第15話 精神銃《サイコガン》をぶら下げたら⑤

「……ええんか?」


 九十九はユイの顔を覗き込む。


 ――何故だ。何故、顔を見る。そんな事を言わなくても答えは分かりきっているし、顔を覗き込まなくてもどんな顔をしているか分かるだろうに。いや、分かっているからこそ、そんな真似をしているのかもしれない。いつかユイの口からそれが出てくることを待っていてくれている上での行動なのかもしれない。しかし、それに受け応え出来る程、ユイに余裕などは無かった。


「良くない……良くはないのは分かっているんだけど、今は勘弁してよ。何かの所為にしないと、私は耐えられない。最低だよ、私が弱い人間だから東方には何も言えず、木虎に強く当たって……」


 そう言い出したらユイは悔しくて堪らなくなってきた。自分の弱さに潰れてしまいそうだった。どうしてこうにも苦しい思いをしなければならないのだろうか。しかしこの悔しさを感じているのはユイだけでは無かった。


「ユイ。今、辛いのは分かっとる。東方が理不尽やって、おかしな事言うとる事も分かっとるよ。けどそれはウチにはどうにもならへん。見たやろ、さっきウチのあの情けない姿。ウチも強い人間やない。それにあの木虎も東方には逆らえへん。けどなァ……だからこそ、こればかりはユイはちゃんと木虎に謝らなあかん。強い弱いやのうて、これはユイと木虎の問題なんやからユイが今するべき事をせなあかん」


「分かってはいるんだけど……」


 そこまで私はできた人間ではない。そう言ってからしばらく二人は黙り込んでしまった。


 しばらくしてから二人はお互いに肩で支え合い、拠点に戻り始める事にした。


『作戦時間も終わりかけみたいやし早よ拠点に戻った方がええかもしれん』


 その九十九の判断の上で今は行動している。その道中で味方が戦っているのが見え、ユイは加勢しなくて良いのかと尋ねると九十九は首を横に振った。


「ウチらは基本、互いに戦闘に干渉されるのを好まんのや。それにスコアで報酬が変わるしなァ、優勢なら迂闊に横取りみたいな真似したら迷惑掛けてまう」


 同じ共通の敵なのに協力せず、更に内部で壁があるのは淋しい気がした。


 すると九十九はある方向を指差す。


「木虎も凄いが規格外の人間かている。アレを見て見ぃ、ウチの大将さんや」


 九十九が指差したその方向を見て、ユイは言葉を失った。東方の目の前には何十体の使者、そして何よりその後ろ側に、他の使者とは明らかに異なる個体が一体いる。それは普通の使者の何倍もの大きさを持ち、姿はまるで巨大なカラスの様だった。ただ鴉と違うのは、羽根の様な物は巨大な黒い掌で、尻からは太く黒い腕が何本も生え、また顔は普通の使者と同様のものだが仮面は普通よりもはるかに大きい。その使者は辺りの建造物をなぎ倒しながら動いて居る。全身は黒いのだが、半透明になったり、濃く色を持ったりして、とにかく気味が悪い。余りの大きさと存在感で東方が蚤の様に見える。しかし東方は物怖じせず、落ち着いていて、真っ直ぐ敵を見据えていた。


「他の敵はお願いします」


 味方の人間に指示を出してから東方はサイコソードを抜き、「起動」と告げて、刃に生命を流し込んだ。


 巨大な使者はそれに気が付いたのか東方に向けて尻尾を振る。それと同時に尻尾に付いている無数の腕が東方へ襲いかかる。しかしそんな攻撃は東方には無意味だった。東方は一振り、刀を横に流すと、使者の尻尾は纏めて東方の後ろ側に飛び、地面に転がった。落ちた尻尾はまるで溶ける様に崩れ落ちていった。


 その切り口からは赤い血が噴き出し、それが少しだけ東方に掛かる。使者は痛みに耐えかねその場で悶え出し、片や東方は頬に跳ねた紅を拭いもせず、それを冷たい目線で見続けていた。


 そして使者は東方を少し見つめてから、怒り狂った様に東方へ走り出した。面の表情はそのままなので、使者は怒りながら笑っている。その奇妙さ、不可思議さ。とにかく迫り来る使者の薄笑いの気持悪さと言ったら無かった。


 そして使者は東方目掛けて、獲物に食らいつく様に襲いかかった。その時、使者は腹の辺りに大口が開け、東方を呑み込もうとする。しかし東方が動く事は無かった。使者は無抵抗の東方を呑み込んだ。喰われてしまった。この部隊の長が、あっさりと。


 どういう事か。しばらくユイは呆気にとられていると、どこからか乾いた音が聞こえてきた。よく目を凝らせば東方が化け物の身体の中に居て、サイコアクチュエータを何度も起動して生きながらえていたのであった。そして東方が使者の体内で思い切り刀を振ると化け物は酷く苦しんだ。仮面の口や目から血を流し始めて、使者はもがき苦しんだ後に、その場に沈んだ。暫くすると使者の姿は、すうと透明になっていき、消えて、そこには血で汚れた東方の姿が残された。


 規格外。そう言われて見ればしっくりくる。しばらくその東方の姿を目で追っていると、東方の下に小さな白い生き物が寄り添ってきた。


「兎?」


 それも片耳のだ。不思議そうに眺めていると九十九が説明してくれた。


「あぁ、東方に懐いとる兎や。奴も木虎と同じ様にあの世に連れて来とる」


「あの兎で狩りをするの?」


「いや……あれは」


 すると九十九の言葉を遮る様に二人の視界に『任務完了』の字が映った。その下にはタイムリミットを示す数字が減り始めている。見た限り残りあと五分程だ。


「作戦が終了したみたいやな。すまんが急がんといかん。また今度話したるわ」と九十九は申し訳なさそうに言った。


「早ようコントロールステーションに戻らんと置いてかれるからなァ」


「……うん」


 ただ、ユイは正直な気持ち、置いていかれても良いとも思った。何故なら、「……小林先輩の事、どう報告するの?」その事が少し気掛かりだったからだ。


 「それは……作戦完了後の会議で裁かれる。今、どうこうなる話やない」


 九十九の表情が深刻なものに見えたので、それ以上ユイが話し掛ける事は無かった。


 二人は元来た道を辿って拠点に戻り、戦線からの離脱準備をする。皆が集まり次第、離脱用のシールドを拠点が張り、その間に撤退するらしい。隊員は次々とコントロールステーションに戻ってケーブルをそれと接続していく。それに合わせてユイと九十九もケーブルを身体に接続した。


 その間にも雑談をしている人もいたが二人はその雰囲気の中気まずくて一言も言葉を交わす事は無かった。そう二人は俯いたままでいると隊員の一人が話し掛けてきた。それは金髪を後ろで結った、活発そうで可愛らしい子だった。それに対して九十九は急にかしこまった態度を取り始めたので先輩に当たる人なのだろうと認識する。


「おー九十九。そっちはどうだった……って隣の方はどちらさん?」


「新人です……そんでこっちは死人を出してしまいました。小林さんです」


 九十九がバツの悪そうな顔をしながら答える。


「えっ、小林先輩死んだの!」


「……はい」


 彼女は驚いた顔をしてから、頬を指で軽く掻きながら、「へぇ、そっか。でも意外だなー、あの人が死ぬなんてさ」と答える。それは随分軽い反応だった。


「……それは……いつもの事なんでしょうか?」


 ユイは恐る恐る問い掛ける。


「いやいや、毎度毎度死なれたらたまったもんじゃないってー」


 そう言って笑いながら答えたのでユイはホッとしていると、「大体月に一人か二人位かなー?」とんでもない言葉が付け加えられた。


 ユイは息を呑む。その数は決して少なくない。どうあっても人は死ぬのだ。しかしそれは彼女にとって日常的な事で、当たり前になっているのだろう。


「準備が整いました。離脱しますので各位準備して下さい」


 戻って来た東方がそう皆に告げる。


 ついに終わったのか。ユイは安堵する。色々あったものの、先ずは生き残る事ができたのだ。とにかく今はその気持ちを大切にする事にし、目を閉じる。そして身体に強い衝撃が走ったと思えば、世界は暗転していた。

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