第37話 激戦! キミツ第一地区⑥

 ユイの声が各隊員へ伝わって、どよめきがあった。遮断器を落としたはずのユイが復帰するなど、どう考えても有り得ない事だからだ。そして一番驚いていたのは自ら遮断器を開放した九十九だった。


『ユ、ユイが復帰した?! オペさん、もっかいユイの受給系統を確認してくれへんか?』


『こちらオペレーター。系統は切り離されたままです! ……なっ、 エーテルが別系統から供給されている?』


『ありえへんぞ、そんな事!』


 九十九は声を上げる。そんな話など、九十九は今まで聞いたことがなかった。しかしユイは何かしらの手段でエーテルを供給している。これは変わりようの無い事実だった。状況を確認しようと九十九はユイに通信回線を繋ごうとするが、ユイは共通の系統から脱落している様で、どうにも繋がらない。


『クソッ、何が何だか分からん。ユイ、頼むから無茶せんと生きててくれよ……!』


 その時、ユイと八雲がいる地点では不思議な現象が起こっていた。それは遠くからでも観測でき、見れば何かが紅く発光し、触手の様なものがうねっていた。


 単眼の使者もその異常事態には気が付いていた。玩具のように扱っていた八雲を握りしめたまま、辺りをきょろきょろと見回す。すると建物の陰から、波打つように動く細い何かが見えて、単眼の使者は身構える。しかし、単眼の使者が気付かないうちに、その紅く細い、紐のようなものが自身の身体にまとわり付き始めていた。


『どうしてこんなことをするの?』


 単眼の使者の頭の中に、声が響いた。しかし単眼の使者は何も答える素振りは見せず、必死に自身の身体に纏わりついている紐を引き剥がそうとしていた。だがいくらそれを引き剥がそうとも、その紐には触れられなかった。


『答えてよ』


 その言葉がまた単眼の使者の頭の中に響いて、使者は顔を上げた。さっきまで誰も居なかった場所に、誰かが居た。 その人物は、紐房結衣。しかし、それは異形の姿をしていた。


 ユイの背中から無数の紅い帯状の紐が出て、それはうごめいていた。目は漆黒に染まり、頭には牛の耳と角を生やしていた。


 単眼の使者はそれを見て、しばしの間は茫然としていた。しかしハッとした様な素振りをしてから、八雲を握る腕を正面に差し出した。そうすると八雲はゆっくりと目を覚まし、虚ろな目を見せる。八雲は酷くやつれた様子だった。そしてユイの存在に気が付くと、絶望したような顔をして、掠れる声でこう叫んだ。


「ユイさん……どうして来たの……! 私のことなんかどうでも良くて、見捨ててしまえば良かったのに……!」


 そんな言葉は、ユイには嘘偽りだとしか聞こえなかった。八雲の顔は辛そうだった。苦しそうだった。しかしユイを視界に捉えた時に、八雲は少しだけ希望を見つけたような表情をした。何かにすがる様な顔をしたのだ。だからこそユイは八雲に掛けるべき言葉を、心の奥から湧き出た想いを、ありのままに吐き出した。


「どうでも良くない! 八雲さんは私達の大切な仲間だから!」


 どうしてそんな言葉を掛けられるのか、八雲には理解できなかった。


 八雲はユイを否定した。お荷物のように扱った。教育と言いながら、ていよくユイを厄介払いした。それなのに、ユイは八雲の事を未だに受け入れようとするのだ。その真意が理解できなくて、八雲は自分の非を、ありのままの汚い姿をユイに晒すのであった。


「嘘を言わないで! 私、皆から陰口叩かれてるんだって……バカにされてるんだって……だから私はっ、副リーダーの面汚しなんだ!」


 八雲は自分の事を徹底的に否定した。自分は助ける価値など無いのだと、今更生き永らえる理由も無くて、死んだ方がマシだとも思っていた。もう八雲は自信を失っていた。しかし、それでもユイが引き下がることは無かった。八雲の目の奥をしっかりと見つめ、八雲の心を必死に捉えようとして、向き合っていた。


「……違う! 八雲さんは、誰にも否定できなくて、誰にも小馬鹿にできる資格なんて無い!  私は八雲さんが頑張ってるって知っている。あなたの存在に嘘なんて無いんだ、副リーダー!」


 八雲はその想いが眩しくて、暖かくて、心が潰れてしまいそうだった。まだ自分を信じてくれる人が居るのだと思うと胸がいっぱいで、どうして自分は今までこんな態度をしながら生きてきたんだろうと思ってしまう。後悔だけが八雲を襲う。


『部外者には関係ない事さ』


 ふと、ユイの頭の中に声が響いた。見れば自分の足元に単眼の使者から伸びた触手が伸びて絡みついていた。


「また下らない事を……!  私は部外者なんかじゃない、八雲さんは私の先輩で、仲間だっ! 」


 ユイはそう言い放ってから、その触手を思い切り踏みつぶした。だが単眼の使者からの攻撃は止まらず、無数の触手をユイに向けて勢いよく伸ばすのであった。


 それはユイの四肢に絡みつき、引っ張り合う。ユイは腕が捥げそうな痛みを覚えながらも、何とか紅い紐でその触手を締め上げ、切断していくことで猛攻を凌いでいた。


 ユイは激痛で表情が歪み、次第に疲労も顔に見えてきた。八雲はそれを見て、思わず声を上げる。


「逃げてユイさん! 私はもういからっ……!」


 しかし八雲のその言葉をユイは途中で遮った。ユイは八雲の真の想いに蓋をさせたままでいるつもりは無く、力強く、こんな台詞を吐いた。


「嘘をもう吐くのは止めて! 生きたいなら、生きたっていいんだ! どんなことがあっても、生きることに間違いなんて無いんだから!」


「ユイ……さん……」


 八雲はもうユイの顔をまともに見れなくなっていた。無意識のうちに涙が出て、嗚咽が少し漏れて、だんだん顔がぐずぐずになって、八雲はもう自分に嘘が吐けなくなっていた。だから、こんな言葉を八雲は漏らすのであった。


「そうよ……私は生きていたい……! こんな情けない存在だけれども、それでも皆と生きていたいよ!」


 その言葉を聞いて、ユイは少しだけ笑って見せた。八雲の本当の気持ちを聴くことができた。それが嬉しくて、心の底から良かったと思えて、そしてユイは意を決した。


 これ以上、消耗戦を続けていては身が持たない。ユイは守りに回していた紐を全て自分の身体に回す。すると触手は守りが薄くなったことから一気にユイの全身を襲う。


 だがユイはそれに屈しない。ユイは紅い紐のサポートを得て、それを自分の筋力を増強させた。ユイはサイコソードを強く握り締めると、それを無理矢理に空高く突き上げた。


「お前を潰すための……力を……!」


 ――ドンッ。


 その音と同時にユイの腕から薬莢が飛び出した。そしてサイコソードは紅く輝きを増し、唸るような音を上げる。全身には無数の触手。意識は次第に朦朧としてきている。


「何も知らないくせに人のことを否定するお前を……!」


 ――ドンッ。


 また薬莢が飛び出した。今度はサイコソードの周りがもやがかかった様な光を放ち出した。それは刀身の倍近く伸びていて、あと少し伸びればユイと単眼の使者との距離を超える長さになる。


 それを見た単眼の使者は、焦った様子を見せる。その場から単眼の使者は逃げ出そうと後ずさりしようとすると、不思議と身体が動かない。その原因は明白で、自分の足はユイの紅い紐で締め付けられていたからだ。ユイは単眼の使者がその場から動くことを許そうとしなかった。


「人の心を踏みにじって、愉快そうに振る舞うお前をっ……!」


 ――ドンッ。


 そのユイの言葉でまた薬莢が飛び出して、サイコソードが放つ光は天を穿つほどに高くへ昇った。


 単眼の使者はもう抵抗することさえ諦めている様で、ただ自分を裁こうとしている光を茫然としながら、じっと見つめていた。もう、次の瞬間には自分がどうなるかくらいは想定出来ていた。


「許せるわけないでしょうがッ!」


 その言葉と同時、ユイはサイコソードを勢いよく振り下ろす。


 そして、紅い光が一筋の線を引いて、消えた。


 鈍い音がして、何かが焼けるような音がして、そして静寂が訪れた。


 辺りには砂煙が舞っていて、それが落ち着いて視界が晴れると、そこにはサイコソードを振り下ろしたままで居るユイと、頭から真っ二つにされた使者が居た。使者の身体の裂け目は、未だにぶすぶすと煙を出して焼けている。使者の息は、もう、ない。


 ユイの姿は元に戻っていて、紅い紐も、牛の角も耳も、消えてなくなっていた。そしてユイは刀を握ったまま、それを地面に突き立てて、その場にうずくまってしまった。しばらくして直ぐにユイの遮断器が再投入されてエーテルの需給が再開されたが、それでも疲労がまさっていて、身体の自由がきかなかった。


 一方で八雲は使者が完全に息を断ったことを確認すると、回線を繋ぎ、皆にこう告げた。


「……新種の使者は沈黙しました。討伐者は、『紐房結衣』です」


 少し八雲は、誇らしげに皆へ報告する。そして八雲はユイに目線を送り、聞こえない位の声量で「ありがとう」とユイに告げた。


 ユイが新種の使者を倒した。その情報を得た隊員達は歓喜で声を上げ、皆は称賛した。


『ユイ…………さすがだっー! 東方とやり合っただけあるぜー!』と絶賛する猿飛。


『ユ、ユ、ユイちゃんすごいよっ! ま、まさかこんな力があるなんて知らなかったよっ!』と可愛げに告げる横須賀。


『すごいですよユイさん! しかし、無茶しすぎです。後でみっちり説教ですからね』褒めつつも毒を残す木虎。


『ホ、ホンマに倒してもうたんか?! たまげたわぁ……!』唖然とする九十九。


 しかしユイはその言葉に返事をするどころではなかった。余りの疲労から、その場からじっとして、動くことができなかった。 息を吸って吐くことが精一派で、サイコソードと使者の亡骸をじぃっと見つめることしかできなかった。


 ただ胸の中は充実感で満たされていて、ユイはそれで集中を切ってしまい、その場に倒れ込んで、意識を失った。

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