第六話 カムズ

 そして、六日が経ち、ギャンブル当日がやってきた。

 事前に示し合わせたとおり、正午に、廃別荘の船長室エリアに集合した。三人とも、高校の夏用制服を着ている。地図は、小秋が破いた後、埋めた。

「さあ、二人とも、準備はいいかしら」

 小秋の制服姿は、体のラインがはっきりと浮き出ていた。特に、胸が強調されており、ネクタイは谷間に挟まれている。終業式の日、彼女と会話をした時は、その見た目に気づかなかった。もっとも、当時は、突然話しかけられて動揺していたから、仕方ない。

「おう」緊張のあまり、返事が短くなる。

「いいっすよ」

「じゃあ、行くわよ」

 そう言うと、小秋はトンネルへと歩き出した。松久たちも後に続く。

 廃別荘を出、廃村へ向かった。提婆はリボルバー、他二人はオートマチックを持っている。六日前、小秋の話の後に、撃つ練習を行った。けっきょく、二人とも命中率はひどいものに終わったが、なんとか、拳銃を構え、発砲するまでの動作に、ぎこちないながらも、慣れることができた。

 小秋は、ボストンバッグを肩から提げていた。提婆が訊く。

「その鞄、何が入ってるんすか?」そう言う彼も、リュックサックを背負っている。

「賭け金とか、予備の銃弾とか……いろいろよ。あなたは?」

「水筒とか、食いもんとかっすよ」

 丁字路を直進し、数分歩くと、脇道が見えた。といっても、パイロンとコーンバーで塞がれていて、そのままでは、車の類いは入れそうにない。三人はバリケードの横をすり抜けた。ひたすら、道なりに歩き続ける。

 提婆は、積極的に、他の二人に話しかけていた。緊張を紛らわそうとしているのか、単に能天気なだけなのかは、分からない。彼はひどく日焼けしていて、肌は真っ黒になっていた。松久は逆に、これから起こることに対する不安で頭がいっぱいで、自分からは何も喋ろうとはせず、提婆に対しても生返事をしていた。小秋も、口数は少なく、彼のお喋りも軽くいなしていた。

「そういや青足さんって、釣りに興味ないっすか?」

「いや」

「そうっすかあ。僕、釣りが趣味なんすけど、なかなか同じ趣味の人が見つからなくって」

「そうなのか」

「ま、釣りは釣りでも、釣るのは魚じゃなくて女の子なんすけど。くくっ」

「……ふうん」

「例えば、先週の旅行でも、ホテルで可愛い女の子と出会って──」

 しばらくして、開けた場所が見えてきた。民家や、直方体の施設など、幾つかの建物が立っている。どれもぼろぼろで、一目見て廃墟だと分かった。ここが、目的地の村だろう。

 そこまで来たところで、小秋が立ち止まり、「あっ」と声を上げた。「しまったわ……」

「なっ、なんだ!」松久は思わず、声が裏返ってしまった。「どうしたんだっ」

「ちょっと──忘れ物をね……」

「何か、重要なものなんすか?」

「いや、まあ、最悪、なくてもギャンブルに支障はないんだけれど……」

 小秋は腕を組み、うーん、と唸った。

「まあ、いいわ。いまさら、取りに帰れないし」

「そ、そうか……」

「さあ、早く行くわよ」そう言って、小秋は歩き出した。

 廃村は、広くはあったが、入り口から全域を眺め渡すことができた。北のほうに、学校らしき建物が聳えているのが見える。

「あそこっすかね?」提婆はそれを指差した。

「そうでしょうね」

 三人は、そこへ向かった。到着した頃には、午後一時の約十分前になっていた。

「……で、具体的には、学校のどこでやるんだ?」

「さあ……『学校』としか──」

 小秋は言葉を途中で打ち切り、じっ、と校庭を見つめた。松久もつられて、視線を追う。

 敷地はほぼ正方形で、北の辺に沿うようにして三階建ての校舎があり、それ以外はすべて校庭だった。門は、南の辺にしか設置されていない。そこをくぐってすぐのところに、学校机が一つと、それを挟むようにして、椅子が二つ置かれていた。そのうちの右側には、上品そうな服装をした、美女が座っていた。机の上には、もこもこした濃緑の塊と、ヘルメットがあった。

「あなたが、今回のギャンブルの相手かしら?」

 小秋は校門をくぐり、そう言った。松久たちも後に続く。辺りを見回したが、その女性以外に、誰もいないようだった。もっとも、隠れているだけかもしれない。校庭の隅には、巨大な扇風機が設置してあった。真新しいから、彼女が据えたのだろう。

「そのとおりですわ。そう言うあなたこそ、プレイヤー様ですわね?」

「そうよ」小秋は空いている椅子の横に立った。「座ってもいいかしら?」

「どうぞ」

 小秋は椅子を引き、座った。ボストンバッグを足元に置く。

「お初にお目にかかります」女性は深々と頭を下げた。「わたくし、旅富三藤と申します。このたびのギャンブルを、催させていただきました」

「私は、柚田。こっちは、同じ高校に通う、提婆君と青足君」

 小秋は二人を、手で差して紹介した。その順に、彼らは会釈をした。

「命を賭けている身としては、一人じゃ心細いからね。ギャラリーとして、付き添ってもらうわ。いいでしょう?」

 三藤は微笑んだ。「かまいませんわ。では、まず、ボディーチェックをいたしますわね」

 彼女は、三人の体や荷物を、手で探ったり金属探知機で調べたりした。拳銃も見つかったが、元より小秋は隠す気がない様子で、「あなたが私たちを襲わない限り、使わないわ」と言った。

「ご安心くださいな。そんなこと、いたしませんわよ」

 ボディーチェックが終わると、次に小秋と三藤は、持ってきた賭け金をお互いにチェックした。それから二人は、朝礼台の上に置いてあった金庫にそれを収め、再びそれぞれの椅子に腰かけた。

「それでは、ルール説明をいたしましょう。……と、その前に、デモンストレーションをお見せいたしますわ」

「デモンストレーション?」と小秋。

「ええ」三藤は机の中から、何かのスイッチを取り出した。「お楽しみくださいませ」ボタンを押した。

 そして、冒頭に至る、というわけだ。

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