第23話 空穿つ天上の眼⑤

 少し嫌な予感がする。しかし今はつべこべ言ってはいられない。九十九は仕方なく猿飛に従う事にした。


「……送りましたけど何に使うんです?」


「もしもーし、本部のオペレータさーん。ハードエミュレーター起動お願いでーす。バイパス始動回路繋げー。え、急に夜中に起こすなって? うるせー黙れー。あ、あと基本設定のオーバーカレント設定は外しまーす」


 しかし猿飛はその言葉を無視し、何やら通話を始めた。そうして話を終えたら、銃を何やら弄りだしてから、構える。


「座標は、よーしこっちだな……『チェインファイア』」


 その言葉と同時だった。轟音、その次に地響きと熱風が辺りを襲う。それは竜の息吹と言っても過言ではない。今までの比にならない音と光が銃から発され、サイコドラグーンの射線にあったものは跡形も無く、全て消えてしまった。勿論、使用者である猿飛は反動で真後ろの建物の壁にぶつかり、それを突き抜けて瓦礫の中に埋もれている。


「めちゃくちゃ痛かった」


「そ、それどころの騒ぎやあらへんかと思いますが……」


「でもコントロールステーションまで道ができたでしょー。ばっちり使者には当てて、コントロールステーションは外して撃つの難しかったなー」


「……おかげで私の正面をとんでもない光が横切りましたけどね」


 しかしそう言いながらも素直に九十九は感心している。あの状況下で最善の方法を、迷いなく、リスクも受け容れた上で判断したのだ。この猿飛の一撃で九十九の近くにいた使者は一匹残らず蒸発し、そして九十九から見て、切り開かれた道の先にコントロールステーションが見えている。限りなくベストに近い回答が、風景に描かれていた。追い詰められて、慌てて、自分を責める九十九とは大違いで、 答えの幅と質が違う。


 兎にも角にも、それに対して白紙の回答では申し訳が立たないので、九十九はコントロールステーションめがけて直ぐに走り出した。すると走っている合間にも猿飛のボヤきが聞こえてくる。


「感謝しろよー。これ一発撃つとエーテルまるまる一発なくなるんだから。……あーあ、武器も壊れちゃったよ。まぁ普段から二丁ぶら下げているから良いんだけど」


 しかし分からない事がある。


「……何でなんですか?」


 そう、猿飛は部下を助けるために躊躇いもなくエーテルを大量に使用したのだ。それは中々できる事ではなく、ただ部下を守る為にそんな事をするとは考えられない。そこで九十九はこう踏んでいた、猿飛にある芯がそうさせたに違いないと。そしてその芯とは何か、知りたくて仕方がなかった。


「でも何でここまでしてくれるんです? これは私達が起こした問題行為で……」


「ん? なんのこと?」


「猿飛さん……! あなたはもう全部知った上で……」


「違う」


 ふと猿飛の言葉の調子が変わった。宙ぶらりんだった糸がピンと張るように、猿飛は突然言葉の尾を引いた。けれどそれは一瞬だけで、また気を放す様に宙ぶらりんな言葉で九十九に語りかけ始めた。


「関係ないよォー。私は任務を遂行している訳じゃない。私はたまたま起きていたからついて来ただけで、東方のお手伝いをしているだけさー」


 嘘だ。この人は全てを知っていて、だからそんなことを言えるのだ。結局、猿飛の意図は、はぐらかされてしまい、九十九は少し悔しい気持ちになった。体裁なのは知っていても、これは自分の都合だと、抱え込んで自己消化されてしまうのが切なかった。それを話すには自分には何かが足りぬのかと思うと、今までの自分の未熟さを突きつけられた様だ。そう思っていたその時、また猿飛の言葉が入ってきた。


「しかしここの客って不思議だよなー。死んで良い人間、悪い人間を区別できるんだ。貰える金次第でやる。至極単純な境界で」


 何を言い出すかと思えばこの部隊の成り立ちの事。それに何の意味があるのやら全く掴めない。しかし九十九は黙って聞くことに徹した。


「仕事をするたびに思ったさー。私の仲間は次々と死んで、何でお客さんは平気な面ツラして生きていられるんだって。私達はお金を貰えれば死ねる様な軽い扱いを受けて、辛い思いをしなければならないのかって……かと言ってこの環境は変わらない。だからせめてでもお客さんにはそれでも、私達の命を散らしてでも救いたい命があるんだって胸を張って言って欲しいと思ってる。そうでなくちゃ私の仲間達は永遠に報われることは無いんだ。だからこのお客さんの思いに沿ったこの任務を無下にすれば、その方がよっぽど東方の思想に反した事になるんじゃないのかな? そう思ったのさー」


  これで全てが腑に落ちた。そうか、あれは、あの一撃は、木虎を救いたいその真っ直ぐな気持ち、その心をくみ取った上でのあの一手だったのか。それが九十九は嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。エーテルも切れていないのに視界がぼやけてしまう。


「……ありがとうございます猿飛さんっ!」


「いいってことよー」


 しかし何だ。その口ぶりなら本当のことだって知っていると言っているようなものじゃないか。そう考えて九十九は少し笑うと今より走る速度をうんと上げた。


「ありがとよー使者さん。最後の言葉を言わせてくれる時間をくれてなー………」


 その一方で、瓦礫に埋もれて動けなくなった猿飛に影が差した。その薄気味悪い生き物は猿飛を見つけ、見つめている。その三体の念動種を見た猿飛は吐き棄てる様に笑ってからこう言った。


「多分、万事休すってヤツだ。……でもねー」


 次の瞬間、猿飛の身体に今までの比にならない激痛が走った。目を見開いて、歯をくいしばり、叫ぶのを堪える。絶体絶命、命はかながら、けれど、猿飛は掠れる声で、確信に満ちた様子で、「九十九は……やる子だよー」勝利を宣言した。


 辛い、苦しい、もう息が上がって死にそうだ。けれど猿飛はもっと死にそうな思いをしているのだ。腱が裂けようとも、胸が張り裂けようとも、今は成し遂げなければならぬ事がある。


 だから、九十九は今、この時、この場所で、こう思い切り叫んだんだ。


「今から『戦闘制御装置バトルシーケンサ』を立ち上げます!」


「……おーけぃー。回線開くよー」


 九十九は無我夢中で、コントロールステーションにある武器を格納している柱の扉を開く。するとそこから黒光りする、飛行機の羽の様な巨大なプレートが現れた。それには人の頭ほどある大きさの大きなファンが二つ取り付けられていて、一見それで空を飛ぶものかと勘違いしてしまうようなものだった。九十九は直ぐにそれの取っ手の部分を掴み、自分の腕のケーブルとそれを繋げてからエーテルを撃ち込んだ。


「起きろ……『MELS《メルス》』!」


 するとファンが唸り声を上げて回り、プレートの溝に赤い光が灯った。


 それと同じくして、うずくまっていた猿飛は少し痙攣し、次に激しく咳き込む。傍から見れば猿飛の体に異常が起きたのかと思う程であった。しかし猿飛はそれが落ち着くゆっくりとその場から立ち上がる。


「……苦しかったよー。流石に念動種の複数は堪えるってー」


 口元を拭い、使者を瞳に捉える。猿飛は足元がおぼつかず、もう限界のように見える。だがその真っ直ぐな瞳には輝きがあり、強い意志を感じさせられた。


「不思議だよねー、私が何で助かったのか。これはねー、君たちが回線を無理やり私の脳に繋げて私の身体を操作していた所を、九十九に遮断して貰ったからさー」


 補足すると、『戦闘制御装置バトルシーケンサ』はあの世での戦闘向けに開発された専用コンピュータである。エーテルを走らせると戦闘制御装置バトルシーケンサに書き込んである各々で作成したプログラムが、空間に伝播して何かしらの補助や攻撃を行う『支援型制御装置』である。


 今回、九十九が行ったのは念動種の遠方からの攻撃を遮断するものだ。この程度、地味で大したことのないものではないか思うかもしれないが、複雑な設計となっていて、使用者も十分にそのプログラムについて理解していなければ全く意味を持たないものになるので、使用者には十分な能力が要求される。


 加えてエーテルの消費量も距離によって異なり、この動作だけでも起動させているだけでもサイコソードの倍も消費量がある。それだけ戦闘制御装置バトルシーケンサは扱いの難しい武器となっていて、九十九は戦闘よりもこの分野に長けている。


 猿飛は不敵な笑みを浮かべた。


「よー、頭でっかち。よくもやってくれたよなー……」


 その言葉と同時に、猿飛は跳ね起き、即座に念動種との距離を詰めた。猿飛は手早く腰に差した刀のケーブルを腕に挿し、柄に手を掛けると、「逝っちゃえ」そう告げて念動種の首を撥ねた。猿飛は、立ったまま首を失ったところから派手に血を噴き出す、念動種を見つめてから、他の念動種に視線を変えた。


「次はお前らなー」


 猿飛はニヤリとしてから、残りの念動種に飛びかかる。その猿飛の動きは早すぎて念動種も捉えることができなかった。気が付けば猿飛は念動種の傍にいて、慌てて念動種が腕を振ったものの、猿飛はしゃがんでかわしてしまう。そうして猿飛は刀に天を仰がせるように、刃を上に向けて構えると、そのまま立ち上がりながら、下から掬い上げる様に刀を振りかぶった。念動種は縦に両断され、その場に崩れ落ちた。猿飛はさて残りは一匹だと思い、念動種を見ればこの場から逃げ出そうとしていた。


「えー逃げちゃうのかよー……」


 だが猿飛はそれを許すはずがなかった。猿飛の呆けた表情は、鋭い顔つきに変わる。刀を片手で振りかぶり、真っ直ぐ投げると、それは念動種の背中に突き刺さった。


「ダメに決まってんだろー」


 猿飛はサイコアクチュエータを起動させ、薬莢を腕から吐き出すと、刀身が強い光を放ち出した。念動種は大きな唸り声を上げる。必死にもがき、その場から逃げようとはするものの、体は背中から次第に溶けていき、念動種は形を成さなくなった。猿飛は動かなくなった使者の姿を見て、ふぅと息をつくとその場にしゃがみこんだ。


「ふう。終わった終わったー。しっかし、やっぱり技術部隊から上がってきた奴は違うねェー。こんなんだったら九十九って技術部隊で全然食っていけたんじゃないのー?」


「かもしれへんですけどね……。と、とにかくこないなとこでええんですか?」


「上等、上等だよー」


 そしてその言葉に、「……ありがとうよ、九十九」と最後に感謝の意を付け加えた。


 それに応えるべく、九十九は胸いっぱいに空気を吸い込んでから、「こちらこそホンマにありがとうござましたっ!」と心からその言葉を届かせた。


 今は良し。だがお後はよろしく無いようで、九十九の仕事はまだ終わらない。


「……さてウチは」


 九十九はコントロールステーションと改めて向き合う。


「木虎……目ェ覚まさせたるからな」

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