第13話 精神銃《サイコガン》をぶら下げたら③

「ホラ、次の敵が来るぞ」


 そう小林に言われてハッとして、ユイは慌てて近くに使者に斬り掛かり、それを仕留めた。しかしそうしている間にもまた次の敵が来る。また慌ててユイはそれが自分をすり抜ける前に仕留める。少しの間、この繰り返しになった。


 もうこれではキリがない。精神力が続けば良いが、このまま疲弊して、最後は使者に嬲り殺しにされてしまう。そんな発想に至って、自分の最期の姿を思い浮かべてしまって、逃げ出したくて堪らなくなった。


 ユイから徐々に熱意も、冷静さも抜けていき、ただここから助かろうとする意思が強くなってしまった。その心に生じた隙がいけなかった。


 真後ろに両腕を伸ばし、ユイを襲おうとする使者の姿が見えた。それを見てあろう事か、一度位ならすり抜けさせてもいいやと、その次にまた態勢を立て直そうと思い、ユイは使者に身を預けてしまったのだ。


 するとどういう事か、使者はユイを押し倒したのだ。ユイは油断していたので思い切り倒れてしまう。それだけでも驚いたのだが、使者は人に触れられないとばかり思っていたので余計に焦りが生じた。


「な、何で触れるっ!」


 しかしそんな事など、想定外だとしても、あり得ない事では無いのだ。ユイはやってしまったと思い、自分の安易な行動を悔やむ。そうしている間にも今までとは比にならない速度でエーテルの残量が減っていくのが見えた。


「やめて……やめてよっ!」


 今度こそユイは終わったと思った。そして視界の文字は緑から黄色、果てには赤くなった。次に視界の端にでかでかと『中故障:系統保護機構準備』との表示と三十秒のカウントダウンが出てきた。いくら警告しようとも、今置かれている状況の危険さは分かる。ただどうしようもなく、もがいても、もがいても使者はユイに覆いかぶさったまま離れようとしない。


 エーテルの残量が減っていく度に、胸が締め付けられる。汗は体中から溢れ、より身を冷やす。そしてエーテルの残量が底尽きかけ、ユイはもうおしまいだと思って目を閉じた、その時だ。


「ユイッ!」


 九十九の声が聞こえた。すると九十九は使者から奪い取る様に、ユイの腕を引いて抱き寄せて、使者から引き離してからそれに向けて銃を構えてそのまま乱射した。


「ハァッ……ハァッ……!」


 九十九は銃口の先に見える、使者の残骸が動かない事を確認すると、ふぅと大きく息を吐く。


「……とりあえずはこれでしまいやな。ユイはとりあえずエーテルを再装填リロードせぇ」


 ユイは九十九の指示に従ってエーテルを再装填リロードする。肩で息をする九十九はそれを確認してから、何もできなかったユイに対して、「お疲れさん」と言ったのだ。そんな言葉を掛けて貰える身では無いのに、足を引っ張ってばかりだったのにとユイは胸を痛めた。けれど九十九はユイにこんな言葉を掛けられるのだ。


 九十九は正常で、できる人間だ。それがユイにはうらやましくて仕方がなかった。そしてユイは九十九を見てある事に気が付いてしまった。


『私は正常な人とは程遠い存在なんだ』と。


 ユイは幼いころから女性を演じ続け、時々思うことがあった。『自分にはっきりとした自分がない』。ユイは女の子らしさを学ぼうとするあまり、それを周りから否定されれば修正していた。


『男だから、女だから、この世間一般ではこうだからこうしなさい』


 そう言った認識合わせばかりしていた。併せて周りから与えられた評価は『才能がある』という漠然としたものだった。当たり前や正常は自分にはなく、他人から与えられるものになっていた。


 ユイは思う。自分の『才能』とは何か。またユイは自身の良さが良く分かっておらず、むしろ自分はダメな奴ではないかと思っていた。またその烙印を押されることもあった。だからユイは『才能がある』ことを認めてくれる人としか関わる事が無かった。九十九の様な人間には認められたいとも思うのだけれど、一方で本当の自分を見抜かれない様に距離を取りたい気持ちもあった。憧れる人間に突き放される程、バカにされ続ける事程、辛いことは無いと思うからだ。


 だが九十九にバレしまった。ユイは無能だと。何も考えず、ただ無駄に働く無能。響だったら私を殺したくなる程の感情を抱くだろうか。そんな事を思うだけで脳に圧力がかかり、心もろとも潰れてしまいそうになる。だから私は助かりたくて、ついこんな事を口走ってしまう、「……ごめん」と、だ。


「なァ、ユイ……」


 少し九十九の表情が曇る。やってしまったとユイは思い、冷や汗が出てきた。


「な、何……?」


 この流れ、この感じ、今にも人を突き放す寸前の人間が出す独特の雰囲気を九十九は出している。しかし九十九が振るった態度はユイの予想と異なるものだった。


「謝るなや、今は生き残って帰れるまで戦え」


 そう言って九十九はユイの肩を強く掴むのであった。九十九の目は真っ直ぐで、ユイを捉えて離さず、肩を掴んだ手は動くことを知らず、ただ動くのは息をする肩と、胸の鼓動だけだった。しばらくユイはぼおっとしていたので、九十九は不思議そうに首を傾げた。


「どないしたん?」


「私は無能だよ……一緒にいたらまた響に迷惑かけるかもしれないよ?」


 すると九十九は、「ハァ?」と少し不機嫌そうに言ってから、「何ゴチャゴチャ考えとるのか知らへんけどユイは何が不満なん?」と問いかけた。


「こんな使い物にならない私を見て響は不満じゃない?」


「使える使えないが人の全てとちゃうと思うけどな。不満はあらへんし、なんやかんやでユイは素直やん? ウチは付いて来てくれるだけ嬉しいで」


「響には分からないよ、何やってもオカシイ行動になってしまう私の気持ちが……いつか響だって私と関わりたくなくなる」


「ハァ、そーかい。まァ悩みは人それぞれやし大変かとは思う。ウチは別にできるできないはええけど、そーやってナーバスになるのは直した方がええと思うで」


「そうだけどさ……」


「そうぶすっとすんなや、辛いときもバカにされても冗談と思うて笑うんや。その方が気が楽になるで」


 そう言って九十九はまた強く刀をユイに突き出して、ユイはキョトンとして中々受け取らなかったので九十九は半分無理やりに刀を持たせた。


「ほな、行くで」


 九十九は不思議で、そして優しい人だ。ただ、その優しさに甘えてしまう度に自分が許せなくなる。このままでは荷物になっているだけだ。もうそんな立場はまっぴらだった。何か、何でも良いから行動しなければならない。なら今できる事をするしかない。そう考えたユイは意を決し、話し掛ける。


「あ、あのさ……」


「何や?」


「さっき視界に系統保護とかよく分からないのが表示されたんだけど……」


 少しでも、少しでも仲間に迷惑を掛けない為に努力をするしか無いのだ。


「あぁ……それか。それはな、自分自身を守る為の機構やのうて本部の『阿修羅』に対する保護機構なんや。つまりその機能はウチらから本体にダメージを与えん様に『ウチらが系統から切り離される』。そういうこっちゃ」


「つ、つまり私達は……使い捨て?」


 それを聞いて九十九は苦い顔をした。


「まぁな……人の代わりは捕まえてくればいくらでもおる。あとこの世で困るんは遮断のおかげでエーテルが回らんから体はうまく動かへんし、前がちゃんと見えへん様になる。普段はまた電源を再投入すればええんやけど、最悪のケースならこのまま戦線離脱せなあかん」


 これもまた聞いていて心の痛む話だった。しかし大事な話だ。分からなければ聞く、それを積み重ねる事が大切なのだとユイは改めて実感する。


「ずいぶん優しい先輩だな」


 本当に腹の立つ奴だ。いつまでも他人事で、安全圏から物事に口を挟んでくる。

 すると小林は九十九に近づいて、肩に手を遣ると、「九十九、私にいつものを頼む」そう囁いた。


 少し、嫌な予感がした。そして小林と呼ばれた女はケーブルを懐から出すと一端を九十九に握らせる。強く、押し付ける様にだ。


「……はい」


 九十九は少し苦し気な表情をしながらも、サイコガン用に使用している腕の外とは別の内側にある端子穴に、ケーブルを差し込んだ。そのケーブルのもう一端は小林の腕にも繋がれている。


 何だこれは。ユイはこの光景に強烈な不快さを感じて、恐る恐る問い掛けた。


「あ、あの……」


 すると小林はユイの方に振り返ると同時に銃を向ける。黙れと言う事だろうか、加えて小林はどこか見下した視線をユイに向けていた。しかしユイは怯えながらもだが、物怖じしてはならないと、言葉を続ける。


「何ですか……これ?」


 しばらく沈黙があった。すると小林は銃を下ろし、九十九を座らせながら、「先輩に対する、奉仕の心ってヤツさ」と面倒臭そうに言った。


 何と無くだが察しは確信へと近づいてきた。これから小林は九十九から『命を奪って補給をする』つもりであろう。しかし気が付いた頃にはもう遅かった。


「……使用形式を寿命の方に変えろ」


 言われて九十九は無言で頷いた。


「ま、待って……!」


 しかしユイの言葉が届くはずも無く、淡々と上納が行われ始める。


 異常だ。誰かの為に命を、それも忌み嫌う様な存在に、やすやすと差し出せるハズがない。しかし現に九十九は小林に命を捧げている。もちろん九十九の意思は反故にされていて、その上でこの行為が認可されている。力に従うしかないこの世界。異常に違いなかった。


「次はこの補助電源にも頼む」


 そしてその搾取はまだ終わらない。だが流石にユイもこれ以上は見過ごしている訳にはいかなかった。


「そ、それは……!」


 ユイが咄嗟に言葉を出すと小林はユイを強く睨めつける。


「何だ」


 その言葉に反応してユイは身体がこわばってしまった。


「え、いや……」


 そうじゃない。そんな台詞は誰も望んでいない。けれどそれをユイは見つめる事しか出来なくて、さらにこのまま時が過ぎる事を望む自分に対して、心底震えた。


 目線を九十九に移す。目が死んでいた。きっと九十九はこう思っているに違いない、『何で助けてくれへんの?』と。そう考えると胸が締め付けられる様で、それだけでユイの心は潰れてしまいそうだった。


 またあの言葉を思い出す。


『お前には才能がある』


 優しい父の言葉。しかし今では皮肉めいた言葉。そう、口だけ人間で無能の私は、もう生きる価値がないから、味方にも迷惑が掛かるのだから、死んでくれ。きっとそう思われているのだ。


「……嫌だ」


 ふとユイの口から涙と一緒に言葉が零れた。


 違うんだ。それだけは、それだけは勘弁してくれと強く願って、気が付けば手がもうケーブルに伸びていて、それを思い切りユイは引っこ抜いた。小林は唖然とし、次にユイを見つめる。


「え、何?」


 その口調も、目線も怖かった。同時に、その雰囲気からユイは小林に試されている事を察した。


 何度も見た事があるこの独特の感じ、小林はきっとユイのアクションによって見下していたユイの定義が歪んだので、またユイが自分に従う弱者かどうかを見定めにきたのだ。ユイは人を値踏みしながら人を責めるその意識が何より怖い事を知っている。けれどこれに屈したら全てが終わるとも理解している。だから、勇気を振り絞って、片足を前に少し出して、何かを言おうとした。


「……だ、駄目じゃないですかね? こんな事って……」


 しかしこれしか言えなかった。だがユイは酷く興奮していて、涙で顔がくずぐずになっていて、それどころでは無く、仕方がなかったのだ。


「は?」


 小林は声を荒げる。そして立ち上がってユイに詰め寄ろうとする。ユイは小林から何かしらされる事を察知して、身を縮めた、その時だった。ユイはハッとして声を上げる。


「せ……先輩!」


「何だ!」 


 しかし、どんなに怒鳴られてもユイは何かを言わざるを得なかった。何故ならこれは、その叫びは、純粋な警告だったからだ。


「う、後ろ!」


「え?」


 一瞬の出来事だった。小林が後ろから現れた使者に腕を掴まれてそのまま押し倒されたのだ。


 使者は自身の身体を貪る様に小林の身体に重ねていた。目を見開いて、もがき、苦しんでいる小林を必死に押さえつけていた。その壮絶な光景を見て、味方を見捨てる罪悪感、恐怖から逃れた安堵、己の敵が襲われている興奮、それらが次々に沸き上がり、ユイの心を惑わした。

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