第47話 迷える羊たちは沈黙する②
そうして、しばらくしてから使者達が現れた。ここに在るべきではない、
任務の成功条件はコントロールセンターの更新だ。つまりは更新を完遂するまで作業員の命を守り抜けばいい。使者は人間を襲う事はあっても、コントロールセンターなどの、この世の構築物を破壊することは無い。
遂行にあたっては、猿飛と木虎はコントロールセンターから離れた位置で単独で動き、第一陣でやって来る使者を駆逐する。その取りこぼしは、コントロールセンター付近で固まって待機している、ユイ、九十九、横須賀が潰していく体制である。
戦闘員の少なさを猿飛は気にしていたが、しばらくしてその不安は
「随分張り切ってんなー、木虎よォー」
猿飛は軽口を叩く。それは余裕を見せた様であって、木虎の様子を確認する言葉でもあった。
ハイペースで戦っている様にしか思えないほど、木虎のエーテル消費が激しかったからだ。木虎は既にあの世へ持ち運べる最大数の半分にあたる、三発のエーテルを使用している。
サイコアクチュエータとサイコソードは一分ごとに、エーテル一発分の一パーセントを消費する。つまり仮に無駄遣いして、サイコソードを連続稼働させたままでいたとしても五十分はもつ。
しかし現時点で、おおよそその倍とは言わないが、それだけ多くのエーテルを木虎は使用している。今回の任務は二十時間近くの戦闘になるのだから、エーテルは温存しなければならない。だがこのままでは直ぐにエネルギー切れを起こしてしまうだろう。
そしていくら時間が経っても、猿飛の言葉に対して木虎から返事はもらえなかった。また猿飛は不安になってしまう。頭の中にもやがかかる。
場合によっては早い段階で木虎をシステムから
しかし解列時にはエーテルの供給バランスの乱れるため、武器の使用を全員止めるなど十分な調整が必要だ。よって戦闘中、頻繁に隊員をあの世とこの世を行ったり来たりさせることは手間がかかる。解列のタイミングは限りなく少なく、大人数の入れ替えとしたいのが猿飛の本心だ。
だが猿飛の思いとは逆に、木虎は戦闘のペースを落とすどころか、上げていく。深く戦いに集中し、聞く耳も持たない。更には隊員間の通信音声はシステム的に遮断している。
木虎は霊獣のホワイトタイガーを携え、来る敵、来る敵を追い込んでは次々仕留めていく。刀を薙げば鮮血が舞い、歩む道には死体の山、雪上には戦いの経過を描くように、ぐしゃぐしゃに乱れた踏み跡や滲み広がった
「ハァッ……ハァッ……」
木虎は息を切らしながら、また現れた使者を視界に捉えてサイコソードを構える。疲労も蓄積してひどく辛い。木虎はそんな自分の調子を見て、我ながら荒れているなと、心の中で毒づいた。
この姿を知っているのは木虎だけだ。他の隊員には知る由もない。ひたすらに、ひとりぼっちの戦いを続けている。木虎は考える。
「……私の気持ちを知る人なんて、分かる人なんて、いない」
いや、居たはずだったのだけれども、今ではよく分からない。
そして色々な事を考えていると、また余計な事を思い出す。あの、ユイと八雲がホテルで身体を重ね合っていた光景を、だ。
あの時はとても腹が立って仕方がなかった。ただ、その腹が立った理由が分からなくて、でも原因は痛いほどよく分かって、辛い。
そして何より、こんな気持ちになっているのは木虎だけと言うのが、木虎からすれば腹立たしくて、切なかった。
だから刀を振るう。自分が壊れても構わない。誰にも理解されなくても構わないから。
「猿飛さん。リンのそばへ向かわさせて下さい」
一方で、コントロールセンター付近で待機していたユイは、こんな事を口にしていた。
『そ、それはだなー……』
ちょうど猿飛も木虎の様子を知りたかったところなので、その決断はアリだとも思った。しかし迂闊に兵力を分散させるのはリスクが伴う。猿飛はどうするか悩んでいた時、思わぬ人物がユイに意見した。
「……何の為に、や?」
その時、九十九はいつもにないほど真剣な眼差しをユイに向けていた。木虎が危険な状態かもしれない時に、何故ユイの意見に対して九十九は突っかかってくるのだろうか。ユイにはその理由が分からなかったので、ユイは木虎に対して強く言い返す。
「リンはエーテルを使い過ぎている。このままリンを一人にして良い訳がない。響だってそれは分かるでしょ?」
それを聞いて九十九は深いため息をついた。
「なら、ウチだけが行けばええやろ。ユイが行っても、木虎の荷物にしかならへん」
「どうしてそんな事を言うのさ……」
「ユイがホンマの事を口にせえへんからや」
「本当の……事?」
「とぼけんなや。ユイはただそれを理由に、木虎と仲を戻したいだけやろ?」
「確かに九十九の言うことはあるかもしれないけど、仲直りしたいのは……当たり前のことじゃないか……」
「申し訳あらへんが、どちらにせよ今は間が悪い。今ユイが向こうても、木虎にとっては逆効果や」
「それは行って、話してみなきゃ分からないでしょ!」
そのユイの強い言葉で辺りは凍り付いた。普段から仲の良い二人のがケンカしだすなど思いもしなかった。それも、大事な任務の時に限ってだ。流石に猿飛もこの事態を重く見て、通信回線で言葉を挟む。
『ちょ、ちょー待って! お二人さんー、今はそんな場合じゃないでしょー!』
しかし、ユイと九十九は聞く耳を持たない。両者、睨み合いが続いている。勿論、猿飛もその状況を止めに行きたいが、今は自身の仕事で手一杯。来る敵、来る敵を逃さない様にサイコソードで薙ぎ払っていては、そこまで考えを割く余裕がない。そうして二人を放ってしまう事になり、場の空気は悪くなる一方であった。
「ホンマに木虎の事を想っとるのか分からん中途半端なヤツが、木虎と向き合いきれると思うか?」
「何だって……? 私がリンの事を思ってないなんてどうしてそんな事をッ……!」
しかしユイが言い切る前に九十九は言葉を遮る。それも、強い口調で。
「もしこの場に八雲さんがいて、八雲さんも同じような状況になっていたらユイはどうするつもりやった? 身体を千切って半分にしてでも二人のところへ向かうんか? あぁ?!」
その九十九の剣幕に圧され、そしてその解答も思いつかなくて、ユイは黙ってしまう。実際のところ、今その話は関係の無い事だ。ただその言葉はユイからすればイヤに引っかかるものがあって、酷い罪悪感に襲われる。
「皆を助けたいユイの気持ちは分かる。けどなぁ、全部自分だけで解決できるハズがあらへん。八雲さんをどうにかしようとしている頭になっている状況で、木虎は助けられへん。今のユイは東方さんとやり合った時の気持ちとちゃうんや……今の行動は、その場しのぎにしか見えへん」
恐らくユイが木虎の元へ向かったところで、木虎は複雑な気持になるに決まっている。九十九にはその結果が透けて見えていた。
「木虎が……可哀想や……」
そう口にして、九十九は唇を強く噛んだ。それは木虎だけを想う言葉なのか、もしくはそれを誰かに重ねているのだろうか、真の想いは九十九にしか分からない。同時に九十九は自分の気持ちを、木虎で置き換えて言い訳をしている様で、その自分の弱さに腹が立った。
傍から聞いている分には、九十九の言葉の意味が分からなかった。そして何故、九十九が熱心に木虎の気持ちを説明するのか理由も分からなかった。しかしユイが木虎のところへ行ってはならない理由は、理論的に説明できないが、何となく分かる。
だが、ユイは今引き下がれば何もかもを失うような気がして、ユイも感情的に訴えかける事しか出来なかった。
「それでも私は……私はっ……! リンを、助けたいんだ!」
最早、何が正しくて正しくないのかが分からない。この言葉は中途半端なものかもしれない。実際、ユイも木虎の元へ向かって、その後どうなる事か分からないのだ。だが、このまま木虎を放っておくことだけは間違っていると、ユイには断言できた。この際、九十九からどう言われても構わない。
「ユイ……お前なぁ……! 無神経過ぎるんとちゃうか?」
予想通り、九十九はユイの意見を否定する。かといってユイも引くことはできない。一方で猿飛はその様子を見て口出しすることができなかった。猿飛は猿飛で戦いに集中していて、それどころではない。一体どうしたら良いんだと思っていたその時だった。
「……行った方がいいよ、ユイちゃん!」
それを口にしたのは二人のやりとりを見守っていた横須賀だった。九十九は不意に飛んできた横須賀の言葉に対して、また突っかかろうとしたが、横須賀の真剣な面持ちを見て、躊躇って、それをやめた。
「姫乃……? どないしたんや?」
「やっぱりユイちゃんはリンちゃんのところへ向かった方が良いと思う。誰かとケンカしたとき、直ぐに謝りに行ったりすることって誰にもできる事じゃない。私にはできないし。けれどユイちゃんにできるなら、それはした方が良い事だと思うの!」
そう告げてから横須賀は、優しい笑みを浮かべながら、じいっと九十九の瞳を眺め続けた。その仕草で、なによりその言葉で、九十九は何も言えなくなってしまう。
だが一方で別の心配をする人物がいた。
『し、しかしだなー姫乃。コントロールセンター側の守りが薄くなるぞ!』
それは誰よりも横須賀を大事に思っていると自負する、猿飛だった。しかし横須賀はそんなことも気にも留めないような、無邪気で快活な言葉を返す。
「だいじょーブイ! 私には『PLA-net《プラネット》』があるからさ!」
『け、けどよー……』
実際、ユイと木虎の関係に問題があるので、なんとかしたいと猿飛は考えていた。しかし九十九の言葉も受け止めないわけにはいけない。そして横須賀の身も気になってしまう。
「むー! ミコトちゃんは心配しすぎだよ」
そんな可愛らしい言い方をされると余計に判断が付かないからやめてくれと、猿飛は思ってしまう。いろいろな思想が頭の中でぐるぐると回る。戦いの中で判断が付かない。
「お前みたいなガキんちょには猿飛さんも任せられねーんだろ」
コントロールセンターで作業をしている豊田はワザと横須賀の耳に入るよう、そんな事を口にした。それを横須賀は聞いてから、しばしの間固まって、鋭い目を豊田へ向け、低い声でこう告げた。
「…………まぁ、こんなちんちくりんのタマっころなんて、私のサポートが無きゃ何もできないもんね~!」
「何だとこのクソガキ!」
豊田は怒りのままに立ち上がり、横須賀の方へ歩を進めようとしたその時、山里が豊田の服をむんずと掴んで制止する。
「コラ。今は仕事中。それに玉坊、そんな事を言いながら顔を真っ赤にして喜んでんじゃねーか」
山里は止めるついでに茶々を入れる。
「違います! これは照れてるんじゃなくて怒ってるんですよ!」
そのやりとりを見た海野はため息をついてから、呆れたようにこう告げる。
「ハイハイ、口より手を動かす!」
「「はぁーい」」
山里と豊田は口を揃えて返事をする。海野の言葉に直ぐに言う事を聞くあたり、流石だと思ってしまう。ユイ達は海野から、ただならぬ母性の高さを感じずにはいられなかった。
しかし、これだけなら良かったのだが、「けど、いつ見ても妬けるわねぇ……姫ちゃんと玉ちゃんの痴話げんか」と、海野は余計な一言を付け加える。
「海野さんまでひどい!」
などと茶番をしていると、猿飛が咳払いをしてから場を整えるべく、ユイへ指令を下した。
『ユイ、木虎の所へ向かってくれー……』
「ありがとうございます……!」
喜ぶユイと横須賀、一方で九十九は未だに納得していない様子だった。上手く行っているようで、何か噛み合わない何かがある。
「これで良かったんだよなー……いや、良かったんだー……」
猿飛は通信回線を閉じてから、そんな弱気な言葉を呟いた。しかしこればかりは、なるようにしかならない。今思い返しても、いつもそうやってきた。
「……現場でケンカとか懐かしいなぁー。そんな事をしていたのは、私と八雲くらいかな」
猿飛は昔の事を思い出して、笑んでみせた。仕事を一緒にやり始めた頃は八雲とソリが合わず、現場で揉めてばかりいた。ただ、八雲と揉めた任務は失敗しないで済んだことから、今のユイの様子くらいが丁度良いのかもしれないなと、猿飛は考える。
ただ、そんな楽観的な解釈も、次の瞬間できなくなった。猿飛はソレを
粉雪のせいでけむたくなった景色に、ゆらりと大きな影が映った。ついに、八雲を苦しめた、奴が現れたのだ。
「出たかー……目ん玉お化けが……!」
猿飛はサイコソードのケーブル端子を指で弾いて腕から外し、それを鞘に納めてから、今度は黒い革製のホルスターからサイコガンを引き抜いた。
「起きろ、『サイコドラグーン』!」
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