第14話 精神銃《サイコガン》をぶら下げたら④
「助けろっ! 早く!」
どうするべきだろうか。そう悩んでいたその時、遠くに新たな使者が複数現れるのが見えたのだ。それは絶好の理由になった。
「し、使者が来る!」
その台詞は恐怖と、歓喜が混ざり合う妙なものだった。ユイは慌てて九十九の腕を掴むとその場から少し離れ、必死になって路地の脇の道に入り、その陰に逃げ込んだ。助ける気など無かった。自分達が助かりたい気持ちと、このまま事故として先輩には消えて貰おうと言う気持ちが混ざる。自分の中だけで利害が一致した。
勿論こんな事は許される訳が無い。だがこれは事故だと、自業自得だとユイは何度も何度も自分に言い訳して、怯えた振りをして、自分を逃がした。卑怯者だと罵られても構わない。小林だけはここにいてはいけない人間なのだと心の中で叫んだ時、またあの言葉が頭の中に響く。
『お前には才能がある』
もう止めてくれ。才能があるならば、小林の命令はこなせるし、この状況なら小林を救い出そうと率先して動けるはずなのだ。しかしユイは、『こんな卑怯な奴なんか殺されて当然なのだ』と思い込んで、自分の中に逃げ込んでいる。ユイは頭が痛くなって、息が苦しくなって、自己中心に廻り出した自分の脳を忌み嫌った。
涙と嗚咽が止まらなかった。その時、建物の陰からどうなっているのか様子を覗くと、小林先輩はまるで火に炙られているかの様にのたうち回っていた。まとわり付く使者の数は増える一方で、幾つもの使者が吸い込まれていく様に飛びかかっていく。
「や、やめ……!」
小林は倒れたまま、何度も何度もサイコアクチュエータを起動する。煙の匂いと、悲鳴と、ざわめく使者の風景が一つ一つ意味を持ってユイに恐怖を刻んだ。
すると、かちりかちり、と言う虚しい音が聞こえてきた。
弾が切れたらしい。
かちりかちり。
これが悲鳴に合間って聞こえてくる。
かちりかちり。助けろ助けろ。これらの周期は次第にひろがって、弱まって、消えた。
そして群がっていた使者達の足下を見ると、そこにはあるべき小林先輩の姿は見えなかった。
「……消えた……の?」
それは実に呆気なく、そして惨めな最期であった。驚きも、悲しみも無く、ただそれが当然だと言わんように、人が死んだ。いくら力があっても、声があっても、結果が無くてはゴミになる。それを見てユイは、改めてここはそう言う場所なのかとようやく理解して、戦慄し、そして動けなくなった。
「ユイ、それどころやない! こっちを見ぃ!」
「え?」
九十九の言葉でユイは我に帰る。小林ばかり見ていて気が付かなかった。後ろを振り返れば複数の使者たちがユイと九十九を囲んで見つめているではないか。己が遠ざけ、逃げ巻いた業は、逃がすまいと追ってきた。
また、もし今正面に逃げ出そうとすれば小林を襲った使者たちの道を引き返す事になる。よってユイ達は使者に挟まれている状況で、どちらにも逃げることができない。そして恐怖で固まった体が動くはずもなく、震えながら、その場に佇む事しか出来なかった。
「止めて。来ないで……来ないでよっ!」
しかしユイのその悲痛な叫びも全くの無意味で、使者の一体がふらつく足取りで、ゆっくりと近づいてきた。
終わった。
このまま小林と同じように、嬲り殺しにされるのだろうかと考えていたその時だった。
「目標確認」
その一言で場がぴんと張り詰める気さえした。冷たくて、けれど熱が、殺意が宿る声。その主は路地の遙か向こうからやってきた。
鈍く光る黒塗りの刀を握る、人形のように整った容姿を持つ女。そしてその傍らには白い虎を携えている。彼女は使者の群れを見るや、こう言った。
「人型五体、本対応にて作戦に支障はきたしません。よって木虎、応戦します」
「木虎!」
九十九は木虎の登場に歓喜の声を上げる。なんと木虎が二人の危機に駆けつけてくれたのだ。これ以上に嬉しい事はないと、そう思ったのだが、一方で不愉快そうな顔をする女がいた。
紐房結衣。彼女は木虎が自分達に関わること自体許せなかった。
「……何をしに来たの?」
ユイはわざわざ助けに来てくれた木虎につっかかる。それもそのはず、ユイから見て、木虎はユイを今の姿にした女なのだから。
「応戦って言いましたよね」
しかしそれも木虎に素っ気なく返されてしまう。それが余計に腹立たしかったのか、ユイは声を荒げる。
「アンタも訳が分からない人だね……人を貶めたり、助けたりさ!」
「おい、ユイっ!」
少し熱くなったユイを慌てて九十九は抑える。一方木虎は冷めた目で、「私が助けに来るのがそんなに気に食わないんですか?」と問いかけた。
「……当然」
「なら私が、偶々敵に遭遇した。貴方達は偶々そこにいた……それだけの事です」
「何をコイツっ!」
「ユイさんと九十九さんは少し下がっていてください」
「そもそも一人で何ができるっ……!」
すると九十九はユイの肩を掴んでから、ユイをなだめるように告げる。
「ユイ、もう黙った方がええ。木虎は規格外の人間。……戦闘制御第二部隊の最年少でのリーダーや」
「なっ……!」
ユイは目を丸くする。まさか木虎がそこまでの実力をもつ人間だとは思いもしなかったからだ。
「行きますよ」
その言葉と同時に木虎に寄り添う虎が唸る。
「あの虎は? あれって確か木虎が学校に連れてきていた様な……」
ユイはそう言いながら虎を指差す。
「あぁ、霊獣はあの世とこの世を自由に行き来できるんや。だからこうやって連れて来て狩りに使う奴もおる」
ユイはふと、『もしかしてファローさんも?』と思ったが元々あの子は子供だ。戦いに参加なんてさせられるはずが無い。
「……サイコソード、起動」
木虎が刀を正面に構えると、刀の彫りに赤い光が宿り、唸るような音が辺りに響いた。その時、一体の使者が危険を察知したのか、弾ける様に木虎の方へ飛び出してきた。木虎は少し屈み、刀を横に構える。しかしその反応は周りから見ても明らかに遅れていた。使者は木虎の目の前で、もう使者の餌食になるだろうと思ったその時だった。
ひゅうと音がしてから、使者の首と胴はそれぞれ別れて、地面に滑り込む様にして転がっていった。
「次」
言葉を失ってしまった。
大抵、剣士の強さは初太刀で分かる。木虎の初太刀は素晴らしいものだった。あれだけの剣速、剣筋の精密さ、無駄の無さ、加えてあの落ち着きようを見てしまっては、誰も彼女と相手したくないと感じるに決まっている。更に言えば、墨を付ける様に、結果も木虎の横に無残に転げている。この一連の流れを見たユイも九十九も驚いたのだが、それどころか使者達は恐れを感じた様でその場から動かなくなってしまった。
「……駄目ですよ、そのままじゃ」
その言葉の後、突如唸り声が後ろから聞こえた。見れば木虎が連れていた白い虎が使者の後ろに回り込んでいるではないか。そして虎が吼えると使者達は慌てて逃げ出した。すると次々と虎に脅かされて出てきた使者が吸い込まれる様に木虎の方へ走り出し、そして木虎の見事な剣さばきで命を落としてゆく。その姿はまるで木虎がその場で舞を踊るかの様で、美しかった。
そして木虎はそれを何度も繰り返し、着実に使者の数を減らして行く。一連の流れに無駄は無く、また木虎と虎の連携は息ぴったりで、思わず見惚れてしまうほどだ。気が付けば少しの間に、あれだけ居たはずの使者の姿は跡形も無くなっていた。
「排除……完了しました」
そして木虎は最後の使者を片付けてから、うずくまったままでいたユイと九十九に歩み寄って、手を差し伸べた。
「立てますか?」
「……どうして」
ユイにはそこまでする理由が分からなかった。東方の命令とは言ったものの、木虎はユイの家庭を崩壊させた人の一人だ。だからあの世に行く前にユイは木虎に罵声を浴びせたし、少し前だって助けに来てくれた木虎に意地悪な態度を取った。流石に木虎もユイが自分を憎んでいる事くらい、よく分かっている。よく分かっているはずなのだけれども、木虎は今、何故かユイを助けてくれている。何故危険を犯してまで、自分に課せられていない任務まで、私達を助けに来たのだろうか。
同じ部隊だから?
いや違う、ここはさっきの小林の様に人の事を粗雑に扱う人がいる様な部隊だ。そう、うだうだと考えていると急に木虎は悲しそうな顔をしてから、こう言った。
「ユイさんの父親の件、まだ許せないですよね。……ごめんなさい」
何故だ。何故そんな事を今言えるのだろうか。それはまるで私の未熟さを突かれた様で、嫌な気分になった。
「それは……今言う事じゃないよ」
ユイは他所を向いて答える。
しかしつまらない意地だと思った。自分は被害者だからと自分自身を正当化して、いつまでもいつまでも引きずって、随分と幼稚な態度を取ってしまった。木虎は関係の修復を望んでいるのに、まだユイは割り切れていない。
「そう……ですね」
それを受けて木虎は切なげな顔をする。その顔に打たれたのか、ユイは口をまごつかせてから、一言入れようとしたのだが、「もう、行きますから……」木虎にそう言われた事で阻まれてしまった。それから直ぐに木虎は何処かへ向かってしまったが、去って行くその後ろ姿はどこか追って来て欲しそうに見えた。ただユイはそれを見つめている事しか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます