 そしてこの街がかなり危険な状況であることが分かった。


(俺は有栖川家に行く……!終わったら葵 優華と幸樹だけを連れてこい!)

 真実を知った彼は何かを変えようとしている。鈴はその勇気だけは認めることが出来た。


「じゃあすぐに電話を……」

 鈴は冷静にスマートフォンを取り出して電源スイッチを押す。


「ば、バカ!」

 彼は慌てて鈴の手を握って、スマホの電源を切らせる。


「な、なんで……!?」

 鈴は驚いて声を上げるも、彼の背後からただならぬ気配を感じた。


「天崎……?声……お前の声ッ!!」

 狂ったような声がエコーのように響くと、紫色に燃えた大鎌が寄っ掛かっていた電柱を真っ二つに割った。


「死ネ……天崎!お前も許サナイ……!治樹ィィ!!」

 宙に浮く、十五歳前後の銀髪ツインテールの少女。

 彼女の目全体は赤くなり、目や体中の至るところから血を流している。


「覚えとけよクソガキ!」

 彼はそう怒鳴ると、大鎌を手から放つ炎と氷色の光線で受け止める。


「覚えなくていいわ。氷だけにして道作って」

 佳乃の思いを知り、鈴は心を決めた。俯いた鈴は治樹に冷たくそう告げる。


「無茶言うな!!お前の拳じゃ……こいつの心になんて響きやしないッ!!」

 大鎌を受け止めながらも、彼はそう叫ぶ。


(でも、やるなら今しかない……!)

 鈴の握る拳からは光が漏れ始める。

 そんなことが起こるのは初めてだけど、きっとそれは今しかない。


「今しかない。早く!」

 鈴は本気且つ冷静な表情で彼に訴える。


「終わったら覚えとけよ……ッ!属性解除エレメントキャンセラー!」

 鈴の方へ向いた治樹は、前へ向き直して属性を氷だけにする。

 大鎌の圧力が大きくかかり押されてしまうも、氷で柱を作り宙に浮く少女へ繋げる。


『チリン』

 鈴のツインテールの結び目に付いた鈴は音を鳴らす。

 そして周囲の世界は灰色へと変わっていき、時が止まる。


 鈴は黙ったまま跳び、左足で軽く氷の柱を踏み台にして再度跳ぶ。


「せこいことやってんじゃ……ねぇぇぇぇぇ!!」

 右の重い拳が宙に浮く彼女の顔面を打ち付ける。

 そのまま彼女ごと地面に叩き付けた。


 着地した鈴は彼女に近付く。

「機械……だものね」

 にしては感情が豊かだった気がする。


 そんな思いを抱きつつ、彼女の背部中心と胸部中心を手で包み込む。

「ここら辺な……はず」

 鈴はその二ヶ所をゆっくり押し込む。

「ごめんね……」


 資料で見た人体複製装置の戦闘解除方法。

 それは心臓を前後で包むように覆われたパーツを同時に押すこと。


 スイッチはへこみ、鈴は彼女を地面に優しく置いてその場から離れる。


 機械の装甲だけが残り、内部は血から溶岩になるかの如く急激に溶けていく。


(可哀想……って大丈夫なのかな……?)

 溶けた中から透明なガラスケースに入った小型ハードディスクが見つかる。


「え……こんな容量大きそうなのが入ってるの……?」

 パソコン関連は愛美から多少教えてもらったことはあるが、十五センチはある薄型の黒い機械。


「流石にこのままは火傷しそう……」

 鈴は独り言を言いながら、うっすらと焦り始める。


 後ろをチラチラと見るも、詠唱途中の治樹の姿も変わらない。


(ど、どうしよ……)

 前回は軽く時空停止が解けたが、今回は解けない。


「も、もしもーし」

 急いで治樹に近付いて指で突っついてみる。


「あのー……ほらほら、クソガキですよぉ~~覚えてるんじゃなかったんですかぁ~~」

 ちょっとふざけながらも表情は苦笑い。

 一人この世界に取り残された鈴は、頭を抱えて悩み始める。


「もしかして……今すぐに叶わないこと願っちゃダメだった……とか?」

 確かに前回治樹を殴った時との違いはそこだ。

 でも初発動の時を考えるとどうも納得がいかない。


「は、範囲外に出るしかないのかな。でもアイツがもし他にもいたら……この人にも個人的な恨みがあったっぽいし……うーん」

 戸惑いながらも、顎に手を当てて考えてみる。

 そして彼の顔を見ると……


 険しい表情以外は幸樹と似ていて、憎たらしいなと思ってしまう。

「ちょ、ちょっとくらい捌け口にしてもいいわよね。うんうん、ちゃんと家族が見てないのが悪いんだし」


 鈴はひとりでに納得して、彼の前に立つ。

 そして……


「ほーらほーら~~、クソガキよクソガキぃ~~。襲えるもんなら襲ってみなさいっての~~」

 鈴は突然、赤いチェックのスカートをヒラヒラさせて黒いスパッツを見せようとする。


「ふ、案外面白いわね」

 鈴はニヤリと微笑み、それを続ける。


「ほらほら~~、怖いお医者さんなんでしょ~~?私を治療できるもんならしてみなさいよぉ~~。ま、その前に変態さんの弟を治療した方が良いかもしれないわね」

 鈴は先程と同じ行動でスカートをヒラヒラさせながら遊んでいる。


「おい」

「ひぃっ」

 低い声が目の前から聞こえると、鈴は小さな悲鳴を上げる。


「一度勝ったからって舐めるなクソガキ。お前もあいつらに影響されて変態になったのか?」

 だが決して怒りはしない。何か呆れられて煽られるだけだった。


(な、なんだ……案外普通じゃん。てかラグってちょっと……)

 鈴はスカートを上げたまま、棒立ちしていた。


「おい、アレ見えてんぞ」

 よく見たら治樹の目線が下を向いてることに気付き、びっくりしたままスカートを上げていることに気付いた。


 鈴は動揺せず、そのままスカートから手を離す。

「へ、へっへーん。スパッツなら見られても恥ずかしくないし……」

 だが何故か涼しい。


「はぁ……火解除するとき跳ねたんだな。皮膚に傷が無くて良かった。はいこれ、これで新しいのでも買え」

 彼は溜め息混じりに五千円札を押し付けてくる。


「え?」

 困惑する鈴は言葉の意味を理解できていなかった。

(火が跳ねた?新しいの?)


「じゃあな、報酬出したんだから伝えとけよ」

 治樹はそれだけ言うと、ハードディスクだけ器用に氷魔術で回収した。

 そして急ぎ足でその場から去っていく。


「あ、はい」

 腑抜けた返事をした後、言われた内容をゆっくり整理してみる。

(え……?)


 鈴はスカートの中を手探りで触ってみる。

 そして……みるみる彼女の顔は赤く染まっていった。


 スパッツとパンツの大事な部分だけ、彼が魔法を解除した時に発生していた火の粉で焼け消えていた。


 鈴は顔を隠してその場にしゃがみこむ。

(優姉より痴女だよこんなの……!)

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