第十四話 フェインズ

(ちくしょう、ことごとく裏目に出やがる……)松久は、ため息をついた。(しかし──せめてもの抵抗はした)

 2ターン目では、操作音を立てた。これで、松久のアクションが【チャージ】と【ショット】のどちらなのかは、提婆には今度こそ、分からないはずだ。

(つまり、あの野郎にとって、俺の込めた弾丸の数の予想は、「二発」か「ゼロ発」のいずれかだ。この、「二発の可能性」により、そう簡単には、【ショット】を行えなくしたはずだ)

 もし仮に、提婆の【ショット】が【バリア】により、失敗したとする。その場合、二発装填しているかもしれない自分に対し、【チャージ】か【バリア】しか選べないという、圧倒的に不利な状況に陥ってしまう。

(しかも俺は、2ターン目にあの野郎が【バリア】を選んでいるため、現在、弾丸は一発しかない、っていうことを知っている)

 実際の弾丸の数は、提婆は一発、松久はゼロ発で、負けている。しかし、お互いに予想している弾丸の数は、提婆は紛れもなく一発だけ、松久は最高で二発の可能性と、勝っている。

(この、「二発の可能性」は、俺の命綱だ……手放さねえようにしねえと)

 では、次の3ターン目、何を選ぶべきか?

(……やっぱり、ここはひとまず【バリア】だろうか……)

 なにせ、「二発の可能性」はあくまで幻想、牽制でしかない。もし、松久が【チャージ】を選んだときに、提婆が、「ゼロ発の可能性もある、ここは【ショット】に賭けよう」などと考えたら、呆気なく撃ち殺されてしまう。

(……そうだな。【バリア】で様子を見よう。それに……俺には、奥の手がある)

 松久はそう考えると、ちらり、と右方を見た。陣地から少し離れたところに、提婆の持ってきた、リボルバーのモデルガンが落ちていた。

(あれを使えば、【バリア】の時でも、拳銃の操作音を出すことができる……提婆の、「俺が装填している弾丸の数」の予想を、さらに混乱させられる)

 普通、【バリア】を選ぶと、手元にハンドガンがないせいで、無音でプレイングタイムを過ごすことになる。しかし、もし、操作音を鳴らすことができれば、提婆も【バリア】を選んでいた場合、「自分のアクション」の予想を、【チャージ】か【ショット】に惑わせることができる。

 松久は、1ターン目と同じように、壊れたオートマチックを足場にすると、モデルガンを拾った。そして、カードを上空に差し出す。

 セッティングタイムを経て、アラームが鳴った。カーテンを開けると、防護壁が、提婆との間に立ってくれていた。

 松久は耳を澄まし、提婆の出す音を聴き逃すまい、とする。操作音が出るか、それとも、何もないか。

(モデルガンによる操作音は、ターンの終わり間際に出そう)

 しかし、次の瞬間、予想だにしなかった音が、彼の鼓膜を劈いた。

 銃声である。


 松久は呆気に取られ、思わず、口を半開きにした。数秒後、ブザーにより、我に返る。

 慌てて、カーテンを閉めた。動揺したせいで、モデルガンの操作音は、出せなかった。模型の拳銃は、持ったままというのも疲れるので、地面に置いた。

(なんだ──撃ったのか? やつは──銃を? ……こちらが【バリア】であるにもかかわらず?)

 銃声は、1セット4ターン目で、撃たれた時に聞いたものと、似ていた。だから、ここら辺で盛んであるという、狩猟によるものではない。

(俺が【バリア】を選んだことにいらついて、自棄になって、発砲しちまったのか?)

 いや。

(あの野郎は、そんなやつじゃねえ)

 提婆は、一発しか装填していなかった。その状況で、撃ってしまえば、「自分が拳銃に込めている弾丸の数は、ゼロ発になってしまった」と知らせるようなものだ。

 何か、意図があるはずだ。

(考えられるとしたら──偽の銃声、か?)

 つまり、実際には、3ターン目は提婆も【バリア】を選んでいたため、撃っていない。にもかかわらず、発砲音のみを鳴らして、自分に、「己が拳銃に込めている弾丸の数は、ゼロ発になってしまった」と誤解させる、という作戦なのだろうか。

(そう言えば、銃声はしたが、その後の──着弾音がなかった!)

 スマートホンは取り上げられているから、ボイスレコーダーか何かで録音していたものを、再生したのだろうか。

(銃声の部分だけ流したので、着弾音がなかった、っていうことか? ……しかし──この推測には、無理があるんじゃねえか?)

 そもそも、ボイスレコーダーなんて代物を、都合よく、持ってきていたりするだろうか? スマートホンさえあれば、それのアプリで録音できるというのに。

(でも、実際、銃声が聞こえた以上、あの野郎の狙いは、自分の装填している弾丸の数を、ゼロ発と誤解させることなんじゃ──いや)松久は首を振った。(違う……そもそも、この、「装填している弾丸の数を、ゼロ発と誤解させようとしている」っていう、推理──深読み、そのものが、やつの術中なんじゃねえか?)

 すなわち、先ほどの3ターン目、提婆は実際に【ショット】を選んでいた。

(普通は、操作音を出して、【チャージ】にカモフラージュしそうなもんだ。しかし、あの野郎はあえて、発砲し、俺の深読みを誘った)

「提婆は、己が装填している弾丸の数は、ゼロ発である、と自分に誤解させようとしている」と。

 着弾音がなかったのは、なんのことはない──空に向かって、撃てばいいだけだ。

(やっぱり、提婆が都合よく、ボイスレコーダーの類いを持っているとは思えねえ)

 決まりだ。

 先ほどの3ターン目、提婆は、【ショット】を行ったに違いない。

(なら、次の4ターン目、選ぶべきアクションは決まった──【チャージ】だ)

 提婆の、装填している弾丸の数はゼロ発なんだから、撃たれる心配はない。また、運がよければ、彼は、松久の「二発の可能性」を警戒し、【バリア】を選ぶかもしれない。

 そうなったら、松久は一発、提婆はゼロ発という──今度こそ、現実でも、圧倒的に有利な状況に立てる。

(これで、形勢逆転だ!)

 心の中でそう叫び、松久はカードを出した。


 アラームを聞き、松久はカーテンを掴んだ。またも、撃たれた時の光景がフラッシュバックする。しかし今度は、淀みなく開けることができた。

 提婆は、防護壁に覆い隠されていた──というようなことは、なかった。しっかりと、姿が見えている。

(くそっ──やつも【チャージ】か!)松久は、左手の拳を握りしめた。(【バリア】を選んでくれていればよかったのに……)

 弾丸を、右手の中指と親指で摘む。思わず、彼を睨みつけた。

 提婆は、オートマチックを素早く掴んだ。そして、銃口を松久に向けてきた。

(──はあ?)松久は口を半開きにした。

「僕の勝ちっす」提婆は嗤って、そう言った。「さいなら」

 なんてことだ。

 提婆は、【ショット】を選んでいたのだ。

「うっ──うわあああっ……」

 松久は低い悲鳴を上げ、その場で蹲った。弾丸が地面に落ちる。

(なんで弾丸が残っているんだやっぱりボイスレコーダーの類いを持っていたのか都合よくああなんて都合のいいクソクソクソク──)

 目を瞑り、歯を食い縛る。頭の中を、後悔と罵倒が竜巻のごとく渦巻いていた。

(──ソクソクソ……あっ!)松久は目を見開いた。(し……しまった! 確か、相手が【ショット】で自分が【チャージ】のときに、しゃがみ込むのはルール違反──)

 しばらくの間、全身が硬直する。しかし、体中に無数の穴が開くことはなかった。

 おそるおそる、顔を上げる。小秋の様子を、窺った。彼女は、撃つような気配も見せずに、こちらを眺めていた。

(なんだ……いったい、どういう──あっ!)松久は心の中で叫んだ。

「ああっ! あああああっ! しまったっ!」実際に叫んだ。

 急いで立ち上がり、提婆のほうを見る。彼はちょうど、オートマチックに弾倉を挿入し終えたところだった。

「クソがっ!」

 松久はそう喚いて、リボルバーを掴んだ。ブザーは、その直後に鳴った。思わず、そのまま弾倉を動かす。

「やめなさいっ!」

 小秋が、大声を出した。驚きのあまり、体の動きが止まる。

「プレイングタイムは終わったのよ。早く、リボルバーをテーブルの上に置きなさい。さもないと射殺するわ」

 松久は小秋を睨みつけた。しかし、とても、反抗する度胸はなかった。

 リボルバーを、テーブルの上に置く。そして、カーテンを閉め、その場に胡坐をかき、項垂れた。

(最初に考えたとおり──提婆のアクションは【チャージ】だったんだ。しかしあの野郎は、オートマチックを構え、撃つ真似をした)

 松久は、1セット4ターン目で、読みを外した経験──トラウマがある。「今回も、また、間違った推理をしてしまったのか?」そう考えてしまい、装填を放棄し、しゃがみ込んでしまった。

 相手が【チャージ】のときに、身を隠すのは、不正行為でもなんでもない。だから、小秋には射殺されなかったのだ。

(もし、やつがホントに【ショット】なら、撃つ前にわざわざ話しかけてくるわけがねえ……1セット4ターン目みたいに、防御されちまうかもしれねえのに……その、矛盾にさえ気づいていれば──ちくしょうっ!)

 松久は、右手で地面を叩いた。激痛が、人差し指を襲ったが、大して気にならないほどに、悔しさに塗れていた。

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