第四十六話 アレインジイズ

 ルール説明を終えた後、小秋は「サイコロを買ってくるわ」といい、三十分ほど雷神百貨店を出た。彼女が調達してきたものは、白・赤・青・黄の、四種類のダイス四組だった。こいつらを、進む階数決めや仕掛ける特殊マスの位置決めの時に使う、ということらしい。

 その後、松久一人が、一階南東にあるカフェに連れてこられた。席に座らされ、テーブルの上に、陶製の茶碗が置かれる。この中で賽を振れ、とのことだった。

「まず、どの特殊マスから決めるの?」

「そうだな……じゃあ、【四階下がる】から」

「【四階下がる】ね。わかったわ。サイコロを振って」

 松久は茶碗にダイス四つを投入した。出目は、【白1】【赤4】【青2】【黄3】だった。

「四階、十三階、十七階、二十四階ね。どのフロアにする?」

「うーん……」

 松久は腕を組み、考え込んだ。しばらくして、「二十四階にする」と言う。

「二十四階ね。わかったわ」小秋はそう言って、持っていたメモ用紙に何事か書き込んだ。

 二十四階に到達したプレイヤーは、次のターンで振ったサイコロの中に【6】の出目があれば、三十階に進める。いわば、三十階が射程圏内に入る、最初のフロアなのだ。そこに【四階下がる】を設置すれば、三十階を射程圏内に入れようとして、愛咲が欲をかき、二十四階に停まった場合、四階下がらせ、二十階まで押し戻せる。

「じゃあ、次は何にする?」

「次は……うーん……【一階に戻る】で」

「【一階に戻る】ね。それじゃ、サイコロを振って」

 松久はダイス四つを茶碗の中に投入した。出目は、【白5】【赤3】【青5】【黄6】だった。

「八階、十二階、二十階、二十七階ね。どのフロアにする?」

「えーっと……二十階で」

 今度は、あまり考え込まずに答えた。二十階に【一階に戻る】を設置すれば、二十四階の【四階下がる】と組み合わせ、実質【一階に戻る】の特殊マスを二つに増やすことができる。

【一階に戻る】は、何も、停まると必ず不利になる、というわけではない。確かに、上りの途中なら大きな痛手だが、下りの途中なら、ゴールにワープするようなもの──ゴールするようなものだ。

(これで、実質【一階に戻る】の特殊マスは二つに増えた……次は、【三階上がる】のマスを決めようか)

「じゃあ、次は何にする?」

「【三階上がる】で」

「【三階上がる】ね。わかったわ。サイコロを振って」

 松久は、賽四つを茶碗の中に投入した。狙うは、【三階上がる】のマスを、実質【一階に戻る】のマスにできる、十七階だ。つまり、出目は、「青色のダイスが2」。

 他の色のサイコロは眼中から取り除き、ひたすら、青色のものの動きを目で追う。2が出ろ、2が出ろ、と心の中で呟いた。

 どうも、ついているらしい。出目は、【白2】【赤6】【青2】【黄1】だった。

「十七階で」

 松久は、小秋がフロアの候補を伝える前にそう言った。彼女は、わずかな間面食らっていたようだったが、すぐに表情を元の微笑に戻すと、「十七階ね。わかったわ」と言った。

「じゃあ最後は、【一回休み】ね。サイコロを振って」

 松久はダイス四つを茶碗に投入した。出目は【白6】【赤1】【青1】【黄4】だった。

「九階、十階、十六階、二十五階ね。どのフロアにする?」

「そうだなあ……」

 しばらく考え込んでから、「二十五階で」と言った。二十四階と同じく、三十階が射程圏内に入るフロアだ。二十四階と二十五階の両方に仕掛けておけば、愛咲が引っかかる確率が、その分高くなる。

「二十五階ね……さてさて、松久君の仕掛けた特殊マスの内訳は、こんな感じになったわ」

 小秋はそう言って、持っていたメモ用紙を見せてきた。

  十七階 【三階上がる】

 二十 階 【一階に戻る】

 二十四階 【四階下がる】

 二十五階 【一回休み】

「OK、わかった」

 その後、松久はカフェを追い出され、代わりに愛咲が入った。彼女も、特殊マスの位置を決めたに違いなく、二十分ほどして出てくる。願が、「それじゃあ、部下にマスの用意をさせてくるよ」と言った。その間に、松久と愛咲が、先攻・後攻を決めることになった。

「シンプルに行きましょう」三人はカフェに集まった。「サイコロを四つ同時に振って、出目の合計値が大きいほうが先攻、ってことで」

 そう、小秋が提案した。松久と愛咲の二人は、「いいぜ」「いいですよ」と言い、首肯した。

「どっちが先に振るんだ?」

「兄さんが先でいいですよ」

 それじゃあ、と言い、松久はサイコロ四つを握った。

(この、先攻後攻を決める勝負……可能ならば、先攻を取りたい)松久は、茶碗を手元に引き寄せた。(愛咲の設置した特殊マスに引っかかる可能性はあるが……基本的に、先攻が有利だ。仮にもし、お互い、何の特殊マスにも停まらなければ、必然的に先攻が勝つだろうし)

 彼は、サイコロ四つを茶碗の中に投入した。

 出目は【白1】【赤2】【青1】【黄3】だった。

(ぐっ……合計値、七だとっ……?!)松久は思わず歯を食い縛った。(これじゃあ、ほとんど確実に、愛咲が先攻になっちまう……!)

 彼女は、サイコロを手に取った。「じゃあ、次、私が振りますね」と言い、茶碗の中に投入する。

(七以下だ……七以下になれっ!)松久は両手を組んで、祈った。

 しかし、運命は無慈悲だった。

 愛咲の出目は、【白6】【赤5】【青6】【黄6】。合計値は二十三だった。

「私が先攻ですね」彼女は、ふふん、と笑った。「それにしても……兄さんの七に対し、二十三とは……大差で、幸先がいいですね」

(ちくしょうめ……いやいや、気持ちを切り替えろ)松久は、ぱん、と自分の両頬を張った。(負けたわけじゃねえ……先攻を取られただけだ。勝てるチャンスは、まだまだあるさ……)

 それから二十分後、マスの用意は終わった。願が、「お二人とも、準備はいいかい?」と言う。「先攻後攻も決まったことだし、そろそろ、ギャンブルを始めるよ。まずは、エレベーターホールに移動しようか」

 四人はカフェを出て、食料品売り場を通り過ぎ、ホールに向かった。しばらくして、到着する。

「じゃあ、私と姉さんは、警備員室で、ギャンブルの進行を見張っておくから。二人とも、頑張ってね」

 小秋たちはそう言って、ホールを出て行った。後には、松久と愛咲が取り残された。

「頑張ってね」はわかるが、「二人とも」はないだろう、愛咲にまで頑張らせてどうする──そんなことを考えていると、ピンポンパンポン、と天井のスピーカーから電子音が鳴った。「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」という、肥後の声が聞こえる。

「それじゃあ、私は行きますね」

 愛咲はそう言って、北西のエレベーターに乗った。「私、勝ちますから。絶対に」と言い、扉を閉める。ドアには窓がついているが、昇降籠側のそれには、模造紙が貼られていて、目隠しとなっていた。上昇・下降中に、途中のフロアの様子が見えないようにするためだ。

 しばらくの間、エレベーターは停まったままだった。肥後の放送が流れてから、一度開いた昇降籠の扉が、すべて閉まるまでが、一ターンとして数えられる。十五分以内にターンを終えなければ、「パス」と見なされ、強制的に相手のターンが始まる。そう、事前に教えられていた。

 エレベーターに乗っている時に十五分が過ぎれば、即失格だ。二人とも「パス」をした場合は、その時点で一階に最も近いフロアにいたプレイヤーの勝利となる。

 そんなことを考えているうちに、昇降籠が動き出した。数秒後、六階で停まる。愛咲が降りたに違いなかった。

「松久様のターンです。フロアを移動してください」

 肥後の放送が聞こえた。彼は南東のエレベーターに乗り込むと、扉を閉めた。

 昇降籠の隅に、簡素なテーブルが設置してあった。その上には茶碗と、サイコロ四つが置かれている。それらの様子は、近くに設けられたカメラによって撮影されていた。

 松久はダイスを握ると、茶碗に投入した。出目は、【白2】【赤4】【青6】【黄3】だった。

(つまり、俺が行けるのは、三階、四階、五階、七階のいずれかか……さてさて、どの階に進むべきか、だが……)

 まずは一つ、大きな疑問がある。

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