第二十一話 コンピーツ

 柚田小秋は、提婆に近づくと、テーブルのカーテンを閉めた。彼はいかにも、悔しそうな表情をしたまま、左手を地面につけ、ぴくり、ぴくりと痙攣していた。

(「いかにして相手に【チャージ】を選ばせるか」──それが、このギャンブルの肝よ。それなのに)彼女は、ふっ、と低く笑った。(ひたすら勝負を引き延ばして、相手が失血死するのを待つなんて。そんな、消極的な作戦だから、青足君にまんまと、逆手に取られるのよ)

 小秋はその後、定位置に戻った。提婆はまだ、断続的に痙攣していた。

(……まあ、それは、これまでの話。今からは、お互い重傷を負って、体力に余裕がないから、ちんたら、相手に【チャージ】を選ばせようとなんてしていたら、死んでしまうかもしれないわ)

 小秋は、松久に視線を向けた。彼は胡坐をかき、呼吸に合わせて肩を大きく上下させていた。

(それにしても……見事、提婆君が【チャージ】、自分が【ショット】の状況を作り出すなんて。見直したわ、青足君。ごめんなさいね、脳内とはいえ、今まで、ちょっと軽蔑しちゃっていて)

 小秋は心の中で、松久に謝罪した。彼はもちろん、そんなことに気づく様子も見せず、ひたすら、荒い呼吸を繰り返していた。


 提婆明光が、まだ、カードを提示していないことに気づいたのは、左手の痛みがマシになった後のことだった。

(あっ、まずい、確かそろそろ五分経つんじゃ──)

 慌てて、ポケットのカードの束を掴む。思うように手が動かず、実に十秒を要した。

 一瞬後、ベルが鳴った。

(あ、ク、クソっ)

 提婆は懸命に腕を動かし、カードの束を取り出した。【チャージ】を摘むと、他二つを地面に落としてから、小秋に向ける。ベルが鳴り終わったのは、その直後のことだった。

(これでも、提示したことになるはずっす──)

 小秋は、こちらに視線を向けた。そして、アサルトライフルを構えることもなく、準備に入った。

(はあ、間、間に合ったっす……)

 提婆は、安堵のため息をついた。すぐさま苦しくなり、吸う。

(でも、胸を撫で下ろすのはまだ早いっすね……青足が今、弾丸をいくつ手元に所持しているのか、推理しないと。それが分かれば、2ターン目以降のあいつのアクションが、予測できるっす)

 松久は、今までに三回──1セット4ターン目、2セット4ターン目・7ターン目──、【チャージ】に失敗している。それは同時に、三度、弾丸を獲得した可能性がある、ということだ。

(っていうか、一回は確実に、ゲットしたっしょ。さっきの、3セット5ターン目で使ったやつっす)

 では、残りの二回では、獲得したのだろうか。

(……うーん……青足がいつ、「一度の【チャージ】で複数発の装填が可能である」っていうことに気づいたか、が鍵っすね。気づいた後なら、【チャージ】に失敗した時、何がなんでも、確実に入手したっしょ)

 では、いつ、気づいたのか?

(最後に、弾丸を獲得する機会があったのは、2セット7ターン目っすから、遅くともそれ以前っすね……っていうか、7ターン目のシンキングタイムで、じゃないっすか?)

 松久は、6・7ターン目で、連続して【チャージ】を選んでいる。4ターン目以前に気づいていて、4ターン目に弾丸を獲得したなら、6ターン目の【チャージ】において、まとめて装填しているはずだ。7ターン目も、【チャージ】を行う必要がない。

(じゃあ、青足が獲得できたものは一発のみで、今は手元にまったくない状態──いや)提婆は首を振った。(違う──そうじゃないっす。そもそも、僕自身が、3セット5ターン目で【チャージ】に失敗した時に、偶然、弾丸を陣地内に落とし、手に入れているじゃないっすか)

 つまり、松久にも、「『複数発装填』に気づいていない時に、偶然、弾丸を入手する」という事態は起こりえたわけだ。

(くそっ──振り出しっすか!)提婆は頭を、がりがり、とかいた。(何か──何か、ヒントはないっすか? 違和感のようなもの……)

 違和感。

(──そういや、どうして青足は、2セット7ターン目で、【チャージ】を選んだっすか?)

 もしその時、弾丸をまったく手に入れていないなら、【チャージ】は行わないだろう。すでに一発、込めているし、松久が「成功している」と思い込んでいた、「こちらが予想する、松久の装填している弾丸の数を、惑わす作戦」は、「一発か二発か」で、十分機能する。撃ち殺されるリスクを冒して、さらに一発加え、「二発か三発か」にする必要はない。

(もしかしたら、僕のアクションが【バリア】だと予想したから、それに対する最善手である【チャージ】を選んだ、っていうことかも──いや、それにしたって、相当、選びにくかったはずっす……)

 それとも、何か【チャージ】を行った、特別な理由があったのだろうか。

(どうしても【チャージ】を選ばなければならなかった、とか、【チャージ】をすることには、射殺される危険性に見合うほどの、大きなメリットがあった、とか……)

 しかし、そのようなメリットなど、はたして存在するのだろうか。それこそ、「必ず勝つことができる」のような、極端なものしかないんじゃないのか。

(でも、あの場面で【チャージ】を行い、弾丸を複数、込めたところで……あ、ああっ!)心の中で絶叫した。(勝てる──絶対に勝てるっす! もし、その時点で──二発、手元にあったならば!)

 仮に、6ターン目で彼がリボルバーのマガジンを覗かず、また、7ターン目が無事に終了したとすると、「こちらの予想する、松久が装填している弾丸の数」は、「二発か三発のどちらか」だ。

(しかし、もし7ターン目で、青足が、手元にある二発の弾丸を、あわせて込めたとすれば、やつが実際に装填している弾丸の数は、四発になるっす)

 3セット目と同じだ。提婆の予想より、一発、多くなる。

(そして、その後10ターン目まで、連続で【ショット】を選び続ければ、11ターン目で、僕の【チャージ】を誘い出すことができるっす)

 もっとも、11ターン目までの間に、【ショット】を選ばれれば、早撃ち競争になってしまう、という欠点はある。しかし、松久は最高で三発、最低でも二発装填しているのだから、こちらは【ショット】より【バリア】のほうが選びやすいだろうし、少なくとも、相手が【ショット】、自分が【チャージ】のような、必ず負ける状況は避けられる。

 と、いうことは。

(青足は、2セット7ターン目のシンキングタイムの時点で、手元に二発、弾丸を所有していたっすね……その後のプレイングタイムで、新たに一発獲得し、3セット5ターン目で、また一発失ったから──今も二発、持っているはずっす!)

 これで、2セット6ターン目のように、松久の所持している弾丸の数が、露わになった。

(やっと、対策を立てられるっす──それにしても……2セット7ターン目のシンキングタイムの時点で、手元に二発、ってことは、1セット4ターン目と2セット4ターン目じゃ、偶然、弾丸を陣地の中に落としていた、ってことになるっす)

 なんという、偶然だ。まさか、こちらが積極的に攻めている裏で、そのような幸運を掴んでいたとは。

(そう言えば、2セット6ターン目では、青足の陣地内に、トラップの石が残っていたけど、7ターン目では、外に出されていたっす)

 おそらく、片付けている最中に、弾丸が落ちているのを発見したのだろう。

 そこまで考えたところで、アラームが鳴った。提婆は慌てて、カーテンをつかんだ。撃たれた時の光景が、フラッシュバックする。しかし、一度、深呼吸をすると、ごくり、と唾を呑み込んで、布を動かした。

 松久はゆっくりとした動作で、リボルバーを取ると、マガジンを出した。そして、後ろを向き、ごそごそと手を動かし始めた。

(「弾丸をいくつ込めたか、見られたくない」ってことっすね。まあ、君がこっちを向いていないなら、僕は、わざわざ手元を隠す必要がなくて、楽っすけど)

 提婆は、そう心の中で呟くと、装填を行った。先ほど、陣地に落ちているのに気づいた一発と合わせ、合計二発を入れる。

 痛みや息苦しさ、手の動かしづらさに、徐々に慣れてきたようだ。なんとか、短時間で終えることができた。ブザーが鳴ったので、カーテンを閉める。

(さて、次の2ターン目の、僕の最善手っすが……もう、分かっているっす。ここは、【バリア】っすね)

 松久のリボルバーには今、三発、装填されている。それに彼は、こちらに、込めている弾丸の数を正確に把握されているなど、思いもしていないだろう。

 ならば、次の2ターン目から4ターン目まで、積極的に【ショット】を行ってくるに違いない。こちらはそれに合わせて、【バリア】を選び続けるべきだ。

(……しかし)

 本当に、それでいいのだろうか?

(僕の体の中は、青足の撃った弾丸によって、めちゃくちゃに荒らされているっす)

 松久は、弾丸の尽いた5ターン目、あるいは連続して6ターン目も、【バリア】を選ぶかもしれない。だとすると、その後のターンまで、自分の体力が続くだろうか?

(はっきり言って、厳しいっすね──ある意味、青足よりもひどい傷を負っているっすから)

 それならば、最善手ではなく──二番目の善手を、とるべきだろうか。

(それはずばり──「早撃ち競争」。つまり、2ターン目で僕が【ショット】を選ぶことにより、早撃ち競争で決着をつける、ということっす)

 だが、この作戦には問題がある。

(僕は重傷を負っていて、腕を動かすことすら行いにくい状態……青足より早く撃てるかどうか、分からないっす)

 松久より拳銃の扱いに慣れている、などというアドバンテージは、もはや通用しない。彼に殺される可能性は、低くない。

(いや、でも──ここは、二番目の善手を、選ぶしかないっす。死んでしまうかもしれないことを、覚悟で)提婆は軽く歯ぎしりをした。(やっぱ、最善手は行えないっす、どう考えても)

 そう心の中で呟くと、提婆は、【ショット】のカードを提示した。

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