第39話 あした天気になぁれ②

 一か月間の戦闘禁止。反省文の提出。それが八雲に課された処罰だった。一方でユイは新種の討伐に伴って、賞与が与えられた。


 それらはユイは九十九から経由して聞いた事で、更に九十九は、「しっかし、ユイもあそこまで派手にやっつけんでもええのになぁ。状態が良くて、解析可能やったら、更にゼニがもらえるっちゅうのになぁ」などと残念そうに漏らしていた。


 また、皆からは戦闘中に発現したユイの『能力』について散々質問攻めにあった。それはいつも一緒にいる東方の戦闘部隊だけからではなく、普段見慣れない人々からもうんざりする位質問されたのであった。どうやらその人たちは技術部隊の所属らしい。ユイの部屋に突然やって来て、彼女達はずけずけとこんな事を聞いてきた。


「発動条件は何だったのか?」


「能力の発動中はどんな表示が出ていた?」


「能力の発動中に、何か他の機器を使用したのか?」


 だがユイもあの時は無我夢中で、当時の事はよく覚えていない。そんな事を言われても覚えていないとしか言いようがなかった。


 だからと言って突っぱねてばかりでは中々引き上げてくれないので、土産話に経緯だけでも話すことにした。とにかく自分に懐いている子牛の霊獣がやってきて、気が付けばあんな状態になったのだと、ユイはざっくり話をした。


 すると彼女達は顔を見合わせて、勝手に部屋を出て行った。何に納得したのかユイは分からないままで、しかし技術部隊の人間は理解しているにも関わらず何も教えてくれない。本当に勝手な人達である。


 しかし、そんなことはユイにとってどうでも良かった。今一番ユイの悩み事は、今週末に八雲と遊ぶ約束を取り付けた事だった。


 二人きりで、週末に、遊びに出掛ける。つまりはデートである。ただしどうせ、八雲はユイの事を女としか思っていない。それはそれで悲しいのだけれども、ユイが緊張しないわけが無かった。


 そして、それ以前にユイには大きな問題があった。


「私には余所行きの服がない。あるのは制服と下着だけだ」


 ユイは切羽詰まった様子で、こんな事を口にした。学校の教室、昼休みにユイと木虎と九十九は机を寄せ合ってご飯を食べている。


 ユイの言葉を聞いた木虎と九十九は、互いに顔を見合わせてから、憐れむような表情になった。


「ホンマにユイは変態やなぁ」


「二人の勝手な想像で私のイメージを汚すのはやめて! ……って言うか、まだ何にも言ってないから! 私はただねぇ、余所行きの服が欲しいから、一緒に買いに行こうよって言いたいの!」


 ユイはムキになって答える。勿論、一人で買いに行けばいいのだが、ユイは生まれてから一度も自分で服を選んだことがない。父が勝手に買ってきた服を着ていただけだった。つまりはデートの際に、とは言っても傍から見れば女の子同士が遊びに行っているだけだが、どんな服を着て行けばよいのか分からない。そんな時に頼れるのは友達しかいない。


 すると九十九は訝し気な顔をして、ユイに問い掛ける。


「……ちなみに。それはどんなヤツや?」


「春物の女性服」


「いや、変態やないか」


 ぐうの音も出ない正論だった。しかしこんなところでつまずいている場合ではない。週末のデートの事を考えたら、どんな言い訳をしてでも押し通さなければならないものがある。ユイは九十九の目を真っ直ぐ見つめ、熱を込めた声でこう語る。


「いや、変態じゃない! 第一、男性が女性向けの服を着ることの何が変態なんだよ!」


「……変態やろそれは」


 その通りである。どう足掻いてもユイの言葉は変態へと帰結した。それは抗えないことわりであった。そして九十九はユイにゴミを見る様な視線をくべながら、木虎に問い掛ける。


「これ以上の議論は不要やな。木虎裁判長、判決は?」


「有罪ですね」


「い、異議あり! 被告人はこうでもしなければならない理由があってですね……」


 しかし木虎は反撃のスキを与えない。


「情状酌量の余地なし。まごうかたなき変態ですね」


「この人でなし!」


 そんなこんな事を言いながら、放課後にユイ達はショッピングストリートに出ていた。なんだかんだ言っても、付き合ってくれるのだから有難い話である。持つべきは友だ。


 ここは学校から数駅離れたところにある街で、若者向けの店が立ち並んでいる。しかし大和国の都会と言うだけあって、街はどこか古臭いと言うべきか、錆びっぽい。所狭しと壁を這う配管、くすんだ鉄板で構成された建築物、建屋は無造作で不安定に積み上げられて城の様になっている。


 誰が見ても、変な街だと言う。


 しかし古ぼけた風景の割には、この街の通りは、多くの店が外装に反して、ピンク色やライム色を取り入れた内装をしている。お洒落なのか、ただ単に派手なのか、こう言ったセンスには疎いユイにはよく分からないが、若者向けの街と呼ばれているだけはあると、ユイは思う。


「女子二人に囲まれながら、制服で女装した格好で女物の服を買う。ええシチュエーションやないか。良かったなぁ変態?」


「……そんなこと言わないでよ」


 九十九の言葉でユイは顔を真っ赤にさせてしまう。そんな事を言われてしまうと余計に意識してしまうではないか。


「まぁ任せぇな。ウチらが表に出ても恥ずかしくないコーディネートをしたるから安心せぇ!」


「ほんとぉ……?」


 九十九は自信満々に答えたが、何となくユイは不安を感じてしまう。一緒に歩いていて、時折見せる九十九の怪しい笑みが、より不安を駆り立てる。ユイは怪訝な顔をしていると、誰かに袖を急に引っ張られた。何だと思って振り向くと、そこには木虎が居て、そしてそのまま顔を近づけてきた。ユイは驚くのと、顔が近づく恥ずかしさで動揺していると、木虎はそのまま耳に口を近づけてこんな事を告げた。


「ユイ、私達と同い年の子は少ない。だから九十九も嬉しいんだと思う」


「リン……」


「だから私達を信じて下さい。そんなに緊張しないでも、気を遣わなくても良いんです。今を心から楽しみましょう……ね?」


 木虎の顔は少し赤らんでいて、恥ずかしそうにしていて、ユイは少しドキリとしてしまう。そしてユイは木虎の言葉を聞いて、思い出す。そう、彼女らは同じ境遇を共にする仲間なのだ。これからも苦楽を共にすることになるだろう。それを今、信じられなくて、心を開けないでどうするんだ。


「……ありがとう、二人とも」


 ユイは俯いて、皆が聞こえない位の声で、小さくこう告げた。ささやかな、感謝の言葉を。


「さぁ着いたで!」


 九十九の元気な声が聞こえた。一体どんな店だろうと、期待に胸膨らませて、ユイは顔を上げる。仲間と共に歩んで、辿り着いた店の前には――


 ――ゴスロリの服がずらりと陳列されていた。


「お前らを信じた私がバカだった!」


 ユイは絶望した。一瞬でも二人を信じた自分の愚かさを深く恨む。


 見れば木虎と九十九は嬉しそうな顔をしているではないか。このままではこの二人の着せ替え人形になってしまう。そう感じたユイはその場からこっそり逃げ出そうとしたその時だった。


「黙って入りなさい」


 突然、ユイの背中に硬く、冷たいものが当たる。何かと思って振り向けば、木虎の肩掛けタイプの学生鞄がユイの背中に押し当てられていた。よく見れば木虎は鞄の中に手を突っ込んでいる。恐らくはそれで脅しているのだろう。さっきまでの清純な木虎を返して欲しい。このままでは人間不信になりそうだ。


 そして木虎が鞄の中で握り締めている物が何なのか、ユイはピンときた。


 殺意を放つそれは、拳銃に違いない。


「……リンさん。何でそんな物騒な物を学校に持って来てるのかな?」


 ユイは冷汗を流す。一方で木虎は淡々とした様子で、いつも通りの様子でこう答えるのであった。


「何を言ってるのか分かりません。これはペンです」


 お前の言ってる事の方が分からない。それがユイが真っ先に思った事だった。


 次に、こいつ面白い事を言うよなぁ、とユイは思った。ただ、それはクスリとも笑えなくて、ユイは真顔のままでいた。どうしてその、極太の鉄の塊を押し付けてなお、それをペンと言い張れるのであろうか。ユイはその神経に、おかしさを覚えた。


「へぇ、リンの持ってるペンは引き金を引くと弾丸が飛び出すんだね。面白いね」


 ユイは無感情にこんな事を告げた。


「何を言ってるのか分かりません。これはペンです」


「定期BOT《ボット》かお前は」


 この調子だと、何を言っても無駄であろう。しかしこのまま抵抗しない訳にもいかない。


「いいかい、リン? 私はね、好きでこんな格好をしているんじゃないんだよ?」


 ユイはたしなめる様にそう告げたのだが、それは全くの無意味だった。


「……いいから、黙って、服を着る!」


 そう告げられて、ユイは棒のように真っ直ぐになって固まった。何故か使者と戦ってる時よりも木虎に気迫がある。何が彼女をそこまでさせるのだろうか。


「お客様がお好みのお洋服はこちらでよろしかったでしょうか?」


 九十九がニヤニヤしながら、黒地に白のフリフリが付いた、ゴリゴリのゴスロリ服を抱えている。こんなもの着たとなれば、写真でも撮られてしまえば、お嫁にもお婿にも行けなくなるだろう。しかし今、逃げればユイの背中に穴が空く。


「……いやだぁ」


 それがユイの最期の言葉だった。


 次にユイが姿を見せた時、ユイは別人と見違えてしまう程の姿になっていた。勿論、良い意味で。


「……おぉ、これは」


 それを見た九十九は感嘆の声を漏らした。


「……何さっ! 何が言いたいのさっ……!」


 ユイは涙目になって、顔を真っ赤にさせて九十九を睨め付ける。しかし九十九がそう呟くのも無理はない。黒地の服はユイの華奢さを引き立てた。白のフリフリはユイの元来あった儚げな雰囲気を、可愛さと中和させて何とも言えない雰囲気を醸し出している。


「いや、こうも似合ってまうと……マズイなぁ」


 ユイを見た九十九は愕然としてしまっている。


「マズイってなんだよ! 第一、誰がこうしたと思ってんのさ、このバカっ!」


パシャリ。


 そればユイが怒号を放ったのと同時だった。ユイはその音を聞いて、額から同時に汗が噴き出して、恐る恐る視線を音が聞こえたところに移す。するとそこにはカメラ付携帯を構えた木虎の姿があった。


「……何を……何をやってるの、リン?」


 唖然としたユイはそう問いかけると、木虎は軽く息を吸い込んで、表情を引き締めてこう告げた。


「大丈夫ですよユイさん」


「何をどう思えば大丈夫だと思えるの?!」


「ユイさんと私で利益は折半です。そこはきっちりしましょう」


「そこを安心しろって言ったのかよ! そもそも何で、何かを売る前提で会話を進めてんの?!」


「ゴスロリ、高校生、モザイクなし、っと……」


「待て待て待て! どこに投稿しようとしてるんだ!」


「ユイ、知らなくていい世界がある。貴方はこんな汚れ仕事に関わる必要は無いわ」


「大真面目な顔して言ってるけど、汚されてるの私だからね? 何かおかしくない?」


「ユイが分かっていればいいのは、ダウンロード数と売上です」


「……木虎からかつてない闇を感じる。と言うか冷静にふざけんな」


「第一、売上が多ければ収入もいっぱいあって嬉しいんじゃないですか?」


「このケースの場合は収入が多かった方が困るんだよ!」


 そんな問答がしばらく繰り広げれたが、結局ユイは木虎に勝つことができなかった。仕舞には言われるがままになり、木虎と九十九には散々色々な服を着せられた。黒のバニー服。白のナース服。水色のメイド服。仕舞には猫耳までユイは付けさせられた。


「…………父上ごめんなさい。私は……穢されてしまった」


 ユイの瞳からは生気が感じられなかった。一方で九十九は胡散臭い口調でユイに詰め寄る。


「ユイちゃん安心せぇ。悪いようにはせえへん。ウチ等の言うことをちゃ~んと聞けば、好きなお洋服を買ってあげるんやから。な、だから最後のお願い、聞いてぇな?」


「でも……でも、私……! 乳〇は出せないよ……!」


「ここまで来たら何しようがおんなじやろが!」


「……っ!」


 木虎の雰囲気に押されてなお、ユイは涙目で首を左右に振る。それを見た木虎は流石に慌ててストップをかける。


「待ってください九十九さん。ハマリ過ぎて恐いです。誰もそこまではしろとは言ってませんよ!」


「……ハッ! す、すまんな、つい」


 九十九は我に返った。ユイも同時に我に返って、雰囲気に流されて自分もノリノリになっていたものの、さっきの茶番は何だったんだろうと振り返った。同時に木虎は、「このまま続いてもよかったかもしれない。動画撮影しておけばよかった」と深く心の中で反省した。


 この日は洋服は買えずじまいで、結局ユイは後日、木虎のはからいでお下がりの服を貰う事になった。


 東方の職員が住む、寮の廊下で、ユイと木虎は立ち話をするようにして服の受け渡しを行っていた。これはこれで費用が抑えられてよかったのだが、木虎からは「正直、私の服を着たかったんでしょう? 変態ですね。付加価値分の料金も頂いていいですか?」と言ってバカにされた上に過剰請求されかけた。


「……とにかく私の事を何かとつけて変態扱いしないで貰おうか」


 ユイも流石に言い返して、それに対して木虎は笑っていた。


 だが、その笑い方は、何故か引っかかるものがあった。どこか感情が抜け落ちているような気さえする。ユイは少しそれに不安を感じていると、木虎は笑いながらこんな事を言いだした。


「でも、いくら週末に遊びに行くからって、そんなにおめかししなくて良いんじゃないですか?」


 ユイはその言葉を聞いて、心臓が止まるかと思った。


 それは本来誰も知りえない事で、それを知っている事は、あり得ない事だったからだ。


 何故だ。何故、ユイが週末に遊びに行くことを知っているのだろうか。そうしてユイは固まっていると、引導を渡すかのように木虎は、冷たい口調で、更にこんなことを告げた。


「相手が先輩だから、仕方ないですけどね」


 そこまで知っているのかと、ユイは思ってしまう。流石に動揺したユイは酷く狼狽える。


「………ななななななななななななんのことでしょう?」


「何のことでしょうね」


 その冷たく、短い言葉を最後にして、九十九は振り返って自室へ戻っていってしまった。


 何が何だか分からない。ユイは残された木虎の服をぼうぜんと眺め、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。週末のデートは、波乱の予感がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る