第十六話 ディスカバーズ

 松久は、廃別荘の外から中庭へ、直接入る時に通った、トンネルに視線を移した。樽は、それの入り口の近くに置かれていた。

(間違いねえ)

 提婆は3ターン目でも、あの樽を狙い、発砲したのだ。

(しかし、外れた。弾丸は、脇を通り過ぎてトンネルをくぐり、森へ飛んで行った)

 そのために、着弾音がしなかったに違いない。空に向かって撃つことにより、物に当たった時の音を消し、「録音した銃声を聞かせたのではないか?」と誤解させる、なんて作戦は、松久の勝手な妄想、独り相撲に過ぎなかったのだ。

(そういうことかよ……まったく、変な深読みをしちまったじゃねえか)

 そう思い、ため息をつく。池の向かい側、提婆のいるテーブルのカーテンを、睨みつけた。

(1セット目じゃ、例の、「わざと間を空けてから【チャージ】を行うことにより、相手に深読みさせる」っていう作戦があったから、トラップは使わなかったんだ。2セット3ターン目からは、使うことに決めたから、積極的に【ショット】を選んだんだろう)

 松久が【ショット】なら早撃ち競争となり、拳銃の扱いに慣れている提婆に分がある。【チャージ】なら儲け物、あっさりと殺すことができる。【バリア】なら、罠の発動だ。

(失敗し、弾丸がゼロ発になっちまっても、さっきの4ターン目のように、「【ショット】のふりをして相手を脅し、【チャージ】を失敗させる」っていう作戦が──)

 そこまで考えた、次の瞬間、ベルが耳を劈いた。

(まずい──そういや、今は6ターン目のシンキングタイムだった!)

 松久は急いで、【チャージ】のカードを呈した。今はお互い、間違いなく、装填している弾丸はゼロ発なのだから、それしか選択肢はない。

 小秋が、アサルトライフルを提げたまま、彼の陣地に近づいてくる。

(クソ、なんとか、ベルが鳴り終える前に提示したが……どうなんだ? 認めてもらえるのか、これは──)

 小秋は、陣地のすぐそばに立った。松久を、じっ、と見つめる。彼の心臓の鼓動が大きくなり、全身を震わせ始めた。思わず、(制服の、純白のブラウスが、よく似合っているなあ)などと、およそ関係のないことを思い浮かべる。

「ルール違反よ」

「えっ──」

 彼女は、石の下敷きになった、ハンガーラックを指差した。「これ。セッティングタイムに突入したにもかかわらず、テーブルを倒したままにして、準備を覗き見しようとした、ってことで。シンキングタイム中は、提婆君のほうのカーテンが閉まっていて、彼の様子は窺えなかったから、不問にしていたけれど」

「ちょっ、ちょっと待ってくれっ」松久は両手を突き出した。「忘れてたんだよ忘れてたんだ、今、今戻すからっ」テーブルを作り直し、カーテンを閉めた。

 小秋は、落ち着きなさいよ、と言った。「まあ、自分からわざと倒したわけじゃないからね。見逃してあげるわよ」

(ほっ。助かった……)松久は安堵のため息をついた。

「じゃ、今から準備するわ。今度こそ、覗かないでよね」小秋はそう言い、彼の陣地を離れて行った。

 松久は胸を撫で下ろした。(なんとか、カードの提示は、間に合ったようだ)

 後ろを向き、アラームが鳴るのを待つ。しばらくして、聞こえたので、カーテンを開けた。提婆のほうは見ずに、装填を行う。

(また何か、びびらせられるようなことがあって、その拍子に弾丸を落としたりなんかしたら──たまったもんじゃねえ)

 ブザーが鳴った。リボルバーを置き、カーテンを閉める。このターンの【チャージ】により、「提婆の予想する、『自分が装填している弾丸の数』」は、「一発か二発」になったわけだ。

(さて、次の7ターン目じゃどんなアクションを──いや、その前に、片付けようか……この石。邪魔だし)

 そう決めると、松久は急いで、陣地の中に落ちた石を、外に出し始めた。黴菌が傷口に入るかもしれないので、極力、右手は使わないよう、気をつけた。

 そして、その作業を始め、数十秒が経過した時のことだった。

 松久は、発見した。

(勝てる……この方法を使えば──提婆を、撃ち殺すことができる)ごくり、と唾を呑み込む。(おそらくは、やつも予想していねえだろう。まさに盲点、死角を突く作戦だ)

 しかし、問題が一つだけあった。

(……この作戦を行うには、次の7ターン目、【チャージ】を選ぶ必要がある。【バリア】や【ショット】じゃ駄目だ──今の状況下、このタイミングでの、【チャージ】でねえと。だが……)

 提婆が【ショット】だと、呆気なく撃ち殺されてしまう。

(この作戦、強行すべきか……それともここは、様子を見てみるべきか?)

 松久は腕を組み、悩んだ。しかし、数秒と経たないうちに、結論を出した。

(いや──選択の余地なんてねえじゃねえか。やるべきだ。次さえ凌げば、勝ったも同然なんだから……それに、提婆はこう考えているはずだ)

「松久は、自分に対し、『装填している弾丸数の、予想の混乱』という作戦を行っている。これは、『一発』と『二発』の、二つに惑わせるだけで、十分に機能する」

(それ以上、数を増やそうとすると、【チャージ】を行う必要がある──弾丸を込めた状態で。それで、【ショット】でも選ばれ、撃ち殺されたら、いくらなんでも馬鹿らしい。……よって最終的に、提婆はこう考えるはずだ)

「7ターン目、松久は【チャージ】を選んでこない。【バリア】か【ショット】の、どちらかだろう」

(っていうことは、提婆は【バリア】にするはずだ。第一に、【チャージ】は選ばねえ。俺が【ショット】を行った場合、撃たれちまう。リスクが高い)

 第二に、【ショット】も選ばない。松久が【バリア】の場合は、射殺に失敗し、弾丸をすべて失う。

(つまり、次の7ターン目は、【バリア】で様子を見るのが、提婆にとって最善策──俺が【チャージ】を選んでも、大丈夫だってことだ)

 しかし、こんなものは、ただの予想に過ぎない。【ショット】を選ばれ、あっさり殺される可能性も存在する。

(だが──そのリスクを負ってでも、遂行するだけの、価値がある)

 松久は、深呼吸をした。そして、【チャージ】のカードを摘むと、それを提示した。


 アラームが鳴ったので、カーテンを開いた。

 防護壁はなく、提婆の姿が見えた。

(クソ、どっちだ!)松久は彼を凝視した。(【チャージ】か、それとも【ショット】か──)

【ショット】だった場合に備え、リボルバーを右手に握った。1セット4ターン目のように、胸部に当て、ガードする。また、【チャージ】だった場合に備え、いつでも装填を始められるよう、左手に弾丸を握った。

「さっきは、こけおどしっしたけど」提婆が、銃口を向けてきた。「今度は、ホントっすよ」

 松久は、うぐっ、と呻いた。両手の震えを、ぐっ、とこらえて彼を睨み返す。

(その手は食わんぞ、提婆!)心の中で叫んだ。

 二秒後、彼は、ふっ、と笑い、「ま、そりゃ、二度目はないっすよね」と呟いた。そして、マガジンを抜き、弾丸をその中に入れた。

(ああ──助かった)

 松久は、中腰になって、安堵のため息をついた。そして、にやり、と笑った。

(これで、あの作戦を発動できる──俺の勝ちは、確定したも同然だ!)

 ちらり、と右手のリボルバーを見る。そして、あることに気づいた。

 銃声が響いたのは、その直後である。


 松久の頭を、無が支配した。

 多くの人間と同様、彼は、生まれてから今までの十七年間、寝ている時もよちよち歩きをしている時も、まったく何も考えない、ということはなかった。しかし現在、頭の中は、完全なる空っぽだった。

 その、頭の中に、刺激の怒涛が荒れ狂いながら押し寄せ、流れ込んで満杯にし、やがて破裂させたのは、銃声が響いてから二秒後のことだった。

 怒涛は、嘔吐しそうなほどの激痛、爆笑しそうなほどの快楽、溶解しそうなほどの灼熱、その他、もろもろの感覚を含んでいた。理性と思考はなぎ倒され、体中の器官を本能に支配された。

 がこ、と鈍い音がした。口を開きすぎたため、顎が外れたのだ。

 喉から、もはや日本語どころか声かどうかすら分からない轟音が噴き出していた。眼は、力一杯に見張られ、目尻目頭に亀裂が入った。

 いつの間にか、松久は地面に俯せになっていた。思考が完全にストップしていた時に、転倒したに違いなかった。口に砂が入るが、気にしていられない。

 彼は銃創を手で押さえ、血を止めようとした。しかし、指の隙間、掌の下から、どばどばとあふれ出る。

 松久は、腹部、臍から少し上に離れたところを撃たれていた。

 全身が激しく痙攣し、がたがたと音を立てていた。黒目が、ぐるんぐるん、と反時計回りに高速回転していた。

 頭の中を、痛覚、絶望、思考言語、走馬灯などが、縦横無尽に、ときおり合体したり分裂したり、凝固したり気化したりしながら駆け巡っている。まるで、満員電車の中で銃を乱射したときのような、パニックだった。

 松久の意識が途切れたのは、それから数秒後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る