第12話 精神銃《サイコガン》をぶら下げたら②

「来たみたいやな」


 その言葉を受けて、どきりとした。直ぐにユイは精神を研ぎ澄ます。言われてみれば微かにだが、遠くで高い音が、波打つ様に響いている。まるで虫の羽音の様だが、不快感は無く、聞き入ってしまう不思議なものだった。そうして、音は次第に大きくなり、近くなり、戦いの音が鳴った。九十九が見ていた方向の通りの角に、人影が見えたのだ。


「来おったな!」


 始めのうちはこの程度かと思っていた。しかし一体の使者が前に出てくるとその後ろから続々と使者がなだれ込んできたのだ。四つ、五つ、いやもっといる。これは想定以上で、しかもあの気味の悪い生物が複数いるとさすがに血の気が引いた。


 しかし九十九は冷静で銃を構えて引き金に指を掛ける。


「『サイコナンブ』起動」


 そして九十九は弾丸を使者達へ何発も撃ち込んだ。サイコナンブと呼ばれる銃は低く唸りながら弾丸を吐き出す。その性能は素晴らしく、撃ち出された弾丸は速度が早過ぎて引き鉄を引いたと同時に使者の身体に小さいが風穴が空く程だ。加えて威力も申し分無い。


 また反動が極端に少ないので姿勢を崩さないで連射が可能になっている。お陰で、ある程度使者がやってきても問題無く切り抜けられる。見れば先頭集団の数体はもう地面に倒れて動かなくなっている。そしてユイはただそれを呆然と見ているだけになってしまっていた。


「ユイ! 後ろはどないなってん!」


 その言葉でハッとしたユイは慌てて振り返る。九十九の方をじっと見ていて気が付かなかったのだが、二、三体使者がやってきているではないか。もちろん早く処理しなければならないのだが、ユイはどう戦えば良いのか分からない。今更ながら九十九に戦い方を聞かなかった事を悔やむ。


 だが悔やんでも仕方が無い。とにかくユイはある知識でどうにかしようと考え込んだ。しかしこうしている間にも銃を撃つ度に九十九のエーテルは、命は減っていく。


 九十九はこの悩んでいる間にどれだけ弾を撃っているだろうか。自分が働かないせいでどれだけ迷惑が掛かっているのだろうか。自分のせいで九十九の命をすり減らしているのだろうか。そう考えてしまってから強い腹部の痛みに襲われて、冷汗が止まらなくなった。


 自分も立ち向かわなければならない、そんな事は分かっているのだが、「……ひっ!」敵の恐ろしい姿と、得体の知れない攻撃方法に、身がすくんでどうしても動かない。ユイは木偶になって、やって来る使者を虚ろな目で見届けていた。このままでもいいやと思ってしまう程であった。


同時に、「……このままじゃ助かったとしても九十九に合わせる顔が無い」そんな保身的な発想が浮かび、それが言葉として漏れた。


 次の瞬間、ユイはハッとして、「ち、違うっ!」と慌てて叫んでいた。自分で自分を、必死に、必死に心の中で罵った。


「……何言ってるんだ私はっ、何やってんだ私はっ……!」


 しかしその時、ふと思ったのだ。これじゃあ何だ、私は九十九の命をすり減らす存在、つまり自分は、九十九の敵になっているのか。


 そう考えて、心が壊れそうになって、気が付けば、「うわあああああああっ!」ユイは使者に向かって走り出していた。


「『サイコソード』起動っ!」


 すると刀の彫りの部分が赤く光り、そして唸るような、低周波の音が響いて耳を刺激した。ユイは使者を捉え、間合いに入ると刀を横から薙ぎ払うようにして振りかぶった。


 しかしその攻撃方法はいい加減で、型のなっていないものだった。よって手前にいた使者は仕留めたものの、刀に振られてしまい少し体制を崩してよろけてしまう。そこに一体の使者が現れて、それがユイを襲ったのはその直後の事だった。ユイがその使者の方を向いた時にはもう遅かった。


 終わった。そう思った時、使者は何もせずにユイを通り過ぎたのだ。


「え?」


 慌てて振り返れば、自分の真後ろに使者がいる。ユイは理解した。通り過ぎたのでは無い、通り抜けたのだ。しかし抜けるだけなら問題無い、そう思っていたその時、ユイは異変に気が付く。


「エ……エーテルが減ってる」


 それもごっそり、全体の二十パーセントは無くなっていた。冷や汗が垂れる。ユイはようやく使者の攻撃方法を理解した。人をすり抜けるだけでいい、それだけで使者は命を奪えるのだ。


「そんなのあるかっ……!」


 しかも視界に見える文字は緑色から赤色に変って警報を出している。自身の残るエーテルは九パーセント。エーテルを、命をこれだけ減らされてしまってはまた弾丸を再装填しなければならない。つまりこのまま刀を起動させていては直ぐにエネルギー切れを起こしてしまう。その制約に気が付いて慌てて刀の接続を切った。


 どうしようとうろたえていたその時、目の前にいた敵がユイの方へ振り返った。ユイは今丸腰で、このまま襲われてはたまったものじゃない。銃など使い方も分からないが仕方なくケーブルを繋ぐ。それは銃であれば常時でエーテルを消費する事がないと判断した上での行動だった。


 この時、ユイは少し焦っていて、余裕がなくなっていた。しかしそんな状況の中、小林は呑気に欠伸をしてからこう言いだした。


「さて私もそろそろポイントを稼がなきゃならない。新人、そこの敵をよこせ」


 何故それを今言うのかと思った。つまりうまく逃げ回って、小林が戦いやすいように誘導しろと言う事だろう。


 だが今はユイは混乱している。エーテルの残量も無くて、このタイミングで再装填しては切り捨てる事になるエーテルが勿体なくて、その上に敵を小林にうまく寄越すやり方も知らないのだ。


 小林はそんな事をしている間にこの使者を自分がとっとと倒してしまった方がどれだけ良い事か何故分からないのだろうか。自分は必死でやっているのに、曲がりなりにも立ち回っているのに、どうしてそんな無茶を言い出すのだろうか。


 そう固まっていると、使者はユイをまじまじと見つめてから、こっちに向かって走り出した。


「うううっ……!」


 流石にこうなってしまうとどうしようもない。小林に使者を回す事は不可能だ。よってやむを得ず、ユイは使者を仕留めるべく銃を構えたのだが、射線の方向には小林がいるではないか。このまま撃てば小林に被弾する恐れがある。


 しかしこう悩んでいるスキにも使者はどんどんユイの方へ詰め寄ってくる。だがユイにはどうしようもなくて、圧力プレッシャーで頭がおかしくなってしまいそうになった。そんな時に、こんな言葉が聞こえた。


「愉快だな」


 この言葉で、ぷっつりと心と感情を繋ぐ糸が切れた気がした。もういいんだ。我慢の限界だ。


「ふざけた事ばかり言ってっ……!」


 そうだ……殺してやる。いい加減な事を好き放題言って。お前がそのいい加減な態度を取るのであれば、このままこの弾丸でお前ごと撃ちぬいてやろう。


 ユイは銃を使者と小林が重なり合うように照準を合わせ、引き金に指を掛けた。掛けた、のだけれども、ユイの中の弱虫が、頭の中を這いずり回って、殺人衝動を食い散らかすのだ。流石に人を巻き込んで撃てるほど肝は壊れていない。


 撃てない。しかし、ここまで行為の段取りをしておきながら、撃たないとなれば、ユイがただ正面からやってくる使者に襲われるだけなのだ。どうしたらいいのだと心で叫ぶ。


「半端者」


 ふと、声が聞こえた。その時、使者越しに見えた小林は、何故か笑っていたんだ。


 そして何と、小林は銃をいい加減に構えると、使者とユイが重なり合うように照準を合わせ、引き金に指を掛けた。


 唖然も、戦慄さえもした。嘘だろう。この女、まさか本当にやると言うのか。私にできなかった、突き抜けて無感情な行為を、いともたやすくできてしまうと言うのか。


 しかしここは東方。ひとやに集う、選りすぐりの狂人だけが、真っ当に評価される世界なのだ。


精神銃サイコガンはこうやって撃つ」


 そして、唸るような音がした。ユイの肩に、焼けるような痛みが走って、白い着物は赤く侵されていった。その中で、ユイは自分が受けている悲惨な姿について様々な事を想っていた。


 自分はどんな顔をしているだろう。悲劇に巻き込まれた、哀れなヒロインの様な顔をしているのだろうか。


 自分は何を考えている様に見えているだろう。痛み、哀しみ、怒り、様々な感情が沸き上がっては混じり合って、ドラマチックな人間に見えているのであろうか。


 けれどそんな事は一切関係なくて。小林は、これが、これこそが東方だ。そう言わんばかりの面をしている。それを見て、目が覚めた。


 違うだろう。自分がやっている事は何にもならない。自分の肥やしにも、家畜の餌にもならない。一過性の感情をさらけ出す事で、自身の演じている姿を見せるよりも、もっと重きを置くべき場所がある。自分をどう見せていても、小林がユイ達に行う結果が同じであれば、そんなくうだらない事を考えていても無駄だ。


 ようやく分かった。ここが東方だと分かったならば、力が全てのこの世界ならば、それに従って、やってしまえばいいだけなのだ。エーテルだって残り数パーセントだ。ここでこれをすれば何が起こるかなんて、結果がどうなるかなんて分からない。けれど今、強く、前を向いて、獲らなければならないものがある。


 ユイは身体に激しい痛みが走る中、倒れそうな身体をしっかりと足で支え、銃のケーブルを指で弾いて外し、刀に直ぐ接続する。


「……サイコソード起動っ!」


 痛みなど知るものか。腰を少し落として、刀に手を掛けて、頃合いを見計らう。そして、時が来て、素早く刀を横に流したのだ。するとその場に赤い飛沫が舞って、使者の首は不器用に、ごろりと転げて直ぐ止まった。


 それを見た小林は唖然としていて、ユイは表情を変えもしなかったが、ざまあみろと思った。あたりはしぃんとして、その場にはユイの荒い吐息だけが聞こえたのであった。


 奪ってやった。やってやった。


 しかし、この静けさが一気にユイの頭を冷やしたのか、急に弱気になってきた。今までの行動は不遜ではないかと。


 小林は傍若無人ではあるものの年上で、曲がりなりにも指導してくれている先輩なのだ。しかし、その人間の指示に対して勝手に無理だと何だと文句をつけて感情に任せて自分の我を通したそれは果たして正しかったのだろうか。


 もしかすればユイごと纏めて撃った行為も、小林なりのユイを助ける手段だったのかもしれない。そう考えると冷汗が止まらなくなった。


 思えばこの一連の流れは、自分の力の無さを小林に、感情と共に押し付けただけだ。けれどあの時、他の人であればどうしただろう。どうすれば良かったのであろう。分からない事が積み重なって、また訳が分からなくなった。


 だから、ユイが今できる事は、「勝手な事をしてすいませんでした……」心からの謝罪だった。悔しいけれど、今は自分の未熟さを真っ先に示す他になかった。


 すると体の力が一気に抜けて、視界がぼやけて、気分が一気に悪くなる。ふと見れば『機能停止。再装填推奨』との文字が視界に映った。エーテルが切れたのだ。


 再装填したくない。何故なら小林の顔を見たくないからだ。怒っているだろうか、いやそうに決まっている。しかしいつまでもこうしている訳には九十九にも迷惑をかけてしまう。そう考えて、ユイは腹をくくってエーテルを再装填した。


 また景色が見えた時には、ユイが倒した使者の姿は消えていて、小林の顔が見えた。しかしその顔は意外なもので、ただニタニタと笑っていた。


「いいよ、許してやる」


 それは嬉しがっているからなのだろうか、バカにしているからなのだろうか。けれどひとまずは何とかなりそうだったので、一息をつく。


 しかし小林が許したのは東方という特殊な環境下だからだ。それで命拾いしたのだと直ぐに理解する。冷静になって他の場所でこんな事をすればきっと命がないであろう。我ながら長生きできないタイプだなと、思ってしまう。


 そしてその時、ふとある言葉がユイの頭に浮かぶ。


『お前には才能がある』


 父が度々ユイに告げた言葉だった。その言葉が頭の中に響いて、胸がどくんと強く脈打った。まるで今の自分の姿を皮肉るような言葉。父が優しい顔をしてかけた言葉は、このような形で裏切られている。ユイは父の言葉を、期待を嘘にした。


 言われるがままで、手が遅く、みじめな姿をさらしている。更に言えば、唯一誇れた才能である、霊獣を携えることだって、木虎には敵いそうになく見えた。

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