第十七話 ミステイクス

「……ん。……君。……青足君ってばっ!」

 耳元で大声を出され、松久は瞼を開けた。がばっ、と上半身を起こす。

「生、生きているのか、なんとか……」松久は大きなため息をついた。小秋のほうを見る。「あれから、どのくれえの時間が経ったんだ?」

「あなたが気絶してから? 十分くらいよ」

「十分か……あっ、そうだ、シンキングタイムは?!」

「終わったわ」

「えっ、じゃあ──」

「タイムオーバーね。さようなら」

 小秋は、にこっ、と笑うと、アサルトライフルで松久の頭を穴だらけにした。


 ジリリリリ、という、不快感を覚えるような、甲高く大きい音で、目が覚めた。

 数瞬、呆然とした後、考えるより先に、体が動いた。ポケットの中のカードを、手で触り、【チャージ】を選んで、提示する。

 いつのまにか、喉から噴出していた声もどきや、体の痙攣などは収まっていた。思考も、きちんとできるようになっている。

(なんとか、ベルが鳴り終える前に、提示を完了できた、と俺は思う……しかし、小秋がどう判断したかは……)

 松久は、彼女に視線をやった。わずかではあるが、2セット7ターン目より、さらに疲弊しているように見えた。肩に、汚れがついてしまっている。それがいっそう、やつれた雰囲気を強めていた。

 彼女は最初、余所見をしていたが、その後こちらに顔を向けた。そして、アサルトライフルを構えることもなく、準備に入った。

(ああ……なんとか、間に合ったようだ)安堵感が、松久の全身を包んだ。

 上半身を起こして胡坐をかき、後ろを向く。カードを地面に落とした。

「ひ……あ……うっ……」

 生きているのか、なんとか。そう言おうとしたが、上手く喋れなかった。

 顎を動かそうとするたび、激しい痛みが走る。掌に載せ、押し上げた。がこ、という音と、いっそう強烈な痛みとともに、元の位置にはめることができた。

(まったく、嫌な夢を見た……)

 腹部は未だ、ずきずきと音を立て、脈拍に合わせて痛んでいた。慣れ始めているおかげで、なんとか耐えられている。ワイシャツのボタンを外し、インナーを捲った。直接、銃創を見た。

 ぽっかりと開いた穴から、量は減っているものの、未だに血が流れていた。弾丸によって穿たれたトンネルの、入り口付近が見えていて、赤黒い肉の壁が視認できた。あまりのグロテスクさに、気分が悪くなった。視線を逸らして、服を下ろす。

 非常に、まずい事態になった。

(俺の生還条件に、時間制限が加わった)

 ただ、勝つだけではいけない。死ぬ前に、勝たなければならない。

(それにしても……ちくしょう、さっきの、2セット7ターン目、あの野郎がホントに【ショット】だったとは……)

 ただ、装填するフリをしただけなら、警戒を解かなかっただろう。しかし、提婆は、実際に、弾丸をマガジンに入れてみせた。

 だから松久は、すっかり安心しきったのだ。そして、楽な姿勢をとったところ、撃たれてしまった。

(自分が選んだアクション以外の行動をとると、ルール違反……当然、【ショット】にもかかわらず、【チャージ】を行っても、だ)

 しかし提婆は、「マガジンに弾丸を入れた」だけで、「そのマガジンを拳銃に挿入した」わけではない。あの後、弾丸を取り出してから、弾倉をピストルに戻し、松久を撃ったに違いない。

(「弾丸を追加したマガジンを、ハンドガンに差し込む」っていう、一連の行為が完了した時点で、初めて、【チャージ】をした、と見なされるのだろう。だから、あの野郎のやったことも、ぎりぎりセーフだったんだ)

 しかし。

(それは、結果論だ)

 弾丸をマガジンに入れた、その時点で【チャージ】と見なされ、射殺処分にされても、まったくおかしくはなかった。提婆は、「射殺処分にされない」というほうに賭けた。そして、賭けに勝利し、松久に重傷を負わせた。

(肝の据わったやつめ……まるで適う気がしねえ──だが)彼はにやり、と笑った。(賭けには勝ったが……殺し損ねたのは失敗だったな。俺は生き残った──まだ、お前を殺すチャンスがある)

 そこまで考えたところで、ずきん、と銃創がいっそう強く痛んだ。「ぐおっ!」手で押さえる。

(クソがっ……せっかく、2セット目じゃ、提婆による、俺の弾丸の数の予想を混乱させていたってのに……見抜かれたんだ。たぶん、6ターン目で)

 7ターン目の終わり間際、松久は、あることに気づいた。それは、「リボルバーは、真正面・真背面から眺めると、マガジンの、弾丸を込めるための穴が覗ける」ということだ。

(中腰になった時、膝に当てた手に握った拳銃を、後ろから見たため、気づくことができた。それまでは、装填することや、弾倉を弄り操作音を出すことが主な扱い方だったため、後ろから見ることなどなかったし、マガジン自体も、注視はしなかった)

 オートマチックのマガジンは、完全にグリップの中に収められている。しかしリボルバーは、円柱状で、銃身からはみ出している。

(あの野郎は、6ターン目、俺が【チャージ】を行った後、テーブルに拳銃を置いた時に……弾倉を、覗いたんだ)

 鈍い金色の弾丸は、真っ黒なリボルバーでは目立つ。にもかかわらず、マガジンに何も見えなかった。そのため、「松久の弾丸は、先ほど装填され、今は銃身の内部にある一発だけである」と確信したに違いない。もしかしたら、その、銃身も、一緒に覗いていたのかもしれない。

(まさか、盗み見ることができるなんて……注意深く、リボルバーの構造を観察していれば、気づけたはずなのに……次の【チャージ】からは、ハンドガンを提婆に対し、真横に置くようにしねえと)

 そこまで考えたところで、アラームが鳴った。立ち上がろうとするが、脚を動かそうとするたび、銃創が痛む。膝立ちが、限界だった。仕方なく、そのままで振り返り、カーテンを開ける。

 テーブルの上には、何もなかった。代わりに、提婆との間に、防護壁が鎮座していた。

「んなっ?!」

 驚きのあまり、大声を上げてしまった。銃創が痛み、うぐ、と呻く。

(提婆のやつ、1ターン目から【バリア】を選んだのか? ……それとも、まさか、俺の提示したカードが間違っていたのか?!)

 松久は地面に落ちている、先ほど提示したカードを取り上げた。裏面しか見ていないが、【チャージ】だと分かった。しわくちゃになっていて、いくつもの折れ線が走っているからだ。

 そのため、触れただけで判別できる。先ほどのシンキングタイムでも、手でなぞり、選択した。

(ふう──どうやら、俺が間違って提示したわけではなさそうだ)

 松久は、そのカードをひっくり返した。

【バリア】の図柄だった。

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