第44話 あした天気になぁれ⑦
また陰鬱な朝が来た。
東方で向かえる朝はいつも憂鬱なのだけれども、今日は特にそう感じてしまう。何より昨日のことを考えると、ユイはよく眠れることができなくて、目が覚めてもまだ頭の中はぼうっとしている。勿論、それは八雲に起きた出来事が原因だ。
八雲には重い罰が下った。彼女は機械の両腕を外され、東方の地下深くに幽閉されることになったのだ。そこは完全に外部とのやり取りをシャットアウトされた場所で、誰一人の面会もすることができない。
東方とその部下に引き摺られながら連行される八雲の姿は見るに堪えなかった。 その時に八雲は抵抗せず、身体は魂が無いようにさえ思えて抜け殻のようになっていた。その姿は余りに惨めで、全てを失ったような、この世の終わりの様な顔をしていた。それもそのはずで、副リーダーでありながら後輩のユイに手を出したことが皆に知られたらと思うと、本当に胸が痛い。
ユイは、そしてそのきっかけを自分が作って、自分が被害者扱いのままで事が終わったことが、何より辛かった。全ての罪を八雲に押し付けてしまったような気さえして、それを考えるだけで
更に、ユイは木虎や九十九とは言葉を交わしていない。話す事が、何となく恐い。現場で二人と出くわした時に、ユイは流石に目も合わせられなかった。
身体がやけに重い。ただただ憂鬱だった。この部屋に閉じこもって、永遠に時を
寝返りさえうつのが
「…………?!?!」
ユイは目を丸くする。それもそのはずで、何故ならば突然、ユイの目の前に生足が突き出てきたのだから。
どうして、いかにしてこの様になったかはどう考え込んでも思いつかない。深く考え込む程に頭がおかしくなりそうだった。これが自分の足だとしたら、身体が異常な方向にひん曲がっているとしか考えられない。しかし痛みも無く、自分の両足は布団の中にしっかり納まっている。
「……何でなの?」
ユイは図々しく横たわっているその足を改めて見て、ようやく理解した。
誰かが布団の中にいる。それもユイに被さる様にしている。そう、ユイの身体が重く感じるのは当然で、物理的に重くなっていたのだ。
「どういう事だよこれは……」
ユイは呆れた顔をして、足をむんずと掴んで起き上がる。そして同時に誰かもわからぬその不審者を布団から放り投げた。すると鈍い音をしてそれは床に叩きつけられ、布団の中にいた人間は布団にくるまったまま床をのたうち回って痛がっている。そしてそれがおさまると、おもむろに立ち上がりこう言い放った。
「何て事をしてくれたんだ君は!」
頭から布団を被ったままで。
「いや誰だお前は!」
顔も姿も良くわからない変質者に対してユイは突っ込みを入れる。そもそも何故、この布団の化け物に叱られているのだろう。こちら側としては叱られる筋合いなど一つもない訳で、それどころか人の布団を勝手に使っているのだからこっちが怒鳴りつけたい程である。しかし変質者の怒りは収まらず、立て続けに文句を言ってくる。
「いや君、挨拶もなく、早々に誰だとは失礼だな! まずはっ……人に出会ったら挨拶をしろとっ……ぜはーっ……親にっ……なんか凄く息苦しい」
「早く布団から出なよ」
何だ一体。余計に、ひどく朝から疲れてしまう。
そして変質者はと言うと、そう言われて気が付いたのか、グッタリした様子でノロノロと布団を脱いでゆく。そしてそこから見えた柔肌を見て、ユイは慌てて手で目を覆った。何故ならその布団にくるまっていた人物は女性で、それも全裸だったのだから。
「か、身体ぐらいは布団で覆ってよっ!」
「いやいや、これは失礼」
全くもうとユイは呆れ、ユイは変質者が布団を
どうせ発言があんなのだから、中身はどうせろくでもない輩であろうとユイは思い浮かべていた。しかし蓋を開ければびっくり仰天、そこに居たのは容姿端麗、金の短髪の女性だった。整った顔と高い鼻、目は鋭くもぱっちりとしていて、一歩間違えれば男性と間違えてしまう程で、美形と言う言葉がぴったりであろう。
あまりの美しさにしばらくユイはそれをぽうっと見ていたその時だった。突然、ずいとユイの目の前に近寄って、なんとこの女はユイの手を取ってから顔を近づけたのだ。
「あ、あなたは一体……」
何だ。何が起きている。突然の出来事にユイはたまらず顔を真っ赤にする。真っ直ぐ向けられる瞳に目を逸らしながらおたおたとしていると、この女は妙な事を言いだした。
「好みだ」
「は?」
「好きだと言っている」
ただでさえ痛い頭がより一層疼き出す。こいつは何を言っているのだろうか。
とにかく状況を整理しよう。朝起きたら名前も知らない女性が布団に潜り込んでいて、唐突に告白をされた。一見、ラブコメディーの創作話であれば問題なさそうな気もしなくは無いが、こんな突拍子もない展開など生まれてこのかた望んだ事は無い。だが勘弁してくれと悩んでいるスキにも、変質者は身体を寄せてくる。身の危険を感じ取ったユイは少し後ずさりしてこう言った。
「イヤイヤ待って下さいよ! そもそも何で私の布団の中にっ! ってか部屋の鍵はっ!」
「愛の前に鍵なんて無意味さ」
「何言ってんだアンタは」
何だこのチャラついた輩は。我慢の限界になったユイは、身を
何だ何だと思いつつ、この後の流れが何となく予想できて、ユイは激しくに首を左右に降り続ける。だが強引な変質者の前にその様な抵抗は無意味で、ずいずいと顔を近づけていき、終いにはこんな事を言い出した。
「二人の出会いを祝福しよう」
「うぎゃぁぁぁぁあっ!」
ユイの部屋に悲鳴が轟き、次に何か鈍い音がした。
「何や、朝っぱらから騒々しい!」
部屋の入口のドアが勢い良く開かれ、西の訛りを含んだ怒号が響く。そう、九十九が余りの騒がしさにしびれを切らしたのか、怒りで顔を真っ赤にしてやって来たのだ。
「響っ! 私の部屋に変質者がでたのっ! やっつけて!」
九十九が駆け付けたその時、部屋は事件現場の様になっていた。部屋は荒され、立ちすくむユイと、床には仰向けになって伸びている変質者がいた。額が赤くなっていることから頭突きでもされたのだろう。すると変質者はむくりと起き上がると自身の頭を撫でながらこう語りだす。
「人をゴキブリみたいに言わないでくれるかな」
「そんな様なものでしょうが! ねぇ響もこいつをつまみ出すのを手伝って」
しかし九十九はこの光景を見て、さっきまで真っ赤だった顔を青くしている。そして次に震える手で指差しながら恐る恐る語り出した。
「ユイ……その方はウチの副大将や」
「へ?」
「……副大将、
「えぇっ!」
この変態が? と言いかけて慌ててユイは口をつぐむ。
副大将。東方卯月の次、二番目に力のある存在。しかし分からない。ユイは考え込みながら、唸っていた。それもそのはずで、この様な位の人間であれば、本来であれば雲の上の様な存在なはずなのだが、何故かそれが新人であるユイの部屋にいて、わいせつ行為を働いていたのだから。この人が東方のナンバー2とは逆立ちしても考え難い。すると九十九は補足するように、少し目線を逸らして呟くように話し出した。
「まぁ、いつも皆の部屋へ出向いてはこんな事をしとる。見て通りの変態やね。 キスとかせがまれへんかった? 」
「 ……やっぱり誰にでもあんなうわっついた事言うんだ。とにかく、何で副大将がこんな行動に走っているのかはともかく、変態って言うのは痛い程わかったよ」
何だ察しの通りなのか。実力云々はさておき、ヤバイ人には間違いがないようだ。
「まったく、失礼だな」
その言葉と同時、國弘は知らぬうちにユイの背後まで近付いていて、尻を撫でていた。
「うわああああああああああ! その通りじゃないですかっ!」
もういい。何が副大将だ。何がナンバー2だ。頭に血が上ったユイは國弘の身体を掴むと、「金輪際、私の体に触るなっ!」と言い放って、國弘をドアの外へ放り投げ、鍵を閉めて追っ払ってやった。
「あぁっ! ごめんよユイちゃん! わざとじゃないんだ、部屋に入れてくれよぉ!」
一方、國弘は嘆きながら何度もドアを叩く。それは副大将と思えないほど惨めな姿だった。その様子を見た九十九はため息を深く吐いて、扉の方へ向かう。
「しゃあないなぁ。追っ払ったるか」
その時、ユイはその九十九の言葉に何処か違和感を感じた。何だかユイには九十九がそのまま遠退いていくような気さえして、不安になって、「あ、あの、響!」ユイは引き留めるために大きな声を出していた。
「……何や?」
やはりそうだ。どこか淡泊で、よそよそしい。ユイと距離を置いているような気さえしてしまう。それでユイは不安になって、また自信なさげにこんな言葉を口にする。
「昨日は……ゴメン」
すると九十九はまた、ため息を吐いた。それは國弘へ向けたものと違って、「あぁ」と声をあてていて、失望しているようにも受け取れた。それを聞いてユイは身構えてしまう。その次に飛び出す言葉は、
「ウチはどーでもええ。ただ、木虎とはちゃんと話しといたほうがええ。ほんで……」
九十九は扉に手を掛けてから一度その場で立ち止まって、こんな事をユイに告げる。
「それまで、ウチに話し掛けんでええで」
そう告げてから部屋を出て行ってしまった。
その言葉はやけに淡々としていて、ユイはそれを聞いて頭の中が真っ白になった。そう言えば九十九は部屋に入ってから、ユイに一度も目を合わせてくれなかった。その様子から察するに、相当に九十九は腹を立てている。ただユイには九十九が腹を立てている真意が分からなかった。何よりユイは、どうして自分と木虎の関係について九十九が言及するかについても良く分からなかった。
「なんだよ……それ……」
八雲と出会って、そして言いなりになって、それが原因だとは何となくわかるのだけれど、何となくで自分があの様な態度を取られることが腑に落ちず、ユイはもやもやとしてしまう。
するとまた、自室の扉を叩く音がした。また國弘だろうか。こんな気分の悪い時に、ふざけていられるほどユイには余裕がない。ただ、無視していても余りにもしつこく扉を叩くので、ユイは追い返す様に鋭い剣幕をして扉を思い切り開いた。
「あー、悪いとこ来ちゃったかなー……」
ユイは扉の外に居た人物を見てハッとする。金髪でそれを後ろで結ってポニーテールにしている彼女は、八雲の想い人である猿飛だった。
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