第四十八話 ターンズ

(二十階と十七階はない……この二つのエレベーターはダミーだ。これらのフロアは、実質的には【一階に戻る】のマスになっている……停まったままのわけがない)

 愛咲の設置した特殊マスとバッティングし、無効になってしまっているのではないか?

(彼女の残り特殊マスは、【三階上がる】【一回休み】【一階に戻る】の三つ……俺が十七階に設置した【三階上がる】が、あいつの【一回休み】【一階に戻る】とバッティングして、無効になった、ということはないだろう。やつはわざわざ、自分にとって不利になるマスに停まりに行ったということになる)

 つまり、愛咲が十七階にいる確率は、ゼロパーセントだ。

(二十階は……まあ、あいつが【三階上がる】のマスを仕掛けていて、俺の【一階に戻る】のマスとバッティングした可能性も、なくはないな……)

 すなわち、愛咲は今、二十階、十九階、十八階の、いずれかにいるわけだ。

 松久は南西のエレベーターを呼び、乗り込むと、サイコロを振った。出目は、【白4】【赤2】【青5】【黄6】だった。

(進めるのは、十四階、十六階、十七階、十八階のいずれかか……はたして、どこに行くべきか?)

 第一に、十七階はあり得ない。どう考えたって、松久の設置した、実質的に【一階に戻る】のマスが生きている可能性が高い。

 第二に、十八階も難しい。もし、愛咲がそこにいた場合、彼は一階下がって、十七階へ行く羽目になり、ひいては、一階に戻ることとなるからだ。

(決まりだ……ここは、十六階へ行くべきだ)

 松久は、「16」のボタンを押した。数秒後、到着し、扉が開いた。

 ホールには、何もなかった。彼は胸を撫で下ろしながら、フロアに降りた。十六階は、おもちゃ売り場になっていた。

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

 松久は、ホールの階数表示機四つを、順番に見ていった。そのうち、南東のエレベーターのそれに、上向きの矢印の表示が現れた。

 十八階に停まっているものだった。

(危なかった……)松久は、ふうう、とため息を吐いた。(もし十八階に行っていれば、愛咲とバッティングし、一階下がって十七階、最終的に一階にまで戻されていたところだ)

 階数表示機の数字が、一ずつ増えていく。そのうちに彼は、あることに気づいた。

(今回もだ……このターンでの愛咲の選択肢は、十九階から二十四階……つまり、最大値である二十四階へ行けば、実質的に【一階に戻る】のマスに停まってしまうことになる……)

 しかもこのターンは、先程までとは事情が違う。

(二十四階へ辿り着ければ、次のターンで三十階に到達できる可能性が生じる……折り返し地点が射程圏内に入るんだ。しかし、二十三階以下だと、もう一ターン、余分にかかることになる……)

「次のターンで三十階へ行ける」という誘惑に負け、二十四階に停まるか。それとも、その誘惑を、松久に逆手にとられているかもしれないと考え、二十三階以下に停まるか。

(どっちだ?! 愛咲は……どっちなんだ?!)

 階数表示機の数字は、どんどん増えていく。

 やがてそれは、「22」で停止した。

(二十二階か……)ちっ、と舌打ちをする。(誘惑に勝ちやがったな……いや、ただ単に【6】の目が出なかったのか?)

 ところが、それで終わりではなかった。

 階数表示機の数字が、また増えだしたのだ。今度は、「25」で停まった。

 一瞬、わけがわからなかったが、すぐに原因を理解する。愛咲は二十二階に、【三階上がる】のマスを仕掛けていたのだ。そのため、二十五階へ上がることとなった。

 今度は、十一階から十四階へ上がった時のような、罠ではないだろう。北西、北東、南西のエレベーターは、それぞれ、二十階、十九階、十六階に停まっている。扉が閉まればターン終了なのだから、それを防ぐため、ドアをずっと開けておく用に、いずれかの昇降籠が二十二階になければならない。まさかと思い、非常用のほうも確認したが、一階に停まったままだった。

「よっしゃあっ!」

 松久はガッツポーズをした。二十五階には、【一回休み】を仕掛けてある。

 愛咲の残り特殊マスは、【一回休み】【一階に戻る】の二つ。自分からそれらに停まりにいくわけがない。

 次のターン、確実に、彼女は休む羽目になる。

(この隙に、差を縮めないと……!)

「松久様のターンです。フロアを移動してください」

 彼は南東のエレベーターを呼び、乗り込むと、サイコロを振った。出目は、【白3】【赤4】【青5】【黄6】だった。

 進めるのは、十九階、二十階、二十一階、二十二階。いったい、どのフロアへ行くべきか。

(二十二階はありえないな。【三階上がる】で二十五階に行き、そこには愛咲がいるので二十四階に行く羽目になる……実質的に【一階に戻る】のマスだ)

 二十階もありえない。そこには実質的に【一階に戻る】のマスをしかけている。

(十九階もちょっとなあ……次のターンで、二十六階以上に行けなくなる。二十六階・二十七階・二十八階・二十九階のいずれかに停まらないと、その次のターンで三十階には進めない……)

 となると、おのずと行くべき階は見えてくる。

(二十一階だ)

 松久は「21」のボタンを押した。数秒後、到着し、扉が開く。

 ホールには、何も置いていなかった。彼は安堵の息を吐いてから、エレベーターを降りると、ドアを閉めた。二十一階は、電化製品売り場になっていた。

「松久様のターンです。フロアを移動してください」

「あっ、そうか……」愛咲は、一回休みなんだった。

 先程閉じた扉を開き、エレベーターに乗り込んだ。サイコロを振る。出目は【白2】【赤1】【青5】【黄6】だった。

(行けるのは、二十二階、二十三階、二十六階、二十七階のどれかか……)

 二十六階と二十七階のどちらかまで進めば、次のターン、三十階に到達できる可能性が生じる。はたして、どちらに停まるべきか? 愛咲が、【一回休み】【一階に戻る】の特殊マスを仕掛けている可能性も否定できない。

(……まあ、ここは、カンで選ぶしかないか)松久は「27」のボタンを押した。(二十七階にしよう……三十階に近い階には、あいつもマスを仕掛けにくいだろう。例えば、俺が何のイベントもなしに二十四階に停まることができれば、二十五階以降はスルーされるわけだし……)

 数秒後、目当てのフロアに到着し、扉が開く。

 ホールには、何も置かれてはいなかった。松久は安堵しながら、エレベーターを降り、ドアを閉めた。二十七階には、ユズタ・ピクチャーズの経営する映画館、ユズタ・シネマがあった。

 その後、愛咲は三十階へ行った。松久は、「松久様のターンです。フロアを移動してください」の放送があった後、エレベーターに乗り込み、サイコロを振った。

 先に、白・青・黄のダイスが停止した。出目はそれぞれ、【1】【2】【1】だった。

(まっ……まずいっ! これで、赤のサイコロの出目も【2】以下だと、三十階へ行けなくなるっ……!)

 松久は手を組み、必死に、【3】以上が出ますように、【3】以上が出ますように、と祈った。

 赤のサイコロの出目は、【6】だった。

 ふうう、と松久は安堵の溜め息を吐いた。何とか、三十階に到着できる。彼は「30」のボタンを押した。

 エレベーターホールには、愛咲がいた。「遅かったですね」と言う。「待ちくたびれてしまいましたよ」

「ふん。よく言うぜ」松久は彼女に、びしっ、と左手の人差し指を突きつけた。「ここから逆転だ」

 愛咲は、にやり、と笑った。「楽しみにしています」

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

 おっと、私のターンですか。彼女はそう言うと、上りに乗った北西のエレベーターの扉を開け、中に入り、ドアを閉めた。

(さて……問題はここからだ)松久はため息を吐いた。(十七階、二十階、二十四階は、ゴールへ直行できるワープゾーンと化した……逆に言えば、先に愛咲に、これらのフロアに停まれられれば、俺の負けだ)

 彼女の乗ったエレベーターが、動き出す。階数表示機の数字が、「29」「28」と減っていった。松久は、頼む、二十四階には停まらないでくれ、二十四階には停まらないでくれ、と必死に願った。

 祈りは通じなかった。数字は「24」でストップした。

(ああ──負けたっ)

 彼は、がく、と膝をついた。項垂れる。しばらくして、「松久様のターンです。フロアを移動してください」という肥後の放送が聞こえた。

 負けたのに、まだ続けなきゃならねえのか──そんなことを考えながら、彼は再び、北西のエレベーターの階数表示機に目を遣った。

「24」のままだった。

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