第四話 エクスプレインズ

 背後から、男の声が聞こえた。振り返って見ると、ポロシャツにジーンズ姿の男が、居住棟の扉から出てくるところだった。首には、ネックレスを着けている。

「どこに行っていたのよ」小秋は呆れたように言った。「提婆君」

「暇だったんで、別荘を探検してたんすよ。家具とかおもちゃとか、いろんなもんが残っていて、面白かったっす」

 小秋は、はあ、とため息をつくと、彼を手で差し、「こちら、提婆君」と言った。

「ども、提婆っす」提婆は、軽く会釈をしてきた。

「あ、どうも、青足だ」小秋が、自分以外の異性をこの場に呼んでいたことに、軽く嫉妬した。「……お前があの、提婆明光か」

「えっ、僕のこと知ってんすか?」

「学校じゃ有名じゃねえか。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群……」

「あざーす。いやあ、照れるっすねえ」提婆は、あはは、と笑って、頭をかいた。

「挨拶は終わったかしら?」小秋はそう訊くと、返事も待たずに、「こっちよ」と手招きをして、歩き出した。二人も、後を追う。

 彼女は、正方形をした中庭の、トンネルとは反対側にある辺の中央付近に行った。朽ちてはいるが、机や椅子、地球儀のオブジェなどがある。さながら、船長室といった趣だ。

 机の上に、ショルダーバッグを置いた。「それじゃ、あなたたちに依頼したいことについて、説明を始めるわ」

 提婆が拍手したが、小秋は「冷やかさないでちょうだい」と言い、止めさせた。

「ずばり、『ギャンブルの付き添い』よ。私が、違法なギャンブルに参加するから、ギャラリーとして、それに付き添ってほしいの。相手の手を盗み見たりとか、ボディーガードをしたりとか、そんな必要もないわ。ただ、立って眺めているだけでいい」

「……それだけ、っすか? それだけで、一〇〇万円?」提婆は眉を顰めた。「なんか……正直、怪しいっすねえ」

「一緒にいてくれるだけで、役に立ってくれるのよ。実は私、今度のギャンブルでは、命を賭けるの」

「いのっ……」

 松久は絶句した。あまりに軽く、さり気なく言われたので、嘘ではないのか、とすら思った。

「それで、ギャンブルに参加する条件として、死んでも──つまり、世間的に行方不明扱いになっても、騒がれないよう、騒がれてもギャンブルの件が明るみに出ないよう、いろいろ準備してきたんだけれど」小秋は腕を組んだ。「それだと、せっかく勝っても、ちゃんとお金がもらえないかもしれないじゃない。殺しても大丈夫なんだから」

「なるほど……」

「そこで、あなたたちよ」小秋は改めて、二人を見た。「あなたたちは家族と住んでいて、仲も良好。突然、行方不明になったら間違いなく、警察沙汰で大騒ぎね」

「そういうことっすか」提婆は、うんうん、と頷いていた。「それなら確かに、僕たちは、簡単には殺されないっしょ。小秋ちゃんが勝ったことの、保証人になれる」

「でも……柚田だけ殺されて、俺たちは生きて帰らされたりしたら、どうすんだよ?」

「それは──」小秋はしばらく、考える様子を見せた。「そのときは、諦めるしかないでしょう。いちおう、抵抗はするけれど」

「……っていうか、その口ぶりだと、今までも、命はかけてなかったにしろ、違法なギャンブルに参加してたんすよね? その時のお仲間は、呼ばないんすか?」

「今までは、一人だったのよ。裏カジノみたいなところは、他の客への信用問題もあるから、勝ってもちゃんとお金を払ってくれていたんだけれど、勝ち過ぎて、行きつけのカジノ全部から出禁くらっちゃって。抗議したら、代わりに、今度のギャンブルを紹介してくれたのよ。それで、さすがに命を賭けるなら、一人じゃ心許ないかなって」

「そうそれ、それだ」松久は小秋を指差した。「いったい、どんなギャンブルなんだよ」

「詳細は聞かされていないわ。なんでも、『爆発』がテーマらしいけれど」

「ばっ……」松久は、特撮作品の爆発シーンを思い描いた。「大丈夫か、それ」

 命を賭けているって言ったじゃない、と小秋は返した。「負けたら大丈夫じゃないわよ」

「あ、そ、そうだったな……」

「あのー」提婆が手を挙げた。「どうして、パートナーに選んだのが、僕たちなんすか?」

「私の求める条件に、ぴったり当てはまったからよ。順を追って、説明するわね。まず、私はただのギャンブラーで、いつも一人でプレイしていたから、裏社会へのコネクション、みたいなものがあるわけじゃないの。それで、誰かを自力で誘う必要があった」

「インターネットで募集したりとか……」

「そんな人間、信用できるわけないじゃない。もし、勝負相手の送り込んだスパイみたいなやつだったら、どうするのよ。そうでなくても、裏切られて、金を盗られた後に雲隠れされたら、見つけられないかもしれないし」

「でも……うーん」松久は腕を組んだ。「俺たちみたいなド素人よりは、マシだと思うんだがなあ……」

「ただ突っ立っているだけでいいんだから、ド素人でもできるわよ。それに、あなたたちは身元がはっきりしているから、裏切られても、後を追いやすいわ。なにより、スパイである可能性もゼロに近いし」

「そうっすけど……今日からギャンブル当日までの間に、勝負相手に接触されて、スパイになる、っていう可能性も、あるんじゃないっすか?」

「そうだけれど……それを言っていたら、キリがないわよ。まあ、この会話を盗み聞きでもされていないかぎり、あなたたちがパートナーだとは知られないから、大丈夫じゃないかしら」

「い、いや、でもなあ……」松久は未だ、納得できなかった。「こう、なめられたりとか──」

「それも、大丈夫よ。まさか、手ぶらで行かせると思っているの?」

「えっ?」

 小秋は、ショルダーバッグをごそごそと漁った。そして、何かを三つ取り出し、机の上に置いた。

 それらは、拳銃だった。

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