第9話 生と死の接続装置《インターフェースマシーン》②
『木虎鈴』。
こいつは私の家族をめちゃくちゃにした現場にいた。だから許せる筈が無い。
だが『九十九響』。何故彼女も同じ団体に属しているのだろうか。彼女はユイに忠告をした。だから悪い人物だと思いたくは無かった。
しかし、「二人とも……どうしてさ……!」こうやって東方の下に属している以上許せるはずが無かった。
二人は口を開きはしなかった。ただユイを悲しそうな目で見つめる。ユイの苛立ちは増す一方だった。その憐れむ目は何なのか、その腫れ物に触れる様な気遣いは何なのか、そうさせる状況へユイを追いやったのは誰だと思っているのか。
「何とか言いなよ」
このままでは埒があかない。ユイは強気にも踏み込んだ。
「何でもしてくださいよ」
しかし木虎の態度は随分なもので、誰が聞いてもいい加減で、冷めた様に感じるものだった。
「何だって……?」
「後悔したくないでしょ? 殴りでもすればいいんですよ」
「……何でそんな冷めてる! そんな平然としていられる!」
「冷めなきゃやってられないですよ、こんな事……」
「何を言ってる、東方は……木虎は私の家族をめちゃくちゃにしたんだぞ!」
「私だって好きでやりたくは無かったですよ」
「この後に及んでアンタねぇっ!」
「ユイ……!」
その二人の問答の間に九十九が割って入ってきた。それを見て、ユイは九十九をきつく睨めつけながら言い寄る。
「響……響だって何でこんな所にいる! 木虎の隣なんかにっ!」
「……すまん。けどウチも木虎もどうしようも無かった、これだけは分かってくれ」
「どうしようも無いじゃない、納得のいく説明をしてよ!」
「恨まれるんは仕方ない……けどウチらかてなぁっ、どないしたらええか分からへんのよ!」
絞り出したその声を聞いて、ユイは同情する気にはなれなかった。ただただ身勝手だと強く心の中で二人を責めた。責めた、のだが自分の態度の身勝手さにも腹が立って仕方がなかった。
「分かったよ……従うよ……そうしかないんでしょ? くそっ!」
ユイは歯を食いしばり、壁に拳をぶつけて言葉を吐き捨てる。それを見て、木虎は目線を下に落とし、九十九は哀しい目をしたままユイを見つめていた。
「挨拶は済みましたか?」
その何も意に介さない東方の態度にユイは憤りながらもぐっと堪える。
「えぇ……」
これがユイの答えられる限界だった。
「そうですか、では付いて来て下さい」
なお東方は淡々としていた。そう東方は言って振り返り、この地下道の奥へと歩を進め始めた。
しかし神社の地下にこの様な施設が広がっているなど驚きで、ましては『東方の神社』にこんなものがあるとは思わなかった。そもそも東方から胡散臭い話など今まで聞いた事が無い。だからこそなのかも知れないが、裏でまさかこんな事をしているなど思いもしなかった。
そう考えながら、ユイは腹の中で怒りの炉に火をくべていると、東方が不意に声をかける。
「またお話しをしましょうか」
「……何でしょう?」
ユイは冷めた態度で答える。どうせこの人は、人の話を聞かないのだから言わすだけ言わせてしまおうと思ったからだ。
「
また意味の分からない質問だ。
「……それを答えて何になる」
「意味があるから聞いているんです」
そう言って、ユイの怒りを受け流す。その割り切った態度に、よりユイは腹を立てた。だがそれにユイを挑発する意図がある気がして、それも面白くなくて、口を結ぶ事にした。しかしその態度も東方の前には意味が無く、彼女はまた淡々と言葉を続ける。
「続けます。コンピュータは自らモノを考えることは無い。だから人が指令を出す。では人の、脳の指令者は誰か」
「脳は……脳が自ら動いているんじゃないんですか?」
「いいえ、コンピュータと同様ですよ。脳と精神は独立していて精神が脳に指示を出すのです。精神が脳の細胞を、精神の回路をリアルタイムで組み替え、そこに電流が流れて私達の体は動いている。これは『実体二元論』と言う考え方からきたものです。それはこの世界にはモノとココロという本質的に異なる独立した二つの実体があると言う考え方です。つまりそうなると
言葉を失った。やはりこの女は頭のネジが飛んでいるに違いない。そう思える程随分とデタラメな仮説、飛んだ内容の話だ。しかし気になるのも事実である。ユイは口に溜まった唾を飲み込んで東方を見つめる。
「そこである人は考えた。その説に基づいた場合、人は死後にどうなるのかと。器が消え去り、残された精神の部分はどうなるのかと。……そして突き止めた結果、この世での死後、精神は新たな次元の世界に器をもって、転生することが分かりました。そしてこれがその動かぬ証拠……」
すると狭い道が急に開けた。そして東方が急に立ち止まり、ユイも焦って歩を止める。危ないじゃないかと思いながら東方を見ると、何かを指差している。その先に巨大な空間があり、そして何か巨大な装置が見えた。
それはさながら大樹の様だった。天井までの高さがある黒く太い柱状の装置に、いくつものコードが這っている。その根元には柱を中心に放射状にして、棺桶の様なカプセルが並べられていた。
「『阿修羅』」
「へ……?」
「この機械の名前です。簡潔に言うと『人の精神をあの世へ飛ばす装置』ですね。これは精神世界と通信できて、皆の精神そのものに干渉できます。この世からの信号をあの世に構成した肉体に受信させ、操作する。つまり『この世からあの世の人形を操る』と考えて下さい。これから貴方がこの世に持つ肉体と精神のリンクを切り離し、あの世に構成した肉体と再接続させていただきます」
「…………よく分からないですけど私達はあの世に行ける。それまでは分かりました。けれどそこで何をするの?」
「簡単です。私達はあの世に侵入して、魂を盗み、死人を生き返らせる」
ユイは目を丸くした。今東方はあっさりとだが、とんでもない事を言ってのけた。その内容は、その行為はまるで、「……それは『神事』のことですか」東方神社が行う奇跡の所業を示していた。
「その通りです」
神事は魔術の様な事象ではなく、全て説明がつく理にかなった事象だった。東方は当然の様に答えたが、ユイには信じられなかった。しかしここまで言うのだから事実なのだろう。ユイは余り真面目に取り合っても頭を痛めるだけなので仕方なく話を聞く事にした。
「この世での死後から、次の世界で精神の器を構成するには時間が掛かります。加えてその期間は決まっていなく、無限大かもしれない。そこであの世に擬似的な肉体を構成し、精神のコントロールを器に誘導させて定着させ、あの世での存在を確立させます。その後にまたそこから救出者の精神に逆探知して干渉し……あの世から精神をこの世に引き戻す」
東方は何を言っているのだろうか。頭が追いつかない。要するに、『人が亡くなってから転生する期間は決まってないから、こっちで肉体を作って無理矢理そこに移してしまおう。そしてそこから精神を逆探知してこの世に精神を引きずり落として蘇らせよう』と言った話であろう。それが『神事』の実態なのだ。
「しかし問題があります」
急に東方の口調が重くなった。
「問題?」
ユイは不安気に問いかける。そして、その不安は的中した。
「私達はそこに在らざるべきものです。ウィルスの様な存在の私達に対して、抗体のような存在である『あの世の使者』が私達を駆除しに襲ってきます」
駆除。それを聞いてユイは愕然とした。
「く、駆除? それってつまり……あの世へ行けば命を狙われるって事?」
「ええ」
その、無味でいい加減な台詞を吐き掛けられて、ユイは弾ける様に東方に詰め寄ってから、掴みかかった。
「……冗談じゃない!」
胸ぐらを掴んで、聞いてない、そんな話は聞いてないぞと言いながら東方を何度も揺らす。対して東方は全く表情を変えずに、ユイの生身の方の腕を握ると、ユイは苦しみながらその場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですよ」
「何が……大丈夫だっ!」
ユイは怒りながら、恨めしそうに東方を睨む。東方はただ冷たい眼差しで、真っ直ぐとユイを見つけていた。そして、諭す様にこう告げる。
「対抗策位は持ち合わせていると言う事ですよ。この義手はその一つ」
「これが……?」
「ええ、これは『阿修羅』と接続する機能を持ち、加えてあの世で使用する兵器の電源にもなり得るものです」
ユイは茫然としてしまった。これが『神事』に潜む事実で、巫女でなければできない理由。それは身体を改造する事。これで神事の詳細が機密にされている理由も合点がいった。
「そして……」
すると東方は自身の懐から何かを取り出し、ユイに見せた。
「これは貴方の命を繋ぐ『弾丸』です」
それは金にめっきされた、小指の半分程の小さな金属の塊だった。
「これには『エーテル』と呼ばれる高密度のエネルギー体が詰められています。あの世に持って行けるのは六発だけ。そして貴方の右の前腕から装填、自分の意思によって起動します」
「……待ってよ」
ユイは話を遮る。余りに勝手に話を進められていく事に耐えられなくなったからだ。しかし東方は無視して続ける。
「支給用に三十発だけ渡しておきます」
「だから待って下さいよ! そんな事を急に言われても分かりませんよ!」
「一度しか言わないので良く聞いて下さい」
「……っ!」
「この『弾丸』にはエーテルと呼ばれるエネルギー体が充填されていて、『あの世で存在する為』と『武器の起動の為』に使います。つまりこの弾丸一発は血の一滴。無駄になんて到底できません。また他にも使用方法がありますが今はとりあえずこれだけ覚えて下さい」
「支給用って言いましたよね……なら普段はどうやって入手するんですか?」
「一発三万円で購入します」
「た、高過ぎるでしょ!」
「話は最後まで聞くものですよ。この弾丸の入手方法は購入するか、若しくは……自分の寿命半年分を切り売りして一発分を精製するか」
ユイは息を飲む。
生き残る為に自らの命を削る。分かっている。生きる為には当然だとは知っている。それが顕著になっただけだ。しかし強制された使命の下に、何の躊躇いも無く命を燃やす事ができるだろうか。またそれが当然の世界ならば、そうせざるを得ない、その方が幾分か楽な世界であれば、自分は狂わずにいられるだろうか。
「甲・乙受給系統の接続が完了。精神側の制御回線状態ヨシ。第弐ステーション、『木虎』の切込み準備始めます」
そうこう考えているうちに気が付けば木虎と九十九は『阿修羅』のカプセルの中へ入り、自身の機械化された腕にケーブルを挿している。
「ではユイさんも……」
東方の下で働いていると思われる巫女が二人ユイの近くに寄って来て、無理矢理にユイの腕の人工皮膚を外すと、淡々と腕に二本、肩に二本ケーブルを挿し込んだ。
「ま、待って! 私は向こうでどうしたら良いのか分からない!」
「向こうに行けば分かります」
そう東方に言われてから急に視界が何かに遮られた気がして、気が付けば辺りは暗転していた。
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