ボーイミーツギャンブル

吟野慶隆

爆弾二者択一 編

第一話 ブラスツ

 三階建ての校舎の正面中央、屋上から出っ張るようにして聳えている時計台が、爆発音とともに火を噴いて吹っ飛び、下足室前に落ちた。

 次に、三階の教室が、いっせいに爆発し、地響きを立てた。炎が、窓ガラスや外壁を砕いて噴出し、煙がもうもうと立ち上る。黒板、机、椅子などを含めた破片が、宙に舞った。

 数秒後、一、二階の教室が、同時に爆発し、火を撒き散らした。先ほどの、二倍の轟音が空気を劈き、衝撃波が辺りを揺るがした。窓の外に植えられていた樹木が、真っ二つに折れ、倒れた。

 めきめきめき、というような軋む音、がらがらがら、というような崩れる音、どすんどすん、というような落下する音が、一緒くたに鳴り始めた。それとともに、校舎が、校庭に向かって、ぐんぐん傾き始めた。

 ひときわ大きな地響きとともに、校舎正面が、べったりと着地した。衝撃で、それまでかろうじて残存していたところは自壊した。大量の砂煙が、もうもうと辺りに立ち込める。

「げほっ、げほっ! がっがほっ!」

 校庭にいた青足(あおあし)松久(まつひさ)は、激しく咳き込んだ。砂煙が体中の粘膜を劈き、目を開けるどころか、呼吸すらままならない。右手で口を押さえ、左手をぶんぶんと振るのが精一杯だった。

 彼は、容姿・運動神経ともに「普通」の、平々凡々な高校生だ。彼と一緒に住んでいる、両親や母方の祖父母も、なかなかの凡人だが、その中でも彼は、文字どおり群を抜いて平凡だった。

 座学の成績がそこそこ高いことが、唯一の自慢である。しかし、そのような取り柄しかないところが、逆に、平凡さを強めていた。また、今着ている、高校の夏服も、松久の没個性さを際立たせている。

 しばらくすると、強い風が吹いた。閉じた瞼を左腕で押さえ、歯を食い縛り、耐える。砂煙が、松久の元から離れていった。彼は目を開くと、急いで呼吸を再開した。

「大丈夫っすか、青足さん!」

 左方から声が聞こえた。目を遣ると、同じ高校に通う、一学年下の提婆(だいば)明光(あけみつ)が、こちらを見ていた。

 彼は、顔は端正なのだが、性格が気障で、軽薄である。短い茶髪をウルフカットにしていて、制服の胸元のボタンを開けており、「チャラい」という表現がぴったり当てはまる。

「俺は大丈夫だ!」松久は叫んだ。「それより、柚田のやつは?!」

 提婆は指で、ある方向を差した。そちらに、目を遣る。

 校庭に置かれた学校の椅子に、彼女、柚田(ゆずた)小秋(こあき)は座っていた。

 目は釣り気味だが、全体の顔立ちは整っていて、文句なしの美少女である。ツインテールで、髪を腰の辺りまで垂らしていた。身長はかなり低く、小中学生レベルである。しかし、代わりに胸が大きく、Hカップもあるおかげで、間違われたことはない、という噂だ。高校の制服である、半袖のブラウスとネクタイを着用し、スカートを極端に短くしている。右手には、綿製の白い手袋をはめていた。

 彼女の目の前には、学校の机があった。その反対側では、旅富(たびとみ)三藤(みふじ)、と先ほど名乗った、二十代前半くらいの美女が、椅子に座っていた。

 小秋とは対照的に、身長は高く、体型はスレンダーだ。チューブトップの、ロングワンピースを着ている。髪は、いわゆる姫カットにしていた。さらに頭には、薄いピンクのリボンを巻き、小さく蝶々結びにしている。上品、かつ、清楚な雰囲気を醸し出していた。目は細く、穏やかそうな印象さえ受けた。

「今のは、デモンストレーションですわ」机の上には、くすんだ濃緑の、もこもことしたスーツと、ヘルメットとが置かれていた。「これで、お分かりになられましたわよね? わたくしとのギャンブルに負けたら、『本当に』、爆殺されてしまう、ということが」

「そのようね」小秋は頷いた。

 松久たちは、安古(やすふる)山という山の中にある、廃村内の、学校にいた。ここで三藤が開催するギャンブルに、参加しに来たのだ。

 実際にプレイするのは小秋のみで、松久と提婆は、ただ、付き添いとして雇われただけだった。また、理由は分からないが、三藤の指示で、三人は制服を着ている。

 辺りには、四人以外、人っ子一人いなかった。廃校の爆発・倒壊音は、山中に轟いただろうが、この廃村は近くの道や住居などからは完全に孤立しているから、ここで発生した音であるとは誰も分からないだろう。

 小秋は後ろを向いて、二人に、「離れておかないと、巻き込まれるわよ」と言った。彼らは、ひっ、と小さな悲鳴を上げると、慌てふためいて逃げて行った。

 三藤はひとしきり、くすくす、と笑ってから、「けっこうですわ」と言った。「では、ルール説明を始めさせていただきますわね」

 彼女は、スマートホンを操作した。同時に、校庭の隅に置いてあった巨大扇風機が稼働を停止し、風が治まった。

「と言っても、実に、単純なルールですわよ。幼い頃、消しゴムの入った拳と、何も入っていない拳を、体の前に並べて、『どっちだ?』と言って、遊ばれたでしょう? あれと同じ、二者択一のギャンブルですわ」

 三藤はそう言うと、机の中から、宝箱を二つ取り出し、左右に並べた。RPGに出てくるような、ありきたりな見た目だ。ティッシュボックスくらいの大きさがある。

「まずは、こちらを見てくださいな」三藤は左の箱を開けた。「空っぽです。今からここに、金庫の鍵を入れますわ」

 金庫とは、朝礼台に置いてあるもののことを指す。この中に、小秋の持ってきた一〇〇〇万円と、三藤の持ってきた一〇〇〇万円、あわせて二〇〇〇万円が入っている。随分な大金だが、彼女たちにとってはそうでもないらしい。三藤に至っては、「こんな少額の勝負は、久しぶりですわ」とまで言っていた。

「こちらが、『正解の箱』ですわ」三藤は左の箱のフタを閉めた。「開けたら、中の鍵であの金庫を開けて、お金を全額、持って行かれてかまいません」

「じゃあ」小秋は右の箱に視線を移した。「こっちは『不正解の箱』かしら?」

「そのとおりですわ」

 三藤は、右の箱の底を見せてきた。松久は両目を細め、それを視認した。

 透明になっていて、内部を覗くことができた。怪しげな基盤があちこちに設置され、色とりどりのケーブルが張り巡らされていた。中央には、白い紙に包まれた長方形の塊がある。おそらくは、爆薬だろう。

「こちらは、フタを開けると、大爆発ですわ」三藤は箱を机に戻した。「できれば、選んでいただきたいのですけれど」

「私は、選びたくないわね」

「そうでございましょうね」

「っていうか、このままじゃあんたも、爆発に巻き込まれるんじゃないの?」

「ご心配なく。対爆スーツを用意してありますわ」三藤は机の上のスーツとヘルメットを指差した。「それで、ギャンブルの手順ですが。まず、あなたには目隠しをしていただきます。その後、わたくしが、宝箱をぐるぐるとシャッフルしますわ」

 彼女は、まだ包装の開けられていない、新品のアイマスクを机の中から取り出した。

「終わったら、布をかけます。宝箱の見た目で、区別をつけられてしまうのを防ぐためですわ」

 三藤は、レースの、上品そうなタオルを机の上に置いた。

「それから、あなたに目隠しを外してもらい、宝箱を選んでもらいます。その後は、布をどけ、箱を開くだけ。言うまでもございませんが、底を覗くことは禁止いたしますわ。どうです、単純でしょう?」

 そうね、と小秋は言った。

「何か、お尋ねになりたいことはございませんか?」

「うーん……ルールについては別に、ないんだけれど」小秋は顎に手を当て、じろり、と三藤を見た。「なぜ、開催するギャンブルを、こんな風にしたのかしら?」

「単純だから、ですわ」彼女は手を組んだ。「わたくしはギャンブルが好きなのですが、どうにも強くなれなくて……手順が複雑で、戦略の組み立て方がよく分からないのですわ。でも、これなら、ただの二者択一ですから、分かりやすいのですわよ」

「あー……ごめんなさい」小秋は軽く手刀を立てた。「そっちじゃなくて……なぜ、爆発をテーマにしたギャンブルにしたのかしら? さっきのデモンストレーションにしろ、宝箱にしろ、手が込んでいるっていうか……これじゃ、準備のコストがかなりかかっちゃうと思うんだけれど」

「そんなこと、決まっているではございませんか」三藤は微笑んだ。

「好きなんですよ、爆発が。コストなんて、気にならないほどに」口角を釣り上げた。

「身を震わせるほどの轟音、思わず踏ん張るほどの風圧、眼球が焼けるかと思わせるほどの熱……どれをとっても、素敵ですわ」目を見開いた。

「それにわたくしは、スプラッタムービーも好きなんですの」鼻の穴が大きくなった。

「好きなものと好きなものをかけ合わせることにより、最高に好きなものが出来上がりますわ。爆死スプラッタに、わたくしははまりましたの」黒目が小さくなった。

「最初は、B級映画や裏DVDなんかで満足していたのですけれど」呼吸が荒くなった。

「やっぱり、直接見たくなりまして」歯茎が露わになり始めた。

「適当に誰か車で攫っては、人気のないところで爆殺するように」犬みたいに舌を出した。

「でも、最近はマンネリで。それを打破すべく、シチュエーションやコスチュームにこだわるようになりましたの。あなたに制服を着て来てもらったのも、会場に廃校を選んだのも、それが理由ですわ」涎をぼたぼたと机に垂らした。

 そこまで言ったところで、表情が崩れていることに気づいたらしい。三藤は、「あらあら」と言って、腕で顔を拭った。

「しゃべりすぎてしまいましたわね」元の綺麗な顔に戻り、にこり、と微笑んだ。「さっそく、始めましょうか。その前に、対爆スーツを着させていただきますわ」

 三藤はそう言うと、机の上のスーツとヘルメットを手に取った。

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