第十三話 フラスターズ

 なんで、撃たれたのか。

(……決まっている。2ターン目でのあの野郎のアクションは、【ショット】じゃねえ……正真正銘の、【チャージ】だったんだ)

 そして、いったん間を置いてから、装填を始めた。これにより、松久に深読みをさせ、「提婆の選んだアクションは【ショット】で、撃たずに操作音のみを出すことにより、【チャージ】にカモフラージュしようとした」と、誤解させたのだ。

(つまり、2ターン目の時点で、提婆の弾丸は、ゼロ発なんかじゃなく──二発も装填されていた)

 そして自分が「自分が有利な状況にいる」と勘違いすれば、3ターン目で【ショット】を選ぶのは予想できた。さらには、油断して、4ターン目で、【チャージ】をすることも予想できただろう。

(そこを──文字どおり、狙い撃ちされたっていうわけだ)

 自分が、提婆の作戦どおり「深読み」をした、ということは、3ターン目に出した操作音により、推測されたのだろう。

(確かに、相手が【バリア】かもしれないと思い、【チャージ】を選ぶのは、机上の戦術としては、現実的である。しかし、あの状況下での、人間心理としては、おおよそ非現実的だ)

 なにしろ、提婆は弾丸を二発も装填している。一発失ったところで、不利にはならない、という余裕がある。

(「今後は積極的に、【ショット】を選んでくるのではないか」……そんな恐怖があるにもかかわらず、そう簡単に【チャージ】はできないはずなんだ)

 仮に、本当に【チャージ】をしたとしても、お互い、弾丸を二発装填した、対等な状況になっただけである。提婆にとって、不利ではない。4ターン目は、提婆の作戦が上手くいったら、自分は【チャージ】をするだろう。上手くいかなくても、【ショット】を選び、早撃ち競争になる可能性が高い。

(あの野郎には、自信があったんだろう……まったくの素人の俺に、ガンファイトで勝てるっていう、自信が。どういうわけか、拳銃の取り扱いに、慣れているみたいだったからな……)

 きっと、重度のミリタリーオタクか何かに違いない。松久はそう確信した。

(だとすると、これから先、早撃ち競争は避けなければならない。高確率で、負けてしまう)

 松久はため息を吐いた。自分が提婆を殺せるのは、こちらが【ショット】、向こうが【チャージ】の組み合わせのときしかない。

(……話を戻そう。要するに、4ターン目、【ショット】を選んでおけば、己の作戦が上手くいっていてもいなくても、殺せるだろう、っていう、見込みがあったわけだ──あの野郎には)

 こんなことなら、3ターン目のカモフラージュは「無音」にするべきだった。そうすれば、提婆が予想する松久のアクションを、【チャージ】【ショット】【バリア】の三つの間で混乱させることできた。そのうえ、彼の術中にはまってしまっている、ということも知られずに済んだ。

(……それにしても、いくら、作戦があるからと言って、あの、2ターン目の時点で、【チャージ】を選べるか? 一歩間違えれば、撃たれてたってのに──やつは臆病者なんかじゃねえ、とんでもなく肝が据わってやがる。……危うく、殺されるところだった)

 しかし、松久は生き残った。右手の人差し指を失ったが、間違いなく生き残った。むしろ、ダメージが臓器や筋肉などではなく、指一本に集中したのは、ある意味、幸運であるとすら言えるかもしれない。

(まあ、こんなこと、何回も起きることじゃねえ……次、提婆に発砲されれば、間違いなく体に当たるだろう。なんとしてでも、俺のほうが、撃たなければ……)

 松久は、ぐっ、と左手で、拳を固く握った。が、すぐに力を抜き、解いた。

(でも、今はまだ1ターン目……【チャージ】を選ぶしかねえな)

 松久は【チャージ】のカードを、小秋に見せた。それから、セッティングタイムを経て、アラームが鳴る。振り返り、カーテンに左手をかけた。途端に、オートマチックで撃たれたときの光景が、フラッシュバックした。

 光る銃口。嗤う提婆。

「うぐっ……」

 思わず、顔を顰め、目を瞑る。カーテンを持つ左手が、固まった。

 歯を食い縛り、ゆっくりと瞼を開いた。右手で、手首を掴み、引っ張る。

「ぐ、ぐ、ぐ……」

 なんとか、開くことができた。テーブルの上のリボルバーを拾い上げ、弾倉を取り出す。右手を動かすたびに、揺れが人差し指に伝わり、激痛が走る。そのせいで、左手しかろくに操れず、作業がやりづらい。

「ふうっ……ふうっ……」

 弾丸を手にしたところで、ちらり、と提婆のほうを見た。彼は、まるで技術の授業か何かのように、平然とした様子で、黙々と装填を行っていた。

 視線に、気づかれたらしい。突然、顔を上げると、じろり、とこちらを睨んできた。

「ひっ!」思わず、悲鳴を上げる。

 その拍子に、あろうことか、弾丸を落としてしまった。

「わっ、ちょっ!」

 弾丸は地面を跳ねていき、陣地の枠線の真後ろ、一メートル強離れたところまで転がってしまった。

「おいおいマジかよ……!」

 そう呟いて、枠線のぎりぎり手前に両膝をつき、手を伸ばす。しかし、届かない。無理にでも取ろうとすれば、バランスを崩して倒れ、地面に体がついてしまうだろう。そうなれば、不正行為と見なされて、射殺される。

(1ターン目から、【チャージ】に失敗するわけにはいかねえ! そんなの、自殺行為だ!)

 何か、足場のようなものはないか。そう考え、松久は辺りを見回した。

 テーブルの下に、2セット目の開始前にポイ捨てした、壊れたオートマチックが落ちていた。それを引っ掴み、陣地外に置いて、右膝を載せる。そのまま、右の爪先が枠線のぎりぎり手前に来るまで、スライドさせた。

(これなら──手が届く!)

 右膝は地面に直接ついているわけではないし、左膝から下は陣地の中に入っている。ルール内であるはずだ。

 松久は、右手を伸ばした。弾丸を掴む。

(やっぱり、緊急事態に動くのは、痛くても利き手のほうだなっ!)

 薬指が地面をかすめ、ざしゅっ、という音が鳴った。顔面から、血の気が引いていくのが分かる。

(まずいっ──今の、見られたか?! 聞かれたか?!)

 急いで、右脚に力を入れ、体を陣地内に引き戻した。立ち上がり、装填作業を終え、リボルバーをテーブルに置く。直後に、ブザーが鳴った。

(ああ、間に合ったことは間に合ったが……)カーテンを閉める。

 しばらくの間、ぎゅっ、と目を瞑っていたが、小秋が、アサルトライフルを撃ってくることはなかった。おそるおそる瞼を開け、ちらり、と様子を窺う。彼女は相変わらず、自動小銃を提げたまま、提婆のほうを睨んでいた。

(ふう……どうやら、ばれてはいねえようだ。いや、もしかしたら、気づいているけど、射殺するのが嫌で見逃しているだけかもしれねえが……とにかく、助かった)

 松久は、胸を撫で下ろした。まったく、ひどい目に遭った。もう少しで、タイムオーバーになるところだった。

(次の2ターン目は……どうする? 何のアクションを選ぶべきなんだ?)

 松久は、三枚のカードを眺めながら、悩み始めた。順当に考えれば、1セット2ターン目と同じ、【バリア】がいいだろう。

 しかし。

(あの野郎は今回──裏をかいて、【チャージ】なんじゃねえか?)

 なんとなく言っている、というわけではない。

(もしここで、あの野郎が【チャージ】をすれば、俺の、「2ターン目において、【チャージ】は行わないだろう」っていう予想と、「1セット2ターン目において、【チャージ】を選んだから、今回の、2セット2ターン目においては、同じ【チャージ】は選ばないだろう」っていう予想の、二つの裏を同時にかける)

 いわば、この2ターン目は、提婆にとって、松久の予想を裏切り、【チャージ】をする絶好の機会だ。

(……いや、そうは言っても、やっぱり2ターン目で【チャージ】を行うにはリスクがある──あの野郎は手堅く、【バリア】を選んでくるかも……)

 だが。

(相手は、「1セット2ターン目で【チャージ】をする」っていうリスクを冒すと引き換えに、俺を鮮やかに陥れた、あの提婆だ)

 リスクを避けて、手堅い選択──なんて、するだろうか?

(……よし! 俺は【ショット】を行う。もし、提婆が【チャージ】なんかを選んできたら……息の根を止めてやる。躊躇はしねえ!)

 ごくり、と唾を呑み込む。それから、カードを呈した。

 しばらくの、セッティングタイムの後、アラームが鳴る。振り返り、カーテンを握った。一瞬、全身が硬直する。しかし、目をいったん、強く瞑ると、渾身の力を左腕に入れ、開けた。

 すぐさま、リボルバーを掴む。

 そして、弾倉を出した。一瞬、間を空けてから入れ直し、操作音を立てる。

 提婆との間には、防護壁が立ちふさがっていた。

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