第二十話 リヴェンジイズ
(青足を追い詰めたのは、失敗だったっすね)
3セット3ターン目のシンキングタイムで、提婆明光はそう考えていた。
(小秋ちゃんも言ってたじゃないっすか……『青足は、追い詰められると能力を発揮する』と。……追い詰めず、一気に方を付けるべきだったっす)
先ほどから、松久の荒い呼吸音が聞こえていた。ときおり、呻き声もする。
(……まあ、でも、大丈夫っしょ。僕は、4ターン目以降、ひたすら【バリア】を選べばいい。そのうち、青足は体力が尽きて、死ぬ──自動的に、僕の勝利っす)
提婆は、ぐっ、と右手の拳を握った。彼は、自分の勝利を確信していた。
(もはや釣り針は、青足の食道を通り、胃の底に深く突き刺さっているっす……あとは、やつが死んでから竿を上げるだけっす)
そこまで考えたところで、けたたましいベルが耳を劈いた。右手に持った【チャージ】のカードを、提示する。
セッティングタイムを経て、アラームが鳴った。カーテンを開く。
マガジンを取り出し、弾丸を装填して、グリップに戻した。ちらり、と松久のほうを見る。
彼はもはや、ろくに膝立ちすることもできなくなったようだ。軽く胡坐をかいて、上半身を前方に折り曲げ、股間付近のスペースで作業を行っていた。
(くく……あと、少しっすかね)
ブザーが鳴ったので、提婆はカーテンを閉めた。前ターンと同じように、たっぷり五分の時間をかけた後、【バリア】のカードを提示する。
セッティングタイムが終わり、提婆はカーテンを開けた。
防護壁が、彼と松久を隔てていた。
(まあ、当然っすね)
そう思い、提婆があくびをした、次の瞬間だった。
何かが破裂するような、鈍い音が響いた。
間髪入れず、甲高い音もした。そして、またすぐに、何かが割れる音と鈍い音が、背後からした。
そこでようやく、破裂音の正体が、銃声だと気づいた。振り返ると、窓に穴が開いているのが分かった。目を凝らして室内を見、弾痕も発見する。
「なっ……」
驚きのあまり、ろくな声が出なかった。口をあんぐりと開け、割れた窓を見つめる。ブザーが鳴ったので、慌ててカーテンを閉めた。
(ガラスの、穴の開いた箇所は、青足からは、防護壁によって隠され、とても撃てない位置にあるはずっす)
なのに、撃たれた。
(どういう──ことっすか? 弾丸が、防護壁をすり抜けたとでも言うんすか? いや、落ち着くっす、んな非科学的な──)
しかし、現実として、本来なら絶対に当たらない場所に、命中している。
(まずいっす……このままじゃ、【バリア】なんて意味がなくなっちゃうっす)
早く、松久がどうやって、弾丸を届かせたのか、突き止めなければならない。
(何か、ヒント、ないっすか?)
そう思い、提婆は再度、窓と弾痕を観察した。そして、気づいた。
(弾痕の位置が……窓ガラスの穴より、高いっすね)提婆は二つを見比べた。(つまり──弾丸は、下から上へと、斜めに飛んできたってことっすか?)
あらかじめ、銃を近くの地面に仕込んでおき、それを遠隔操作か何かで発砲させた、とでも言うのだろうか。そう思い、地面や池にくまなく目を向けたが、穴やフタのようなものは、まったく見つけられなかった。排水口は、土砂で埋まってしまっている。
(どこにも、仕掛けらしいものはないっすね……いや、しかし、実際に弾丸は下から上へと進んでいるっすから、地面のほうから飛んできたのは確かなんすけど──)
何か他に、手がかりになるようなことはなかっただろうか。そう考え、提婆は先ほどの4ターン目を回想した。
(──あっ! そう言えば……)
銃声が響いてから、ガラスの割れる音がするまでの間に、一回、甲高い音が鳴った。
(あれは……いったい、なんなんっすか? 着弾音じゃあないっすよね……)
そこまで考えたところで、提婆は、はっ、と閃いた。
(そうっすか……あの、甲高い音はやっぱ、弾丸の衝突した時のものだったんっしょ。でも、着弾じゃなく、跳弾──跳ね返ったんっす)
つまり、こういうことだ。
松久が、先ほどの4ターン目に狙ったのは、橋の、防護壁が置いてあるところの、真下にあたる地面──池の底に敷いてある石畳だった。そこに弾丸をぶつけ、跳ね返らせて橋の下をくぐらせ、提婆を撃とうとしたのだ。
(なるほど……そんな手が、あったっすか──しかし)彼は、にやり、と笑った。(恐るるに足りないっす。ベテランならともかく、才能があるわけでもない素人が、狙って跳弾させて、しかも相手に命中させるなんて──そんな都合のいいこと、できるわけないっす)
せいぜい、先ほどの4ターン目のように、跳弾させるのが関の山だろう。
(まあ、しかし、石橋は叩いておくっすか。次の5ターン目の【バリア】からは、陣地の後ろのほうで座って、体を池に対して真横に──いや……ちょっと待つっすよ?)
先ほどの4ターン目で、松久は【ショット】を行い、弾丸を一つ消費した。これは、れっきとした事実だ。
と、いうことは。
(今、青足は、装填している弾丸がゼロ発の状態……次の5ターン目で、【ショット】を選ぶことができない状態っす。なら僕は、【バリア】より【チャージ】を選んだほうがいいんじゃ……?)
【バリア】が使えるのは、五回までだ。この3セット目では、あと四回、使えるということになる。
(稼げる時間は、あと、約三十分……まあ、それだけあれば青足は絶命すると思うっすけど……ちょっぴり、不安っすね。やっぱここは、【チャージ】を選んで、【バリア】の使用可能回数を減らすのを防ぐっす)
提婆はその結論に至ると、ベルが鳴ってから、【チャージ】のカードを提示した。およそ一分後、アラームが鳴る。
カーテンを開けた。防護壁はなく、弱々しくリボルバーを手に取る松久の姿が目に入った。
(やっぱ、【チャージ】っすか……まあ、当然っすね、向こうも、僕の手持ちの弾丸はない、と知っているっすから)
提婆は、自身のテーブルの上に視線を移した。オートマチックを手に取り、マガジンを出す。そして、弾丸を摘んだ時、松久の声が聞こえた。
「おい、提婆」
自分への呼びかけだった。前方に、視線を向ける。
松久は、こちらに銃口を向けていた。
(…………意趣返し、ってやつですか? 2セット4ターン目の……)
提婆は、怪訝な顔をした。
次の瞬間、無表情になった。
その一秒後、目や口、鼻など、顔中の穴を全開にした。
彼の腹に、松久の撃った弾丸が風穴を開けたためである。
弾丸は、臍の左横から入ってきた。そのまま、貫通すると思いきや、直前で左に曲がった。
内臓か骨かに、妙な角度でぶつかったため、跳ね返ったに違いない。では、体の右側面から飛び出たかと言えば、そうではなく、またもや直前で跳ね返り、再び左に曲がった。
最終的に弾丸は、体の正面、右胸部から出て行った。
(あ、あ、あああああああああああっ!)
提婆は絶叫しようとした。しかし、痛みのあまり声が出ない。それどころか、まともな呼吸さえ、できなかった。いくら吸っても、まるで辺りの空気が薄いかのように、息苦しさが解消されない。
(な、なんでっ、なんでどうして──)
しばらくして、ようやく、原因が分かった。息を吸っても、右の肺が膨らまないのだ。
(弾丸が、穴を開けたに違いないっす──)
提婆は、肺に渾身の力を入れ、深呼吸を一秒ごとに行った。それでようやく、正常時と同じくらいの量の呼吸ができた。
(落、落ち着、落ち着くっす──左のほうは膨らむ、すぐ死ぬわけじゃないっすよ──)
しかし、呼吸は相変わらず苦しいし、弾丸が体内を思う存分駆け巡ったせいで、肺以外の臓器は、ほとんどがずたずたに引き裂かれている。上半身は、肩から先、首から上以外、どこもかしこも、ひどい痛みが走っていた。
(ああっああっああっ──落ち落ち着けるわわけがああっ──)
提婆は、後ろに転倒した。右半身、右側頭部に、土が付着する。
(な、なぜっ、なぜっ)口から血と泡と胃液が同時に噴き出た。(撃。撃。撃)
眼球が、上下左右に忙しなく動く。ふと、陣地の隅が目に入った。
弾丸が、転がっていた。先ほどの5セット目、撃たれた拍子に落としたものに違いなかった。
(──ああっ! そうかああっ!)
提婆は口を全開にした。声はもちろん、出なかった。
(回収されていないっす──陣地内に落とした弾丸が、【チャージ】に失敗しても、回収されていないっすっ!)
きっと、小秋が回収するのはあくまで、プレイングタイム終了時、テーブルの上に載っているものであり、プレイヤーの手元にあるものまでは回収しない、ということなのだろう。
(じゃあ、なんすか? たとえ、一度【チャージ】に失敗しても、その時の弾丸を所持しておけば──その後の【チャージ】で、まとめて装填できる……っていうことっすか?)
言われてみれば、小秋は、「【チャージ】で装填していい弾丸は一発だけ」などとは、喋っていない。
(こっ、これっすか──これっすか、青足の使った手は!)彼は弾丸を拾い上げた。(つつつまり、3セット目以前で、【チャージ】に失敗したときに弾丸を入手し──3セット1ターン目で、二発、一気に装填した、っていうことっすか!)
4ターン目でリボルバーを発砲した時は、本気で跳弾による狙撃を目論んだわけではなかった。「提婆に、『松久の弾丸がゼロ発になった』と思わせ、【チャージ】を選ばせる」という意図があった、ということか。
(こっちが「引き延ばし作戦」を実行しているっていうことは、青足も気づいていたに違いないっす──僕の弾丸がゼロ発になったと知ったら、さらなる延長のため、【チャージ】を選ぶっていうことも……予想がついていたはずっすっ!)
まんまと、松久の思うとおりに行動してしまったというわけだ。
(や、やっぱ、追い詰めるべきじゃなかったっす──ちくしょおおおおおっ!)
提婆は、左手で、地面を思い切り殴った。
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