第十九話 コンクルーズ
恐ろしい結論に、達してしまった。松久は、ごくり、と唾を呑み込んだ。
(し、しかし、小秋は不殺主義者じゃねえか。現に、こうやってギャンブルにより俺たちを殺し合わせるっていう、面倒でリスキーな方法をもってしても、自分で手を下すのを回避しようとしている。もし彼女のポリシーが偽りだって言うんなら、とっくの昔にアサルトライフルで皆殺しに──)
いや。
そもそも、その、「ポリシーを徹底して守るか、全然守らないか」という、一か零かみたいな、極端な考え方が、間違っているのではないか?
(つまり──不殺主義者と言うのは事実で、できる限り、自分じゃ手を下さねえようにしている。しかし……いざ、どうしても殺さなければならねえ、っていう場面になれば、殺す覚悟はできている──っていうことじゃねえか?)
決して、誰にも見られてはいけない手帳を、見られてしまった。それほどの緊急事態なら、ポリシーを破り、見た人物を殺してしまっても構わない。そう、小秋は考えたのかもしれない。松久たちに殺し合わせるのは、自分が直接、手にかける人数を、二人から生き残った一人へと、減らすためだろう。
(適当に片方を選んで、もう片方に葬らせる、っていう手法もあるが、とても、自分じゃ選ぶことなどできなかったんだろう。また、当人たちに決めさせるにしても、殺し合いじゃなく、普通の勝負をさせて、勝者に敗者の息の根を止めさせる、っていう方法もある)
しかしそれだと、勝ったほうが手を下すのをためらい、その隙に負けたほうが逃げてしまうかもしれない。最初から殺し合いをさせたほうが、確実に、負けたほうが死ぬ。
(じゃあ、殺し合いのギャンブルの中でも、なんでこんな、「拳銃ジャンケン」っていうギャンブルで、殺す人間を決めようとしているのか──普通の「早撃ち競争」とかじゃ駄目だったのか──その理由は、いくつか、推測できる)
第一に、「どちらが勝つか、事前に分かるから」だ。
ディーラーである小秋は、松久と提婆の選ぶアクションを、プレイングタイム前に知ることができる。これにより、「勝者を殺すこと」への覚悟ができるのだ。
(例えば、俺が【ショット】、あの野郎が【チャージ】を選んだとすると、こっちが奴を撃ち殺し、勝つ可能性が非常に高い。よって、「俺を殺す」っていう心構えをした状態で、プレイングタイムに臨める)
もし、殺し合いの内容が「早撃ち競争」だとすると、どちらが勝つか、終わるまで分からない。「二人のうち、勝ったほうを殺す」という、臨機応変な覚悟が必要となってしまう。
(しかし、お互い【ショット】同士を選んでしまったときは、けっきょく、早撃ち競争になっちまうが──いや、問題ねえ)
例えば、「お互い、拳銃を構え、狙いを定め、引き金に指をかけた状態からの競争」なら、純粋に、「どちらが早く撃てるか?」という勝負である。しかし、このギャンブルは、まず、カーテンを開いてから、「拳銃を構える」以降の動作をする必要がある。
(ハンドガンの扱いに慣れているらしい提婆なら、俺よりも早く発砲することができるだろう──つまり、十中八九、あの野郎の勝ち、っていうことだ)
また、【ショット】同士を選んでしまったときは、「寿司ジャンケン」と同じく、「相殺」として、装填している弾丸を一発減らすだけで、撃たせずに終わらせる、というルールにする方法もある。
(だが──小秋がこれを採用する可能性は低いだろう。時間がもっとかかっちまう)
いくら、二人を口封じするのに必要不可欠な勝負とはいえ、なるべく早く済ませたいはずだ。
(しかし、「小秋がギャンブルの勝者をも殺そうとしている」なんて、ただの憶測に過ぎねえ──せめて、もっと強い確信が持てるようなことがあれば──)
松久は、小秋のほうを見た。彼女は、提婆に視線を向けていた。
そして彼は、気づいた。
(あいつの制服──肩口の辺りが、茶色く汚れているじゃねえか)
どうやら、泥が付着しているようだ。
(なんで──肩なんかに、泥が?)
転倒したのだろうか? いいや、だったら体中が汚れているはずだ。ピンポイントで付着するわけがない。
松久は、小秋の全身を、注意深く観察した。そして、もう一箇所、泥のついているところを、発見した。
それは、彼女の携行する、アサルトライフルのバットプレートだった。
(──あっ!)松久の頭に、閃くものがあった。
普段、小秋は、アサルトライフルを、両手で持っているだけだ。このとき、バットプレートは体に当たらない。
(しかし──撃つときは、銃を固定するため、肩口に当てる必要がある)
つまり、小秋は、アサルトライフルを発砲する構えをしたことがある、ということだ。
(だが……確か、2セット6ターン目のシンキングタイムまでは、彼女の肩口は汚れていなかった──汚れていたのは、3セット1ターン目のシンキングタイムからだ)
つまり、その間に小秋は撃つ構えをした、ということになる。
(じゃあ、具体的にどのタイミングなのか?)
決まっている。松久が撃たれ、瞬間的に思考を失った時だ。
(我に返った時、体は俯せになっていた……たぶん小秋は、発砲されて転倒した後、一時的に動かなくなった俺を見て、「死んだ」と早とちりし、提婆を撃とうとしたんだ)
しかし松久は、その二秒後、大声を上げて苦しみだした。そこで、生きているということが分かり、彼女は急遽、射殺を取り止めたのだ。
(どうも、俺はその後、今度は完全に気絶したようだったが……さすがに小秋は、同じ轍を踏みはしなかったのだろう、すぐさま提婆を撃とうとするようなことはなかった)
おそらくは、松久が今度こそ本当に死んでしまったのか、確かめたに違いない。そして、まだ生きていると分かり、そのまま何事もなかったかのように、元の位置に戻ったのだろう。
(これで──確定した)
小秋は、勝者を殺すつもりだ。
自分では殺せないから、死によって敗者が決まるギャンブルを行う──などというのは、ただの建前だ。本音は、ただ、直接、手にかける人間の数を、減らしたいだけだ。
絶望で、気分が悪くなった。痛みも、いっそう強くなったようだ。思考がばらばらに、散乱し始めた。
ギャンブルに勝たなければ、提婆に殺される。
ギャンブルに勝てば、小秋に殺される。
ギャンブルをしなければ、出血多量で死ぬ。
もはや、進退どころか、立ち止まることすら、できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます