第33話 激戦! キミツ第一地区②
キミツ第一地区。以前、ユイが戦闘を行った場所と景色はほとんど変わらない。始めて参加した戦闘と、木虎の魂を奪還する戦闘を行った場所は、キミツ第三地区との事らしい。
いまいちユイには、見た限りで地区の違いが分からなかった。気付いた違いと言えば、コントロールセンターの形状が第三地区と違うことだ。こちらの方がサイズが少し大きく、外形は黒のメタリックではなく、縦筋の入ったシルバーのフレームでできている。
ユイはキミツ第三地区の何が問題なのかと思っていたが、戦闘が始まってようやく皆が懸念していた事が分かってきた。
突然、視界が歪む、目眩や吐き気が出たりする事がある。原因はコントロールセンターの老朽化によって発生する伝送不具合らしい。また、エーテルの需給装置も古くなっている事から、武器のエーテル定格使用量(動作を保証できる使用量)が普段より低く制限がかかっている。それを超えて武器を使用すると、腕の遮断器が落ちる仕組みになっている。
それを避けるべく、技術の知識に長けた九十九がコントロールセンター付近に待機して、伝送不具合とエーテルの過剰使用が発生した際の調整を行なっている。
補足すると、まず戦闘をこの世側でサポートするオペレーターがいる。オペレーターがエーテルの需給状態を監視し、隊員が需給するべきエーテル量を九十九に指示する。調整は本来なら、専門の技術者が行うが、九十九は技術の経験がある為、対応できる。
これらの制約があることから、猿飛は今回は実力がある隊員を選抜した。確実に任務を遂行させるように設定した。しかし思いの外、皆は苦戦を強いられていた。
『もしもし姫乃だけど! みことちゃん! E-8地点から新たに大量の使者が来ているよ! コントロールステーションが危険かも! ……因みに私は自分の方で手一杯なんだけどっ!』
『こちら木虎。猿飛さん。C-4地点の敵は未だ片付けられていないので援護できません。一人で三人程は働いているので許してください』
『九十九です! さっきから受給関連の中故障アラームが出とるんで、みんな派手な戦闘は控えてくれへんかなぁ! 毎回コントロールセンターで調整するのそろそろキッツいですわ! そんな状況で新手の使者なんて捌けへんて!』
各隊員が挙げる不満の声が、通信回線を占有していた。その内容はほとんど愚痴に近く、解決のしようもない事だった。やはり設備が不具合を抱えたまま戦闘を行うのは、いくら手練れでも、やりにくいことには変わりなかった。
その隊員たちが焦る中で、マイペースな口調で皆に語りかける者がいた。
『エー各員、安心してくれー』
その言葉の後、コントロールステーションの近くで調整作業を行っていた九十九に異変が起きた。突然、九十九の視界が赤く染まり、頭の中に警報音が鳴り響いたのだ。その意味は自身に起こる何かを警告するもので、九十九はその意味を直ぐに察して声を上げる。
「……まさかここって、猿飛さんの射線上?!」
九十九は自身が置かれた状況を理解して、慌ててコントロールステーションの裏に転がり込む。その次の瞬間のことだった。紅い光が九十九の視界を支配して、一瞬何も見えなくなった。次に地鳴りに近い、けたたましい音がしてから、熱風が九十九の身体を包み込んだ。
「うぎゃあああ!」
この光、熱線を放ったのは猿飛だ。猿飛が保有する『サイコドラグーン』の出力を最大にした時に放たれるものに違いない。
そしてオペレーターからは二つ報告があった。一つはE-8地点に発生した使者がほとんど消し炭になった事と、もう一つは
本当に恐ろしかった。九十九は熱線が収まった後も、その場で固まって動けなくなっていた。一歩間違えば死に直結する出来事だった。
九十九は震えながら、ぎこちない動きで、コントロールステーションで遠方から猿飛の遮断器を再投入する。すると猿飛から通信が入って、こんな事を言うのであった。
『これで戦況が変わったはずだー。それにー……今日の私は調子が良いから誰も死なない』
これが戦闘制御第一部隊リーダー、
しかし、猿飛の指示や行動は全て大雑把である。九十九は眉をひくひくと動かしながらこう言った。
「全然安心できへんのやけど……撃つ前に一言欲しいですわ。それに、調子良くてこないなら調子悪いと、どないなってまうんですかねェ……」
『聞こえてんぞ九十九ー』
「聞こえる様に言うたんですわ!」
九十九が怒鳴るのも仕方がない事だった。九十九の後ろにあった家屋は消し飛び、僅かに残った材木がメラメラと燃えていた。コントロールステーションに被害が出ていなかった事が奇跡とも言える。そして九十九が少しでも逃げ遅れていたら、一緒に消し炭になっていただろう。
それを聞いていた八雲は深くため息を吐いた。
「……全く、相変わらずミコトは何をやっているんだか」
皆が散り散りになって戦闘を行う中、ユイと八雲は猿飛の指示通りに一組になって行動している。その間、八雲は『不機嫌』の他に、言いようの無い態度をしていた。ずっとユイからは目線を外し、
二人の間にはほとんど会話が生まれなかった。ユイはたまに八雲を見ては、その都度に目線を逸らされることから、気まずそうにしていた。本当にやり辛くて仕方がない。
加えて、戦闘時もユイの出番は無かった。使者が出ようものなら、八雲がその都度、瞬間的に倒してしまうからだ。反応も、射撃の精度も申し分ない。第一部隊の副リーダーを背負っているだけはある。
現状、皆は厳しい戦況にあるが、ユイ達は未だに使者の群れとは遭遇していない。よって比較的に楽な状況で、ユイもほっとしていた。しかしオペレーターから回線を通じて伝令が入る。
『G-6地点に使者が集まっています。八雲さん、対応願います』
「了解」
G-6地点は、八雲とユイが現在待機しているところから近い。これから厳しい戦闘が始まると身構えたのだが、八雲はユイの方を向いてから、淡々と一言だけ告げた。
「ユイさんは武器をしまってて」
その言葉を聞いてユイはカチンときた。今まで八雲はユイを無視して行動してきた。実力が足りていない事も、足手まといな事も分かる。しかしユイの存在自体を否定するような事まで言われては、さすがのユイも不愉快だった。
「……それは、私が足手纏いって言いたいんですか?」
「違うわ。初めのうちは教育してあげるって言ってるのよ」
「本当にそんな気があるんですか? さっきからロクに口も利かないで……!」
すると八雲はユイの言葉を制する様に、「あるわ。だから私の指示通りに動いて」
こう、告げた。
「私を見て、この世界での生き方を覚えて。ユイさんは付いて来るだけでいいわ。武器を持たず、生きる事だけを考えて」
気付けば八雲はユイに顔を寄せて、目を真っ直ぐ見つめていた。八雲の息がかかり、八雲の身体から出た熱が感じられるほど近かった。ユイが抱いていた感情は、その八雲の勢いに押されかけていた。
「……武器を持たない方が危険なんじゃないですか?」
ユイはケチを付けるように言った。
「その為に私がいるんだけど。それに、武器があったとしても、行動が取れない、何をしたらいいのか分からない人の方がよっぽど危険だわ。それを教えようとしているのが分からないの?」
ユイはそれ以上言い返せなかった。八雲の言うことに間違いを見つけられなかった。これ以上言葉を返せば、言い訳になるような気もして、ユイはもやもやとした気持ちを飲み込んだ。
一方で八雲は
二丁拳銃。それは八雲が最も得意とする型である。
二丁拳銃で戦闘を行う者は東方にほとんどいない。使用する為に条件があるからだ。武器を二つ同時に使用するには、武器との接続端子が二つ必要である。つまりは、片腕だけではその端子が足りない。
八雲は両腕が機械化されていた。
当初、それを見てユイは固まってしまった。八雲を外見上で否定した訳ではない。戦闘に対する八雲の想いを理解して、ユイは気圧されたのだ。
「少しでも生きることができるなら、私はそうするよ」
口に出した訳でもないのだが、八雲はユイを見てこう告げた。ユイの考えは八雲に読み取れていた。
八雲は生きるために両腕を惜しげもなく差し出した。ユイにはその覚悟も、勇気も無かった。そして理解できなかった。ユイは、そこまでする必要はあるのだろうかと思った。逆に、そこまでしなければ八雲の立ち位置にはなれないのだとも理解した。
八雲は、巫女の仕事に対して考え方が少々極端で、前向きにも、やりすぎにも思える。その極端さは、心が壊れている気さえ思わさせた。
「もう、使者が来る」
八雲の言葉でユイはハッとして、辺りを見回す。二人は大通りの中心に立っていた。見通しが良く、太い道が一直線に続く。その道の先に、何やらこちらに向かってくるものが見える。
――使者だ。容姿は人型。五、六体がまとめてユイ達の方へ向かってきている。
「あれだけだと思ったら大違いだからね」
そう言って、八雲は道の脇を指差した。ユイは何のことだと思いながら目を凝らすと、八雲の言う意味が分かってぞっとした。物陰から使者が顔を僅かにのぞかせている。
それも一か所だけではなく、小道の脇にも、建物の屋根の上にも、様々な所にいるではないか。ようやく自分たちが使者に囲まれてしまっている事に、ユイは気が付いた。
顔を青くして焦っているユイに対して、八雲は無表情で一切動じていない。そして八雲はユイの方を向いてこう告げた。
「……じゃあ、行くわ」
八雲の言葉で二人は動き出した。ユイは慌てて八雲に付いていく。
武器を持たないまま、逃げる事だけに集中し、八雲に迷惑をかけない様に位置取りを行うのは大変な事だった。また戦闘を眺めていても、いつも以上の選択肢が頭の中をよぎり、ユイはその対処方を八雲の背中から学ぶことになった。
例えば、自分の近くに使者が寄って来た時の対処はどうするか?
何も考えていなければ、ただ単に銃弾を撃ち込むか、斬ろうと考える。しかし、それを避けられた時、エーテルの無駄な消費と次の行動に繋げるためのスキが発生する。
次にまた攻撃をしてまた避けられたらどうするのだろうか。その際に、仮に後ろから別の使者が来ていたとしたらどうなるだろうか。戦闘では一つの悪手が詰みに繋がる選択肢を発生させる。
八雲はその近接戦による乱戦を嫌い、徹底的に下がって使者と一定距離を保っていた。なるべく全体を見渡せるよう、後ろに下がりながら銃弾を撃ち込むことで、何十体と現れる使者を確実に捌いていった。
「基本は場所を広く使って囲まれないように、常に使者が正面に来るように立ち回ること」
戦闘中に八雲がユイへ告げた言葉だ。八雲は使者を寄せ付けず、何もできないまま使者は倒れていく。使者が無理をして攻めて来ても八雲はそれに応えない。再度距離を置いて、自分に有利な状況を作ってからまた使者を攻撃する。
戦闘には一つ一つのシーンに応じた選択肢がある。自分の考えを最終的に通す為、相手の行動を考えてこちらも行動する必要がある。その重要性を八雲は伝えたかったのだろう。
八雲は冷え切った態度とは逆に、戦いに熱い想いが宿っている。使者を徹底的に潰しにかかる様な戦い方をする。ユイはそれを見て、その八雲の読みの深い戦闘を、真似できる気がしないと思ってしまった。この教育も意味がない気がしてならず、見れば見る程に自信が失われていく気さえした。そして、ただ素晴らしいと見つめている事しかできなかった。
――強い。
ユイは息を呑んだ。気が付けば、あれだけいた使者は一つ残らず消えていた。目の前にいる銀髪の女は汗ひとつ流さず、息も荒れず、その場に澄ました顔をしてユイを見つめていた。
「……分かったかしら?」
アナタもやってご覧なさいと、誘う様なその視線は、自分の姿に追いついて来て欲しいと願う熱意と、これに付いて来れる自信がないのなら、やめてしまえと言うような冷たさを感じた。
八雲は不安定でよく分からない女だ。好きなんだか嫌いなんだか分からない、どっちつかずの態度を取る。常に相手を試す様な素振りをする。恐らくは、八雲は自分の事を受け入れられない人を、徹底的に排除するだろう。使者との戦いのときのように、何もできないうちに拒絶されるだろう。
ユイは八雲が嫌いな訳では無い。だからこそ拒絶されるように扱われて、ユイは切なく感じていた。八雲と仲良くするために必死についていけば、八雲はどんな態度を取るだろう。ただそれは、ユイには分からないことだった。
改めて見ると、八雲の機械化された両腕は何かを物語るように思えてしまう。
『私はここまでやったのに、どうしてアナタはやらないの?』
そう、常に問い掛けてくる。八雲の腕は押し付ける様な、圧をかけ続ける様な、存在感を放っている。
確かに、機械化することは誰にでもやろうと思えばできる事。しかし簡単にはできない事だ。覚悟の要る事だ。ユイの頭の中にはいろいろな思考が巡る。
『その腕はもう戻らないんだよ?』
『そこまで巫女の仕事に全てをかけられるの?』
『わざわざそうしなくても、誰かと協力して行動すれば良いんじゃないの?』
しかし八雲はやった。生き残るために、この仕事を遂行するために、身を切った。何が八雲をそうさせたのかは分からない。しかし、痛々しさが良く伝わった。それは恐らく八雲が伝えたい気持ちで、八雲の全てだ。伝わるだけで、八雲としては満足なのだ。嫌われようとも、どう思われようとも。
重苦しくて、息が詰まりそうになる、心を深くに置いた女。それはどうしようもない事だけれども、どうにかならないかと、心の奥でユイは考えて始めていた。
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