第52話 ネクストステージ

「けど、いくら増援が来たって単眼の使者はー……」


 その言葉を聞いた國弘はにやりとする。


「ふっ……甘いな猿飛。それをどうにかするために、天才の私が対策してこない訳がないだろう」


 するとコントロールステーションが音を立てて煙を排出する。その煙の向こうには八雲の姿が見えた。背中には黒い筒状のユニットが数十本、扇状になって接続されている。それは対を成し、翼のように生えていた。全身には無数のケーブルが伸び、両手両足に接続されていた。これが國弘が言う、対策と言うヤツなのだろうか。


「『完全制御装置フルハーネスユニット』起動……!」


 すると、八雲の言葉に呼応してユニットの彫りが橙色に発光する。何の用役を果たすのか分からないソレに、八雲は身体を委ね、サイコソードを握り締めて単眼の使者の方へ駆けだした。


「バ、バカ! いくら何でも無鉄砲すぎるぜー!」


 あたふためく猿飛。このまま単純に向かうだけでは、八雲は単眼の使者と視線が合い、精神が呑み込まれてしまう。しかし焦る猿飛とは違い、國弘は落ち着き払った様子でいた。


 そして八雲と単眼の使者の目と目が合う。その時に八雲は痛みを感じ、声を上げる。その場で足を止め、片膝を着いてしまう。


「あぁっ! 八雲ッ!!」


 猿飛は居てもたってもいられず、銃を構えて八雲の方へ向かおうとする。しかし、國弘はそれを制止した。どうしてこのまま仲間の事を見捨てられようか。猿飛には國弘の行動が解せない。


「どうしてですかー……このままじゃ八雲は!」


「だから言ったろう」


 國弘はにやりとする。そう言えば、何だか違和感がある。単眼の使者もぴたりと固まって動かなくなってしまっているではないか。ハテ、と猿飛は思っていると、単眼の使者は突然ぴんと身体を伸ばしたまま硬直し、その場に倒れこんでしまった。


「対策はしてきた、ってね」


 猿飛は唖然としてしまった。あの難攻不落だった単眼の使者が、あっけなくその場で泡を吹いて倒れてしまったのだから。それに手を下さずとも。


 すると八雲の背中にある筒状のユニットの一つが、ぷしゅうと気の抜けた音を出し、彫り込みに宿っていた光は失われた。次にポンと音を立て、背中からユニットが弾け飛んで地面を転がった。


 また、見れば横須賀の瞳も普通の色に戻り、そして崩れ落ちるようにその場で倒れ込んだ。猿飛は慌てて駆け寄り、横須賀を解包する。


「……い、一体何があったんだー?」


「最も攻撃的な防衛装置。『完全制御装置フルハーネスユニット』だ」


 猿飛が困惑していると、國弘は得意げに口を開いた。


「単眼の使者が我々のシステムにアクセスする前の領域に防壁を設けたのさ。侵入経路に罠を仕掛け、そこにハマったら自身の脳を焼くようにね。いわゆる『攻性防壁』ってやつさ」


「な、なるほどー……二割くらいは理解しました……」


「それで十分」


 國弘は手をそっと首元に当てる。そこには真っ黒なチョーカーがあり、配線が腕まで伸びている。國弘はそのユニットの電源を入れると、片眼が金色に染まる。


「後は殺すだけなのだから」


 國弘はそっとサイコソードに手を掛けて、鞘からなめらかにすべらせて抜く。ギラリと光りを放つそれは、東方の標準仕様にもかかわらず、他が握るサイコソードよりも純度の高い殺意を抱くように映った。そして何より、仄暗い銀景色に彼女の瞳は良く映えて、その姿は各員に標を示す月明りを連想させた。


 その様子を見て、猿飛は息をのむ。


「初めて見たぜー……國弘さんの『偉大なる父グランパワー』」


 そう、國弘のチョーカーは伊達ではない。


「未来を視る兵装……東方技術の結晶……!」


 しかし、逆にそれが使用されたと言う事はある事実を受け止めざるを得ない。今の戦局が、いかに危険な状態になりつつあるかと言う事を。それを猿飛が察した頃に、國弘は躊躇なく事実を口にする。


「各員に告げる。『偉大なる父《グランパワー》』が嫌な戦闘予測を立てた」


「一体……どうなってしまうんですかー……」


「知らん。現場は常に変化する。だからこそ、現場に出た。私がどうにかするためにね」


 國弘はバッサリと猿飛の言葉を切り捨てる。しかしながら、淡々としたその言葉の裏で一抹の不安を國弘は感じていた。


「……ちょっとだけ、ユイちゃんが心配だけどな」


 ―—その頃、ユイは必死に単眼の使者と戦闘を続けていた。


 しかし、それは戦闘と言うよりも撤退戦に近い。ユイはボロボロの身体でただひたすら単眼の使者の攻撃をかわし、建物の裏に身を隠す事しか出来なかった。


 身体は冷え切ってうまく動かない。手の先はかじかんでサイコソードを握る感覚などはほとんどない。それでも傷から生まれる痛みだけは、感覚をかいくぐって脳へ刺激を与え続ける。


「けど、國弘さんが来てくれたんだ」


 その希望の光がユイの心をあたためた。今まで耐久してきた甲斐があったものだ。


『ユイ、お疲れさん。國弘だ』


 ユイはその声を聞いてほっとする。


「お疲れ様です! こっちは単眼の使者と交戦中。……ただ、単騎での討伐は難しい状況です」


『そうか』


 國弘はその言葉の後、不自然に空白の時間を置いた。どうしたのだろうとユイは思うと、その後に続いた言葉を聞いてぞっとした。


『もう少し、粘れないか?』


 ユイはその言葉を耳にして、心に差した陽の光が、再び陰ったように思った。心が再び冷めていく。ただ、ユイは自分の想いをぐっと押し殺し、やっとの思いで言葉を絞り出した。


「……やってみます」


『ありがとう』


 國弘はそれだけ告げて回線を切った。


 しかしコントロールステーション側は盤石な体制のはずだ。別に増援を出しても問題のない状況だ。しかしながら、國弘はその判断を取らなかった。未来が視える彼女の高次元ともいえる読みのうち、この選択は一体何を意味しているのだろうか。


 まさか、見捨てられたとでもいうのだろうか。


「そんなことは……思いたくないけれど……!」


 実際、自分は下っ端だ。状況によっては切り捨てられても仕方のない存在だ。加えて、國弘は告げていた。


『『偉大なる父《グランパワー》』が嫌な戦闘予測を立てた』のだと。


 その嫌な予測のうち、自分はどの様な状況に巻き込まれると言うのだろうか。


「私は……一体どうなっちゃうんだよ……」


 不安で、不安で、仕方がなくなる。身体も、心も凍りつきそうだ。圧倒的な孤独がユイを襲う。サイコソードを握り締める力が自然と強くなる。まるで寂しさで誰かの手を求めるかのように。


 その時、ユイは視界の端に、蠢く何かを見つけてハッとした。


「また……来たのか……!」


 単眼の使者が持つ触手だ。ユイはゆらりと立ち上がってその場から逃げ出そうとする。ただ、ユイは振り返ろうとしたときに、つい足を滑らせて転んでしまう。


 身体は冷たい雪の中に投げ出されて、でも全身は焦りで熱くなっていて、しかしそんなことなど構っていられずに、ユイは慌てて身を起こす。


 その時に、ユイは本当につまらないミスをした。


「あ……」


 身を起こしたその瞬間に、つい振り向いてしまったのだ。何も考えず、ただそこに何がいるかも想定せず、視線を真後ろに向けてしまったのだ。


 単眼の使者がそこまで迫っている事など、知る由もなく。


「う……うああああああああああああああああ!」


 ユイが叫んだ時にはもう遅い。ユイの精神は瞬時に闇に呑まれ、全身の制御がきかなくなってしまった。


 きっと、これが國弘の最悪の予測なのだろうか。ユイはそうに違いないと考えていたのだが……


 それは間違っていた。


 これは、この後に起こる最悪な事態の内数であり、この出来事はその指針となる基準を紹介するだけのモノだとユイが知るのは、そのすぐ後の事だった。


「潰したれ。『播磨ハリマ』」


 その言葉の後に、強烈な音がした。


 それは、肉の潰れる嫌な音も、地面が強く叩かれた鈍い音も、機械が駆動する悲鳴のような高周波音も、何もかもが混ざり合って組成されたものだった。


 その後に、ユイの意識は少しずつ回復していく。つまりは単眼の使者が討伐されたと言う事だ。そこまでは何とか頭がついていけた。


 しかし、その後の出来事について、ユイには一切理解することができなかった。


「……これは……一体?」


 目の前には潰れた血と肉の塊があって、その真上には手の形を模した巨大な何かが宙に浮いていた。


「何や、こんなザコに苦戦するなんて情けないなぁ」


 聞こえてきたその声は、全くと言っていいほど聞き覚えが無いものだった。


 遠くにいてよく分からないが、その人物は巫女服を着ているようだった。


「誰……なの……?」


 独特の訛り口調。見た事も無い兵装。初めて見聞きするそれらへの情報に対して彼女はこう返答した。


「誰でもええやろ」


 するとその人物はにやりと笑みを浮かべ、端的に自分たちが抱くその意思を口にする。


「これからお前らは殺されるんやからな」


 その言葉の後に、かなり焦った様子でオペレータが隊員へ警告を告げる。一体、何が起きているというのだろうか。


『各員!! 注意してください! 東か……の回線に……侵……ました! か……三名……ッ!』


 聞こえてくるオペレーターからの声は途切れ途切れになっていて、今イチ内容の全貌が掴みづらかった。あの世とこの世で通信確立が難しくなっているのだろうか。しかし、複数体の敵があの世にやってきていることと、この状況が間違いなく危険だと言う事だけは理解できた。


『最悪だ……!』


 今度は國弘の声がした。声色からして随分と焦っている事が伺える。


 引き金はもう引かれてしまったのだ。最悪の未来へ続くレールへと分岐を始めたのだ。


 これから起こること、これからなされること、その帰結がどこに至るのだろうか。國弘はそれを知っているのか、はたまた曖昧な事までしか把握していないのか、それも分からない。


 いずれにせよ、ただ分かることは、最悪の事態が始まったと言う事なのだ。


西方にしかたが……来たッ……!』



~二章完~

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ボクの纏う巫女装束《バトルドレス》 海 豹吉(旧へぼあざらし) @zyaguchi_hebo

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