第2話 かんなぎの子①

「ユイ、お前には才能がある」


 これは紐房ひもふさ結衣ゆいが幼い頃、父からよく言い聞かされた言葉だった。


「ユイはこの年で一級神官でも中々扱えない霊獣を携える事ができる。もしユイが巫女さんなら、大したものだと言われるだろう」


 これも父がユイに告げた言葉だ。ユイが持つ才能は珍しいもので、この国では重宝されるものだった。


 ユイの生まれた『大和国』は宗教観念が根強い。よって神道を極め、その職に就く、例えば巫女になることは大変喜ばしい事で、優秀とあればこの上ない事だった。


 よって、小さな頃からその言葉を言われ続けたユイは、熱に浮かされて、父に何度もこんな事を言ったらしい。


「私、大きくなったら巫女さんになりたいの!」


 しかしその言葉を聞いて、父は複雑そうな顔をしていたのを今でもユイは覚えている。


 何故だかは分からなかった。ただ時が経つにつれて、物心がついて、ようやくその意味を理解した。その理由はいずれ分かることになるので割愛する。


 ユイは今年で十六になった。今日は晴れ晴れしい高校の入学式である。ユイは朝から浮かれ気分で登校し、片田舎にある家から離れた、都市部にある高校へ向かっていたのだが、その矢先で悲劇が起きた。


「い、嫌だよっ!」


 ユイはある人物に追い詰められて壁に寄りかかっている。目に涙を浮かべて叫んだものの、ここは人通りも少ない裏路地だ。叫ぼうが喚こうが、きっとその悲痛な声は人の耳に入らないだろう。


「ええから言われた通りにせぇ!」


 一方でユイを追い詰めているのはユイと同じ制服を着ている人物であった。容姿は黒髪ショートの女の子。言葉には西の訛りが入っている。ユイは怯えるだけで何もする事が出来なかった。


「やめて……九十九つくもさん……!」


 どうしてこうなってしまったのだろうか。そして何が起きているのだろうか。


 結論を言おう。紐房結衣は、登校中に知り合った同学年の女子に、スカートをたくし上げろと言われている。


 これを他の誰かが聞いたとしても、きっとこの事態の意味が分からないだろう。しかしこの行為には意味がある。九十九と呼ばれるこの女は、ある事を確かめるべくこのようなことをしているのだ。


「ええか? 他の誰かの目はごまかせても、ウチの目はあめ玉とちゃう。ええ加減白状したらどうや?」


「で、でもっ……でもっ!」


 ユイは顔を真っ赤にさせて、首を左右にぶんぶんと振る。


 震える声で、いやだいやだと言いながら必死に抵抗する。


 すると九十九はしびれを切らしたのか、ユイの腕を強引に掴み、スカートに手を伸ばした。ユイは慌ててその手を振り払おうとするがもう遅い、九十九の行動の方が一手早かった。


「でもや……あらへん!」


 その言葉と同時、ユイのスカートはめくられて中身があらわとなった。見ればユイは紺色のスパッツを穿いていた。


 補足するとユイの容姿はさらさらとした少し長い暖色の髪を持ち、華奢な体に細い手足をして、色白の肌をしている。そんな綺麗な子がパンツではなくスパッツを穿いているのは、いささか残念に感じてしまう。


 すると九十九はそれを確認してから、「やっぱりなァ、おかしいと思ったんや」などと妙な事を言うのであった。


「あっ……ああっ!」


 ユイはめくれたスカートを下げようと、両手で必死に九十九の片方の腕を抑える。しかしそれも無意味で、九十九の力には敵わない。九十九はユイのスカートを上げたまま、片手を振りかぶる。


「スパッツ穿いて誤魔化しとるようやけどなァ……」


 ユイはそれに気が付いて、それも慌てて食い止めようとしたものの、またも九十九の行動の方が早い。


 何をするのかと思えば、なんと九十九はユイの、臍の下に位置する逆三角形状の部分、更に詳細を記載するならば二等辺三角形の鈍角にあたる部分に――手を伸ばしたのだ。


 してやられたとユイは思い、顔を真っ青にした。そしてそれを確認した九十九はにやりと、不敵な笑みを浮かべ、こう告げた。


「ある」


 まるで稲妻。九十九の口から放たれたその二文字は、端的で、分かりやすく、衝撃的なものだった。


 ユイはその言葉を受けて頭の中が真っ白になった。しかしうろたえている場合では無い。無意味とは分かっていながらも思いついた言葉を口にする。願いの言葉を。


「やめてっ……! それ以上言わないでっ!」


 そうだ、それだけは言ってはならない。それは終焉の言葉。口にすれば、ユイを破滅に導いてしまう。ユイは最期の希望に縋りつくように、九十九に喋らないでくれと懇願した。


 だが九十九はその希望を闇に葬った。全ては無意味だったのだ。九十九が笑みを浮かべたとき、ユイは運命の残酷さを悟った。九十九は悦を感じ、それを噛み締める様にこう告げたのだ。


「ユイ、アンタには……ち〇こがある」


 これが紐房結衣の学校生活での悲劇の始まりであった。

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