第31話 ユイの秘め事④
「なぁお前ら、何話してんだー? まさか姫乃の悪口じゃないだろうなー……?」
その不意に掛けられた言葉に驚いて、ユイと九十九は後ろを振り返る。するとそこには二人を睨め付ける猿飛の姿があった。今まで見た事のの無い、恐ろしい形相をしている。
「い、いや……姫乃ちゃんって、小さくて可愛い子だなと」
そう言って慌ててユイがフォローを入れると、急に猿飛の表情が崩れてにやけ顔になり、「分かってんな~お前~」 バシバシとユイの肩を叩き始めた。 本当にダメだこのリーダーは。
「ただ手ぇ出すなよ?」
「出しませんって!」
重ねて言う。本当にダメなリーダーだ。仕舞にはユイの肩に猿飛は手を回し、脅しに近い言葉を掛ける。
「いいかー、姫乃はな、八雲と私の大事な大事な家族なんだー。悪い虫には一本も触れさせない。男だろうが女だろうが私が吹っ飛ばしてやるのさー」
どれだけ猿飛が横須賀にぞっこんなのか、よく分かる。この過保護ぶりは、ユイに歪んだ愛さえ感じさせた。これが九十九がユイに忠告した、『姫乃へ迂闊に近づくな』の真意だろう。迂闊に近づけば猿飛に排除されることを説明していたのであろう。しかし真実は異なっていて、ユイはそれを直ぐに知ることになる。
すると何かに猿飛は気が付いた様子で、ぎょっとした顔をしてから、ユイから慌てて腕を外す。見れば横須賀が、猿飛の制服の裾を引っ張りながら、涙目で見つめている。
「やめてよ、みことちゃん! そうやって、みことちゃんがみんなを脅かすから……みんな怖がって、私から逃げていくんだ!」
「あぁっ! 姫乃!」
猿飛の呼び声に応える間もなかった。横須賀はその言葉を捨て台詞にして、涙を横に流しながら、一目散に部屋の出口方向へと駆けていく。一方で、その姿を見たユイはある事を思いながら九十九に耳打ちする。
「ねえ九十九……」
「何や」
「やっぱ姫乃ちゃんかわいいなぁ」
「へーそうかい」
九十九は気の無い返事をした。それはまるで、『こいつは何も分かっていない』と言うかの様に無感情な言葉だった。はて、そんなに問題ある発言だっただろうかとユイは思っていると、その九十九の態度の理由がすぐに分かった。
横須賀は勢いよく走っており、部屋の出口を目前にしてもその速度を緩めることは無かった。それに横須賀が向かっているのは出入り口ではなく、部屋の壁だ。このままでは壁に激突してしまうと思ったその時、ユイの予想していなかった事態が起こる。
「みことちゃんの……ばかっ!」
その言葉と同時、横須賀はその壁に思い切りぶつかって、強い衝撃音と共に、壁に大きな風穴を空けたのだ。辺りには煙が立ち、パラパラとコンクリートの壁が崩れる音がする。そして横須賀はその場でこけて、うずくまったままで居た。
「…………へ?」
ユイは目の前で起きた事態が受け止められず、かみ砕けず、その場で唖然としていた。あの、おとなしそうな少女、横須賀は、あろうことかコンクリートの壁を突き破って破壊したのだ。すると猿飛は大真面目な顔をして、こんな台詞を吐いた。
「姫乃はなー、生まれつき体が弱く、うまく身体を動かせなかったんだー」
ユイはいきなり全くかみ合わない事を言われ、空いた口がふさがらなくなった。唐突に追加された虚弱な病人設定を、目の前で起きたびっくり人間ショーを見てから受け入れられるわけが無かった。しかしそれも、次の言葉でユイは理解できるようになる。猿飛は言葉を続けた。
「だから普通の人間と同じような動作ができる様に、全身にナノマシンを注入して神経系を構成し、補完することで姫乃の身体は健全になったんよー。けどナノマシンは仕様の関係で十までの力を出そうとしたら二十出してしまったり、まぁ蛇口の捻りがバカになる時がある。だから姫乃の感情が不安定になったり高ぶったとき、自身のナノマシンの制御がきかなくなると滅茶苦茶な信号を出して普段の倍の力が出てしまうんだー」
「そう……ですか……」
意味は分かったが、どこの世界にこんな強靭な病人がいるんだ。ユイは心の中で思っていたが口に出さない様にぐっとこらえる。どう見ても兵器クラスの威力を持った横須賀のパワーは、ユイを戦慄させた。
「……私も分かっているもの。こんな身体じゃなかったらっ……もっと友達だってできたのに!」
「あぁっ! 可哀想に姫乃っ!」
そう言って猿飛は横須賀に駆け寄った。あの破壊活動を見てから横須賀に近づけるのだから、見上げたものである。やはり猿飛はリーダーの器を持っているとユイは改めて思った。
「ごめんよぉー……悪気は無かったんだよぉー……」
その場に倒れこんだ横須賀に猿飛は手を伸ばす。すると横須賀はそれに応える様に手を差し出した。
「みことちゃん……わたしこそごめん」
そして二人の手と手が繋がり合ったその時、何かが砕けた様な音がした。見れば猿飛の手はひしゃげている。
「今すごい音がしたぞ」
そう言ったユイの顔は青ざめている。あれと同じことをされたらたまったものじゃない。電動義手で対応したから良いものの、素手の方で対応すればひとたまりもないだろう。
「生身だったら全治何か月やろなー……」
九十九は引き気味に呟いた。
「ねぇ九十九」
「……何や?」
「『何や?』じゃないっ! 何で早く言わなかったんだよ、危ないよっ……! 猿飛さんは愛の力でどうにかなってるけど私からしたらこんなん命がいくつあっても足りないよ!」
「じゃかぁしいっ! それにウチは『迂闊に近づくな』って忠告したやん! せやけどユイは、愛の
「だって姫乃ちゃんかわいいんだもん!」
「知るかい!」
「……しかしどうしてこうも東方は奇人変人ばっかりいるんだ?」
「お前もそのうちの一人言う事を忘れんなや。ナニ持ち巫女がよう言うで」
そうやって二人が言い争っていると、そこに影が差した。見れば知らぬ間に猿飛が二人の後ろに回り込んでいるではないか。
「おふたりさんー」
「は、はいっ!」
ユイは怯えながら返事をする。よくよく見れば横須賀も猿飛の脇に居て、感情を失った目をして、じいっとユイを見詰めている。なにこれ怖い。
「……なんの話をしていたー?」
「……姫乃ちゃんがかわいいなと」
「だよなぁー。それ以外にないよなぁー」
猿飛はユイの言葉を聞いて笑顔になった。ああ、これが俗に言う、パワハラと言う奴なのだろう。ユイは一瞬の圧力から開放されて胸を撫で下ろす。もし東方神社の紹介をするならば、風通しは最悪だと胸を張って言える。
するとこのやり取りを遠目で見ていた八雲がため息を吐いてから、横須賀が築き上げた
「……それよりミコト。後始末お願いね」
「いやいやいや! これを私がどうにかするって無理がないかー!」
「みことちゃん……わたしのせいだよね……ごめんねっ!」
「ち、違うんだよ姫乃っ!」
猿飛は首を左右に振る。何だこの茶番は。その様子をあきれ顔で眺める八雲はため息を吐いてから、こう告げた。
「とにかく、ここは姉貴分のミコトが何とかして」
「違うよ! 私がお姉さんなんだから!」
すると横須賀は可愛らしく自分の立場を主張した。それを見た八雲は悔しくも少し微笑ましいと思ってしまう。
「そうだよねー姫乃がおねえさんだもんねぇー」
すると猿飛は余計な茶々を入れる。すると八雲は猿飛の襟元を掴み、恐ろしい形相で脅しをかける。
「話をややこしくするな」
「ごめんなさい、本当にごめんなさいー! ……ってそれよりも、私はユイに用があってここに呼んだんだから説明させてくれよー!」
そう告げると八雲は手を離す。しかし猿飛がユイ用とは何の事だろうか。ユイは不安に考えていると、猿飛は急に神妙な顔つきになって、こう告げた。
「いやーユイをここに呼んだ理由だけどなー、実は明日行う戦闘に参加して欲しいからその相談なんだー」
「え?」
ユイは呆気に取られて声を出してしまう。しかし何故、急に新人のユイを別部隊のリーダーが指名するのだろうか。また驚いているのはユイだけでなく猿飛以外全員で、特に八雲はこの事について納得がいかない様子だった。
「ミコト、聞いてないわ。なんでその子を指名するの?」
八雲は露骨に嫌そうな顔をする。余程ユイの事が嫌いなのだろう。すると猿飛はうんうんと唸ってから、真面目に何かを考えたかと思ったら、適当にこう答えるのであった。
「うーん……溢れる若き才能を見たくてねぇー。あと八雲もメンバーに推薦するからユイの教育を頼むよー」
すると八雲の表情は一気に変わり、猿飛に食ってかかる。
「それも聞いてない! そもそも絶対にイヤなんだけど!」
その気持ちはユイも同じだった。こんな気まずい状況でペアを組めるわけが無い。何を考えてそんな事を猿飛は言うのだろうか。
ユイは文句の一つでも言おうとしたその時に、ちらりと八雲がユイの方を向くと、睨め付けながら舌打ちをした。それだけで、ユイは酷く気萎えした。こんな事をされて組みたいと考える人の気が知れない。
「私も承知しかねますね」
その時、発言の少なかった木虎が急に声を上げた。
「ウチの部隊からリーダーに話を通さないで勝手に話を進めるのはどうなんですか? ユイさんを連れていくなら私も同伴します」
木虎は疑問を持ってはいながらも、反対はしない様子だった。ユイは心の中で反対してくれよと思っていたが、猿飛はその言葉に気分良く乗ってきた。
「おっと失礼したー。勝手に進めてごめんよー木虎ー! ……でも木虎の単価高いからなぁ」
「安くしときますよ。半日四十万円ポッキリでどうでしょう」
「高けーよー……それでもまぁ落としてくれてる方だけどー」
どうやら会話から察するに、猿飛の戦闘に参加するのは決定の方向らしい。ユイの事を睨み続ける八雲を見れば見る程に、ユイの頭は痛くなるばかりだった。
「……ねぇ九十九? 単価って?」
その前に、ユイは気になった単語について九十九に問い掛ける。
「一つの仕事に付き、戦闘員には戦闘成績の賞与以外に基本費用が払われる。その個人単価は各隊員に毎にバラバラで、戦闘成績と階級からそれは変動するんや。せやから戦闘メンバーの構成時に余り優秀なメンバーをそろえると費用が掛かってまう」
「はー、なるほどねー。じゃあ案件によってはメンバーを財布と相談する必要があるんだ」
「とにかく、私が居なかったらユイさんの出撃は許可しませんからね」
「やたら強情だなー。なんだー? 木虎はユイの事でも好きなんかー?」
その言葉で急に木虎は顔を赤くして、つっかえつっかえで猿飛に言葉を返す。
「ち、違います! ただ筋を通さずに対応するのは問題があると言いますか……」
「まぁ、どうでもいいけどねー」
その適当な返事を聞いて木虎は何か思う事があったのだろうか。ユイの方を向くと冷たい視線を向けてこう告げた。
「どうでも良くないです。ユイさん、コストネゴされた差分はユイさんの給料から天引きしておきますね」
「待て待て待て! リンってば、無理矢理どうでも良くない話に持って行かないで!」
完全にただの八つ当たりである。木虎の値引き後の単価を考えると、きっと高額なのだろう。あぁ、財布がさびしくなる。
「まぁ良いです。場所は?」
「キミツ第一地区だよー」
その言葉を受けて、皆の表情が硬くなった。ただ分かっていないのはユイ一人で、何のことだかさっぱり分からない。
「……猿飛さん。そこは新人研修にはキツイと思いますけれど?」
木虎が厳しい表情で猿飛に告げるが、猿飛は意にも介さない様子で返事をした。
「何事も経験さー」
随分と軽く応えられてしまうので、余計に不安になってしまう。一方で八雲は猿飛にこんな不穏な問い掛けをするのであった。
「ミコト。まさかアイツを今度のアレに連れて行く気じゃないでしょうね……」
「さー、どうだか?」
「ま、私は止めないけどね」
何やら猿飛は何かを企んでる様で、八雲との会話の様子を聞く限りでは、ユイは不安で仕方がない。何だか変な事に巻き込まれてしまったとユイは肩を落とすと、八雲が不意に近づいて来て、ユイにこう問い掛けた。
「……そう言えばアナタ、東方さんに噛み付いたんだっけ?」
「ま、まぁ……そうですけど」
「私はそう言う態度に関しては否定的だから」
この態度。この雰囲気。ユイは明日に控えた戦闘に不安を感じずにはいられなかった。
この胸騒ぎ。波乱が起きる気がしてならない。
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