7章 恋の好敵手編

第27話~気まずい楽園~

 非常に気まずい。

 結局あの後、そのまま動かず少し落ち着きなさい!という電話越しに母さんから説教をされ……

 結衣の屋敷に泊まることになった。


(なのは良いんだけどさ……)

 何かちらちらと愛美と結衣からの視線を感じる。

(おいおいモテモテかよー。金髪銀髪美女で両手に花だな)

 ジーニズは頭に直接語りかけてくるし、本当に意味が分からない。


(おいおい初めて直で話しかけたのに反応無し?聞こえてないの?バーカバーカ)

(聞こえとるわボケ)


 大きな食堂にポツンと並べられたお盆。

 焼き鮭、お粥、味噌汁、漬け物等の和食が揃っていて食欲も唆られる。

 そうだ。結局俺は夕食までの数時間で熱は治まってしまった。まだ微熱はあると二人には注意されたけど。


 その時も二人は妙に優しいというか恥ずかしがっているというか……

 先程の事があった直後だし、仕方無いと言えば仕方無いのだが。

 どうかそれで彼女達の仲を裂くことだけはしたくない。


 でもなんか目遣いというか素振りが似ているような……

(やめてくれぇ……!俺は二人を選ぶなんてそんな精神力持ってない……というかそもそも片方は姉だし)


「そ、その……美味しい。あたしの分まで、ありがと……」

「う、うん。どういたしまして……」

 二人同士も喋る言葉が少ないしぎこちない。

 なんせ目線はこっちに気が散っている訳だし……


(縁は崩れる時は一瞬とは聞くけど……親友ってそんなものなのか?)

 気遣いを急に思い出したみたいなじれったい感じがする。数日前の愛美との仲直り直後を少し思い出す。


 でも確かにその通りだ。俺の部屋に彼女達がいない間、二人っきりでさぞぎこちなかったのだろうと察する。

 優華が茶々を入れてくれれば元に戻るのだろうか……いや、俺がいる限り状況は変わらないかもしれない。



『ピピッピピッ』

 俺は自分の脇から体温計を取る。

「三七度二分……か」

 赤い髪を押さえて、自分のおでこを触るがそこまで熱くない。

 ギリギリ風呂には入れそうだな。俺は独断でこっそりと、屋敷の温泉付き浴場へ向かう。

「今度は警戒を怠らないぞー」


 風呂場の中には誰もいない。電気も点いていない。

(あっそうだ……!二人が入ってくる可能性も)


 前回の事もあるし、やっぱり伝えて説得した方が良かったかな?

 でも間違いなく止められたら嫌だ。何せこの状況で入らないってのは物凄く恥ずかしい気がする……!


「あんた、何してんの?」

「わっ」

 後ろから愛美に声をかけられ、びっくりしてしまう。

 彼女もお風呂へ入ろうとしたのだろう。

 着替えと金色の天然パーマをかすであろう特殊な櫛を手に持っている。


「ふーん。熱は?」

「下がったから来たんだよ」

「いくつ?」

「七度二分……」

 彼女の凝視に俺は声を浮わつかせてしまう。


「はぁ……」

「なんだよ」

「あんたねぇ……匂いなんか気にしてんじゃないわよ。あんたの鼻が良くても、周りはそんなこと……気づいちゃいないわっ……」


 確かにこの口振りなら誰もが気にしている。そう思うだろうが、彼女は呆れた口振りから目線を下げたかと思うと、恥ずかしがるように赤面していく。

(えっどういう意味だ?何でそこで恥ずかしがるの?気にしてた事気付かれて恥ずかしいのこっちなんだけど!)


「別にあたしなら一緒に入ってもいいけど……?」

 その理由がわかった瞬間、俺も赤面し熱が上がったのかもしれないと思い込む。

「な、ななな何言ってんだよ……!仮にもここは結衣の家だぞ!?ま、まずいだろ!」

 俺は驚きながらもひそひそ声で喋る。


 しかもそんなことしたら俺は熱上がって倒れるぞ!

「な、なんでよ……!別に姉弟きょうだいなんだし問題無いでしょ!」

 彼女もひそひそ声に切り替えて俺へと訴えかける。


うちならともかく、問題大有りだ!」

 いや家でも鈴や未来がいたら問題大有りだ。間違いなく引かれる。


「じゃ、じゃあ結衣がいたら問題無いのね?」

「おまえっ!まさか……!」

「説得してくる」

「それはだめっ!ぅぐっ!」

 彼女を後ろ姿を見ながら、足を踏み外してよろける。


 寒気も感じないし体調は大丈夫なのだが……そんなことされて、もし結衣が頷いてしまったら間違いなく熱は上がる。

「そうだっ!今のうちに!」

 俺は急いで脱衣場に行く。

 服を脱いでかごに入れて、一応タオルも持って腰にきつく縛る。


「急げ急げ!」

(ここで待てば楽園が……だ、だめだ!今はまずい!熱が上がって逆に迷惑かけるなんて無責任すぎる……!)

 俺はいくつもあるシャワー台から手前の所を選んで座る。


 水滴も無く冷たくもない。シャワーを出して暖かくなるまで待っていると、ドアの向こうに人影が見える。

(終わった……)


 そんな気持ちを励ますようにシャワーは暖かくなる。

(いや!まだいける!どうせ脱ぐのも遅いだろう!五分かからずとも!)

 急いでシャンプーを手に取り、頭を高速で洗う。手だけを流してボディーソープを手に取る。


『ガチャン』

(で、ですよねー。のんびりしてるわけないですよねー)

「油断も隙もない」

「急いでたみたいね」


 二人の声が近くに迫り、初めて悪寒が走る。

 その理由わけは……俺はあまりに急いで頭を洗ったため、シャンプーが邪魔して目を開けられない状況にある。


「お、お二人さん?」

「散々心配させた借り」

「きっちり払ってもらうわ」

 結衣に続き、愛美の声が聞こえるが……どうやらイラついているようにも聞こえる。

(あ、あれ?こんな雰囲気?疲れた俺に尽くしてくれるどころか潰そうとする感じ?それはやばくない?)


「何がやばいのかしら?」

「あ……」



 現在、俺は猛烈に恥ずかしい思いをしている。愛美に右から頭を洗い直され、目にもシャンプーの泡を軽くつけてくる。

 結衣は俺のタオルで隠している所以外を、背中洗い綱で念入りに洗う。


 そして彼女達は、多少触れているとしか意識してないのだろう。

 右腕に愛美のが、左ももには結衣のが……大きい胸がガンガン当たってます。勿論タオル越しで良かったけどよくない。

 熱いを通り越してくらくらしてくる。


(考えろー。俺を包み込んでいるのは小型動物的な感じのやつ。羊が一匹羊が二匹……)

 その考えを押し退けるように、右腕ふわーりぷよんと……まずいまずい!


「わっ!」

 俺が頭を振るうと愛美が驚いている。

「顔に泡かけないでよ……!」

 と同時にそれを想像させる隙もないほど右足をつねられる。

(結衣……!こいつがいても右足は右側に回って洗えばいいじゃんか……)


「も、もう良いだろ?熱が下がったら何でも付き合うから今回だけは……」

「だめよまだ!背中洗えてない」

 結衣の言葉に俺の妄想が膨らむ。

(まさか二人で分担してたのはこの為なのか?それってまさか二人で胸を押しつっっ!)


 二人からそれぞれ左右の頬をつねられる。

「何か嫌な予感がして」

「あたしも同感だわ」

(こういう時は息が合うんだな……)

 今だけは刺激させないようにと一応黙っておくことにした。


「結衣。あたしにも半分貸してそれ」

「わかったわ」

(まさかこいつら……!全力でやる気なのか!?)

「…………」

 二人はゆっくり優しく、背中を背中洗い綱で泡立てながら洗ってくれる。


「はぁ……病人にそんな乱暴な事しないわ」

 結衣にも呆れられている。でもこれでやっと終わる。と思っていた。


「ちょっと床が泡が……やり過ぎたかな?」

「そんなことなっ」

「うわっ!」

 どうやら愛美が泡に気にしている途中。左側の背中を洗っていた結衣が、膝を左側に滑らせて右に倒れ込んだのだろう。

 そして愛美と俺に手を伸ばして巻き込んだ。つまり……


 愛美は上向きで俺の下へ、結衣は下向きで俺の上へ。俺の頭は愛美の胸と、腰は結衣の胸の極上サンドイッチ状態になっている訳で……

「ちょっやだっ……動くなっ……!」

「きゃっ……!な、何これ?」


 愛美の上擦った声と結衣の驚く声が聞こえて一気に冷静になる。

(待て……!このぬるぬる状況ならスルッと抜け出し、さっと流して、でかい湯船に逃げ切れる!)


「きゃっ!」

「ひゃっ!やめっ!」

 俺は声を無視して急いでそこから脱し、体をシャワーでパッと流したら、湯船に逃げ込む。


(あ、あぶねぇ……ギリギリアウトだったかもだけど)

 その安心感でさっきまでの状況を忘れ、振り返ってしまう。


 俺が無理矢理動いたせいか、倒れた衝撃のせいか、二人の体のタオルがはだけている。

 更に泡だらけでこちらの方に足を向けて倒れている。

 愛美の金髪と結衣の銀髪で体が隠れて、余計美しい風景に見えてしまう。


「ふぁっ!」

「最低っ!」

 目が合うと桶と椅子が飛んできた。勿論避けた。


「きゃっ!」

「ちょっ!また!?」

 だが彼女達は物を投げた勢いでもう一度滑って倒れ込む。俺は目のやり場には困るも、直視せざるを得なかった。


『覚えておきなさいよ』

 俺への当たりは厳しくなったが、彼女達の気まずい雰囲気は解けたようだ。


 彼女達はタオルを元に戻す。その間に俺はこっそりと風呂を抜け出し……

「来なさい」

「そうね。やって貰ったら恩を返す。常識よね……?」


 二人の顔は影が暗く映るように恐ろしく見えた。相当お怒りだ。

 体調も戻ってきているし熱が上がる事は無いと感じていた。俺のさっきの逃げ腰から二人もそれを察したのだろう……


「ま、まてまて!洗うのなんて俺は平気でもお前らが無理だろ……?」

「む、無理じゃないし……」

 愛美は金色の髪をゴムで後ろにお団子に纏め直して、恥ずかしそうにそう呟く。

「そ、そうよ!ふ、不公平だわ……!」

 結衣も恥ずかしそうに主張する。


「そ、それにあんたはあたし達の髪を洗えばいいじゃない」

「そ、そうね。そんなことも気が回せないとかデリカシー無さ過ぎよ」

(絶対今考えたろそれ……)


「ったく。わーったよ」

 確かにそうだ。俺が彼女達の髪を洗ってやって、彼女達同士が体を洗い合えば気が済む……

(いや、待てよ?その間あいつらのバスタオルはどうなるんだ?)


 湯船から出て向かうと彼女が驚く素振りを見せる。

「結衣!見ちゃだめよ!目逸らしなさい!」

「う、うん……」

 急いで湯船に入ったせいか、俺のタオルもびしょ濡れだ。

「はぁ……」

 俺は頭を抱えつつ、彼女達の元へと向かう。



 異常な体力回復のおかげか体調も完全回復し、現在は大きい温泉の湯船に正座させられている。

 彼女達も左右に恥ずかしそうに膝を抱え座っている。

 結局あの後俺は二人の髪を洗った。だが彼女達が体を洗い合うのを手間取っていた為、俺がほぼ手伝う羽目になった。

(何故こうなった……)


「あんたさぁ。何に手突っ込んでるの?」

 いきなり愛美が真面目な雰囲気で話しかけてきた。俺は急いで自分の両手の場所を確認する。

「はぁ……違うわよ。また大変な事に一人で首突っ込んでるって話よ」

 結衣が呆れた様子で補足を入れる。


「大した事じゃない。侵入者から目的を探るだけだ」

「充分大した事じゃない」

 結衣が不機嫌そうにそう呟く。


「まぁいいわ。どうせあたしが勝つ。そしたら代わらせて貰うわ」

 愛美が湯船から上がりながらそう告げてきた。俺は彼女の脱衣場に向かう後ろ姿をただ見つめていた。


「ほんと素直じゃないわね。最初から協力したいって言えば良いのに」

 彼女が風呂場を後にすると、結衣がそう呟く。

(それで済めばどれだけ楽なことか……)



 その事をずっと考えていたらあっという間に時間は過ぎ、次の日の午後のトーナメント戦を迎えていた。

 残るは俺を含め四人。俺と未来と紗菜さんと、そして愛美。


 中央北の第二、北西の第一、今年追加されたらしい北東の第五フィールドは、横長に結合され総合フィールドになっていた。

 フィールドに足を踏み入れると、目前には未来が素手で立ちはだかっていた。

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