第四十九話 ディスペアーズ

(……はっ?)

 一瞬、呆然とする。しかし、すぐに我を取り戻した。

(エレベーターが、二十四階から動いていない……? たしかにあそこには、【四階下がる】を仕掛けたのに……)はっ、とした。(そうか……バッティングしたんだ、あいつの仕掛けた、他の何かと……)

 彼女の残り特殊マスは、【一回休み】【一階に戻る】の二つ。このうち、愛咲が自ら踏みに行くものと言えば、【一階に戻る】しかない。これが、松久の【四階下がる】とバッティングしたのだ。

(勝機が見えてきたぞ)

 松久は、南東のエレベーターに乗り込んだ。扉を閉め、サイコロを振る。

 出目は、【白5】【赤3】【青1】【黄6】だった。

(進めるのは、二十九階、二十七階、二十五階、二十四階か……まあここは、二十四階だな。愛咲とバッティングするから、一階下がって二十三階へ行けるし……少しでも、先に進めるほうがいい)

 松久は、「24」のボタンを押した。しばらくして到着し、扉が開く。ホールには、愛咲が、ぶすっ、とした顔でいた。

「まさか、バッティングするとは……これで勝った、と思いましたのに」

「油断大敵、ってやつだな」松久はそう言うと、扉を閉め、「23」のボタンを押した。

 数秒後、到着し、扉が開く。ホールには、何もなかった。二十三階は、紳士服売り場・和服売り場となっていた。

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

(次のターン、【3】か【6】の目が出れば、俺は二十階・十七階に行く……そこには実質的に【一階に戻る】の特殊マスがあるから、ゴールへワープできる)ふふふ、とわらう。(このターン、あいつが二十階に行かなければ……俺の勝ちだ)

 愛咲は最大で、十八階まで進むことができる。上りで停まったフロアだから、特殊マスがないことも確認できている。一階に最も近づけるうえ、安全も買えるのだ。彼女が十八階を選ぶ可能性は高い。

 そんなことを考えていると、北西のエレベーターが動き始めた。階数表示機の数字が、減っていく。

 それは、「21」で停止した。

(二十一階……ぎりぎりセーフだな)松久は、ふうーっ、と安堵の溜め息を吐いた。

「松久様のターンです。フロアを移動してください」

 彼は南東のエレベーターに乗り込んだ。扉を閉め、サイコロを振る。

 出目は、【白4】【赤4】【青4】【黄5】だった。

(クソっ! 【3】も【6】もねえ……これじゃ、進めるのは十九階か十八階……ゴールはできない……)

 しばらくの間、悔しさに苛まれていた。十数秒後、「19」のボタンを押す。

 少しでも、十七階から離れていたほうがいい。たとえ、十九階で振ったサイコロにおいて【2】の目が出なくても、【1】の目さえ出れば、十八階に留まることができ、十七階を射程圏内に収めたままにできる。

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

(さて──問題は、愛咲だ)松久は北西のエレベーターの階数表示機を見上げた。(十七階と二十階を、スルーしてくれればいいか……)

 しばらくして、表示機の数字が減り、「20」になった。

(停まるなっ!)

 松久は心の中で叫んだ。数字は、「19」になった。

 ほっ、と安堵の息を吐こうとした。しかし、肺は膨らんだ瞬間に停止した。階数表示機が、「17」を表示したためだ。

「停まるなっ!」

 松久はそう叫んだ。数字は、「16」になり、そこからまったく減らなくなった。

 彼は今度こそ、ほっ、と安堵の息を吐いた。これで愛咲は、実質【一階に戻る】の特殊マスを利用できなくなった。

「松久様のターンです。フロアを移動してください」

(このターン……【2】の目が一つでも出れば、俺の勝ちだ!)

 松久はエレベーターに乗り込むと、扉を閉め、サイコロを振った。出目は、【白1】【赤4】【青2】【黄2】だった。

(勝った)

 松久はガッツポーズをした。「17」のボタンを押す。

 しばらくして到着し、扉が開いた。ホールには、「三階上がる」と書かれた看板があった。

(よし)

 松久は扉を閉めると、「20」のボタンを押した。やがて到着し、ドアが開いた。

 エレベーターホールには、何もなかった。

「……えっ?」

 エレベーターを降り、ホールを隅々まで見回す。やはり、何もなかった。

(……バッティング……したのか?)呆然とした頭の片隅で考える。(愛咲の、残りのマス……【一回休み】と、俺の【一階に戻る】が、重複した……だから、無効になったのか?)

 そうとしか考えられない。

(これで……愛咲に勝つには、あいつよりも早く、一階へ行くしかなくなった)

 今、彼女は、十六階にいる。対して、松久は、二十階。四階分の差がある。

(……いや、まだ絶望するのは早い)松久は、ぶんぶん、と首を横に振った。(出目次第では、四階差なんて、あっという間に覆せる)

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

 肥後の放送が聞こえた。松久は、北西のエレベーターの階数表示機に目を遣った。

 しばらくして、数字が減り出し、それは「12」で停まった。

(十二階か……ということは、このターン、愛咲は四階しか下がっていないことになる。あまり、出目はよくねえみてえだな……もし【6】の目が出ていれば、当然、【四階下がる】のある十階に行っているだろうし)松久は、ぐっ、と右手の拳を握った。(まだまだ、チャンスはある)

「松久様のターンです。フロアを移動してください」

 彼はエレベーターに乗り込むと、扉を閉め、サイコロを振った。出目は、【白3】【赤5】【青6】【黄3】だった。

(十七階、十五階、十四階か……【三階上がる】のマスがある十七階は論外として……やはりここは、一階でも多く進むべき──十四階へ行こう)

 松久は「14」のボタンを押した。しばらくして到着し、扉が開いたので、降りる。辺りは、スポーツ用品売り場になっているらしかった。

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

 松久は北西のエレベーターの階数表示機を見上げた。しばらくして減り始めた数字は、「9」で停まった。

(九階か……まずいな……)おそらく愛咲は、次の次、のターンで一階に到達するだろう。(このターン、せめてやつを追い越さねえと)

 松久は南東のエレベーターに乗り込むと、扉を閉め、サイコロを振った。出目は、【白3】【赤5】【青1】【黄6】だった。

(クソっ! 【4】が出なかったか……)彼は舌打ちした。(【4】が出れば、十階へ行き、そこに仕掛けられている【四階下がる】で、六階へ行けたというのに……)

 まあ、ここは、最大値である【6】が出ただけでもよしとしよう。いちおう、愛咲を追い越すことはできるし。松久はそう呟くと、「8」のボタンを押した。

 しばらくして到着し、扉が開いたので、エレベーターホールに降りる。辺りは、家具売り場・書籍売り場になっていた。

「愛咲様のターンです。フロアを移動してください」

 松久は、北西のエレベーターの階数表示機を見上げた。しばらくして、減り始める。

(一階分しか進むな、とは言わない、言わないが……できるだけ、一階には近づかないでくれっ)

 彼はそう祈りながら、階数表示機を見つめた。

 数字は、「3」で停止した。

「んなっ……!」

 思わず、声が出た。三階だと、と心の中で呟く。

(これじゃあ、次のターン、愛咲は、サイコロで【2】以上の目が一つでも出れば、一階に到達してしまう……)

 それを回避する方法は、ただ一つ。【1】のゾロ目が出ることだ。その場合なら、愛咲は二階に行くしかなくなる。

(しかし、サイコロ四つを振って、【1】のゾロ目が出る確率は、千二百九十六分の一──およそ、〇・〇〇〇八パーセント)

 次のターンで、愛咲が、そう都合よく、〇・〇〇〇八パーセントを引き当ててくれるだろうか。

(ありえない、と言っていい)

 なんということだ。

(負けが……確定したも同然だ)ごくり、と唾を呑み込む。(必敗だ)

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