第四十五話 リフュージイズ

 正面玄関の近くにある、丸テーブルと椅子四脚のセットに、四人は腰かけていた。北の椅子に願、東の椅子に愛咲、南の椅子に小秋、西の椅子に松久が座っている。

「そもそも、姉さん、私たちが恋人として付き合うことを、認めるって言ったじゃない」小秋は、ぶすっ、とした顔で、口を尖らせて言った。「なんでいまさら、こんな真似をするのよ」

「だから、別に文句を言っていないじゃないか。あんたたちが、恋人として付き合うことは。しかし──まだあんたを、許嫁と結婚させることを、諦めたわけじゃない。松久が去勢され、不能になれば、あんたも、他の男に興味が出てくるかもしれないだろう?」

 小秋は、ふん、と鼻を鳴らした。願は、「それじゃあ、ギャンブルの説明をしようか」と言うと、指でパチンと音を立てた。近くに立っていた肥後が、手に持ったアタッシュケースをテーブルに載せ、開けると、中から、平べったくて四角い箱を出した。

「勝負内容は、『クアドラプルダイススゴロク』だ。その名のとおり、スゴロクなんだけど、一ターンに振るサイコロが四つあってね……」

 願は箱のフタを開け、中から白・黒・金・銀のサイコロを取り出した。白いほうは、通常の賽と同じで、一から六までの目がある。だが黒いほうは、通常の賽と異なり、各面に【進】【戻】【爆】【溶】【柔】【餅】と書かれていた。また、金のほうは、【A】【B】【K】【N】【R】【Y】というアルファベットが、銀のほうは、【目】【耳】【舌】【鼻】【肌】【髪】という漢字が書かれていた。

「例えば、白のサイコロで【3】、黒のサイコロで【溶】、金のサイコロで【Y】、銀のサイコロで【耳】が出るとするだろう? その場合は、まず、この紙コップを右手、このプラスチックボールを左手に持って──」

「駄目よ」

 唐突に、小秋がそう言った。願は台詞を中断すると、彼女の顔を見た。

「あなたが用意したギャンブルなんて、やれるわけがないわ。どんなイカサマが仕込んであるか、わかったもんじゃない」

 願はため息を吐いた。「まあ、疑う気持ちはわかるけど」と言う。「じゃあ、どうするんだい」

「私がギャンブルを提案するわ。それならいいでしょう?」

「別にいいが」松久も小秋の顔を見た。「どんなギャンブルだ?」

「今のクアドラプルダイススゴロクを見て思いついたの。その名も──『エレベータースゴロク』よ」

 エレベータースゴロク、と愛咲は復唱した。「どういうギャンブルなんですか?」

「簡単よ。この雷神百貨店は、一階から三十階まであるわ。そのワンフロアを、一マスとして数えるの。一階からスタートして、三十階まで上った後、また一階まで下りてくる。先に一階に戻ってきたほうの勝ち」

 なるほどねえ、と願は呟いた。「特殊なマスはどうするんだい? 一回休みとか、ふりだしに戻るとか。小秋が、どこにセットするか決めるのかい?」

「いいえ。それらをどこに設置するかは、プレイヤー──松久君と愛咲ちゃんの二人に、決めてもらうわ」

 松久と愛咲は、顔を見合わせた。小秋は「今から、詳細を言うわね」と言った。

「セットできるのは、全部で四つ。【一回休み】【三階上がる】【四階下がる】【一階に戻る】よ。各マスの意味は、名前のとおりだから、わざわざ解説しなくてもわかるわよね。

 松久君と愛咲ちゃんの二人には、これらの特殊マスを、二階から二十九階までの二十八フロアに、配置してもらうわ。お互い、どこにどれを設定したかは、わからないようにするからね」

「特殊マスがバッティングしたらどうするんだ? 例えば、俺が二階に【三階上がる】、愛咲が二階に【一回休み】をセットしたら?」

「その場合は、どちらも無効とするわ。該当フロアは、何のイベントもない、普通の階になるわね」

 なるほどです、と愛咲は呟いた。「一ターンに、どれだけ進むかは、ダイスで決めるんですか?」

「そのとおりよ。ただし、サイコロ一つだけだと、完全な運任せになって、心理戦の要素がなくなってしまうわ。

 そこで、振るダイスを四つにして、出た目の中から一つチョイスして、その数だけ進むことにするわよ。例えば、【1】【3】【6】【5】と出た場合は、『一階進む』か、『三階進む』か、『六階進む』か、『五階進む』か、選べる、というわけ。

 ただし、進行方向は、特殊マスに停まったとき以外、固定。三十階に辿り着くまでは、上昇、三十階に辿り着いた後は、下降のみとするわ。

 また、プレイヤーには、三十階でいったんストップしてもらうわね。例えば、三十階を目指しているとき、二十八階にいて、そこから六階分進む──一ターン内で、三十階まで行った後、二十六階まで下がる、ということはできないわよ。三十階に着いた時点で、そのターンは終わり」

「ふうん、そうなのかい」

「あと、一階と三十階以外のフロアに、プレイヤーが二人、留まることも許されないわ。もし、すでにプレイヤーのいる階に、別のプレイヤーが停まった場合は、後から来たほうに、そこから一階下がったフロアに移動してもらうから。

 そうそう、どの階にどの特殊マスを仕掛けるか、も、サイコロ四つで決めるわよ。それぞれの出目を、四階から九階、十階から十五階、十六階から二十一階、二十二階から二十七階、に対応させて。デパートを進むときと同じように、四つの出目の中から、好きな階を選んでもらうわ」

「へえ」

「雷神百貨店には、エレベーターが全部で五基、あるわね。ホールの、北西・北東・南西・南東の四基と、フロアの真西にある、停電時も自家発電装置で動く、非常用エレベーター。

 このギャンブルには、通常は、ホールの四基を使うことにするわ。もし、何かトラブルで、ホールの四基が使えなくなったら、非常用エレベーターを使う。だから、ゲーム中、非常用エレベーターを、プレイヤーが使用できなくする行為をしたら、ルール違反として失格とみなすから」

「わかりました」

「他にも、失格となる行為を言っておくわね。相手プレイヤーに暴力を振るう行為。デパートの外の空間に体を出す行為。エレベーター以外の手段でフロアを移動する行為。これらが発見されたら、即敗北とするから。防犯カメラで見張っているから、ばれないと思わないでね」

「一つだけ訊きたい」松久は手を挙げた。「それらに抵触さえしなければ──何でもありなのか?」

「もちろん」小秋は、にこっ、と笑った。「何でもありよ」

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