第40話 あした天気になぁれ③

「これを見て何か思う事はありませんか?」


 ある女はそんな事を告げた。


 凛とした声を持ち、長い黒髪を後ろで束ねた容姿の整った女。東方卯月。彼女は薄暗いこの部屋で、ある映像を、ある女に見せていた。


「……な、なんですか……これは」


 木虎鈴。彼女は顔を真っ赤にさせてそれを見ていた。それもそのはずで、何故ならそこに映っていたのは昇降機の中で八雲を押し倒すユイの姿が映っていたからだ。天井から撮影されたそれは見辛くはあるが、何がこの中で起きているのかはよく分かる。


「……~ッ!」


 それを見た木虎は興奮気味だった。息は荒く、画面を見て足の平をパタパタさせている。


「二人、中々この体勢のまま離れませんね」


 その東方の言葉を聞いて、認識したくない事に目を向けさせられて、木虎はいやにむしゃくしゃした。ユイは何をやっているのだろう。この二人の間に何があったと言うのだろう。このままこの映像を見ていると、自分の中にある衝動を抑えきれなくなってしまう。木虎はそんな気さえした。


「……もう、止めて下さい」


 木虎は低い声でそう言ったのだが、対して東方は意地悪な事を言う。


「良いんですか? これからいい所なのに」


 東方は表情も変えずに告げた。まるで気にも留めない様に、淡々とだ。


 東方が一体何を言いたいのか、初めのうちはよく分からなかった。だがここまでの言動に悪意を感じて、木虎は何かを察する。まるで自分を試しているかの様な行動は、その意図は、木虎がユイを想う気持ちが東方に気付き始めているからに違いない。木虎はハッとして、次に東方を睨め付ける。


 余り目立った反応をすれば木虎の想いがバレてしまう。木虎は心を落ち着けるようにした。ここまでは東方の術中。しかしまだリカバリーできる領域で、この後はあくまで冷静に対処すればいいだけのことだ。……と、木虎は考えていたのだが、やはりは東方、そう簡単には守らせてはくれない。


「ユイさんと八雲さんは今週末デートに出掛けるみたいですよ?」


 その言葉で木虎は雷にうたれたような衝撃を受けて、そのまま固まってしまった。


 その後、平静さを保つように努めたのだが。木虎の頭の中には瞬間的に、動揺と怒りが共存して、揺さ振られた自分の感情を完全に隠すことなどできなかった。木虎はぎこちなく言葉を返す。


「…………へ、へぇ、そうなんですか。ま、まぁ、だからどういう事も無いですけれど」


 木虎の言葉にキレはなく、目は泳ぎ、酷く汗をかいている。これでは東方に木虎の考えが見透かされたと言っているようなものだ。


 すると東方は残酷にも、その動揺した木虎に引導を渡すようにそっと、こんな言葉を口にする。


「『 「これからも一緒に生きていこうね……ユイ」 』」


 その台詞を聞いた木虎は勢いよく吹き出した。


「それは……その言葉はっ……!!」


 木虎の声は震えていた。その台詞を木虎が知らないはずが無い。何故ならその台詞は木虎が口にしたものなのだから。どうしてその台詞を知っているんだと木虎は考えていると、東方は余裕たっぷりな様子で、こう告げた。


「私は東方の長です。つまりはそういう事ですよ」


 つまりは東方に関わる設備は、全て東方の監視下にある。考えるとゾッとしてしまう。


 だが木虎は今それどころではない。自分が病院でユイに告げた、少し恥ずかしい台詞を読まれてしまったのだから堪ったものではない。


 見れば、木虎の顔は真っ赤になっていた。仕舞いには、苦しみ、悶えているような声を出しながらうずくまってしまう。


「とにかく」


 このままでは話が進まないと思ったのか、東方はその場を仕切る様に言葉を入れる。そして、木虎にそっと、『何か』を手渡した。


「明後日、二人はデートに出かけます。あと私から言えることは、それを聞いて貴女はどう感じるのか、そして私が渡した『この装置』の動作を見て何をなすべきなのか、それだけです」


 その言葉から少しだけ沈黙があって、木虎は一度俯いてから再び東方へ目を向けた。その時にはもう、恥で顔を赤らめる少女の姿は無く、凛とした表情を魅せる一人の戦士の姿があった。


「私には何のことかよく分かりません。もう、いいですか? 私は部屋に戻ります」


 木虎はそれだけ告げると、踵を返して部屋を出て行った。


「……素直じゃないですね」


 東方は笑みを浮かべながらそう告げた。それは木虎の心情を察しての事だった。


 もちろん、木虎は東方に対してなびかない様な素ぶりを見せたが、木虎が八雲の行動を許せるわけが無かった。結局、木虎はこの後、八雲の行動に対して手を打つ策に出る。


 しかし、どうして東方がこの映像を木虎に見せたのだろうか。勿論、意図無く、木虎に親切心で見せている訳では無い。ただそれは考えれば単純な事だ。東方の目的である、東方の血を引くもの同士で子供を作る事から考えれば、東方が八雲をゆるす訳が無いのだ。


 よって、この事態を誰よりも重く見ている人物は他の誰でもなく、東方に違いない。腹の中ではどれ程の事を考えているかは分からないが、きっと八雲をどう煮ようか焼こうか考えているのだろう。だが、東方の目的は誰にも悟られてはならない。そこで東方は木虎を焚きつけ、八雲を妨害するように仕向ける事にしたのだ。木虎はまんまと東方にそそのかされているとは知る由も無く、ユイと八雲のデート当日を迎えることになった。


 ここは都市部にある若者の集うアーケード。と言うのも、先日にユイが木虎と九十九で服を買いに出かけたところだが。そこでユイと八雲は待ち合わせる事になっていた。そして建物の陰に、怪しい動きをする二人の影があった。もちろん、それは木虎と九十九である。


「……あのな、せやかてウチまで巻き込むこと無いやろ。残念ながらウチは木虎と違ごうて、頭ん中ピンク色とちゃうねんぞ?」


 九十九は不満そうにぶうぶうと文句を垂れる。それもそのはずで、わざわざ休日に早起きした上に、一日中遠くから人のデートを監視するなど、何の関係もない話に巻き込まれた九十九からすれば堪ったものではない。しかし一方で木虎は真剣そのもので、九十九に一度冷たい視線をくべてから、無感情にこう告げた。


「それは今後の戦闘で発生した給料カットして欲しいと捉えて欲しいってことですか?」


「どないな捉え方したらそないな事になるんや!」


 九十九は強く突っ込むと、次の瞬間には気が抜けて、深いため息を吐いた。


「あのな、残業も出ないのに朝から張り込むとたたき起こされ、休暇にプライベートで部下を呼び出し、文句を言えば給料カットすると脅され、しかもやる事は別の部下の恋路を邪魔をする。……自分、何やっとんのか分かっとるんか? パワハラの四重奏カルテットやぞ?」


「どうやら私の理解にも及ばない世界に来てしまったようですね」


「何言うとるんや自分?! 何でカッコつけた上に他人事やねん!」


「……しっ! 静かにして下さい。余り胡散臭い突っ込みをするとバレてしまいます」


「いや、注意するとこそこかい! バレる要素そっちにはあらへんしやかましいわ」


 しかし、ここまで来たからには仕方あるまいと九十九はいい加減諦めることにした。とにかく任務に徹することにする。


 今の状況はこうだ。八雲が待ち合わせの場所で待っていて、ユイがまだ到着していない様だ。八雲は帽子を被り、シャツとデニムのショートパンツを組み合わせた格好で、細身の彼女に似合っている。少し頬を赤らめ、髪を軽くいじりながら辺りを見回している。


 九十九は、『女子の、それも先輩を待たせるなんて何やっとんねんアイツは』と心の中で毒づいていると、遠くからユイの声が聞こえてきた。


「……お、お待たせしました!」


 九十九は事前に、ユイが木虎のお下がりを着て来る情報を知っていた時点で、何となく気萎えしていた。どうせ大した服ではないだろうし、着古した、格好のつかないものだろうからだ。加えて、対する八雲の気合の入れようを見ると、何となく申し訳なくなってくる。


 九十九は恐る恐るユイの方を振り向くと、そこには予想外の結果が見えて、唖然としてしまった。


 なんとユイが着てきたのは白のワンピースで、それも新品同然の物だった。八雲もそれを見て固まってしまっている。そしてユイは頬を赤らめて、他所を向きながらこんな事を言いだすのであった。 


「に、似合ってますかね?」


「似合ってると……思うわ」


 八雲は動揺しながらも答える。対してユイは目を輝かせて、八雲の方を向いてから、「良かった」と告げて笑って見せた。


「なんやあれは……なんやあれはッ……!」


 一方で九十九はこの結果に震えていた。


「木虎……お前、アレお下がりとちゃうやろ」


「 えぇ、自腹切りましたが、何か? 」


「……木虎、お前狂ったか?」


「狂った、とは?」


「つまりはめっちゃかわええ」


 そう、可愛いのだ。つまりその意味は、木虎はこのデートを妨害することの逆のことをしているのだ。しかし、木虎は不敵な笑みを浮かべて、こんな事を言うのであった。


「確かに私は敵に塩を送りました。しかしそれは勿論、意味あっての事です。……この画面を見て下さい」


 すると木虎は手の平サイズ程の、長方形の画面付き端末を九十九に見せる。そこには心電図の様に、定周期で波線が横に流れていくものが映っていた。


「何や……これは……」


「ユイの生体監視装置ですよ。主にユイの興奮度を図るもの。これを聞いて、ピンとくるものがありませんか?」


「……ッ! それは……まさかあの事がここで繋がるっちゅうんか!」


「そうです、これは元々、東方さんがユイさんに仕掛けた、射〇管理装置がベースになっているんです!」


 衝撃的な事実だった。九十九は下らなすぎると思いながらも、驚いてしまう。だが、それでも九十九は話に納得がいかなかった。


「け、けどなぁ木虎。それでも話が見えへん! お前はどうやってこのデートを潰すつもりなんや!」


 だが木虎は、その問い掛けに対しても、さも待っていましたかのような口ぶりで、こう答えるのであった。


「『北風と太陽』の御話と同じです。物事を動かすには、それに応じた態度がある。二人の関係を壊すために二人の仲に邪魔に入る必要などは在りません。関係が行き過ぎれば、勝手に東方の規則が二人を裁く。後は私達が陰からそのトリガーを引くキッカケを、あたかも八雲さんが原因になる様に、作ってあげればいいだけなんですよ!」


「木虎……お前……」


 九十九は戦慄した。そして九十九は思う。この悪魔的な発想を平然と思い浮かべる木虎は間違いなく――バカでクズだと。

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