第二十二話 キルズ

 ベルが鳴ってから、一分ほど経ち、今度は、アラームが響き渡る。提婆は意を決して、カーテンを開いた。フラッシュバックがあったが、動作を妨げられるほどには、動揺しなかった。

 防護壁はなく、松久の姿が見えていた。急いで、拳銃に手を伸ばす。しかし、震えがひどいせいで掴むことができず、オートマチックの上を、指がなぞってしまった。思わず、松久の様子を窺う。

 彼は膝をつき、上半身を伸ばしていた。さっ、とリボルバーを掴み、こちらに銃口を向ける。この状況下で、【チャージ】を選ぶわけがない。ハッタリではなく、本当に、【ショット】なのだろう。

(──勝負、あったっすか)

 提婆は松久を睨みつけ、歯を食い縛った。

 その、直後のことだった。

 松久は、リボルバーを落とした。

 手についた血で、滑ってしまったようだ。そのまま、ぽとり、と着地する。

 松久は、ぽかん、とした表情で、リボルバーに目を遣った。直後、こちらを見つめてきた。

 やっと、オートマチックを掴むことに成功した提婆は、松久に銃口を向けた。

 口角が醜く釣り上がるのを、自覚する。

 そして、トリガーを引いた。


 銃声が鳴り響いた。

 弾丸は、眉間を突き破り、前頭葉を貫いた後、脳幹に命中した。

 松久は、辺りに血をまき散らしながら、テーブルを破壊し、俯せに地面に倒れ、動かなくなった。


(──決着が、ついたわね)

 柚田小秋は、4セット2ターン目を終えた二人を眺めながら、心の中でそう呟いた。

(いくらなんでも、今度はホントに死んだでしょう。だって──頭を撃たれたんだから)

 そして、撃たれたほうに、視線を向けた。

 提婆は、眉間に開いた穴から、血をこぽこぽとあふれさせつつ、自身は動かなくなっていた。

 あの時──2ターン目、確かに彼は、トリガーを引いた。

 しかし、弾丸が出なかった。代わりに、カツン、という、気の抜けるような金属音がした。

 不発だったのだ。

 提婆は、顔を驚愕に染めると、何度もトリガーを引いた。しかし、そのたびに、金属音が鳴り響くだけだった。

(そして、彼が梃子摺っている間に、青足君が、落としたリボルバーを拾い、撃った)

 弾丸は、提婆の眉間に命中した。彼は後ろ向きに倒れ、それっきり動かなくなった。

(で──そこからが、問題なのよね)

 松久は、拳銃を握った腕をテーブルに載せると、ふう、と短くため息をついた。途端に、わけの分からない言葉でうめき始めた。リボルバーを手放し、傷口を押さえる。

 そのまま膝をつき、テーブルを破壊して、地面に俯せに倒れた。それから、彼も、動かなくなった。

(ギャンブルに勝ったことで、気が抜けて、自分のダメージに耐え切れず、死んでしまった……っていうことかしら? せっかく、八方手を尽くして──それこそ、提婆君の弾丸が不発になるよう仕組んでまで、勝利を得たっていうのに……まあ、勝ったら勝ったで、私が殺していたけれど)

 松久が、「不発弾作戦」を開始したのは、3セット3ターン目の、シンキングタイムからだった。

(青足君はその時点で、弾丸を三発、所持していた。1セット4ターン目と、2セット4ターン目で偶然、陣地内に落ちたおかげで得たものと、2セット7ターン目で撃たれた時に、必死に掴んだもの)

 そして、そのうちの一つを改造し、不発にした。それを、3セット5ターン目、提婆が撃たれ、倒れたときに、彼の陣地に投げ込んだ。

 その時、本物の提婆の弾丸は、テーブル上に残ったままだった。彼は、松久の送り込んだ偽物を、自分のものと勘違いしていたのだ。

(改造の内容は簡単──火薬を抜いただけ。それなら、いくら撃鉄が雷管を叩いたところで、発射されないわ)

 松久は、薬莢を噛んで固定した後、弾頭を摘んで、引っこ抜いた。そして火薬を捨て、「代わりのもの」を詰めてから、元に戻したのだ。

(その、「代わりのもの」っていうのは二つ──板鉛と、紙粘土)

 板鉛とは、釣り具の一種である。その名のとおり板状の鉛で、柔らかく、好きな大きさにちぎることができる。

(板鉛を入れることにより、弾丸の重量を、火薬が入っていた時と同じにした……残りの空間を埋めるために使った紙粘土は、とても軽いから、重さを考慮しなくてもいいし、弾頭をくっつけることもできる)

 しかし、これらの道具は、松久が持ってきていたわけではない。提婆が用意した、モデルガンの中にあったのだ。

(重さを、本物に近づけるために、使ったに違いないわ……模型の拳銃を買ったのは今朝らしいから、粘土も乾いていなかったのでしょう)

 ウェイトが足りなかったため、調整した、ということは、用意した本人が言っていた。それを松久は思い出し、その、調整に用いた「何か」を使えば、弾丸の重さも誤魔化せるかもしれない、と考えたのだろう。

 提婆は、釣りが好きだと話していた。その後には、「釣るのは魚じゃなく女」なんてのたまっていたが、実際に、魚釣りが趣味だったのかもしれない。だからこそ、板鉛を使う、という発想が出たのだろう。

(皮肉なことよね……提婆君が、私をはめるために用意したものが、結果的に、自分がはめられる原因になったわけだから)

 彼は、4セット1ターン目で、不発弾を一発目に込めていた。もしここで、その時手に入れた、正真正銘の実弾のほうを、初めに装填していれば、撃たれていたのは松久のほうだったに違いない。

(青足君も、幸運よね。1セット4ターン目と、2セット4ターン目で、偶然、弾丸を陣地内に落としていたことといい、4セット1ターン目で、提婆君が一発目にハリボテを込めていたことといい)

 最初の頃は、十中八九提婆が勝つものと予想し、松久のことは哀れに思うどころか、軽く蔑んですらいた。しかし、最後の最後で、一気に、それまでの劣勢をひっくり返した。

(あんな、華麗な逆転劇を果たすなんて……さすがだわ、青足君。やっぱり、『追い詰められると力を発揮する』っていう私の推測は、正解だったわね。殺す必要さえなければ、これから先、私のギャンブルのパートナーにしてもよかったかも……)

 しかし、華麗だったのはそこまでだ。ギャンブル終了後、松久は、勝ったにもかかわらず、ぶっ倒れ、動かなくなった。

(……でも──死んだとは、限らないわ)

 もしかしたら、とっくの昔に、「勝者を殺す」という小秋の企みには、気づいているのかもしれない。そして、提婆を殺した後、意識を失う演技をし、彼女が油断したところを、返り討ちにしよう、と考えているのではないか。

(まだまだ、気を抜けないわね)

 小秋はアサルトライフルを構え、銃口を松久に向けたまま、彼に近づいていった。いつ、彼が起き上がって、隣に落ちているリボルバーを拾い上げ、攻撃してきても、対処できるようにするためだ。

(青足君は、3セット4ターン目のシンキングタイムの時点で、手元に実弾を二発、所有していたわ。そしてそれを、【チャージ】で、その時得た弾丸とあわせて装填したわね)

 つまり、5ターン目で提婆を撃った時、マガジンの中に、未使用のものが一つ、残っていたのだ。彼が死ななかったと分かると、松久は慌てて、それを抜いた。

(【ショット】のときに、新しく弾丸を込めることは、【チャージ】を行ったとしてルール違反だけれど……すでに装填されているものを取り出すことは、違反じゃないわ)

 松久の【ショット】が成功したことにより、3セット目は終了し、弾丸の数はリセットされる。彼は、未使用の実弾を失ってしまうことを恐れたのだ。

(青足君は4セット1ターン目でも、その時得られた弾丸と、すでに所持していた弾丸の、合計二発を装填していたわ)

 プレイングタイム終了後にも、そのことは、きちんと確認した。二発のうち、松久が事前に所持していたほうは、ひどく血で汚れていた。

(つまり、あのリボルバーには、まだ弾丸が一発、装填されたまま……)

 小秋は、警戒を緩めることなく、松久に近づいていった。そして、そばに到着すると、まず、拳銃を思い切り蹴飛ばし、遠くにやった。

(よし)彼女は口角を上げた。(これで、撃たれる可能性はなくなったわ)

 取っ組み合おうとしてくるかもしれないが、瀕死の人間の力なんて、いくら男と言えど、たかが知れている。いざとなったら、アサルトライフルで撃てばいい。

(とにかく……ホントに死んでいるかどうか、確かめないと)

 小秋にとって、一番重要なことだった。息があるようなら、拘束しなければならない。

(もはや、私自身がとどめを刺す必要すらないわ……放っておけば、勝手にくたばるでしょう)

 小秋は、松久の体を蹴った。しかし、なんの反応もなかった。しゃがみこみ、頭を持ち上げ、鼻と口に手を当てる。呼吸をしている気配はない。

(息を止めているだけかもしれないわね……脈も確認しないと)

 しかし、銃創を押さえたまま倒れたため、両手首は体の下敷きになっている。首の辺りは、あちこちが土で汚れていて、できれば触りたくはない。

 他に、測れるところがあるのかもしれないが、保健に詳しくない小秋には分からない。いちいち、スマートホンで調べるのも面倒だ。

(無理する必要はないわ、もうリボルバーは蹴飛ばしてしまったんだし……直接、心臓の鼓動を確認しましょうか)

 小秋は、アサルトライフルをそばに置いた。松久を仰向けにしようとして、彼の体の下に、両手を差し込む。そのまま、力を入れ、持ち上げた。

 直後、彼女は、衝撃を受けた。

 胸骨辺りへの、物理的なものだった。遅れて、激痛もやってくる。

 顔をそのままに、眼球だけ下に動かして、見る。

 穴が、開いていた。

 視線を元に戻す。

 松久が、こちらを睨みつけていた。

 右手には、拳銃を持っていた。

(そんな──いったい、どこから、そん──)

 小秋の思考は、そこで途切れた。

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