第10話 生と死の接続装置《インターフェースマシーン》③
ユイは暗闇を彷徨っている。
目は開いているのはずなのに、視界には何も映らない程に真っ暗で、それは奇妙なものだった。気分は最悪で、頭は締め付けられるような感覚がして気持ちが悪くなる。
しかしいつまでこんな場所に漂っていなければならないのだろうか。さては『あの世へ行ける装置』が故障でもしてしまったのだろうか。とにかく、こんな場所にじいっとしているのはもうたくさんだと思っていたその時だった。頭にぴりりと軽い痛みが一瞬走り、それから次第に気持ちが楽になっていった。
すると急に身体が何かにひっぱられる感覚を覚え、ユイはそれに身を委ねると、急に視界が開け、明るい景色が見えた。
「うわっ!」
ユイは拍子ついて前に転んでしまう。すると何かの拍子で自分を繋いでいた何かが外れたらしく、その何かが抜ける感覚を覚えたと同時に何故か視界が急に歪み始めて、目の前が見えなくなってしまった。
「前が見えない……まるで溺れているみたいだ……!」
「元々見えへんものを見ようとしとるんや。情報が充分に処理できんのやから視界が不安定になっとる」
「だ……誰……?」
その耳に入る言葉は、少しこもったような声になり、誰の声だか分からない。前は見えない、耳は不自由、おまけに頭も痛いときた。どうしようもないこの状況で、ユイはその場で転げながら呻く事しかできなかった。それをどう思ったのか誰かは大きな声でユイにこう言った。
「ええからとっととサイコアクチュエータを起動せぇ!」
「サイコアクチュエータって何さ!」
聞きなれない単語を聞いて咄嗟に聞き返す。すると声を掛けてくる誰かはユイの耳元に顔を寄せて強く言う。
「今いる世界用に構築された肉体、自分の身体の事や! 腕に意識を集中させて起動させぇ!」
訳が分からないが言われるがまま、ユイは袖をまくり、左腕を突き出す。
「サイコアクチュエータ……起動」
腕から煙が吹き出した後に薬莢が射出され、頭に強い衝撃が走る。そして視界の歪みは次第に晴れてゆき、次第に気分も落ち着いていった。
しかし落ち着いてなお、まだ幻覚を見ているのだろうかとユイは考えてしまう。それ程、目の前に広がっている景色が余りにも妙なものだったからだ。
「な……何ここ?」
周囲の光景は『異様』だった。
空は無く、上下左右どこを見ても町が広がっている。天井辺りにある建物は逆さ吊りに、正面から見て地面から垂直方向、壁に相当する場所に建った物は、地面と水平方向に延びている。
遠くに目を辿らせていくと、先に見える地面は次第に曲を持って反り返っていき、そのまま天井に登っていく。どんどん辿ってゆけば、元の自分の場所へ視線が帰る。まるで球体の籠に閉じ込められているかのようだった。
辺りは少し薄暗く、一帯に古めかしい木造の家が見え、一軒一軒橙色の光を窓からこぼしている。それが一面びっしりと家やら何やら建物が敷き詰められていて、上を見ればそこにも同じ光景が広がっていた。
「なに……これ……?」
「ここが『あの世の』や」
その声を聴いて振り返ると九十九が隣に立っていた。そうなるとさっきまでユイの横で声を掛けてくれたのも九十九であろう。
「ほんでここがウチらの拠点、『コントロールステーション』。初めはこの黒くてどでかい、柱みたいな装置にうちらが接続されていて、今こうやってケーブルが外れて行動できるようになる。外れてからはエネルギーが供給されへんからエネルギーは自前のエーテルから補充せなあかん」
「は、はぁ……」
ユイは気の抜けた返事をした。次から次へと新しい情報が入って来て話の整理がつかなかったからだ。それよりまず、ユイはサイコアクチュエータを起動した際から抱いていた一番の疑問があった。
「あのさ……何か目の前に文字が見えるんだけどこれは何……? 電池みたいなマークとか見えるけど……」
それは視界の端側にあった。左側には緑色の文字がいくつか、そして右上には例の電池マークが見えている。またその電池マークの下にはパーセンテージが書かれて少しずつ減少しているのが分かった。
「それは装填されているエーテルの残量や。通常は一分毎に一パーセント減るんや。このパーセントが無くなったらまた弾丸がリロードすればええ。ほんで、他につらつら書いてある文字列はアプリケーションで、選択して起動できる」
「へ……へぇ」
慣れない体に戸惑いながら、例の文字を追ったり、自身の体を確認してみる。こうして改めて見ると自分の一部が自分で無くなっていることに嫌気を感じてしまう。
「とりあえずもう任務は始まっとる。だからウチらはこの『コントロールステーション』を防衛せなあかん。その為にも……」
すると九十九は、「一人分の『サイコソード』と『サイコガン』の構成を頼んます」と何処に向かって言っているのか分からないが、急に大きな独り言を喋りだした。
「こう言えば、ここに転送されたデータを基に武器が構成される。武器を作る3Dプリンターだと思えばええ。武器が壊れたりしたらここで作成する。そんで、ウチはもう武器はあんねんけどユイは初めてやから作ってもらっとるっちゅうことや」
そう言って話しているうちに、「構成完了」と拠点から無機質な音声が発される。すると突然、拠点の表面の一部に長方形状の溝ができた。溝はオレンジ色に発光すると、その区画が突き出てきた。ユイは驚いてのけぞる。よく見ればそこには武器が収まっていた。九十九はそこにある刀と銃を取り出すと刀と銃をユイに突き出した。
「行くで。武器から出とるケーブルと腕を接続せぇ。武器の起動方法はサイコアクチュエータと変わらへん、ただ意識を武器に持っていくだけや」
そう言われてユイは慣れない手つきで腕に刀から伸びたケーブルを接続し、とりあえず今は使用するタイミングではないので、ユイはそれを鞘にしまったままにした。
一方で九十九はハンドガンを握っていて、これもまた全体が白く塗装されていて奇妙なデザインをしていた。すると準備が済んだ九十九は急にこんな事を話し出した。
「この銃は通称『サイコガン』、または型式から言って『サイコナンブ』呼ばれとって、一発につきエーテルを五パーセント使用する。刀の方の『サイコソード』は起動中、エーテル残量が一分毎に一パーセント減るようになるんや」
その言葉を受けて、つい固まってしまった。
「い……命が減る……」
「仕方のない事や」
そうだ、生きる為なら仕方のない事。しかし改めてそう言われてしまうと少し武器を起動するのがはばかれてしまう。ユイは何故こんな目に遭ってまで戦わなければなければならないのか、そう口にしようとしたその時だった。
「いつまでそんな事やっている?」
ふと、どこからか声がした。その方向を向くと一人、金髪の女性がこちらに歩いて来ているのが見えた。彼女は巫女服を纏っている事から東方の部隊で、味方である事が分かる。しかし、九十九の表情は恐ろしい敵と対峙したかのように青ざめていて、声は震えていた。
「もう他の連中は戦闘に出ているんだからモタモタしないで早く付いて来い」
九十九はその言葉に対して慌てて付いて行ったが、ユイはその場で立ち止まる。
待ってくれ。ここに来ることが初めての人間に対して、急に意味の解らない事を色々と言われ、突然偉ぶって付いて来いなんて言い始めたのだ。まずはモノの順序を追って説明をし、それから何かをするのが筋ではないのだろうか。そう考えるとふつふつと怒りがこみあげてきたので、ユイは恨めしそうに小林を睨んだ。それを見た小林は目を細めてから低い声でユイにこう言った。
「お前も来い」
しかしユイは俯いたままでその場を動こうとしなかった。もう腹は決まっていたからだ。
「……どないしたんや?」
心配げに九十九がユイに問い掛けると、ユイの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「嫌です」
その言葉を受けて九十九はよりいっそう青ざめ、目を丸くする。一方小林の顔を見ると鬼のような形相をしていた。しかしそれも気に留めないかのように、それを正義だ勇気だと思い込むようにユイは言葉を続ける。
「私達これから命を削って敵と戦わなければいけないんでしょ? 何で見ず知らずの誰かを生き返らせる為に命を賭けなきゃいけない!」
そう、言い切ってしまった。その場は凍り付き、しいんとして、辺りではユイの荒くなった呼吸だけが聞こえていた。
「……元気な子だね」
そしてついに小林が動き出す。
「待ってください! ウチが説得させます! だから……だから!」
そう言って慌てて九十九が小林の腕を掴むと、小林はゆうにそれを払いのける。
「うるせえ!」
小林はそう言ってからユイに近づくと、素早くユイの後頭部を掴み、銃をユイの口の中に突っ込んだ。余りに咄嗟の事だったので派手にせき込んでしまう。そして銃が口の中に入っているので、咳やら唾やらが逆流して非常に苦しくなった。
「何か喋れよ」
そんな事、口の中に銃を入れられて、できる筈が無かった。しかし何も言わないままだと、より強く銃が口の奥に入っていき、より苦しくなっていったので、仕方なくユイは呻くような声でモゴモゴと何かを答える。
「聞こえないんだよ!」
そう言われて次に腹を蹴飛ばされた。何が何だか分からない状態で、ユイは地面に転げる。そうしてユイは仰向けになると、その見上げた先には小林が見えた。ハッとした次の瞬間、ユイは生身の方の腕を小林の脚で押さえ付けられた。改めて小林の顔を見た時、彼女これ以上にない笑みを浮かべていた。
嫌な予感がした。
小林は刀をするりと抜いて逆手に持ち、少し上げてその刃をギラつかせた。
「多分、他の人間ならこんな事はしない。……少なくとも東方以外はね」
本当か? 嘘だろう? まさか、その刀でどうするつもりなのだ?
瞳孔が開くのを感じた。それほどに興奮していて、痛みが先行して感じられて、その様な危険だと言う信号が脳を行き交った。だからユイは、咄嗟にそれを何とかして止めようと、小林の足を直ぐに退けようとした。しかし、この一連の流れは早すぎて、止める隙など無かった。
「私はやる」
その言葉を皮切りに、握られていた刀が急に素早く動く。そして、あろうことか、小林は刀を、ユイの手のひらに突き刺した。
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