第十五話 エントラップス

 しばらくの間、項垂れた姿勢のままでいた。ああ、もう、疲れたなあ、ホント、などと思う。

(そういや……柚田は、疲れてねえんだろうか? アサルトライフルなんて、拳銃とは比べ物にならねえくれえ、重いだろ? それをずっと持つなんて……)

 ふと、そう考え、小秋のほうに、目を遣った。彼女は、顔こそ、こちらに向けて、睨みつけてきていた。しかし、しゃがみ込んでおり、疲弊しているのが見て取れた。

 アサルトライフルのバットプレートを、地面につけている。泥がついてしまったようで、慌てた様子で、払っていた。

(やっぱり、疲れているか……しかし、警戒を解いているわけじゃねえ。逃げ出しても、すぐに撃たれちまうだろうな……)

 松久は一度、ため息をついた後、大きく、深呼吸をした。そろそろ、次の5ターン目に向けて、アクションを選択しなければならない。

(「二発の可能性」は、「一発」になっちまったうえ、提婆も一発、獲得しちまった……これじゃ、かろうじて、お互いに予想している弾丸の数、という点で、なんとか対等になっているだけで、実際の弾丸の数、っていう点じゃ、負けている)

 現在、松久のリボルバーの中は空っぽである。そのため、次の5ターン目では、【チャージ】と【バリア】の、いずれかしか選べない。

(……ここは、【バリア】だろうなあ)松久は再び、ため息をついた。(提婆にしてみれば、攻めるには絶好の機会──【ショット】を行う可能性が高いだろうし……なにより俺が今、とても【チャージ】を選べるような気力はねえ)

 右手はずきずきと痛み、泣いたり悔しがったりしたせいで頭は火照っており、何度も叫んだために喉が嗄れ始めている。普段は薄ぼんやりと過ごしているため、こんなタイプの疲れには、慣れていなかった。

 松久は、【バリア】のカードを提示した。セッティングタイムの間に、モデルガンを拾う。一分くらいが経過し、アラームが鳴った。

(別に、【バリア】の場合は、特に何もしねえんだし、カーテンを開けなくてもいいんじゃねえか?)

 そんな横着な考えが、脳裏を横切った。首を振って、追い払う。カーテンを動かす音がしない、と提婆に気づかれると、松久のアクションが【バリア】だとばれるかもしれないからだ。

 振り返り、開ける。フラッシュバックがあったが、もはや、動揺しないほどに慣れていた。

 防護壁が、提婆を遮ってくれていた。彼の立てる音を、聞き逃さないよう、耳を澄ませる。

 次の瞬間、再び、予想外の音が轟いた。

 二度目の、銃声だった。

 弾丸は、甲高い音とともに、命中した。


 またも、撃たれた。

 松久の左斜め後ろの、トンネルの出入り口付近、壁の雨樋の近くに置いてあった、樽のオブジェに穴が開いた。中に水が溜まっていたらしく、とくとくと流れ出す。

「はあ?!」

 思わず、声に出た。直後、ブザーが鳴ったので、慌ててカーテンを閉める。

(いったい──何をしているんだ、提婆は?!)

 彼は再び、オートマチックを撃った。しかも今度は、樽のオブジェに、しっかりと着弾した。事前に録っておいた発砲音を再生した、というわけではない。今、提婆の装填している弾丸の数は、ゼロ発である、と確信できる。

(意味が分からねえ……3ターン目じゃ、空に向けてトリガーを引いたって言うのに──なんで今になって、オブジェを撃ったんだ? 何のメリットがある?)

 松久は再度、振り返り、樽を凝視した。水はまだ、流れ出ていた。

 その、直後のことだった。

 突然、ばこん、という大きな音がして、樽が横倒しになった。松久は驚き、肩を、びくっ、と震わせた。間を空けずに、ずるずるずる、がらがらがら、と、音が二つ同時に鳴り始めた。前者は、雨樋から、後者は、松久の頭上に位置する、四階の部屋の窓から聞こえていた。

(な……何が起こっているんだ?)

 松久は、窓を見上げた。カーテンが閉まっていて、中の様子は分からない。

 次の瞬間、室内から、何かが飛び出してきた。

 おびただしい数の、灰色の、大きな石だった。

「んなっ──」

 石団子は、松久めがけて、左右に広がりながら、落下してきた。

 驚きのあまり、体が硬直する。しかし、一秒の半分も経たないうちに、行動を起こした。

 正方形の陣地の、池とは反対側にある辺の、ぎりぎり手前に、左足を置く。そして、モデルガンを地面に置き、それに右足を載せた。

 そのままスライドさせ、体をできる限り、枠から離す。どすどすどす、がらんがらん、と、背後で、鈍い音が連続して響き始めた。

(当たるな、当たるな、当たるな──)

 両手を組んで地面を見つめ、ひたすらそう祈った。石が右耳をかすめ、ひっ、と悲鳴を上げた。

 しばらくして、音は止んだ。おそるおそる、背後を見る。

 大量の石が、あちこちに散乱していた。テーブルも、下敷きになっている。段ボールは外れ、ハンガーラックのパイプがところどころ曲がってしまっていた。

 近くには、ひっくり返った、キャリーカートが落ちていた。アウトドアなどで使用する、布製のワゴンがついた、台車である。

「前方はハンガーラックで塞がれているし、左右に動いても、避け切れない。なら、あえて後ろに行けば、やり過ごせるのではないか」

 そう考えたことが、功を奏したようだ。松久自身に、大した傷はなかった。

(ああ──助かった)

 そう呟いてから、心の中で、叫ぶ。

(いったい、なんなんだこれは!)

 松久は、辺りを見回した。そして、カートの取っ手に、ロープが結び付けられていることに気づいた。それは、飛び出してきた窓の中へと続いていた。

(…………そうか──これは、トラップだったんだ……提婆の、企てた)

 仕組みは、こうだ。まず、三階の部屋の窓の近くに、スロープを設置する。そして、その上に、大量の石が積まれた、カートを載せる。

(ストッパーが外れれば、坂を下って、窓から飛び出し、真下にいる人間を襲うように)

 カートには、ロープが結び付けられている。それによって、後ろに引っ張られ、固定されていたため、今までトラップは発動しなかったのだ。

(縄は、部屋から出て雨樋を通り、中庭の地面に到達していた。そこで外に抜け、近くにある、水の入った樽に、踏みつけられていた)

 しかし、提婆がそれに穴を開け、中身を減らした。そのために、軽くなったせいで、ロープがすっぽ抜けて、トラップが発動したのだろう。

(こんな大がかりな罠、俺たちと一緒にいる時に、ばれずに設置できるわけがねえ。おそらくは、昨日あたりにでも造ったんだ)

 ロープやカート、スロープを作成するための材料・工具などは、事前に購入しておいたのだろう。石と水は、近くの小川から運んできたに違いない。

 部屋の窓には、カーテンを引いておけば、中を覗かれる心配はない。おそらくは、入室を防ぐため、ドアにも鍵がかけられているはずだ。出るときは、雨樋を伝って、地上に降りればいい。

(今、俺がいる場所は、例の、船長室じみたところの近くだ。一週間前、ギャンブルの付き添いの件を、小秋から説明された時は、ここに、全員集まっていた。今日、爆発ギャンブルに行く前も、だ)

 おそらく、提婆は、ギャンブル終了後に、廃別荘へ戻ってきたら、以前と同じように、この辺で金の分配を行うのではないか、と予想したのだ。そのため、ここにいる人物を攻撃できるようなトラップを設置し、隙を見て作動させるつもりだったのだろう。

(だが、実際は、別の場所、トンネルの出入り口近くで、小秋は金の分配を済ませようとした)

 そのせいで、罠が使えなくなった。そこで仕方なく、リボルバーで小秋を襲うことに決めたのだ。

 そう言えば提婆は、彼女が羅針盤のオブジェの上にボストンバッグを置いた瞬間、「おっ」と声を出した。あれは、船長室エリアに行く前に鞄を置いたことに動揺し、思わず発したものだったのかもしれない。

(ロープを、何かに結び付けたりせず、樽の下敷きにして固定したのは、直接、縄を切断できないような事態に陥ったとき、遠くからハンドガンで撃ち抜くことにより、トラップを発動できるようにするためだろう)

 小秋は、ジャンケンの準備を二人にさせた時、ハンガーラックを池の縁にセットしろ、と指示した。その後まず、提婆が、船長室の近くの縁に据えた。

 おそらくその時点で、提婆は、「小秋は、二つあるラックそれぞれに自分たちを立たせて、何かをするつもりではないのか?」と、予想していたに違いない。もちろん、確信とまではいっていなかっただろうが、念のため、トラップの対象範囲内に設置しよう、くらいには考えたのだろう。

(それにしても、樽はそれなりのサイズではあるが、大きい的とは言いづらい──いくら拳銃の扱いに慣れているとはいえ、一発で当てるなんて……)

 いや。

(一発じゃねえのかもしれねえ)

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