第四十七話 ルアーズ

(先程の、愛咲のターンの時……なぜ彼女は、六階に停まったのか、ということだ)

 このギャンブル、行きは、一刻も早く三十階へ到達することが優先される。一ターン目は、一度に進める最大値だけ進むべき──つまり七階まで上がるべきなのだ。

 なのにどうして、愛咲は、一フロア下の、六階に停まったのか。

(単純に、【6】の目が出なかったからか?)

 いや、それとも。

(七階に何か仕掛けたからか? 【四階下がる】や【一回休み】を……だからこそ、七階に停まれなかったのではないか?)

 待てよ。

(そうとは限らねえぞ……「兄さんが七階に特殊マスを設置したかもしれない」と、愛咲が深読みしたんじゃねえか……だから六階で停まったのかも……)

 では、五階に行くべきか?

(だが……もしかしたら愛咲は、そこまで読んでいるかもしれない……そして、五階に特殊マスを設置しているんじゃ……)

 では、四階へ行くべきか?

(……いやいや、いくら何でもそれは、弱気すぎる)松久は、ぶんぶん、と首を横に振った。(後攻なんだから、少しでも愛咲についていかないと……七階か五階の、どちらかに行くべきだ)

 腕を組み、考え込む。しばらくして、決断した。

 松久は、「5」のボタンを押した。

 エレベーターが上昇する。彼は、扉と反対側の壁についている窓から、夜景を眺めた。雷神百貨店のすぐ隣にある変電所。遠くに小さく見える、ユズタCG制作スタジオのネオンサイン。近くのビルについている、クアドラプルダイススゴロクのCMを流す電光掲示板。なかなか、壮大な景色だった。朝見た天気予報では、今宵は満月だと言っていたが、雲に隠れているせいで、その姿は拝めない。

 しばらくして、五階に到着する。扉が開いた。

 ホールには、何もなかった。特殊マスでない、空マスだ。

 松久は、ふうーっ、とため息を吐いた。「助かった……」と呟く。エレベーターを降りた。

 五階は、園芸用品売り場と、楽器売り場になっていた。全面ガラス張りとなっている壁の近くに、脚にキャスターのついた、四メートル×二メートルほどのグランドピアノが置かれている。

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

 肥後の声が聞こえた。松久は北西のエレベーターの階数表示機に目を遣った。

 しばらくの間、表示機は「6」のままだった。だがやがて、数字は増え出し、「11」でストップした。

(十一階……五階進んだってことか……)

 ところが、だ。数字は再び、増えだした。今度は、「14」でストップした。

「松久様のターンです。フロアを移動してください」という、肥後の声が聞こえる。

(何だって……? 一ターンに二回移動……? それも、六階から八階離れた十四階に……)

 しかし、考え込む間もなくその原因に見当がついた。【三階上がる】の特殊マスだ。

(やつは……愛咲は、十一階に、【三階上がる】を仕掛けておいたんだ……そして、さっきのターンで、わざとそれを踏んだ)

 ならば、自分もそれを利用するだけだ。

 松久はエレベーターに乗り込んだ。サイコロを振る。出目は、【白4】【赤5】【黄3】【青6】だった。

(行けるのは、八階、九階、十階、十一階か……)

 迷う必要もない。松久は「11」のボタンを押した。十数秒後、目的のフロアに到着し、扉が開く。

 ホールには、愛咲がいた。彼が来ることを予測していたようで、ドアの前に仁王立ちし、昇降籠の中を睨んできていた。

「愛……愛咲っ?!」松久は上擦った声を出した。「な、なんで……お前は十四階に移動したはずじゃあ……」

「この階で降りて、エレベーターだけ十四階に移動させたんです。扉を閉じる前に、『14』のボタンを押して。そうすれば、十一階に【三階上がる】のマスがあるように誤解させられ──ひいては、兄さんを、十一階に誘い込むことができるでしょう?」

 松久は、あんぐり、と口を開けた。十四階まで移動した昇降籠は、罠だったのか。

「いや、でも、それじゃあ十一階に降りて、扉が閉まった時点で、お前のターンが終了するじゃねえか……けれど、肥後の放送が流れたのは、エレベーターが十四階に上った後だったぞ」

「おや、気づきませんでしたか? あれ」

 小秋はそう言って、南西のエレベーターを指差した。松久はそちらに視線を遣った。

 二人とも使わなかったため、一階に停まっているはずのそれは、彼らが今いる十一階にやってきていた。

「あのエレベーターをここに呼んで、扉を開けておいたんです。ターン終了のアナウンスが流れないようにね。そして、北西の昇降籠が十四階に到着した後、開けておいたドアを閉めた。それだけのことです。

 さあ──同じフロアにプレイヤーが二人いてはいけない、というルールでしたよね。十階に移動したほうがいいのではありませんか?」

 松久は、はあ、とため息を吐いた。「わかっているよ」と言い、扉を閉じて、「10」のボタンを押す。数秒後、到着し、ドアが開かれた。

 ホールには、百円均一ショップで売っているような、安っぽい看板が立っていた。

 そこには、「四階下がる」と書かれていた。

「ちくしょうっ!」

 松久は、エレベーターの壁を殴った。どん、と大きな音がし、昇降籠が揺れる。

 しばらくの間、悔しさのあまり、じっとしていた。だが、特殊マスの命令に従わないわけにはいかない。松久は「6」のボタンを押すと、壁に凭れかかった。

 数秒後、六階に到着し、ホールに出る。辺りは、CD・DVD売り場になっていた。前に小秋が、最近はまっている、と言っていた、スカイダイビングをテーマにした連続ドラマ「SKYDIVER」の宣伝ポスターが壁に貼ってある。

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

 松久は、北西のエレベーターの階数表示機を眺めた。まだわからないぞ、と心の中で呟く。

(十一階からは、最大で十七階まで行ける……しかし十七階には、俺の仕掛けた【三階上がる】のマス……実質的には【一階に戻る】のマスがある)くくく、と笑う。(欲を出して六階進めば、一階にまで戻されるって寸法だ)

 階数表示機の数字が、増えだした。「17」になれ、「17」になれ、と心の中で繰り返す。そのうちに、口にも出始めた。

 しかし、そう上手くはいかなかった。エレベーターは、十四階で停まり、そこから動かなくなった。

「松久様のターンです。フロアを移動してください」という、肥後の放送が流れた。

(クソっ! 引っ掛からなかったか……)

 松久は舌打ちした。だがすぐに、まあいいさ、と気を取り直した。十四階からは、十五階から二十階までの選択肢があり、そのうち十七階と二十階は、実質的に【一階に戻る】のマスである。いわば、三分の一の確率で、愛咲は一階に戻るのだ。

(さて……サイコロを振らないと)

 松久は南東のエレベーターに乗り込むと、賽を茶碗に投入した。出目は【白5】【赤1】【青6】【黄4】だった。

(七階、十階、十一階、十二階か……)

 一フロアしか進めない七階や、【四階下がる】のある十階は論外として、現実的に選ぶべきは、十一階か十二階だろう。小秋が停まったことにより、安全が確保されている十一階を選ぶべきか、それとも、冒険して、わずかでも三十階に近い、十二階を選ぶべきか。

(……よし! ここは最も上がれる、十二階へ行こう)松久はエレベーターに乗り込むと、「12」のボタンを押した。(少しでも遅れを取り戻さないといけねえ)

 数秒後、目当てのフロアに到着する。扉が開いた。

 ホールには、何も置かれていなかった。

 松久は安堵のため息を吐きながら、エレベーターを降りた。「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」という、肥後の放送が流れる。十二階は文房具売り場になっていた。

(さあて……愛咲は何階に行く?)北西のエレベーターの階数表示機を眺めながら、にやにや笑う。(十七階でも、二十階でも……俺としては、どっちでもいいんだぞ? けっきょくは、一階に戻るんだからな……)

 だが、そのうちに、おかしな現象が発生した。

 北西以外のエレベーター三基が、いっせいに動き始めたのだ。それらはすべて、十四階で停止した。

(……は?)

 しばらくして、再び、エレベーターが、北西のものから時計回りに動き出した。それらは、二十階・十九階・十八階・十七階で停まり、それっきり上昇しなくなった。

「松久様のターンです。フロアを移動してください」という、肥後の声が聞こえる。

(クソっ……攪乱か!)松久は歯軋りした。(自分がどの階へ行ったか、俺にわからなくさせるための……)

 だが、自分にもツキは残っていたらしい。

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