第五話 アクセプツ

 リボルバーが一丁、オートマチックが二丁ある。松久は目を丸くして、その三つを見つめた。

「私を含めて、一人、一丁ずつ持つことにするわ。少しは、相手への牽制になるでしょう。私は不殺主義者だから、できれば使わないほうがいいんだけれど」

 ふつう人間は、誰だって不殺主義者だろう。松久はそう思ったが、口には出さなかった。小秋は今まで、違法なギャンブルにおいて、誰かを殺せるような機会に遭遇したが、その時も殺さなかった、ということなのかもしれない。

「扱い方は、後で教えるわ。そのために、こんな辺鄙な場所の隠れ家に来たんだし。この辺りじゃ狩猟が盛んで、しばしば銃声が聞こえるから、ばれないわよ」

「……それで、身元がはっきりしている人間の中から、俺たちを選んだ理由はなんなんだ?」

「そうね……第一に、お金を必要としていること。じゃないと、そもそも引き受けてくれないでしょうしね。青足君は大学の費用、提婆君はクレジットカードの支払いでしょ?」

「ちょ、ちょっと待つっす」提婆は両手を前に突き出した。「どうしてそんなこと、知っているんすか?」

「探偵を雇って、調べてもらったのよ」

 松久は思わず、眉を顰めた。小秋は、「大事なパートナー選びだから」と言い訳すると、話を進めた。

「第二に、非合法な行為への耐性があること。なにも、度胸が必要って言っているわけじゃないわ。途中で、良心の呵責とやらに耐えかねて、仕事を放棄しないように、って意味よ」

「へえ……」

「まあ、この点も二人は大丈夫ね。ドライな性格で、少し自己中心的、倫理よりも損得や人付き合いを優先するタイプ……」

(なんだか、貶されているようだ……)

「この二つだけだと、他にもいるんだけれどね。その中から特に、あなたたちを選んだ理由は、別にあるわ」

「別?」

「まず、提婆君」小秋は彼のほうを向いた。「あなたは、頭が切れるし、運動神経もよくて、全体的に有能だから」

 提婆は、にやり、と笑った。「あざーす」

「で、青足君」今度は松久のほうを向いた。「あなたは、『起死回生力』が強いから」

「起……なんだそれ?」

「要するに、追い詰められたとき、ものすごい力を発揮できる、っていうことよ。ギャンブルは、結局は運がすべてを左右するから、どんなに有能な人でも、逆境に陥ることはある。そのとき、ピンチに慣れていないと、動揺して、上手く立ち回れないわ。でも、あなたなら、窮地に立っても、そこから回復できる可能性がある」

「……なんで、そう思うんだ?」

「あなた、普段の授業中は、寝たりスマートホンを弄ったりで、ぜんぜん集中していないじゃない。それなのに、成績はそこそこ高い。どういうことかと思って、探偵に調べさせたのよ」

「また、探偵かよ」松久は思わず、ため息をついた。

「それで、分かったの。あなたは、テストの直前に、集中して勉強しているって。それも、半端な集中じゃないわ。ご飯を食べながら教科書を読み、お風呂に入りながら問題集を解き、栄養ドリンクがぶ飲みで一睡もせずに机に向かう。普通の人間なら、やろうと思ってもできないわ」

「そりゃ、どうも」

「これが、『追い詰められると力を発揮する』っていう根拠よ」

「……っていうか、ただ『突っ立っているだけ』の人間に、そこまで多くを求める必要があるんすか?」

「まあ、念のため、よ。何があるか分からないから。……で、説明は一通り終わったけれど」小秋は二人を交互に見た。「どうかしら? ギャンブルの付き添い……引き受けてもらえる?」

 松久たちはしばらくの間、押し黙った。やがて、提婆のほうが、「僕は、やるっす」と言った。

「ありがとう。……青足君は?」小秋は彼を、じっ、と見つめた。

 美少女に凝視されることなど、今まで一度たりともなかった。思わず、たじろいでしまう。

「……わ、分かったよ。引き受ける」

 そう答えた。大学には行きたいし、突っ立っているだけで済むなら、危なそうでも、なんとか切り抜けられるだろう。

「ありがとう、二人とも」小秋は、にこっ、と微笑んだ。直視し、どきり、とする。「それじゃあ、当日の予定について説明するわね。ギャンブルが行われるのは六日後。午後一時から、この山にある廃村の、学校でやるらしいわ」

「廃村の学校?」提婆は訝しげな声を上げた。「なんで、そんなところでやるんすか? てっきり、どこかのカジノか何かだと……」

「さあね、向こうの都合でしょ。それで、正午には、ここに集合すること。小一時間も歩けば、到着するから」

「ふうん」

「この廃別荘に来るまでの道筋は、今日と同じところを通ってちょうだい。防犯カメラの類いに、いっさい映らずに来れるルートなの。地図を後であげるわね。万が一、勝負相手が襲ってきて、あなたたちが殺されちゃった場合、警察の捜査で、どこに行ったのかがばれると、まずいから……」

「ちょっ──おいおい、やっぱり俺たちにも、殺される危険があるのか?」

「あくまでも、念のため、よ」

 小秋はそう言ったが、松久はとうてい、納得はできなかった。

「駅のカメラには映っちゃうでしょうけれど、それだけなら大丈夫よ。そこから、どこに行ったかが分からないもの。持ち物は、基本的に自由だけれど、イカサマ防止のために、ギャンブル前に簡単なボディーチェックをするらしいわ。地図は、必ず持ってきてね」

「分かったっす」

「あっ、あと、向こうから、服装の指定があるわ。高校の制服を着て来いって」

「制服でえ?」松久は眉を顰めた。「なんでまた……」

「知らないわよ、そんなの。もっとも、対象はギャンブルに参加する私だけで、ギャラリーのあなたたちは違うと思うけれど……念のため、お願いね。他に質問は?」

 提婆が手を挙げた。

「何かしら?」

「好きな男子のタイプは?」

「私よりギャンブルが強い人よ」

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