第二十三話 サヴァイヴズ
撃たれた瞬間の小秋の顔は、驚愕に染まっていた。今まで、自信満々な表情や、睨みつけるような表情しか見ていなかったため、青足松久には、新鮮、かつ、少し滑稽に思えた。
彼女はそのまま、転がるようにして、後ろに倒れた。そして、そこに落ちていた石──2セット5ターン目で、提婆が発動させた罠に使われたものだ──に、頭を撃ちつけた。
小秋は一瞬、目を、くわっ、と見開いた。直後、瞼を閉じ、動かなくなった。血がどくどくと流れ出し、石の表面を濡らした。
(勝った)
松久は心の中で、そう短く呟いた。右手の拳銃を、地面に落とす。それは、1セット4ターン目、提婆の撃った弾丸が命中したせいで、使い物にならなくなった、オートマチックだった。
(いや……正確には、「通常の方法では、使い物にならなくなった」のほうが正しいか……)
あの時、グリップに大きな穴が開いた。そのせいで、ハンマーに力を伝える仕組みを構成している、引き金から伸びている金具の一部が、破壊されてしまった。
ゆえに、トリガーを引いても、撃鉄が動かず、発砲できなくなった。そこで松久は、ハンマーを直接、指で引っ張って離すことにより、銃身に入れられた弾丸の雷管を叩かせて、飛ばしたのだ。
(弾丸の数も、上手く誤魔化せたようだ)
蹴飛ばされたほうのリボルバーに装填されている弾丸は、実弾ではなく、空薬莢だ。底の、ハンマーに叩かれることによりできるへこみは、血を固めて塞いだ。
(弾頭がねえんだから、前から見ると、偽物だと気づかれる……だが俺には、ばれねえ自信があった)
小秋は4セット1ターン目終了後、マガジンを検めただろう。しかしそれは、グリップ側から見ただけで、薬莢の底しか目に入らなかったはずだ。
(まさか、銃口側から見るようなことはねえだろう。危ねえしな。また、わざわざ弾丸を取り出すとも思──)
松久の思考は、激痛に遮られた。うぐ、と呻く。
(か、回想している場合じゃない──とにかく、救急車だ……救急車を呼ばねえと)
松久は、小秋の胸ポケットから、スマートホンを取り出した。予想どおり、彼や提婆のスマートホンからの映像を見続けられるようにしているため、画面は明るいままで、ロックの類いがかけられていない。
それを使い、一一九に電話をかけた。要件や住所を伝えた後、「どうしましたか?」と訊かれる。
「──撃──た──れて──」
「たれて? ……撃たれたのですか? あの、どういう状況ですか?」
そこで、はっ、と気がついた。
ここへ救急車を呼ぶということは、この地獄絵図を見られるということだ。なんで、こんな状況に陥ったのか、言い訳をなんとか考えておかなければならない。しかし、今の、この状態では、思いを巡らす余裕などなかった。
「──と、とにかく、来てくれ──もう、誰も、いねえ──」
「……分かりました。あなたのお名前と──」
そこまで聞いたところで、松久は意識を手放した。
瞼を開けると、白い天井が見えた。しばらく凝視した後、首から上だけを動かし、周囲を確認する。
松久は、部屋中央のベッドで、仰向けに寝ていた。辺りには、心電図だの点滴台だのといった医療器具が置いてある。病室であることは明白だった。近くの台には、テレビやノートパソコンなども置いてある。
窓の外の景色を眺めていると、がらり、という、扉を開ける音が聞こえた。
「よかったわ、起きたのね」
急に、横から話しかけられた。びくっ、と肩を震わせ、そちらを見る。
婦人警官が立っていた。松久が起きたことに気づいて、入ってきたに違いなかった。
「じゃあ、ちょっと、お医者さんを呼んでくるから」
彼女はそう言って、病室から出て行った。松久はしばらく、出入り口を見つめていた。
「あっ……そうだ」小さく呟く。「なんとか、あの地獄絵図の言い訳を考えねえと……」
松久は腕を組み、顔を顰めて唸り出した。しかし、いつまで経っても、閃く様子はなかった。
扉を開く音が、再び聞こえた。そちらに顔を向ける。
瞼が全開に、口が半開きになった。
入ってきた人物は、死んだはずの、柚田小秋だった。
「久しぶりね。調子はどうかしら?」
小秋は、亜出奈のパーカーに、黒のロングスカートを身に着けていた。ボストンバッグを提げている。
彼女は、出入り口近くにあった、机と丸椅子を、ベッドの隣に持ってきて、腰かけた。ボストンバッグを、テーブルの上に置く。
「お、お前……」松久は小秋を指差した。「なっ、なんでここに……」
彼女は、くすっ、と微笑むと、提げていたボストンバッグから、何かを取り出した。
穴の開いた、防弾チョッキだった。両胸の位置に、それぞれ丸い膨らみがついている。
「これを着けていたのよ。あの日は、旅富とのギャンブルをする前から、ずっと」チョッキをボストンバッグにしまった。「撃たれても大丈夫なようにね。まあ、頭や下半身を狙われると意味ないから、撃ち合いになっても、あまり強気には出られないんだけれど」
そう言えば、提婆が裏切り、小秋をボストンバッグごと撃った時、彼女は一度、地面に倒れた。松久は、てっきり、弾丸は鞄の中のアイテムに当たって留まったおかげで、本人には当たっていない、と思っていた。
倒れたのは、死んだふりをして相手を油断させるため、と推測したのだ。しかし、実のところは命中していて、衝撃と打撲の痛みのあまり、思わず崩れ落ちてしまったのではないか。
「やけに、ボディーラインが、制服の上からでもはっきり分かるな、と思っていたが……あれは、『自分は防弾チョッキの類いを着用していない』と思わせるためだったのか」
「そのとおりよ。チョッキも、こんな風に、体の線に合わせて改造したわ」
「そうか……そういうことかよ……」松久は、はあ、とため息をついた。「最初からお前は、俺たちよりはるかに、身の安全が保障されていたってわけだ」
「そういうことよ。まあ、痛みはあまり軽減されないうえ、弾丸がぶつかった瞬間の衝撃ももろに受けるけれど。あなたに撃たれた時は、ひっくり返って、石に頭をぶつけて、気絶しちゃったわ」
「あれは、気絶だったのか……あっ、そう言えば」松久は手を軽く叩いた。「警察は、あの地獄絵図をどう捉えているんだ?」
「大丈夫よ、後始末はしておいたわ」
「後始末?」
「ガソリンを撒いてからライターで火を点けて、提婆君の死体もろとも、廃別荘を全焼させたのよ。完全木造で、助かったわ」
「全っ……」松久は絶句した。「なんでまた……」
「救急車、呼んだでしょ。あなたはキャリーカートに載せて、車道まで運んで放置したから、廃別荘にまで隊員が来ることはなんとか防げたわ。でもその後、警察が来ることは明らかだったから、急いで証拠隠滅をする必要があったのよ」
「なるほど……。提婆の死体を隠滅せずに燃やしたのは、そうする意味がなかったからだな。隠したところで、同じ日、同じ時間帯に、同じ駅で降りた、同じ高校の生徒が、片方は行方不明、もう片方は銃で撃たれて大怪我なんて、絶対に関連づけられる」
「そのとおりよ。さすが、察しがいいわね」
「しかし、よく、ガソリンだのライターだのが、短時間で手に入ったな」
「私が用意したわけじゃないわ。焼却炉の横の物置に入っていたのよ。真新しかったから、たぶん、提婆君が用意したんでしょうね。私たちを裏切って殺した後、火葬して骨にし、持ち運びやすくしてから、隠滅するつもりだったに違いないわ」
「ふうん…………それで?」松久はきっ、と小秋を睨んだ。「何しに来た? 俺を殺しに来たのか?」
「そのつもりなら、あなたが意識を失っている間に、さっさと実行しているわよ」
「何を言うかと思えば」松久はふん、と鼻を鳴らした。「これまでお前が口封じしに来なかったのは、見張りの警官がいたからだろ? 今は、医者を呼びに行っていて、いねえから──」
「あら、監視なら、すでに買収済みよ」
松久は、口をあんぐりと開けた。小秋が、「私が合図をするまで、帰ってこないわ」と畳み掛ける。
「つまり、私がここで何をしようが、見向きもされない、ってことよ。あ、医者を呼ぶって言っていたのは、嘘ね。ホントは、私に連絡していたの。あなたが目を覚ました、って」
松久は、クソが、と低く吐き捨てた。「……じゃあ、殺しに来たわけじゃねえんなら、ホント、何の用で来たんだ?」
「ギャンブルをしに来たのよ」
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